合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 内と、外から

乃木坂勇一が中央街で消息を絶ったのは、ラストワン職員に大きな衝撃をもたらした。
負傷した辻鉄男が一人で戻ってきた件に対しても内部での批判が集中し、翌日、鉄男は謹慎処分を言い渡される。
だが謹慎とは表向きの形で、本来の目的は他にあると教官会議で学長直々に伝えられる。
「勇一を捜すんですね?」
ツユに問われ、御劔が重々しく頷く。
「しかし、どうやって?そもそも乃木坂失踪の原因が何かも判っていないのに」
首を傾げる剛助には、鉄男が説明した。
鉄男の頭には包帯が何重にも巻きつけられている。
シークエンスと入れ替わった後、大怪我しているのを木ノ下が手当てしてくれたのだ。
「乃木坂さんは中央街に敵が潜んでいると考えていたようでした。敵とは勿論、空からの来訪者です。二手に分かれ情報収集していたのですが、時間になっても戻ってこなかった処を見ると」
「大当たりを引いて、逆に捕まっちまったってわけか……」
うぅむと唸り、木ノ下が顎に手をやる。
「勇一は何だって、そんな無茶をしたんでしょう」
ジロリと鉄男を一瞥し、ツユが学長に尋ねた。
「たとえ相方が新米だったとしても、二人一緒に行動した方が逃げられる確率もあがったはずですよ」
「さて……それは本人に直接聞くしか判らないだろうね」と答えてから、御劔も鉄男を見やる。
じっと見つめられ、緊張の面持ちで鉄男は次の言葉を待った。
しかし学長は何も言わず、鉄男からツユへ視線を戻すと話を締めくくった。
「ともかく乃木坂くんが見つかるまで、彼の受け持ち生徒は君が面倒をみてやってくれ。あぁ、それと。乃木坂くんが消息を絶った理由、候補生には研修だと伝えておくように」
「判りました」とツユが頷き、春喜と乃木坂二人が不在の教官会議は解散となった。
部屋を出て行こうとする鉄男を「あぁ、辻くん、それと木ノ下くんも待ってくれ」と学長が呼び止める。
「なんでしょうか」と振り向く木ノ下へも頷いて、御劔は囁いた。
「水島くんと石倉くんには内部で動いて貰うとして、君達には外部での調査をお願いしたい」
「外部での調査、とは?」
首を傾げたのは鉄男だけじゃない。木ノ下もだ。
学長はトーンを換えず、小声で答える。
「中央街の調査だよ。引き続き、乃木坂くんの代わりに敵の潜伏場所を探ってほしい」
「え、でも……俺達二人だけじゃ危険じゃないですか?」
木ノ下の杞憂はもっともで、しかし御劔は鉄男に意味ありげな視線を送って言い返す。
「水島くんの話じゃ、君はシークエンスを引き出したそうじゃないか」
一瞬虚を突かれた顔でポカンとした鉄男が「え……は、はぁ……」と冴えない返事をしたのも、無理はない。
シークエンスは鉄男が引き出したのではない。勝手に抜け出てきたのだ。
だが内面事情はどうであれ、シークエンスが表面化したのは木ノ下も目撃している。
さすがに肉体関係を迫られた事までは学長には伏せておいたが、ツユや剛助が話したとも限らない。
学長が木ノ下へ微笑む。
「シークエンスは君にとても好意を寄せていたらしいね、木ノ下くん」
何もかも承知済だなと苦々しく思いながら、木ノ下も素直に返答する。
「えぇ、まぁ。プロポーズされちゃいましたよ」
つまり、と双方に視線を巡らせて御劔が結論づけた。
「木ノ下くんがいる状況下なら、シークエンスも表に出てきやすいってわけだ。なら、辻くんは木ノ下くんと常にコンビを組んで行動したほうがいいだろう。いざという時の為にもね」
「いざという時?」
木ノ下と鉄男がハモる。
「そうだ。乃木坂くんが来訪者どもに誘拐された――としたら次に狙われるのは此処、ラストワンと考えてよかろう。乃木坂くんは、あまり耐久性のある男ではないからね。拷問されたら、される前に口を割るタイプだ」
