合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 幸せの道

先ほどヴェネッサが言っていたことを思い出し、亜由美も脳裏にゼネトロイガーを描く。
歩けばいいんだよね。
歩けって念じればいいんだ……
よーし、歩け……歩け……歩け……!
三回ほど心の中で繰り返し、亜由美は目を開けるが、マリアの時と同じだ。
ゼネトロイガーは一ミリも動いた気配がない。
う〜ん、と首を傾げる亜由美へ、足下から木ノ下が尋ねてくる。
「どうした?亜由美」
『難しいですね、イメージと言われても……なんか、ピンとこなくて』
正直に答えると、木ノ下の背後に立ったメイラが言う。
「そぉ?簡単じゃない。歩いている姿を想像するのよ」
それはマリアがやった時にも聞いた。
だが、そのヒントでは、やはり亜由美にもピンとこないのである。
大体『歩け』っていうけど、そんな頭ごなしに命令されたらゼネトロイガーだって不快じゃないかな?
私だって一応命令には従うけど、心のどこかではムカッと来るだろうし。
――なんて心を持たぬ無機質相手に心配までしていると、木ノ下のアドバイスが聞こえてきた。
「そうだな、じゃあ発想を変えてみよう。亜由美、お前はどんな時なら歩こうって思う?」
『えっ?』
どんな時って言われても。きょとんとする彼女の耳に、さらなる質問が届いてくる。
「どんな気分の時になら、出かけたいって思うんだ?休日に青空が広がっていてさ、風も穏やかな日に」
『あっ……そうですね、ワクワクして、楽しい気分の時……でしょうか』
答えながら、脳裏に描いたのは雲一つない青空。
そして、地平線の彼方まで広がる大草原だ。
まだ幼かった頃、両親とピクニックへ出かけた場所である。想い出のスポットの一つだ。
ベイクトピアへ来てからは、そういった行楽スポットへ出かけることもなくなってしまった。
懐かしき、クロウズの大自然。いつか休暇が取れたなら、里帰りしたい。
「楽しい時か。なら、楽しくなるような想像をしてみろよ。心が弾んで、思わず歩きたくなるような想像を!」
すでに妄想の世界へ旅立ちかけていた亜由美はハッと我に返り、木ノ下の言葉を反芻する。
楽しくなるような妄想か。急に言われても何も思いつかない。
「なんだっていいんだよ。好きな人、家族や友達でもいい。そいつらと、どこかへ出かける想像とかさ」
『でかける……』
「そうだ。海水浴でもショッピングでも、何でもいい。とにかく考えてみろよ、お前にとって一番楽しい事を」
『たのしい、こと……』


私の楽しいこと。
やっぱり、海や山や草原へ出かけること、かな?
ベイクトピアは賑やかで、お店もたくさんあって、さすが都会って感じだけど。
でも私は、やっぱりクロウズのほうが好き。
生まれ育った国だっていうのもあるけれど、大自然に囲まれた、のんびりした空気がいい。
小さい頃は、お父さんとお母さんに連れられて、いろんな処にいったなぁ。
その中でも一番のお気に入りスポットは、やっぱり大草原かな。
草原いっぱいに咲き誇ったお花を見た時は、知らず心がふるえたもん。
あの景色、マリアちゃんやカチュアちゃん達にも見て欲しいなぁ。
もちろん、辻教官にも。

辻教官のことを考えると、胸の辺りがドキドキしてくる。
これって、やっぱり好きなの……かな?私、教官のこと。
初めて朝礼で見た時から、なんか気になっていた。格好いいな、って。
格好いいけど、でも、なんだか寂しそうにも見えた。
教室に入ってきて、マリアちゃんが殴られて。
あれでカチュアちゃんは、すっかり怯えちゃったけど、私も驚いた。
殴られたマリアちゃんより、辻教官のほうが悲しそうに見えたから……
あぁ、この人は、昔の私と同じだ。
同じなんだ。
人と上手く接することが出来なくて、不器用ばっかりやっていた私と。
きっと、悪い人じゃない。
マリアちゃんと仲直りした時、私の予想は的中した。
辻教官は、ずっと友達がいない学生時代を過ごしてきたんだと思う。
うぅん、そういうと語弊があるかな。
友達は欲しいけど、友達をつくるきっかけが掴めなかったっていうか……
とにかく、学生時代を寂しく過ごしたんじゃないかなぁ。
だったら、辻教官こそ、あの大草原を見るべきだと思う。
どこまでも広がる無限の緑を見たら、そんなちっぽけな事で悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しくなっちゃうよ。
うん、そうしよう。
今度、長期の休暇が取れたら、彼を誘ってピクニックへ出かけよう。

