合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 秘密

「よーし!今回の授業は、ここまでっ」
授業が終わるや否や叫んで教室を飛び出していく木ノ下教官の背中を見送って、「それで、さっきの話の続きだけど――」とマリアはモトミを促した。
「あぁ、せやな、御劔学長の噂やったな」
机を動かしマリアの席とくっつけると、さっそくモトミが話し始める。
「なんかな、ウチが独自に調べたトコによると御劔はんってロボット工学ギョーカイの間じゃ相当な有名人らしいで?」
「ホント?」
一応マリアは首を傾げてみせるも、本当に疑っているわけじゃない。
マリアにしてみればロボット工学業界なんて全く未知の世界だし、情報元がネット調べなら全部がモトミの口八丁でもなかろう。
「ホンマや。なんでもな、ロボット工学ギョーカイで初めて人間の意志と巨大ロボットをリンクさせる技術を開発した第一人者なんやて」
「人間の意志……つまり、それがゼネトロイガーの動力源に生かされているってわけ?」と口を挟んできたのは、側で聞いていた亜由美だ。
「そや」
モトミは満足げに頷くと、ノートを取り出した。
汚い字で書かれたメモに目を落としながら、話を続けた。
「専門ヨーゴでシンクロイズって言うらしいわ、アレ。んでな?御劔はんは学校作る前、学者やってたらしーんやけど、そこの研究チームが、これまた驚きメンバーや。なんと乃木坂教官、石倉教官、水島教官の三人と同姓同名の人物がおったんやで!」
「それって本人?」
レティも興味津々、話題に入ってきた。
「そやろな。顔写真見たけど、瓜二つやった。双子の兄弟でもおらん限り、あれは本人で間違いナシや」
一、二、三と指を折って、あれ?とマリアが首を傾げる。
「後藤教官は?あのガマガエルは研究チームのメンバーじゃなかったの」
ガマガエル呼びにはブッと吹き出し、モトミが答えた。
「後藤教官か。おらんかったな、そいや。違うんちゃう?大体、あの手のツラが学者ってのもあらへんやろ」
二人して酷い言い様だが、日頃、後藤教官には誰もが嫌な思いをさせられている。
亜由美とて例外ではない。なのであえて二人を窘めようとせず、彼女は話の続きを促した。
「御劔学長は、どうして学校を作ったのかな」
「そこまでは知らんわ、本人に聞いてや」
あっさりモトミは受け流し、かと思うと皆を手で呼び寄せるとヒソヒソと囁いた。
「あとな、ラストワンの経歴も調べていて判ったんやけど……ココ以外にもぎょうさん傭兵育成学校があるのは皆も知っとるやろ?」
そりゃもちろん、と全員が頷き返す。
「んでな、その傭兵学校同士で戦う大会みたいなんが開催されとるそうやで」
「大会!?」と、途端に目を輝かせたのはマリアだ。
「もしかして、巨大ロボット同士で戦っちゃったりするの?」
「戦うっちゅーか、目標があってお互い競い合うっちゅー感じやな。巨大ロボットの運動会みたいなもんや」と、モトミ。
「面白そう!」
亜由美も話に乗ってきて、でも、と首を傾げる。
「そんな話、今まで一度も授業で出てきてないよね。ヴェネッサさん達が話しているのも聞いたことないし……」
「せやから」とモトミが話を引き継いだ。
「ウチらの学校だけ何故か毎年不参加やったらしいんや。大会記録によると」
「それって他の学校は全部参加しているってこと?」とマリアに聞かれ、モトミは頷いた。
「傭兵養成学校ってベイクトピアには十校あるんやけど、九校は毎年参加しとるんや。ラストワンだけやで、出てないの」
「どうして出ないのかな?」と不思議がる亜由美へは、レティが人差し指を立てて思いつきを唱える。
「企業秘密じゃないかしら!ゼネトロイガーの構造を知られない為の秘策よ☆」
思いつきを打ち破るが如く、モトミからは「特許取っとるらしーで、ゼネトロイガー」と現実的な言葉が飛び出す。