苦笑する学長へ、木ノ下が提案する。
「でしたら、俺達も防衛にまわったほうが」
だが御劔は首を真横に振って、改めて二人へ命令を下した。
「しかし防衛一徹では、いずれ滅ぼされてしまう。我々は軍隊ではないし、資源も無限ではないんだよ。そこで君達二人に外活動での調査をお願いしようというわけだ。外で情報を集め、我々に報告してくれ。土日以外の外出も許可しよう。くれぐれも候補生には気取られないよう、慎重にな」

ツユから知らせを受けた、メイラ、昴、ヴェネッサの三名は、速やかに教室を移動する。
「なんだか変よね」と呟いたのはメイラで、すかさず昴が聞き返した。
「変って?」
「だって乃木坂教官が私達に何も言わずに余所へ研修に行っちゃうなんて、おかしくない?普通は受け持ちの生徒へ、まず話してくれるもんじゃないの?そういうのって」
乃木坂は研修へ出かけた――と、聞かされている。
研修先はトレントブラスト。クロウズにあるパイロット養成学校だ。
「さぁね」と昴は気のなさそうな返事をよこし、肩をすくめる。
「突然で、話す暇もなかったんじゃないかな」
予定では一ヶ月、不在だそうだ。
一ヶ月も乃木坂教官と会えないだなんて、退屈すぎる。
やっと新しい授業に入ったばかりなのに、まだ、それの実習も受けていない。
エクストラモードは、卒業試験へ向けた本格的な体感シミュレーションであった。
恋愛シミュレーションの目的は脳の活性化にある。
三つのモードに分かれた通常シミュレーションは、映像による情報を受け取ることにより感情を高めるものであった。
エクストラモードでは、より肉感を増して具体的な行為に及ぶ。
すなわち卒業試験の予習、疑似挿入だ。
きちんと痛みも感じるし、快感も然りだ。挿れられていないのに、挿れられた感触を味わう。
脳が、そう受け止めて神経へ命じるのだと教わった。
挿入された際、ゼネトロイガーに及ぼす影響までは教わっていない。
教わる前に教官がいなくなってしまった、研修という形で。
「いよいよ卒業へ向けた最終授業の始まりだってのに、このタイミングで研修を入れる?普通っ。あ〜ん、盛り上がりが盛り下がっちゃう〜!」
だだをこねるメイラをそっちのけに、昴が「確かに」とヴェネッサを振り仰ぐ。
「何故今頃なんだろって疑問はあるよね。研修ってのは、着任して間もない頃に行かされるものだろ」
だがヴェネッサの反応は「あら、そうでもないわよ」と、すましたもので。
「役職があがる時にも行くものらしいわよ。私のお父様が、以前そう言っていらしたわ」
「役職、ねぇ?」
メイラと昴は揃って首をひねる。
一般の会社ならともかくも、パイロット養成学校での昇進ってあるんだろうか。
それに研修へ行ったと聞かされる前、教官達が慌ただしく格納庫へ向かったのは何用だったのか。
緊急事態ではないと後藤教官は言っていたが、彼の発言は大体がアテにならない。
いずれにせよ、水島教官に尋ねたところで返ってくる答えは予想できる。
研修が終わるまで我慢して待てと言われるだけだろう。
三人の少女は、ぶつくさ文句を言いながら、水島組の教室へ入っていった。

鉄男組の三人も教室移動を言い渡される。
肝心の教官が謹慎状態では、授業もへったくれもあったものではない。
一番状態の近い木ノ下組との合同となり、さっそく着席したマリアへモトミが話しかけてきた。
「辻教官、謹慎やってな。一体なんの悪さしでかしたん?」
「それがさぁ、全然判らないのよ」と口を尖らすマリアに、モトミも口を尖らせた。
「判らないって、なんで謹慎の理由が判らへんねん」
「だって全然教えてくれないんだもん、ツユも剛助も!」
「木ノ下教官には、聞いてみた?」と、会話に横入りしてきたのはレティだ。
マリアは振り返ると「まだだよ」と答えて、付け足した。
