合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 シークエンス

教官達が慌ただしくエレベーターに乗り込んで格納庫へ向かうのを、何人かの候補生は目撃する。
しかし、後を追いかけるのは許されなかった。
空襲が近場で始まった為、地下シェルターへの避難を余儀なくされたからだ。
「こっちにまでは来ないんでしょ?」とメイラが問えば、女医師が窘める。
「こないとは断言できないわ。奴らの動きは私達にも予想がつかないものだから」
「でも、水島教官が出かけていくのを見かけましたけど」と、今度は飛鳥が口を尖らし反論する。
「え〜、出かけたって、外に!?」
「空襲が始まったのに危ないよ!」
瞬く間にシェルター内は、ピーチクパーチクけたたましい声で騒がしくなる。
「静かに、静かに!」と女医が収めようにも、そうそう収まるものでもない。
そんな中、野太い声が女の子達の騒音を遮った。
「死にたいんだったら表に出たっていいんだぜ?」
教官の中で、一人だけシェルターへ避難した春喜だ。
空襲警報が辺りに響き渡るや否や、彼は真っ先にシェルターへ飛び込んだ。
候補生を誘導したのは女医らの手によるもので、皆がシェルターへ到着した時には春喜が中で待っていた。
教官らしからぬ物言いには、誰もがムッとして彼を振り返る。
「後藤教官は出なくていいんですか?緊急事態なんじゃないですか」
果敢に、まどかが追及するも、春喜には、あっさりかわされた。
「命令を受けてねーし、緊急事態だって話も聞かされちゃいねーな。第一、学長が俺に何かを命令すると思うか?」
誰も頷かない。
学長が甥っ子を快く思っていないのは、誰の目にも明らかであった。
「……ここ、暑いね」
会話が途切れた後、不意にマリアがポツリと呟く。
パタパタと手で煽いでいるが、シェルター内の淀んだ空気は、その程度じゃ拡散されまい。
誰かが暑いと口にしただけで全員に暑さが感染してしまうのは、言葉が生み出すマジックだろうか。
「やだ、ホント蒸し暑い」
マリアの独り言につられたかのように、まどかが額の汗を腕で拭い、レティがバテた調子で音を上げる。
「アイス、アイスクリームが食べたいですぅ〜」
「皆、我慢して。お願いよ」と女医が宥め賺しても、子供達の不満は止まらない。
あちこちでブーブー文句があがり、先ほどとは異なる騒がしさに包まれた。
「暑いんだったら全部脱いじまえよ」と煽る後藤をキッと睨みつけ、女医の一人が声を荒げる。
「あなたも教官の一人だったら、場を鎮めるなりなんなりして下さいよ!」
春喜ときたら暖簾に腕押し。そらっとぼけて、肩をすくめた。
「冗談じゃないね、俺だって暑いんだ。あー、あんまりにも暑いから脱いじまうか。パンツも全部」
ぐいっと己のズボンに手をかけて、女医の制止もお構いなく一気に引き下ろす。
おかげで近くにいた候補生が「ギャー!」と、あられもない絶叫をあげ、シェルター内部は、ますます混沌とした。

格納庫ではツユ、剛助、木ノ下、そして御劔の四人がゼネトロイガーの前に集合していた。
「候補生は呼ばなくていいんですか?」
木ノ下の問いを、学長が否定する。
「彼女達に実戦は、まだ無理だ」
「でも、こいつは女性が乗り込まないと動かないんでしょう!?」
ゼネトロイガーに乗り込むのは、原則男女のコンビだ。
女性が攻撃の要となり、男性は細かい動作の補助にまわる。
女性パイロットなくしてゼネトロイガーは、動かすこともままならない。そう聞かされている。
「万が一の為に、仮想女性モジュールを用意しておいた。単独で乗り込んでも動くように」
御劔が合図すると、整備士が大きな荷物を抱えてやってくる。
どすんと床に降ろされたそれは、真っ黒な四角い箱であった。
「女性の脳波を擬似的に生み出すモジュールだ。動かすだけなら、こいつだけでもいけるはずだ」
