合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 動揺

授業が始まるも、生徒は、どの顔も上の空だ。
朝に見たニュースは、来訪者襲撃時間までの現状をリアルタイムで伝えていた。
ラストワンは避難区域に入っていない。
しかし国の一部が襲撃されると予想されているのだ、落ち着いて授業を受けられるわけがない。
それは辻&木ノ下組の生徒にしても、同じ事。
この二組は普段の授業を返上して、試作機テストを任された。
「動作テストって!そんな悠長な事をやってる暇があるなら、撃退に参加するべきじゃないの!?」
さっそく血気盛んなマリアが喚くのを、木ノ下は宥めに入る。
「今の俺達が参加しても、足手まといになるだけだろ?今回の迎撃も正規軍に任せるんだ」
「でも、せっかく戦える機体があるのに――」
「その戦える機体を無駄にしない為にも、動作テストは必要だ」
ぴしゃりと鉄男が締め、彼女を黙らせる。
「それで、テストプレイは誰と誰でやるんですかぁ?きゃぴぃ☆」とは木ノ下組の候補生レティシアの質問に、集まった六人の顔を見渡してから木ノ下が答えた。
「俺とモトミ、鉄男と亜由美でやろうって思ってんだけど、異議のある奴、いるか?」
間髪入れず「ゲッ、ゲェーッ!」と叫んだのは、モトミだ。
「ゲェッてなんだよ、俺が相手じゃ不服か?」
不満顔の木ノ下に咎められ、すかさずモトミも反論する。
「だ、だって本人に確認も取らんと勝手に決めるとか、超ありえんわ!こーゆー大事な事は、当日じゃなくて前日に教えたりせぇへん?フツー」
「あぁ、直前告知なのは悪かったな。何しろテストプレイを頼まれたのは、ついさっきだったんだよ」
それで、と木ノ下は続ける。
これまでの授業態度や念動テストで一番成績のいい奴がモトミだったので、お前を選んだのだ――
目の前で褒められたというのに、しかしモトミは腑に落ちない顔で首を傾げる。
「せやけどウチら、まだ初級実技をクリアしたばっかやで?アカンわー、まだ全然心の準備も出来てへんっちゅーのに、いきなりご指名されはっても……」
「あっ!じゃあ、じゃあっ☆」
グイッとモトミを押しのけて、一歩前に出たのはレティシアだ。
「モトミちゃんは嫌がってるみたいだしィ、レティが代わりにやるっての、どうでしょォ?ウフフッ♪」
せっかくの提案も、木ノ下には、あっさり却下される。
「あー、ダメダメ。お前は、まだ感情のコントロールが上手くねぇからな。モトミと比べて」
「モトミちゃんだって出来てないと思いますゥ〜。ぶぅー、依怙贔屓ですぅ」
わざとらしいぐらい、ふくれっ面でカワイコぶるレティシアには、周りの候補生もドン引きだ。
木ノ下も苦笑して、再度却下する。
「んな、提灯河豚みたいに膨れっつらしても駄・目・だ」
「え〜っ、どぉしてですかぁ?ぷんっ☆」
「だから言ってるだろ?モトミのほうが、お前より念動力、つまり感情コントロールが上手いんだよ。テストの点が、そう証言している」
「ぶ〜、ぶ〜ぅ。木ノ下教官の、いけずぅ〜」
木ノ下組の面々はモトミの言うとおり、初級実技――すなわち、念動テストが終わったばかりの段階だ。
感情をコントロールして、テスト用に設計された小型計器を動かす。
机の端から端までの、短い距離での操作である。
実際にゼネトロイガーへ搭乗して戦うには第一段階、第二段階と、更なる段取りを踏まねばならない。
だからレティシアが目を輝かせてテストプレイヤーに志願する気持ちは、判らないでもない。
しかし念動テストの記録で言うなれば、彼女の成績は三人中最下位。
授業中も雑談が多く、かと思えばボーッとして話を聞いていない事も多い。
なにかと木ノ下に注意される回数が一番多い。
とにかく気が散りやすく、一つの行動に集中できないのだ、この少女は。
これでは、とてもテストプレイを任せられたものではない。
やる気が漲るのは結構だが、どうせなら普段の授業でも、その姿勢を見せて欲しい。
「やる気だけあっても、動作テストにゃなんねぇからな。まずは動かす。動かした上で、第一段階へ突入する」
「え?でも、第一段階を受けるには学科が」
マリアの質問を遮り、木ノ下は続けた。
「学科は後でやる。今は、とにかく緊急へ向けて、急いで動作テストしなきゃなんねーんでな」
それでも不安な面持ちの面々を安心させようと、少し言葉を和らげる。