「今日は、まだ会ってない。だから次の授業始まったら聞こうと思って」
「休み時間に聞けば、えぇやんか」と、モトミ。
マリアがそれにも答えようとした時、授業開始のチャイムが高らかに鳴り響く。
「よーし、全員集まっているか?授業始めるぞ〜」
元気よく入ってきた木ノ下へ、マリアがハイッと手をあげた。
「ん、なんだマリア?」
「鉄男は何で謹慎しているの?あいつ、何やったの」
直球の質問には思わず苦笑しながら、木ノ下は邪険にしたりなどせず、きちんと答えてやる。
「空襲警報が出ている街にいたんだ。戻ってこいって命令を無視して皆を心配させたからってんで、謹慎処分になったんだよ」
実際は多少異なる。
乃木坂を見捨てた行動をスタッフに批判されて、一応の示し付けとして鉄男に罰を与えた。
だが、けして見捨てたわけではないというのは木ノ下もツユも剛助も、そして学長も判っているはずだ。
鉄男は後頭部に怪我を負っていた。
爆風で吹っ飛ばされて気を失ったであろうというのは、想像に難くない。
爆弾の降り注ぐ中で他人に気を配る余裕なんて、鉄男を非難したスタッフだって持ち合わせているとは思えなかった。
それでも同じ教官、且つ乃木坂は鉄男の先輩である。
何故見捨てた――と憤怒する連中の気持ちも、判らなくはない。
閉鎖空間は上下関係に厳しく、年季が物を言う。
「空襲警報……街にも出ていましたっけ?」
首を傾げる亜由美に木ノ下は内心しまったと思ったのだが、「あっ!それで昨日、教官達が慌てふためいとったんか」とモトミが叫んだのでホッとする。
普段は悩ましいモトミの早とちりが、今回だけは助け船になりそうだ。
「そうそう、俺達の学長はホラ、情報通だからさ。いち早く軍部の動きをキャッチしたってわけよ」
「へぇーそうなんだ。すごいんだね、御劔学長って」
感心するマリアへ、まるで自分の手柄のように威張ってモトミが胸を張る。
「そやで!ゼネトロイガーでパイロット育成しよ思たんも学長のアイディアらしいからな、ホンマ。あと巷の噂じゃゼネトロイガー作りよったんも学長らしいで?経営から設計まで何でもパーソナリティーにこなすイケメン、それがラストワンの誇る御劔学長はんや」
「へぇー……」と、今度は幾分引いた調子でマリアが尋ねる。
「モトミは随分詳しいんだね。もしかして、ココに来る前から学長のファンだったの?」
モトミは、あっさり「んなわけあらへんやろ」とマリアの予想を覆すと、手をひらひらと振ってみせた。
「ガッコの校長にしてはイケメンすぎやから、過去が気になって検索で調べただけや。ほたら結構有名人らしくてな?その道の」
「その道って?」と、マリア。
「その道ゆーたらロボット工学に決まってんやろ!えぇか?御劔はんはなぁ、学校作る前」
軽快な早口を木ノ下が遮った。
「はい、おしゃべりは、そこまで〜。授業を始めるぞ、全員着席!」
モトミはまだまだ話したりないようだったので、こっそりマリアが耳打ちする。
「休み時間になったら続き、教えてね。あたしも知りたいし、モトミが調べた学長の秘密」
「秘密っちゅーほど大袈裟でもあらへんけどな」と小声で呟いたものの、マリアのお世辞には気をよくしたか、モトミは笑顔で頷き返した。
「えぇよ、全部教えたる。ウチらのガッコって、ウチらが思うとるより、ずっと有名らしいで?」
話が途中で切られたこともあって、休み時間が非常に待ち遠しい。
マリアは半分上の空で木ノ下の授業を聞き流す。
だが休み時間を待ち遠しく感じているのはマリアだけではなく、木ノ下も授業を進める内心ではソワソワしていた。
休み時間になったら、部屋に戻って鉄男を問いただしたい。とても重要な件だ、こと自分にとっては。


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