合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 バトンタッチ

飛来する巨大な物に人々が気づいたのは、そう遅くもないタイミングで、平和な午後は瞬く間に阿鼻叫喚の地獄図と化した。
混乱し、逃げまどう人々とぶつかりながら、鉄男は逆方向へ走り出す。
乃木坂のいる場所にアテなどなかったが、このままじっと待っている事なんて出来なかった。
片っ端から店という店のシャッターが迅速な勢いで降りていき、先ほどの焼き肉屋からも閉め出された。
大通りでボサッと突っ立っていたら、人の波に飲み込まれてしまう。
いずれにせよ、どちらかへは動かなければいけないのだ。
皆は地下シェルターのある方面へ逃げているのだろう。
ベイクトピアの地下シェルターへ入るには、事前登録が必要だと木ノ下は言っていた。
なら、鉄男が一人で向かったところで入れまい。
乃木坂が一人で先にシェルターへ向かったのでは、とも一瞬考えたが、鉄男は懸念を振り払う。
いくら乃木坂が軽薄で、しかも自分を嫌っていたとしても、そこまで薄情な男でもあるまい。
懐から携帯電話を取り出し、鉄男は液晶画面へ目を落とす。
電話帳には木ノ下と剛助、二人の分と、学校の事務室へ繋がる番号しか入っていない。
こんな事態になるなら、乃木坂とも番号を交換しておけばよかった。
後悔しても後の祭りである。
黒く巨大な影が太陽の光を遮る。
逃げまどう人と逆走する鉄男の頭上を覆い隠すように。

頭上を飛ぶ大きな影には、乃木坂も気がついていた。
だが、彼にはどうすることも出来なかった。
血反吐にまみれ、無様な体で地面に這い蹲った彼には。
「――どうするの?この姿を見られた以上、こいつは殺すしかないわよ」
髪の長い女が吐き捨てる。乃木坂には聞き覚えのない言語で。
傍らに立つ銀髪の少年が、それを止めた。
「待て、せっかく生きて捕獲できる貴重なサンプルだ。殺すのは惜しい」
「サンプル?」
と聞き返す女へ、少年が頷く。
「そうだ、原住民のサンプルだ。こいつを連れ帰り、もっと詳しく生態を知る必要がある」
「確かに……」
と相づちを打ったのは、後方に控えた背の高い男だ。
落ちくぼんだ瞳の中には、赤い光が宿っている。
「こいつは我々を一目で見破った。我々には判らない欠点があるに違いない」
「見破れない者のほうが、多いのに?」
と、女が不服そうに口を尖らす。
だが少年も男も「完璧に施しておくに越したことはない」と言い張って聞かず、ついには女が先に折れた。
「判った。じゃあ、連れ帰るとしましょうか」
乃木坂へ近づき、首筋に爪を突き立てる。
痛みの衝撃か、びくりと体を震わせて「うっ!」と小さく呻いた乃木坂は意識を失い、背の高い男に担ぎ上げられた。
「餌は何を与えればいいのかしら?パン?それとも、ご飯というモノ?」
「何でもいい。こいつら、同族以外は喜んで食う」

無愛想に男が答え、後ろを歩く少年は空を見上げてポツリと呟く。
「やっとこアベンエニュラが到着だ」
「あら、本当」
と女も空を見上げ、巨大な飛行物体に目を細める。
「随分手間取ったわね、今度は何のトラブルを言い訳にするつもりかしら?」
「そう虐めてやるな。あれも役立とうと懸命なのだ」