「だーいじょうぶだっ!んな怖がるなって、ちゃんと俺達がレクチャーしてやっから。予習だと思えって。第一段階を受ける前の、軽いお試し学習だ。な?それなら、怖くないだろ」
満面の笑みで言ってやると、顔を強張らせていた少女達にも、ほんの少しだけ余裕が戻ってくる。
「まぁ……お試しなのはいいとして、なんで、あたし達の組は鉄男と亜由美なの?まだテストも受けてないのに、どうして亜由美を選んだのか、理由を聞きたいんだけど」
それについてはと木ノ下に目線で促されて、鉄男が答える。
「釘原自身が志願した。だが、もし他にやりたい者がいるなら変更も考える。……どうする?マリア」
「どっ!どうするって、どうして、あたしに聞くのよ!?」
自分から質問したくせに、真っ赤になったマリアが怒鳴り返す。
「あ、あたしは別に、やりたいとか思ってないんだから!亜由美がやりたいんなら、勝手にすれば!?」
「そうか」
さして動じもせず無表情に頷いた鉄男は、亜由美の傍らに立っていたカチュアへも目を向けて、それまで能面だった彼の顔に驚愕が浮かんだ。
なんと、カチュアは真っ青になって、ぶるぶると体を震わせているではないか。
ぐっと唇を噛みしめて、大きな瞳には涙まで浮かべている。
「カチュア……?」
困惑に声をかけた鉄男へ思いがけぬほど強い視線を向けたかと思うと、カチュアはくるりと踵を返す。
「あっ、カチュアちゃん!待って!!」
亜由美の制止も振り切って、格納庫を飛び出してゆく。
それこそ誰もが予想外の行動で、しばらくポカーンと見送った後。我に返った木ノ下が生徒へ命じた。
「おい杏、カチュアを追いかけろ!レティも一緒に行ってくれ」
「はっ?は、はいっ!」
「きゃぴーん、待ってぇ〜、カチュアちゃ〜ん☆」
普段は緩慢としている杏も、この時ばかりは颯爽と部屋を飛び出し、少し遅れてレティシアも後を追う。
「あたし達も行こう!亜由美ッ」とマリアが亜由美を促すが、それを止めたのは木ノ下だ。
「いや、亜由美は残れ!お前は鉄男とテストプレイをしなきゃ駄目だ」
「でもカチュアは、あたし達のクラスメイトなんだよ!? あたし達が探してあげなきゃ、カチュアだって」
言い合う二人の間を、影がさっと走り抜ける。
「あっ、辻教官!!」
気づいた亜由美が止めようにも一歩遅く、鉄男までもが格納庫を飛び出していった後だった。
「何やってんだよ、あいつまで!カチュアのことは杏とレティに任せろっつってんのに!!」
地団駄を踏む木ノ下には、マリアが言い返す。
「ほら、鉄男だって判ってんのよ!あたし達が追いかけなきゃ、あの子は戻ってこないって!」
行こう亜由美、と再度促され、亜由美が木ノ下を振り返る。
こうなっては木ノ下も「行ってこいよ」と渋々許可を出すしかなくなり、テストプレイは一旦お預けとなった。
皆が出ていった後、時計を見上げて木ノ下は溜息をつく。
「……あと三時間か。あんま遠くへ行く前に、連れ戻してこなきゃな」
自分も探しに行ってこよう。だが、その前に学長には報告を入れておかなければ。


人っ子一人いない街並みを、カチュアはトボトボと歩いていく。
ラストワンを飛び出して、すぐ停留所に止まっていた定期列車へ乗り込んだ。
列車は鉄男が追いつくよりも早くに走り出し、最終駅でカチュアを降ろす。
駅前だというのに、人の気配は全くない。
それもそのはず、ここからナルカロウド一番町までは目と鼻の先だ。
既に避難命令が出されており、ここらの住民も、とっくに地下シェルターへ移動した後であろう。
あと二時間もすれば、この辺りの空も真っ赤に染まり、来訪者との攻防が始まる。
今はまだ青い空を眺めて、カチュアは、ぼんやりと考えた。
家を飛び出し、ラストワンへ来たのには、二つの理由があった。
一つは、母親の手から逃れる為。
そして、もう一つは――
「おや、まぁ。まだ人間がいたなんて、とっくに全員逃げたと思ったのにねぇ」
不意に背後から声をかけられ、我に返ったカチュアが振り向くと。そこに立っていたのは、一人の女。
髪の長い女だ。たった一人で避難命令の出た街をうろつくなど、正気の沙汰ではない。
流暢な共通語で話しかけてきたが、ただの女ではあるまい。
無言で身構えるカチュアを鼻で笑い、女は言った。
「ここは危険だよ、もうすぐ戦場になる。どこの子供か知らないけど、さっさとお帰り」
戦場になるのは隣町ではないのか?