「特許……じゃあ作り方も、見る人が見れば判っちゃうんだね」
なるほどと頷く亜由美にマリアが尋ねる。
「どういうこと?」
「あ、造形物の特許を取るには、それが作れるって証拠を出さないと駄目なの。たとえば料理だったらレシピを提出したり、ロボットの場合は設計図を政府に提出するんだって」
全部父親からの受け売り知識だが、マリア達はフーンだのホォだのと唸って素直に感心している。
「ま、作れても動かせるとは限らんけどな」と、モトミ。
ゼネトロイガーの操縦方法を脳裏に浮かべ、マリアも深く頷いた。
ただ男女二人が揃っていれば、動くというものではない。
男女二人が揃って、女性に念動力の素質があり、且つ二人の息がシンクロしていないと動かすのも難しい。
「企業秘密じゃないの?じゃあ、なんだろ……あっ、判ったぁ〜!キャピリーン♪」
再びレティが閃きを口にする。
「えっとぉ〜、操縦方法が恥ずかしいから見せたくない、とか?」
「別に御劔はんが操縦するわけでもないやろ」と再びバッサリ切り捨てると、モトミはノートをしまい込んだ。
「御劔はんの謎レポートは、これにて終いや。また何か判ったら、お届けするよってに」
「オッケー。ありがと、モトミ。面白い話を聞かせてくれて」
マリアにお礼を言われたモトミは照れくさそうに「そっちこそ聞いてくれて、あんがと」と受け応える。
ちょうどいいタイミングで、次の授業の開始を告げるチャイムが鳴った。

二時間目のチャイムが鳴る、ちょっと前――
木ノ下は自室まで駆け足で戻ってくると、さっそく鉄男を問い詰めた。
「てっ、鉄男!お前に、ゼハー、ゼハー、き、聞きたいことが!」
「な、なんだ……?木ノ下、どうしたんだ。息せき切らせて」
肩で激しく息をする木ノ下に鉄男は驚くが、木ノ下はお構いなしに質問をぶつける。
「し、シークエンスから聞いたんだけどよ。お前、俺と友達になりたいんだってな?」
言った瞬間、鉄男が顔を強張らせたのが判った。
あからさまに身を固くして、こちらを凝視してくる鉄男の両肩を木ノ下は優しく掴んだ。
「俺の方はもちろんオッケーだ!んでな、ここからが本題なんだけど。俺とお前が友達になるには、いろんな要素が足りないと思うんだよ」
「……いろんな、要素?」
彼が何を言わんとするのかが判らず、鉄男は困惑する。
友達になろうとお互いが意識したら、その時点で二人は友達と呼べるのではないだろうか。
もっと言うなれば、もう木ノ下とは友達だと思っていた。彼からすると、まだだったのか。
落胆する鉄男の前で木ノ下が言い直す。
「あ、違った。友達になるには、じゃねーや。親友になるには、だった」
「し、親友……」
口にするだけで、なんだか気恥ずかしい。鉄男の頬が熱く火照ってくる。
「そう、親友。けど俺、お前が何を好きで嫌いかも、よく判ってないじゃん?お前にしたって、俺の過去を全部知ってるわけじゃないだろ。だからさ、これからは、もっともっとお互いのいろんなこと、空いた時間に話そうな!」
それだけを伝える為に、廊下を疾走して宿舎まで戻ってきたというのか。
と思ったら、そうではなかったらしく。
木ノ下は不意に真剣な表情になり、グビビッと唾を飲み込む。
「んで、さっそく聞きたい事があるんだけど」
「な……なんだ?」
身構える鉄男に、木ノ下が真面目な顔で尋ねた。
「シークエンスが表に出てくると、お前は女の体になっちまうんだよな。そん時、例えば、例えばの話だよ?俺とシークエンスがセックスしてだな、射精した場合。お前が男に戻った時、俺の精液は、お前の体内に残ったままになるのか?」
数秒の沈黙を置いて。鉄男は思わず怒鳴り返していた。
「そ、そんなの俺が知るわけないだろうッ!!」
シークエンスと自分の入れ替わりに関しては、鉄男だってカラクリを把握していないのだ。
聞かれても答えようがない。
それに、木ノ下は勘違いしている。シークエンスと鉄男の体は同一ではない。