ぼそりと二人の嫌味に釘を刺し、乃木坂を担いだ男が再び歩き出す。
女と、そして少年も肩をすくめ、あとに続いた。


突如飛来した"空からの来訪者"が中央街上空に留まり、しばし沈黙していたのも、ほんの数分で、あとはボトボトと落ちてくる爆雷に地上の人々は混乱を増し、右往左往する羽目に陥った。
人の波にもまれていた鉄男も逃げ場がなく、降り注ぐ爆撃には為す術もなかった。
後方で粉塵があがったと同時に激しい衝撃が背中を叩きつけて、あっと思う暇もなく目の前が暗転する。
意識を取り戻した時には、自分の体が地面に倒れているのを鉄男は確認した。
反射的に、頭へ手をやる。ぬるりとした感触を手に受け、彼は顔をしかめた。
血が出ている。それだけじゃない、ズキズキと頭が痛む。
どうやら怪我を負ったようだ、それもかなり深傷の。
まわりには、同じように爆風で吹っ飛ばされた人々が転がっている。
地下シェルターまで辿り着けなかった、ベイクトピアの住民だ。
呻いている者はまだ軽傷なほうで、中にはピクリとも動かない者もいる。
意識を失っているだけならば良いが……
遠くで銃の連射される音を、鉄男の耳が聞いたような気がした。もう軍が到着したのか。
もう、と言ったところで木ノ下の電話を受けてから何時間過ぎたのか、はっきりとは判らない。
鉄男に判るのは、自分が立ち上がれないほどの怪我を負って、地面に倒れている現状だけであった。
こんな有様では、救急車も医者も呼べない。
呼べたとしても来ないだろう。今や街中が大混乱だ。
――乃木坂は無事だろうか?
己の身だって危ういというのに、鉄男は先輩を心配する。
最後に見た乃木坂は、暢気に焼き肉を頬張りながら情報収集すると言って出て行った。それっきりだ。
爆弾に吹っ飛ばされて、どこかで死んでいないといいのだが。
いや、彼は調子のいい男だ。きっと無事でいるはず。
意識が、また朦朧としてきた。懐をさぐり、鉄男は携帯電話を取り出す。
液晶には木ノ下の番号が表示されていた。
上空で巨大来訪者が沈黙していた時に、開いた画面のままだった。
コールボタンを押せば、木ノ下に電話が繋がる。
最後にもう一度、彼の声が聞きたい。そして、ずっと無視した件を謝らねば。
だがコールボタンを押すまでが鉄男の限界で、呼び出し音が鳴り続ける電話を眺めているうちに、再び意識は遠のいた。

ラストワンでは二人の無事を心配し、学校関係者全員で祈りを捧げていた――なんて事は、全くなく。
軍だけには任しておけないとばかりに、ゼネトロイガーの発進準備を急いでいた。
軍を信用していないわけじゃない。
民間人が割って入って、来訪者をどうにか出来るとも思っていない。
軍は来訪者とは戦うだろう。だが、こちらの救助して欲しい人物まで助けてくれるとは限らない。
助けたければ、自分たちで動くしかない。
乃木坂と鉄男を助ける為に出撃するのだ。来訪者の相手は、それこそ軍に任せておけばいい。
「鉄男から、さっき電話がきて!出たけど、うんともすんとも言わないんです!!」
自分の電話を握りしめて半狂乱な木ノ下の肩を、ツユが強く叩いて落ち着かせようとする。
「判ってる!二人の身に何かあったんだ、勇一の電話も応答しない」
「応答しない?電源が切れているのか」とは剛助の問いに、ツユは首を真横に振った。
「違う、電波の届かない場所にいるみたいなのよ」
「地下シェルターに無事逃げ込めたんじゃないか?」と言う学長へも、ツユは眉間に縦皺を刻んで受け応える。
「そうだといいんですけどね……嫌な予感がしてならないわ」