「移動だけなら……」
三人の目がモジュールに止まり、続けてゼネトロイガーを見上げる。
そうだ、何も戦う必要などない。
鉄男と乃木坂を回収したら、さっさと戻ればいいのだ。戦いは正規軍が何とかしてくれよう。
――と理性では判っていても、やはり戦えないのは歯がゆいものがある。
せっかく強力な武器を詰んでいても、使えないんじゃ何の為の大型機だ。
だが、学長の言い分は尤もである。候補生を危険に晒すわけにはいかない。
未来の兵力になるかもしれない、大切な存在だ。
四角い箱がゼネトロイガーに積み込まれるのを待ってから、木ノ下達も機体へ乗り込む。
本来二人乗りであるコクピットは、三人もの男が乗り込むには些か窮屈であった。
「むぅ……狭いな」
長身の剛助は、身動きが取れない。
「あんたがデカすぎるんだよ」とスリムなツユを真ん中に挟み、操縦桿をツユが握る。
「さぁ、いくよ。木ノ下!電話の主はベイクトピアの焼き肉屋で待っているっつってたんだよな?」
出がけ、木ノ下にかかってきた謎の電話は確かに、そう言っていた。
鉄男の番号でありながら、鉄男ではない高い女の声だった。
一方的に焼き肉屋で待つと告げ、電話は切れた。
木ノ下が「は、はいっ!」と返事するのを聞き流し、「ベイクトピアで焼き肉屋っつったら、あそこしかない……『焼き肉一番』だね、勇一のお気に入りの店だ」と、ぼそっと呟き、ツユが操縦桿を奥へ倒す。
ゼネトロイガーが、ゆっくりと起き上がった。


中央街は戦場と化していた。
軍は対空砲を持ち出しているが、戦況は芳しくない。
大きすぎるのだ、敵が。
当たっているのか当たっていないのか、それすらも判らない。
どれだけダメージを与えているのかも不明だ。
降り注ぐ爆撃の量は変わらず、被弾した陸戦機が、あちこちで爆発する。
劣勢だ。このままでは消耗戦になる。それも一方的な――
せめて空で戦える機体があれば戦況も変わろうが、ベイクトピア軍に戦闘用の飛行機はない。
あるのは対空砲と陸戦機のみ。
死傷者の数は今の時点で一万を越えた。
最初に爆撃の始まった大通りは、夥しい死体の山で悲惨な有様になっているはずだ。
声が指定してきた焼き肉屋も、そこにあった。
「軍隊が布陣を敷いていますね……突破しますか?」
前方を見やり、木ノ下が言うのへは、剛助が頷く。
「するしかあるまい。今から回り道を探していたのでは遅すぎる」
中央街に到着したものの、前方には軍隊が陣を並べており、これ以上大通り付近へ入っていくのは不可能と思われた。
が、ここで仕方ないと諦めていては、来た意味もない。
「強行突破するよ!」
ツユの叫びと同時に勢いよくゼネトロイガーが走り出し、1・2・3のスリーステップと共に宙を舞う。
軍の布陣を軽やかに飛び越えると、向こう側に着地し、すぐさま走り出した。
『そこの機体、止まりなさいッ!』
軍が外部音声で何やら騒いできたが、無視だ、無視。
『所属部隊とパイロット名を、ただちに――』
声が、ぐんぐん後ろに遠ざかる。ゼネトロイガーの加速があがった。
「走りすぎて、行きすぎるなよ!?」
剛助の忠言にも「うるさいねぇッ」の一言で返すと、ツユは手慣れた操作でゼネトロイガーを大通りへ疾走させる。
「うっひょー!ハイスピードだぜー、すげぇっ」
何故かハイになっている木ノ下の歓声をあびながら、ツユはぐいっと操縦桿を右手に倒す。
機体は素直に右折して、且つ走るスピードは落とさずコンクリートの道路を蹴り上げる。
ゼネトロイガーを単独で操縦したのは、一番最初の動作テスト以来だ。
学校に来てからは、ずっと補佐ばかりやってきた。
ブランクが空いているにも関わらず、機体はツユの思った以上にスムーズな動きを見せてくれる。
自分で機体を操縦するのが、こんなに楽しかったなんて。あたしも女に生まれてくれば良かったねぇ。