自分達は同じ体を共用していながら、別々の肉体と精神を持つ、二人の人物なのだとシークエンスは言っていた。
「そ、そうなのか……鉄男にも判んねーのか」
鉄男のあまりの剣幕にたじろぎながらも、木ノ下は、やや困惑した目で鉄男を見た。
「鉄男、お前はいつまでも辻鉄男のままでいてくれるよな?俺、正直言ってシークエンスは、ちょっと苦手で……」
鉄男が憮然として尋ねる。
「どの辺りが?」
木ノ下は困ったように頭をかいた。
「あいつ、結構気が強くてさ……苦手なんだよ。俺は、どっちかってーと、お前みたいに真面目で素直で大人しくて、純粋なほうが好きなんだ」
なんてニッコリ微笑まれたりしたら、鉄男も内心激しく動揺してしまう。
自分では自分を高く評価していないだけに、木ノ下に褒められると嬉しい反面、恥ずかしさで消えてしまいたくなる。
自分は大人しくないし素直でも純粋でもない。真面目、それぐらいだ、合っているのは。
そんな自分を高く評価してくれる木ノ下こそ、優しくてイイヤツである。
そう言い返したいのだが、恥ずかしさが上に立ってしまい、うまく言葉で言い表せない。
何ヶ月経っても、鉄男は木ノ下の投げかけてくる褒め言葉に全く順応できずにいた。
心の中で恥ずかしがる鉄男には気づいていないのか、「あ、ヤベッ。もうチャイムか」と木ノ下が後方を振り返る。
「とにかくシークエンスの件も含めて、お前とは色々話し合っておきたいから。時間が空いている時は、できるだけ俺と話そうぜ。じゃ、また後でな!」
慌ただしく走り去る木ノ下の背中を見送りながら、鉄男は我知らず笑顔になっていた。

謹慎を命じられた鉄男は、大人しく自室にこもっていた。
元々誰かと話すよりは一人でいたほうが好きな男だから、謹慎はさほど苦でもない。
それでも休み時間に木ノ下と話したおかげで、だいぶ気が楽になったのに自分でも気づく。
彼が来るまで、鉄男は悶々と悩んでいた。
乃木坂が行方不明になったのは、お前のせいだ――
あるスタッフから投げられた言葉だ。
そうかもしれない。
二人だけで危険な探偵ゴッコなんかやらなければ、或いは。
だが誘いを断ったとしても、強情な乃木坂が説得に応じなかったら?
彼は一人で調べに行って、消息を絶っていたかもしれない。
所詮は、たらればだ。結果論に過ぎない。鉄男を責めたスタッフも、鉄男自身の予想も。
乃木坂は何を掴んでいたのだろう。どこで何を見つけてしまったのか。
彼は一度、来訪者に襲われている。向こうが乃木坂に目をつけていたとは考えられないか。
来訪者といえば、奴らも奇妙な動向が伺えた。
空を飛ぶ巨大なやつ、あいつは何故、市街を攻撃せずラストワンへ直行したのだ。
もっと言うなら、何故ラストワンがここにあると知っていたのか――?
しかも巨大なやつは建物を攻撃してきた。
外に出ている巨大ロボット、ゼネトロイガーではなく。
何故だ?建物の中にいる誰かに用があったのだろうか。
判らない。全てが謎だらけだ。
来訪者の謎に加え、今の鉄男には自分自身への謎も襲いかかってくる。
シークエンスとは何だ。
鉄男の中にいる別人格というのは判っている。
問題は、何故彼女が自分の中にだけ存在するのかという点だ。
御劔学長は潜在能力だと例え、可能性を秘めた存在だとも言っていた。
少なからず鉄男、いやシークエンスに何らかの期待をかけているようでもある。
鉄男は次に、ゼネトロイガーを思い浮かべた。
男女が一組揃って、初めて威力を発揮する巨大ロボット。
シークエンスも鉄男の一部なら、男女の肉体を併せ持つ自分は一人でゼネトロイガーを操れる、ということだろうか?
いやいや、そんなはずはない。
どちらかが表に出ている間は、常にどちらかの性別一体だ。
ゼネトロイガーは操縦席で男女が愛撫――を考えるだけで鉄男は激しく赤面した――しないと動かない仕様である。
一人では如何ともし難い。だが、一人ではなく二人だったとしたら?