・・・・・・

あ、そうか。
何も本当に、休暇を待つまでもないよね。ここで妄想すればいいんだ。
辻教官、どんな私服が似合うのかなぁ。チェック柄のシャツとか、どうだろ?色は青で。
それで私はっていうと、無難にピンクのTシャツとパンツで。
お弁当、何を持っていこう。
やっぱり定番で、サンドウィッチ?うーん、でも、おにぎりも捨てがたい……
教官は、おにぎりのほうが好きそうだよね、なんとなく。
おにぎりって、元々はニケアの郷土料理だっていうし。
エヘヘ……具は、焼き魚と、海草の煮付けと、ブルーチェの塩漬けでいいよね。定番、定番。
それで、二人で駅で待ち合わせして、一緒に電車で行くの。
向かい合わせに座っちゃったりなんかして。
私は景色を見て喜んでいるんだけど、そのうち、それにも飽きて来ちゃって。
ふと正面を見ると、私を見つめている教官に気づいたり。
「どうしたの?」って私が尋ねると、教官は「なんでもない」って目を背けたりするんだよね。
心なし、頬を染めたりして。可愛い。
それで何時間もかけて草原に着いた二人は、しばらくお散歩するんだよ。
私は手をつなぎたいんだけど、教官は恥ずかしがり屋だから、無理かな?
うぅん、ここはマイ妄想ワールド!私の妄想だもん。恥ずかしがられてちゃ、話が進まないわ。
最初のうちは二人とも恥ずかしがっているんだけど、他愛ない話をしている間に、そっとさりげなさを装って。
辻教官のほうから手をつないでくれて、ビクッてなる私に「……嫌か?」って、おそるおそる聞いてくる教官。
うぅんって答える代わりに、私は無言で首を真横に振る。
それを見て、安心したように教官も微笑む。
それでね、二人は手をつないだまま、いっぱいのお花畑や風に揺れる草原を見て、うっとりするの。
……はぁ……
あ、そうそう。うっとりした後は、ご飯にしなきゃね。
ピクニックシートを敷いて座った二人は、バスケットから、おにぎりを取り出すの。
「あ〜ん」って食べさせてもいいんだけど、辻教官は、たぶん、そういうのは好きじゃなさそう。
好きな具のおにぎりを、それぞれ好き勝手に取って食べ始めるんだけど……
不意に教官の手が伸びてきて、私のほっぺについたご飯粒を取ってくれて。
「釘原は子供みたいだな」とか笑って、私のほっぺについたご飯粒を食べちゃったり。
私は、もう呆然としちゃって、ただ、ただ、真っ赤になって教官を見つめるばかりで。
会話が途切れて、しばらく見つめ合う二人。
そのうち教官のほうから身を近づけてきて、私は目を瞑り――