「――おっと!」
うっかり通り過ぎてしまうところだった。
紫の機体は焼き肉屋の前で急停止する。勢い余って、足下がコンクリートを掘り下げた。
「どこだ、どこにいる!?鉄男、返事をしてくれーッ!」
転げ落ちるように搭乗口まで降りていった木ノ下が、表に出るなり大声で叫ぶ。
続いてツユ、剛助も降りてきて、周りを見渡した。
こいつは酷い。
至るところに死体が転がっている。血の臭いに混ざって、死臭が鼻をつく。
道路には無数の穴が空けられ、爆撃の激しさを物語っていた。
今も爆撃は続いているが、攻撃されているのは、ここではない。
軍が布陣を敷いている場所だ。
「勇一、どこなの?いるなら、返事して!!」
ツユも声を張り上げて叫ぶが、返事はない。
生存者がいるのかどうかも疑わしかった。
いや、視界の隅に動くものを捉えて剛助が誰何する。
「誰だ!!」
そいつは建物の影から、ひょっこり顔を出すと、小走りに近寄ってきた。
「鉄男!?」と叫んでから、胸に大きな膨らみを見つけて木ノ下は緩く頭を振る。
鉄男じゃない、女だ。
だが、朝最後に見た時の鉄男と同じシャツを着ている。
それに彼女が羽織っているのは紛れもなく、ラストワンの教官用ジャンパーだ。
「あんた誰!?どうして、うちのジャンパーを着ているのさ!」
ツユの誰何にも女は小首を傾げ、ニッコリと微笑んだ。
「誰って、おかしなことを聞くのね。あんなに、あたしに会いたがっていたくせに」
「会いたがっていただって!?誰が」
「あんた達が、よ」
手を伸ばせば触れる範囲まで近づいてきて、女が足を止める。
小柄な女だ。歳は二十代後半ぐらいだろうか。
真っ黒な髪を短めに切り、太い眉は意志が強そうでもあり、性別は全く異なるのに、どこか鉄男を彷彿とさせた。
「我々は君に会いたがってなどいない」と剛助が答えるのへは肩をすくめ、女が言う。
「そりゃあ、あんたはそうでしょうけど。でも、そこのオカマともう一人は、あたしを引き出そうとしていたじゃない」
「あんたを?」
ツユは首を傾げている。木ノ下が唐突に叫んだ。
「も――もしかして!?」
「もしかしてって何よ」と驚くツユへ、唾を飛ばして木ノ下は大興奮。
「もしかして、あいつ、あいつがシークエンスってヤツじゃないッスかね!?」
だが言った側から激しく首を振り、自分で自分の言葉を否定する。
「って、んなわきゃないか!大体、あれがシークエンスなら、どうして体が女で女言葉なんだっつーの」
対して女の反応は実に判りやすく、ぱぁぁっと顔を輝かせたかと思うと勢いよく木ノ下に抱きついてきた。
「すっごぉぉい!さっすが、あたしの進。一発で判っちゃうなんて、その辺のオカマやマッチョとはひと味違うっていうか!」
「誰がオカマだ!」
「マッチョとは俺の事か……?」
憤慨するツユ、訝しがる剛助など、そっちのけで、シークエンスは目を白黒させている木ノ下に身をすり寄せる。
「ねぇ、進……?あっちでイイコトしましょうよ。あたしも鉄男も、あなたのこと誰よりも一番好きなんだからァ」
鉄男の名前が飛び出したおかげで動転していた木ノ下も我に返り、がしっと彼女の肩へ掴みかかった。
「鉄男だって!?君、鉄男を知っているのか!彼は今、どこにいる!?教えてくれ!」
シークエンスは答えるでもなく木ノ下の股間をサワサワと手で撫で上げ、妙に媚びた目つきで見上げてくる。
「もォ、鉄男のことなんかどうだっていいじゃない。今はあたしとのエッチが最優先でしょ?」
「いや、どうでもよくない!」と、そこだけは譲らず木ノ下も言い返す。
さりげに股間へタッチしてくる手を掴んで引き離すと、なおも彼女へ尋ねた。
「なぁ、君がシークエンスだとしたら、どうして性別が変わっちゃっているんだ。シークエンスと鉄男は同一人物、そうなんだろ?それとも、この解釈自体が違うのか?」
シークエンスはくすくすと笑い、体を木ノ下へ密着させる。
