合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 感じるということ

ゼネトロイガーへ搭乗するには、幾つかの段階を終了させるのが大前提となっている。
まずは初級実技をクリアできるか否かが、素質を問われる最初の関門だ。
続いて受けるのが初級学科。
基本学科とは異なり、ゼネトロイガーを操縦する為の知識を学ぶことになる。
今回の動作テストをやるにあたり、初級学科の知識は必須だ。
当初の予定では鉄男組と木ノ下組だけに任せられたはずだったのだが、学科を飛ばしてやろうとしていた木ノ下は乃木坂から小言をくらい、テストは全候補生が行う事となった。
「すいません、学長」
頭をさげる木ノ下へ、御劔が笑う。
「なに、どうせなら彼女達にも最上級生のお手本を見せておきたいからね」
「テストのたびに廊下を走り回られても、たまんねーからな」とは、乃木坂の嫌味にマリアが眉尻をあげる。
「何よ、あんな風に嫌味ったらしく言わなくたっていいじゃない!」
「ま、まぁまぁ……マリアちゃん、落ち着いて」
亜由美が宥める横では「んじゃあ、簡単に説明すっぞー」と木ノ下が話し始め、皆の意識もそちらへ向かう。
「ゼネトロイガーを操縦する動力となるのは、どういう感情だと思う?モトミ」
指名されたモトミが立ち上がり、ハキハキ答える。
「そりゃあ、決まってんやろ?気持ちいい〜って感情や」
「ご名答。んじゃ何故、体を触られると『気持ちいい』って思うのか、判るか?お前ら」
木ノ下に問われ、亜由美もマリアも首を傾げる。
「そんなこと聞かれても……気持ちいいって思ったことなんてないし」
口を尖らせるマリアの横では亜由美が俯き、ぼそぼそと呟いた。
「え、えっと……え、エッチなこと、考えちゃうから……?」
しかし言ってみたものの、すぐ亜由美は自分で否定してみる。
「そんなわけないですよねっ」
「おっ。いいとこ突いてるじゃねーか」
木ノ下には感心され、慌てて顔を上げた。
「ほ、ほんとにっ!?」
「ホントホント。気持ちいいってのは、体が感じているわけじゃないんだ。もっと言えば痛いのや、くすぐったいのも、実は神経が感じているわけじゃない」
えーっ!と未学科の子が、揃って驚愕の声をあげる。
彼女達の顔を見渡して、予想通りの反応に気をよくした木ノ下は話を続けた。
「じゃあ、なんで気持ちいいとか痛いと思うかってーと、脳が、そういう命令を出すからだ」
「脳が?」
きょとんとするマリアの頭を指でつつき、木ノ下は言った。
「命令っつーより、そうだな、もっと判りやすくいえば感情かな?脳が出した感情を神経が受け止め、痛いとか気持ちいいってのを全身に発信するんだ。ちなみに好きとか嫌いとか不快ってのも、体じゃなくて脳が出している感情なんだぜ」
「ほたら、脳味噌掻き回されたら、めっちゃ気持ちよかったりするん?」
などと気持ち悪い発想へ辿り着いたのはモトミだが、木ノ下は苦笑いで彼女の頭をはたく。
「んなワケあるかよ」
「あだッ!」
涙目のモトミをジト目で眺め、杏が木ノ下へ尋ねた。
「今の、殴られて痛いってのも脳が出した感情なんですか?」
「そうだ。モトミの脳が今の衝撃を痛いと判断したんだよ」と頷き少し間を置いた後、木ノ下は顎へ手をやり、マリア、亜由美、それからカチュアを順番に眺める。
「お前らが、っつか、お前ら三人は読んだことあるのかどうか判らないけど、エロ本を見て顔が赤くなったり胸がどきどきしてくるってのも、脳による伝達で感じる情報の一つだ」
初級実技は脳の伝達が、どれだけ達者なのかを調べるテストである。
強力な想像は虚無を越えて、念動力となり、計器を動かすまでに至る。
「だから当然、性行為に対して何の感情も持っていない奴は、どんなに敏感な部位を触られたとしても何も感じることができない。それは脳が、そういう知識を持っていないからだ」
「じゃあ、一人エッチしたことがない人はぁ〜、損してるって結論ですかぁ?キャピッ☆」
レティが口元に拳を当てて、一人ではしゃぐ。
「なんだよ、一人エッチって。マスターベーションって言えよ」
訂正してから、木ノ下は、ジッと鉄男を見つめた。
見つめられていると気づき、鉄男も木ノ下を見つめ返し、ぼそりと尋ねる。
「……俺の顔に何かついているのか?」