「――おいっ!止まれってば、亜由美!危ない、ぶつかるぞ!?早く前見ろ、前ッ!!
ガキンと激しい衝撃を受けて、ついでにどこかへ額をぶつけた亜由美は思わず叫んでしまう。
「いったぁ〜いっ!」
同時に夢の世界から現実へと瞬時に戻り、額を押さえながら前方スクリーンを見やると、一面に灰色の景色が広がっている。
「はれ?何、これ」
見知らぬ景色に呆然としていると、下のほうから木ノ下の声が聞こえてきた。
「お前、すげぇなぁ。初機動でゴールまで到着した奴なんて、初めて見たよ!」
言われて初めて、目の前の景色は壁の色であると思い当たる。
先ほど激しく額を殴打したのは、コクピット手前にある確認用の小型モニターだった。
自分がまだゼネトロイガーの中にいるのを思い出し、再度、亜由美は「あれ?」と首を傾げる。
正面の壁にぶつかったってことは……私、もしかして歩けたの?
何が何やら、よく判らぬまま機体から降りてきた亜由美を皆が、わっと取り囲む。
「すっごぉぉーい、亜由美ちゃん!あなたは出来る子だって、私、信じてた!」
感極まったメイラの賛美を身に受けて、いつ彼女に信用されていたのかは初耳だったが、まんざらでもない。
「ウソやろ?ウチかて初めて乗った時は三十センチも動けば、えぇほうやったのに!亜由美ちゃん、実は天才なんと違う?ゼネトロイガー動かす天才!」
よほど興奮しているのか、モトミも唾を飛ばすほどの大絶賛。
「すごい!亜由美、すっごぉい!!ソンケーしちゃうよぉっ!」
てっきりむくれているかと思いきや、なんとマリアまで大興奮して亜由美の両手を握ってきた。
「あ、ははは……ありがとう。でも私、自分でもよく判らないうちに動いてて」
困惑気味に照れる彼女へ、乃木坂が拍手しながら近づいてくる。
「お前が一番にクリアするたぁ、俺にゃ予測できなかったぜ。一体、どんな楽しい妄想をしてたんだ?」
「えっ?」と振り向いた先に鉄男の姿を見つけ、たちまち亜由美はボッと頬を染めた。
「……あっ!」
それを、どう勘違いしたのかメイラがひやかしてくる。
「あ〜!もしかして亜由美ちゃんってば、乃木坂教官とエッチする妄想してたんでしょ!」
「ちっ、違いますぅ!」
最後のほうはエッチな妄想だったかもしれないが、肝心の相手が違う。
だが強く否定すればするほど、皆には冷やかされてしまう。
「わ〜、亜由美!あんた、チョー汗かいてんじゃんっ」
「こーの、エッチエッチ、亜由美ちゃんてば、むっつりエッチィ☆」
両脇から飛鳥とレティにつつかれて、亜由美は必死に反論しようとしたのだが。
「ち、違うんですってばぁ!」
今度は反対側から、ユナとミィオには興味津々な瞳で見つめられる。
「隠さなくてもいいのに〜。で、どこまでやっちゃったの?参考までに」
「もしかして、もう、最後までいかれたとか……?」
「だ、だからぁっ」
キャーキャー黄色くはしゃいだ声が飛び交う中、木ノ下はガリガリと頭をかいて、他の教官に同意を求める。
「いくら新型とはいえ初級テストもまだの候補生に、ここまで動かせちまうたぁ……すごいですよね、この機体も」
「感情をダイレクトに取り込めるよう改良したからな。とはいえ、この結果には俺も驚かされたよ」
こともなげに乃木坂が答え、大騒ぎへ目をやった。
「……けど亜由美なら俺じゃなくて辻、お前との妄想をすると思ったんだけどな」
いきなり名前を出され、鉄男はポカンとする。
「俺との妄想……ですか?釘原が?」
「そうだよ。そっちのほうが自然じゃん」との乃木坂へ、鉄男が食い下がる。
「しかし、共にいた時間は俺より乃木坂さんのほうが長いのではありませんか?乃木坂さんは俺よりも前から釘原と会っている」
「一緒にいりゃあいいってもんじゃねーだろ」と乃木坂も言い返し、亜由美を顎で示した。
「大体、俺との妄想をしていたんなら、あーゆー態度は取らないだろうが」
「ああいう態度、とは?」
首を傾げる鉄男にハァァーッと、これ見よがしな溜息をつくと、乃木坂は、この鈍感男にも判るよう言葉を選んで解説した。
「相手が本当に俺なら、あんな風に全力投球で否定しねぇっつーんだよ。亜由美なら『ち、違いますぅ……』とかモゴモゴ、口ん中で呟いて、顔を赤らめて俯くはずだ。ありゃあ、本気で相手が違うから否定してるんだろうぜ」
「……よく観察していますね、釘原を」
むすっとする鉄男には、乃木坂もつられてムスッとなった。
「お前、俺に嫉妬してんのか?違うだろ、ここは俺に嫉妬する場面じゃねーぞ」
かと思えば、急に大声をだして亜由美へ呼びかける。
「おぉーい、亜由美!」
「は、はいっ!?」
いきなり大声で名前を呼ばれ、ビクッと振り向いた彼女へ、乃木坂は直球な質問を投げかけた。
「お前、辻とのラブラブデートを妄想してたんだよな?俺とのデートじゃなくって!」
直後の亜由美の反応と来たら、そりゃあもう、これも見事な直球で。
彼女は、なにやら口の中で「ち、違いますよぉ……」とモゴモゴ小声で呟いて俯くと、あとは顔もあげられないほど耳まで真っ赤っかに染まった。
この反応、誰がどう見ても大当たりである。
亜由美の正直な反応には、見ている鉄男まで恥ずかしくなってしまう。
またしても候補生達はキャーキャー沸き立ち、もはや誰が何を言っているのやら聞き取れないまでの大狂乱と化した。
亜由美に負けないほど赤くなって黙り込む鉄男の肩を、ぽんと軽く叩いてやると。木ノ下は彼なりの言葉で慰める。
「ま、まぁ、それだけ生徒に好かれているってのは、教官としちゃ幸先がいいと言えるんじゃねーか?」
「そうだな」と同意したのは剛助で、皆に冷やかされて何も言えなくなっている亜由美を遠目に眺めた。
「嫌われているよりは好かれている方が教育もやりやすい。ましてや、ここの教育は性教育に近い」
「近いってか、そのまんまでしょ」
すかさずツユには突っ込まれたが、剛助は華麗にスルーした。
「生徒が、その気になっているのならば吉兆ではないか。釘原には素質もある。初めてで壁際まで一気に歩いた候補生は、今まではエリスしかいなかったのだぞ」
「そうそう」と乃木坂も話題に入ってきて、赤面する鉄男を冷やかしにかかる。
「お前次第じゃエリスを越えられるかも、しれないな。……いや、でも、お前ドーテイだったっけ?んじゃあ、期待できねぇか」
「ちょ、ちょっと乃木坂さん!その話はプライベートだったんじゃ!?」
慌てて木ノ下が止めに入るも、一歩遅く。
「え〜っ!ドーテイだったの、鉄男ってば!!」
大袈裟にツユが騒ぎ立て、剛助は力強く頷いて鉄男を励ました。
「気にするな。誰だって初めは童貞だ。経験なら、ここで皆と一緒に積めばいい」
だが励ますということは、この剛助ですら脱・童貞しているという恐ろしい事実があるわけで。
甲高い大騒ぎをBGMにしながら、鉄男は一人、ずどーんと暗く落ち込むのであった……


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