「エッチしてくれたら、教えてあげる。どうして、鉄男の体があたしと入れ替わったのか」
「入れ替わった、だと!?では、お前は本当にシークエンスであり辻でもあるのかッ」
驚愕の剛助へ目線だけで振り返り、彼女は否定した。
「その解釈は正解のようで間違いね。鉄男とあたしは同じ器を持つ者だけど、体と心は別物よ。今のあたしはシークエンス。鉄男なら、あたしの中で待機しているわ」
ツユが怪訝に眉をひそめる。
「待機?じゃあ、鉄男もあんたの中にいるってことかい」
「そうよ。起きてはいるけど、外に出てこられないだけ。あたしが表に出ているから」
「んじゃあ、話は早い。鉄男を表に出してくんねーか?」とは木ノ下のお願いに、シークエンスは首を真横にふり、ぎゅぅっと木ノ下にしがみついてきた。
「嫌よ。進が抱いてくれなきゃ替わってあげない」
何がどうあっても木ノ下とヤりたい。それだけは彼女も譲れないようだ。
「あーもー、めんどくさいねぇ!こいつの言っていることが嘘かホントかはさておき、木ノ下、さっさとやっちゃいなよ」
ぞんざいに言い放つツユに「うぇぇっ!?」と木ノ下が奇声をあげて、たじろいだ。
「何たじろいでんのサ。あんた、まさかインポだってんじゃないでしょーね?」
「い、いや、別に不能じゃないッスよ、ないですけど……」と、どこまでも木ノ下は退け腰だ。
彼の気持ちも判らないではない。
鉄男を探しに来たのに肝心の鉄男は見つからず、見知らぬ女から一発やろうと誘われては。
だが爆撃が、いつ何時近づいてくるやもしれない。
それに乃木坂も、まだ見つかっていない。
のんびりしている暇はない。
ツユの言うように、さっさと行動を起こすべきだと剛助も考え、木ノ下を促す側にまわる。
この女が何者にしろ、鉄男のジャンパーを羽織っている以上、全く関係がないとも言い切れまい。
「よし、俺達は中で待っているから、さっさと済ませてこい。それとも中でやるか?俺達は外で待っていてやるが」
「い、いや、俺は」
木ノ下が答える前に、ツユが頷いた。
「中の方がいいでしょ。外じゃ怖くて挿入も、おちおち出来ないわ」
勝手にやるものと決めてかかっている。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!ホントにやらなきゃ駄目なんですか!?」
シークエンスにべったり抱きつかれた格好で木ノ下が騒げば、ツユも剛助も二人揃って木ノ下を見やる。
「仕方ないだろう、辻の居場所を知る為にも」
「勇一は、あたし達で探しておく。だから、あんたはそいつから何としてでも聞き出しておくんだよ」
「え、え……待っててくれるんじゃ」
唖然とする木ノ下を置き去りに、先輩達は走っていってしまった。乃木坂の名を呼びながら。
確かにここで手持ち蓋差に行為の終わりを待っているぐらいなら、乃木坂を探した方がいいに決まっている。
だが知らない女と二人っきりの状況になった途端、木ノ下は急激に心細くなった。
元来人見知りしない性格とはいえ、相手が何者かも判らないのだ。
本人はシークエンスと名乗っているが、それも疑わしい。
――そうだ。
不意に閃くものがあり、木ノ下は彼女に尋ねた。
「君が本当にシークエンスだってんなら、鉄男が普段何を考えているか、よぉく知っているはずだよな?」
学長曰く、シークエンスは鉄男の中に含まれる要素であるらしい。
ならば鉄男の心のうちも、よく知っているはず。
「当たり前よ。あたしと鉄男は同じ器で育ってきたんですからね」
「じゃあ質問その1。鉄男は俺を、どう思っているんだ?」
直球な質問に目を丸くしたのは、シークエンスだけじゃない。
彼女の中で成り行きを見守っていた鉄男もだ。
一体、何を聞き出そうというつもりだ。
シークエンスが何を言い出すのか肉体がないながらも冷や汗で見守っていると、彼女は迷うことなく、あっさり答えた。