「あぁ、いや。お前はあるのかな、と思って。そういう感情」
途端に場は、どっと笑いの渦に包まれて、顔も真っ赤に俯いてしまった鉄男へ木ノ下は慌てて謝らなくてはいけなくなった。
「わ、悪い。お前だってあるよな?いや、なんか、お前って硬派っぽいからさぁ」
「硬派なんかじゃ、ない……」
ぼそぼそ呟く鉄男の口元に耳を寄せ、木ノ下は尋ねた。
「あん?何だって」
ますます顔を赤くして、鉄男の呟く事にゃ。
「……知らない、だけだ」
じゃあ、図星だったのか。ますます悪いことを言ってしまった。
ポリポリ頭を掻きながら、木ノ下も周りには聞き取られぬほどの小声で鉄男へ囁いてやる。
「んじゃあ、マリアや亜由美と一緒に、お前も覚えろよ。な?俺が教えてやっから」
鉄男は頷いたのか頷かなかったのか判らないほど短く顎を引いて、チラッと上目遣いに木ノ下を見た。
その仕草は思った以上に初々しくて、木ノ下の喉が、ごびりと嫌な音を立てる。
と、そこへ教室の後方から甲高い声が割り込んでくる。
「教官ってば、二人だけで内緒話?皆の前で二人の空間を作るなんて、いやーん、もうっ、リア充見せつけ☆」
これまた頭の沸いた発言だが、これはレティじゃない。
最上級生のメイラだ。
大きな瞳を好奇心で輝かせ、鉄男と木ノ下を交互に見比べている。
おかげで木ノ下も我に返り、大きくゴホンと咳払いしたのちに解説へ戻った。
「だが最終段階に行ってもいないお前らに、その感情を爆発させろと言ったって無理な話だよな。だから、今回のテストでは『動かす』事に重点を置きたいと思う。即戦力として求められる、機体自体の耐久度や攻撃力のテストは、最上級生の三人にお任せだ」
「でも、そんなノンビリやっていられる時間はあるんですか?」とは、飛鳥の質問だ。
「もし例の敵が、また襲ってきたら……」
それに答えたのは学長だ。
「その時は、迷わず軍へ救援を頼むさ」
「戦える機体は新型機のみだ。それもテストが済まぬうちは、実戦へ投下することも出来ん」
剛助も付け足し、飛鳥は渋々納得する。
「判りました」
そんな彼女をチラリと一瞥し、ツユが場を締める。
「どのみち今戦えるのは勇一のクラスと、あたしのクラスだけでしょ。マリアやカチュア達を急ピッチで育てる為にも、この動作テストは必要ってわけ。じゃあ、木ノ下の説明で大体の仕組みも判っただろうから、そろそろ始めましょ」

まずは、お手本を見せてやれ。
学長に言われてトップバッターに名乗りをあげたのは、ヴェネッサ=モンドロイ。
最上級生にして乃木坂組の優等生だ。
『はじめの一歩は、機体を動かすこと。何か質問は?』
コクピットから促され、亜由美が、おずおずと手を挙げる。
「あ、じゃあ……」
『何?釘原さん』
「あ、えっと……念じるっていうけど、具体的には、どうやればいいんですか?」
『簡単よ。頭の中に、機体が動いているイメージを浮かべるの』
いとも簡単に言ってくれる。
「そやで」と、傍らに座るモトミも頷いた。
「動けー、動けェー、って頭ン中で何度も命じるんや。頭ン中にある機体に向けて」
「念じるだけで動くのなら……あのような真似をしなくても、いいのではないのか?」
首を傾げる鉄男に、木ノ下は言う。
「ん、あぁ。動かす分には念動だけで充分なんだが、攻撃するとなると複雑になってくるんだ。機体バランスのコントロールは俺達教官がやる。んで、攻撃を候補生に任せるってわけさ」
教官と候補生の二人が一緒に乗りこむ理由が、やっと判った。
乃木坂は、候補生の補佐というだけではなかった。
候補生のテンションをあげてやりながら、且つ、機体のバランスを維持させていたのだ。
「ん?ってことは、進やツユにもゼネトロイガーが動かせるの?」
マリアの質問へ頷くと、木ノ下が答える。
「いんや。俺達に出来るのは、お前らが動かした機体のバランスを保つだけだよ。一度動き出しちまえば、お前らの意志が働くまで、ゼネトロイガーは稼働し続けるからな。ただ、攻撃やゼロからの起動ってのは、俺達には無理だ。出来ない」
「どうして?」と当然の聞き返しに、木ノ下は肩をすくめる。
「女性の煩悩のほうが、反応がいいんだとさ。こればかりは作った本人達にも、よく判らないらしいぜ」
「なによ、それっ。作ったのに判らないなんて」
ブスッとするマリアを軽く小突き、ツユが諫めた。