ふわふわとした空間を、どこまでも歩いていく。
自分は夢を見ているのだ――夢の中で、鉄男はそう考えた。
早く起きて、木ノ下に電話をかけ直さなければ。
きっと心配しているだろう、彼なら。
そうは思っても目が明かない。歩く足下は感触のない透明な空間だ。
やがて人影を見つけ、向こうもこちらに気づいたのか近づいてくる。
顔の判る距離になって、あっと鉄男は驚いた。
黒く短い髪。肉付きの良い体。露わになった胸を隠そうともしない。
全裸の女性と向かい合い、自然と頬が熱くなる。
そんな鉄男を見て、女性がくすりと微笑んだ。
「やっと会えたね」
「……やっと?」
「そう、やっと。何度も気を失う場面はあったのに、なかなか意識を解放してくれないから」
そう言って、じっと鉄男の目を覗き込んでくる。
困惑し、鉄男は聞き返した。
「お前は誰だ。俺を知っているのか?」
間髪入れず答えが返ってくる。
「知っているわ。あたしは、あなた。そして、あなたはあたし」
何を言っているのだ、こいつは。
言われた意味が判らず沈黙する鉄男に、彼女が質問を投げ放つ。
「あたし達のこと……いいえ、あなたのことを学長やエリスがなんて呼んでいるか、知ってる?」
「……シークエンス?」
「そう」と頷き、黒々とした吊り目が鉄男を見据える。
「幾多の可能性、未来への希望。それが、あたし。あなたの中に眠る、あたしの存在よ」
「お前は俺が作り出した、別の人格……なのか?」
裸体から視線を逸らし、俯きがちに尋ねる鉄男へ、シークエンスが答える。
「違うわね。あなたが生み出したんじゃない。あたしはあたしで、同じ体の中にいる人格よ」
「だが、その……体は」
裸なせいで恥ずかしくて直視できないが、シークエンスは女体だ。
それとも、これは夢だから、鉄男が自分でも無意識に女体変換しているだけなのだろうか。
鉄男の予想を、シークエンス自身が打ち砕く。
「そうよ、あたしは女なの。あたしが表面に出れば、体も女になるわ。でも、あなたが表に出ている間は、体が男になる。そういうモノよ」
「そんな馬鹿な!」
思わず声を荒げ、鉄男は真っ向からシークエンスと向かい合う。
彼女は笑っていた。
「馬鹿じゃないわ、精神は肉体と一体化しているモノなのよ。なんだったら今、あたしと交代してみる?」
冗談ではない。今はなんとしても意識を取り戻して、夢から覚めて木ノ下と連絡を取らねばならない。
「結構だ」と邪険な鉄男を冷ややかに見つめ、シークエンスが言う。
「でも、あなたは重傷を負ったじゃない。今、動けるのはあたしだけよ。あたしと交代すれば自由に動けるのに」
「だが、俺とお前は体を共有する意識なんだろう?だったら意識が誰に替わろうと動けないことに代わりは」
「判っていないわね」
シークエンスが肩をすくめた。
「あたしは女の体と人格、あなたは男の体と人格を持っている。二つの性別の融合体なのよ、あたし達は」
「な……にッ?」
ますます話は複雑を極め、鉄男は狼狽える。
同じ体の中に産まれた意識なら、体も共有しているのではないのか?
彼女の言い分だと、人格交代さえしてしまえば、どんなに肉体が傷ついても修復されるかのようである。
いや、そうじゃない。修復ではない。違う肉体と交換されるというのだ。
それは人間と呼べるのか?
産まれた時の記憶はないが、自分は確かに人間だ。
母親の胎内から産まれた、病院で産み落とされた存在のはずだ。
「あたしとあなたは運命共同体。体は、あくまでも一つよ。ただ、意識を交換すると、お互いの性別を意味する肉体にチェンジするってだけ。まぁ、どっちにしろ、あんたは今重傷だし、起きるのを嫌がっているみたいだから好都合ね」
"あなた"が、途中で"あんた"に変わった。
ニヤリと笑い、シークエンスが踵を返す。
「今は、あたしが主導権を握ってあげるから、あんたは中で眺めていなさい。できれば二度と起きないでね。あたしが進とくっつくまで」
思わぬ名前が思わぬ相手の口から飛び出し、咄嗟に鉄男は叫んでいた。
「な……何をする気だ、木ノ下にッ」
シークエンスは、ずんずん歩いていく。
彼女を追いかけて捕まえたい。なのに、足が動かない。
起きるのを嫌がっているというのは、こういうことなのか?
さっきまで、あれほど起きたいと願っていたはずなのに!
歩みを止めて、ちらりとシークエンスが振り返る。
「決まっているでしょ、進とラブラブになるの!もぉ〜、ずっとあんたの中で外を見ている時から気になっていたんだぁ〜。あの人、あたしのモロ好み!」
ふんっと鼻息荒く拳を握り固めて言われては、同じ肉体の中にいる者としては我慢ならない。
鉄男だって木ノ下のことは好きだ。ゆくゆくは親友になりたいと思っている。
でも、それは友情であって恋愛ではない。
勝手に恋愛に塗り替えられては困る。
後で入れ替わった時に、また気まずい思いをするのは御免だ。
「待て!!木ノ下には、手を出すなッ!」
鉄男は騒ぎ、喚いたが、足は動かずシークエンスの背中が次第に遠ざかっていき、色彩のない透明な空間に鉄男は一人取り残された。
意識を、どうやって目覚めさせたらいいのかも判らないまま――


景色に色が戻る。
辺りには相変わらず苦痛に呻く人々が転がっていたが、鉄男は構わず、その場を離れると、建物の陰に入り、携帯電話のボタンを押した。
「ふふ……進、あたしを見たら驚くかなぁ?」
早くも胸が高鳴ってきた。緊張と期待で。
ブラジャーも何もつけていない大きな膨らみに、そっと手をあて鉄男は呟く。
「早く迎えに来てね、進。帰ったら、い〜っぱいエッチしましょ♪」
何度目かのコールで、やっと木ノ下が電話に出る。
『あ、おい、鉄男!?お前、さっきどうして電話に出なかったんだ!もしかして怪我を』
泡を食って呼びかける彼の声を遮って、鉄男は誘うように囁きかけた。
「ねぇ、進……早く迎えに来て?あたし、ココで待っているから」
予想外なトーンの高い声に、受話器の向こうからは木ノ下の動揺が伝わってくる。
『えっ、ちょ、えっ!? き、君は誰だ!?どうして鉄男のケータイを』
「いいから早く来て。ベイクトピア中央街の焼き肉屋さんで待っているわ」
一方的に会話を締めくくると、鉄男はさっさと電話を切った。
早く来ないかな、あたしの王子様。
木ノ下が颯爽とゼネトロイガーで迎えに来るのを妄想し、鉄男ことシークエンスは、ふふっと笑みをこぼした。


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