学長は鉄男の側に木ノ下をつけた。
それはつまり、木ノ下と常に二人で行動せよということであり、コクピットで睦み合う自分と木ノ下のイメージが脳裏にボワンと浮かんできて、鉄男は慌てて嫌な妄想をかき消した。
ないない、それだけは絶対ない。あってはならない。
彼とは友達になりたいのだ。それも親友クラスの超仲良しに。間違っても恋人ではない。
それに、だ。それだったら何も相手は鉄男じゃなくてもいいわけで、適当に女性を見繕ってくればよい。
何故シークエンスじゃないと駄目なのか。
シークエンスはラストワンにとって、どう重要なポジションにあるのか。
一度、学長を問い質してみるとしよう。この謹慎が解けた後に。


鉄男が悶々と乃木坂の身を案じている頃、当の乃木坂は、どこで何をしていたかというと、謎の男女グループに捕らえられ、彼らが根城とする飛行船に監禁されていた。
飛行船と言ったが正しい表現ではない。正確には巨大生物の腹の中であった。
その証拠に、背中に当たっている壁がドクンドクンと一定の脈を刻んでいる。
飛行船だったら、こんなふうに壁が脈打ったりすまい。
乃木坂を捕らえた連中は彼の知らない言語で話していたが、やがて彼にも判る言語で話しかけてきた。
「ごきげんよう、原住民。私達を何だと理解しているのかしら?」
話しかけてきたのは、髪の長い女だ。
両手両足を拘束された格好で、乃木坂が答える。
「さぁな。いきなり襲いかかってきた凶暴な軍団、ってとこか?」
空からの来訪者についての情報を集めている最中だった。乃木坂が、彼らに襲われたのは。
ここ最近、おかしな動きをしている地域や集団がないか。
それを聞いただけで、唐突に暴力を振るってきたのだ。
咄嗟の出来事に反応が遅れ、加えて三対一では乃木坂が血祭りにあげられたとしても仕方ない。
元々彼は、武闘派でもないのだし。どちらかというとインテリ派だ。
次に目覚めた時には手足を拘束され、巨大な生き物だか飛行船だかで囚われの身となった。
「私達を嗅ぎ回るから、いけないのよ。あなた、シャンメイの言っていたラストワンの人間でしょう?」
シャンメイの名には聞き覚えがあった。
と同時に、目の前の連中が何者なのかも乃木坂は悟る。
「――空からの来訪者か!」
「そう、そしてここはアベンエニュラの中だ」と、会話を引き継いだのは銀髪の少年。
「アベンエニュラ?」
オウム返しに聞き返す乃木坂へ頷くと「見ていないかな」と少年は言った。
「あなた達の元へも一度向かわせたはずだけど。空を飛んできただろう、巨大な物体が」
乃木坂が来訪者に襲われた同日、ラストワンも来訪者に襲撃を受けていた。
アベンエニュラこと巨大な来訪者がラストワンに飛来して、建物を攻撃したのも同じ日だ。
「こいつはグズだけど、飛行手段としては一流さ。だから、こうやって僕達の足にしてやっている」
乃木坂が尋ねた。
「話せないのか?アベンエニュラと」
「話してどうするの?」と、女。
「彼と話したところで、あなたが解放されるわけでもないのに」
「いや」と乃木坂は頭を振り、小さく呟いた。
「ただの思いつきだよ」
仲間にグズだの乗り物扱いされている本人はどう思っているのか、それが少し気になっただけだ。
「アベンエニュラのことより、聞きたいことが山とあるんじゃないか?君達には」
少年がせせら笑い、乃木坂も本題に戻る。
「そうだな。聞きたいことは、ごまんとある。けど、お前らは素直に教えてくれるつもりなのか?」
「交換条件ね」と女は答え、じろじろと乃木坂を眺め回した。
「あなたが私達の探求心を満たしてくれれば……その時に、まだ息があれば、知りたいことは何でも教えてあげるわ」
「探求心って、うっ!」
言いかける乃木坂の全身に、ビリッとした痺れが走る。
女や少年が何かしたのではない。手足を縛るバンドから電流が流れてきた。
「あなた達原住民が、どういう生き物なのか。何故あれが、あなた達に味方する気になったのか……全部調べさせてもらうわ。あなたの体で、ね」
アレとは何だ。そして、一体何をする気なのか。
尋ねたいことは山とある。
しかし感電した乃木坂の口から出たのは、ひゅうっという細い息だけであった。
服を切り裂かれて丸裸に剥かれても、拘束されていては抵抗すら出来ない。
女の手が無遠慮にベタベタと触れてくる。
近くで見てみると、なかなかの美人だ。
本来なら嬉しい場面だろう、彼女と二人っきりならば。
いや、相手は空からの来訪者だ。嬉しいわけが、う、嬉しいわけが……
女の指が乃木坂の乳首を弄ぶ。
乳首を摘まれ、尻の穴に細い指が入ってきた瞬間、乃木坂は歓喜に染まった声をあげていた。
「醜い生き物だな、肛門を弄られて喜ぶとは」
遠目に座った背の高い男が何か呟いたようだが、乃木坂には判らない言語であった。


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