「いいから、少し黙って見ていなさい。ヴェネッサが動くよ」
言われた側からズシーンと腹に響く衝撃がやってきて、マリアは飛び上がる。
振り返れば新型機が一歩、二歩と前に向かって、ゆっくり歩き出したところであった。
壁際まで歩いていくと動きが止まり、コクピットから声が響いてきた。
『OK、前の機体よりもスムーズに念動が届くようになったわ』
「お前が、そう感じるぐらいなら、初心者でも上手く動かせそうか?」
乃木坂に聞かれたヴェネッサが頷く。
『はい、できると思います。ではマリア、次はあなたの番よ』
「あ、待って!待って下さいっ」
亜由美が唐突に声をあげ、ちらりと隣に座るカチュアを見やる。
「うちのトップバッターはカチュアちゃんがやりたいって……」
だが当のカチュアは、ふるふると首を真横に振るではないか。
「えっ?で、でも辻教官の話だと――」
「動かすテストは全員がやる。順番は誰が最初でもいいだろう」
その辻教官こと鉄男までもが、そんなことを言い出して、ポカンとする亜由美の横を颯爽とマリアが通り抜けた。
「よぉっし!モトミよりもヴェネッサよりも、いい結果を出してやるんだから!!」
「な!初級も終えてへん素人が、ウチより好成績出すやってェ!?」
モトミはカッとなるが、ヴェネッサは、さすが最上級生。
余裕を持ってコクピットを降りてきた。
「その意気よ。期待しているわ、マリア」
「まっかせといて!」
意気揚々とコクピットへ乗り込み、マリアは腰掛ける。
どうなることかとハラハラする全員が注目する中、目を瞑ると、脳裏にゼネトロイガーを思い浮かべた。
紫で巨大な、人の形をした二足歩行ロボット。
こいつを動かせばいいんでしょ?簡単だわ。
『むーん……動けッ!』
勢いよく体を前に突き出し怒鳴ってみたが、機体はピクリとも動かない。
『あ、あれれ?』
「動けって声で叫ぶんじゃないの!」と、メイラがアドバイスを飛ばす。
「心の中で動けって念じるのよ〜!」
『わ、判ってるってば……っ』
今度こそ。ズシンズシンと地響きを立てて動くゼネトロイガーを思い浮かべながら、マリアは念じる。
動け……
動け!
動けっ!
しかしグイッグイッと動くのは自分の上半身だけで、機体は全くウンともスンとも。
『動けーっ!動けったら、動け〜〜!あーもーっ、どうして動かないのよぉぉっ!?』
終いには癇癪を起こして前面モニターを蹴っ飛ばしてみるも自分の足が痛くなっただけで、やはり機体は反応しない。
「コラコラ!せっかく作った新型を壊すんじゃないッ」
オマケに乃木坂には怒られるしで、結局タイムアップ。
マリアは機体から引きずり下ろされた。
「う〜〜。故障してんじゃないの?アレッ」
ぶすくれるマリアの頭をヨシヨシと撫でて、木ノ下が慰める。
「お前もレティと一緒で、当分は精神修行が必要だな」
「レティとぉ〜?」
ちらっとマリアが当人を見ると。
「きゃぴぃ☆ガンバ、ガンバね、マリアっちゃん!」
バカみたいにはしゃぐ彼女と目があって、マリアはガックリ肩を落とす。
よりによって、レティと同レベル扱いか……
「じゃあ、次は亜由美。お前がやってみろ」
乃木坂に背を押され、まだ心の準備が出来ていなかった亜由美は泡を食う。
「わっ、私ですかぁ?」
「あぁ、お前だよ。何驚いてんだ?さっき辻も言っただろ、全員がやるんだって」
渋々コクピットへあがりこむ亜由美の背中を見送りながら、木ノ下が全員に言った。
「機体を動かすのに一番重要なのはマイペース、つまり平常心だ。見ていろ……亜由美なら、きっと動かせるはずだ」
「亜由美が!?」「うっそぉ!」といった皆の失礼な反応を聞きながら、亜由美はパイロットシートへ腰掛ける。
座っただけで、もう、心臓がバクバクしてきた。
こんな自分に平常心なんて、あるんだろうか?
だが辻教官の面目を守る為にも、やるしかない。
ここで自分まで失敗したら、あとはカチュアしか残っていない。
あの臆病で内気な子にマイペースだの平常心を求めるのは、酷というものだ。
マリアもやっていたように、亜由美は目を閉じる。
ゆったりと身をシートに沈めながら、脳裏に紫の巨体を描き始めた――


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