「もちろん、好きに決まってんでしょ」
「そ、その好きってのは、どういう好きなんだ?」
鼻息の荒い木ノ下の質問に、シークエンスが真顔で答える。
「友達としての好き、よ。できればもっと深い仲、親友になりたいって思っているようね。だってほら、鉄男は今まで友達が一人もいなかったし」
「こ、恋人なんかもいなかったのか?」
「いるわけないでしょ、友達がいないってのに恋人なんか作れる甲斐性、鉄男にあると思ってんの?」
全くもって彼女の言うとおりだが、他人に言われると、これほど腹の立つ言葉もない。
木ノ下も木ノ下だ。
恋人も友達もいないのは過去何度も話してきたはずなのに、何故今更同じ質問を繰り返すのか。
「じゃあ、質問その2。あいつは、どういうタイプが好みなのかな……」
鼻息がどんどん荒くなる木ノ下に、まだ続くの?と言いたげな目を向けて、それでもシークエンスは律儀に答えた。
「そうね、親切で明るい人かな。進みたいなのは大好きだと思うわ、ただし男だったら親友としてだけど」
「そ、そうかぁ〜。そんなに鉄男は俺と親友になりたいのかぁ〜。もちろんOKだと伝えといてくれ!」
デレデレとしまりのない顔で喜んだ後、ビシッと親指を突き出す木ノ下へ、シークエンスがしなだれかかる。
「ねぇ〜、そんなことより早くゼネトロイガーの中で、たっぷりと愛し合いましょうよぉ」
うっと呻いて木ノ下も汗だくで聞き返す。
「どうしても、しなきゃ駄目なのか?」
「駄目」
小さく囁いたかと思うと、シークエンスが木ノ下の耳たぶを甘く噛む。
「進は、あたしとやるのが嫌なの?ずいぶん鉄男にこだわっているみたいだけど、まさか鉄男とやりたいんじゃないでしょうね」
グビビッと嫌な音を喉で鳴らし、木ノ下は一瞬硬直する。が、すぐに首を真横に振って否定してきた。
「ち、違ェよ、んーなわけねーだろ?鉄男とは親友になりたいってだけで!」
親友になりたい。
その言葉を木ノ下の口から聞いた瞬間、鉄男の心に、じわぁっと暖かいものが広がった。
しかし、それもつかの間で、直後に起きた出来事には、された木ノ下本人よりも鉄男が一番衝撃を受ける。
なんとシークエンスときたら、予告もなしに木ノ下の唇を奪ったのだ。
それも、ちょっと口をつけただけの生やさしいキスではなく、たっぷりねっぷり舌を差し入れた濃厚なやつだ。
唇ごしに感触が伝わってくる気がして、精神だけの存在だというのに鉄男はカァッと全身が熱くなる。
まさか初めてのキスが男、それも親友になりたいと密かに思っていた相手だなんて……!
いや、違う。したのはシークエンスだ、俺ではない。
そう思おうとしても木ノ下のどアップが視界に入り、否が応でも意識させられる。
今、この体は彼とキスしているのだと。
「うんむ……ふっ……」
小さな喘ぎが木ノ下の口から漏れ、ちゅくちゅくと唾液を絡める音まで聞こえてくる。
できることなら今すぐこの場を逃げ出したいと、鉄男は思った。
シークエンスは進とヤる、といった言葉を口にしていた。
ヤるというのは、つまり性行為だ。最後までイクつもりだ。
冗談ではない。そんなものを強制的に見せつけられたら、こちらがどうかしてしまう。
「木ノ下、木ノ下ッ!」
聞こえはしないだろうと判っていても、鉄男は必死で目の前の男へ呼びかける。
「木ノ下、俺の声が聞こえているなら返事をしてくれ!俺を、ここから呼び出してくれ!!」
そんなことが可能かも判らない。
だが自力で抜け出す方法が判らない以上、藁にでもすがる勢いで鉄男は叫んだ。
ハァ、と満足げに吐息を漏らしてシークエンスが木ノ下から唇を離す。
「な、なんで俺と……そんなに、したいんだ?」
口元に手をやったまま硬直する木ノ下を誘い、彼女はゼネトロイガーの昇降口を開く。
誰に教わるでもなく、まるで最初から開け方を知っていたかのように、自然に。
「だって、あなたが好きなんですもの。あなたになら、あたしの全てを知って欲しい。そう思っているんだけど」
「け、けど、君と俺は初対面だよな?」
往生際の悪い木ノ下をコクピットまで引っ張り込むと、シークエンスは妖艶に微笑んだ。
「鉄男が初めてあなたと会った時から、あたしはあなたに惚れたのよ。そう、一目惚れってやつね」
「ひ、ひとめ……ぼれ……」
「そうよ」と木ノ下の手を取り、自分の胸を掴ませると、シークエンスは操縦席に寝転がり、己の股間を彼の股間へなすりつける。
股ぐらに熱いものを押し当てられたような気がして、鉄男は股間を押さえて身を縮めた。
無論、錯覚だ。現実に当たっているのはシークエンスの体であって、鉄男の肉体ではないのだから。
たまらず鉄男は叫んだ。
「きっ……木ノ下ッ!木ノ下ーッ」
お願いだ、俺の名前を呼んでくれ。俺を、ここから助け出してくれ。
その思いが果たして木ノ下に通じたのか、或いは木ノ下自身に問題が生じたのか。
シークエンスの上に跨ったまま、彼は申し訳なさそうに告白した。
「いや、ノリノリなとこ悪いんだけど。ほんっと〜に、悪いんだけど。俺、仕事以外で女の子を抱くのって、あんま好きじゃないんだよ」
見れば下がり眉で、心底迷惑そうでもある。
意外だ。ラストワンの教官をやっているぐらいだから、女の子となら誰でもOKなのかと思ったのに。
或いはOKなのは軽薄な乃木坂と春喜ぐらいで、他の皆は公私混同しないよう、けじめをつけているのかもしれない。
「どうして!? 進のこと、こんなに好きなのにっ」
絶望に叫ぶシークエンスを見下ろして、木ノ下は繰り返した。
「いや、ホントごめんな?けど俺、ホントいうと、女の子には興味ないんだよ」
意外な告白には、鉄男は勿論のことシークエンスも、えっとなる。
女の子に興味がないなら、何故ラストワンの教官になったのだ。
いや、彼は女の子とああした行為をする学校だと知らなかったのだと鉄男は思い直す。
母一人子一人で、辞めるに辞められないとの事情もあった。
「だから約束は守れないけど……鉄男の居場所、教えてもらえないかな」
シークエンスの双眸からは、たちまち大粒の涙があふれ出す。
「バカッ!バカ、なによ進のバカッ!!もう知らない、あなたなんて大嫌いッ!」
大嫌いと言いながら首にかじりついてきて、わんわん泣きわめく彼女を撫でているうちに、股間に当たる感覚が平らではなく、もっこりと曲線を描く何かであると木ノ下は気づく。
こ、この感触は……紛れもない、己の股間にもついているヤツと同じ物だ。
そっと泣きわめく女の顔を覗き込んでみれば、いつの間にやら女ではなく、鉄男の顔が、そこにあった。
「て、鉄男、鉄男?」
小さく呼びかけてみると泣いていた鉄男がハッとなり、続けて木ノ下を見て、抱き合っている状況に気がつくと、「う、うわぁああぁぁっっ!!?」と叫んで木ノ下を勢いよく突き飛ばすもんだから、木ノ下は鉄男の上から盛大に転がり落ちた。
突き飛ばして驚く暇もなく、ズキーンと鈍い痛みが鉄男の後頭部を襲う。
入れ替わる前、大怪我をしていたはずだ。
手をあてると血は既に止まっていたが、痛みは治まりそうもない。
「くっ……」と小さく呻いて頭を押さえる鉄男を、すかさず木ノ下が気遣ってくる。
「大丈夫か!?怪我してんのか……くそ、応急処置しか出来ないけど我慢しろよ」
あれだけ勢いよく突き飛ばしたというのに、全然怒っていない。
本気で鉄男を心配している。
木ノ下が救急箱から消毒薬や包帯を取り出すのを横目に見ながら、先ほどの言葉を思い出し、鉄男は場違いにも胸を高鳴らせる。
おかげで手当を受けている間、乃木坂の件など、すっかり鉄男の頭からは抜け落ちてしまった。


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