脳裏に浮かんだ言葉をカチュアが声に出すよりも先に、女が答える。
「ここと襲撃場所は、かなり近い。巻き添えを食って死ぬのは、割が合わないだろう?」
そして、こうも続ける。
「あんたが巻き込まれて死にたいと思うのは、勝手だけどさ」
――何故、判ったのだ。
戦火に飲まれて消えてしまいたい、と自分が願っていたことを。
驚愕に怯えるカチュアを、もう一度一瞥すると、女は喧嘩腰に言い放つ。
「さぁ、もう一度だけ忠告してあげる。他の奴らに見つかる前に、おうちへ帰るんだよ」
「他の……人達?」
それには答えず、女はカチュアの背を押した。
「さっさとお行き。あたしも、それほど暇じゃないんだ」
これ以上は、きっと何を聞いても尋ねても、女が話すことはあるまい。
諦めたカチュアも大人しく定期便へ乗り込むと、そっと窓から相手の様子を伺った。
女は窓へ向かってニッと微笑むと、颯爽と踵を返して歩き去ってゆく。
危険だと言っていた、ナルカロウド一番町方面へ。
誰なんだろう。正規軍の人?にしては、制服ではなく私服なのが気にかかる。
しかし定期列車は走り出し、それ以上の情報をカチュアには教えてくれなかった。


「どう?いたっ!?」
一方のラストワン。校内を走り回って探すマリア達だが、カチュアの姿は何処にも見あたらない。
「いないよ!もしかして、外に出ちゃったのかも……」
「まさかぁ!?だって、カチュアだよ?あの子が、そんな大胆な真似するわけないじゃない!!」
ドタバタ走り回る靴音に業を煮やしたか、ついには乃木坂が廊下に出てきて怒鳴りつけた。
「おい!授業中だぞ、お前ら!って、マリアと亜由美?何やってんだ、こんなとこで!動作テストは、どうしたんだ!?」
「それどころじゃないのよ!」と、マリアも金切り声で怒鳴り返す。
「カチュアが、いなくなっちゃったんだからッ」
「何ぃ?亜由美の次はカチュアかよ。ったく、辻の野郎は何やってんだぁ!?」
「すみません!」
いきなり亜由美が勢いよく頭を下げる。
「辻教官は悪くないんです!私が、私が動作テストをやるなんて言ったから、カチュアちゃんはショックを受けて」
いきなりの謝罪には、乃木坂もポカンとなる。
「ん?どういうこった」
尋ねる彼へは、マリアが代わりに応えた。
「多分……動作テストをやりたかったんだと思う。カチュアも」
「なら、やりゃあいいじゃんか。別にテストは一人だけって決まってるわけじゃないんだし」
乃木坂が怪訝に眉を潜めるも、マリアは首を真横に振った。
「一番最初ってのが重要なんじゃないかな、あの子にとって」
「ハァ?何の一番だよ、テストプレイの一番を張り合ったって、しょうがねーだろうが!」
ますます乃木坂は訳がわからないといった風に肩をすくめ、マリアは亜由美を振り返る。
「とにかく、外に出て探してみようよ」
「う、うん!」と頷き走り出そうとする二人は、当然乃木坂に止められた。
「あー、待て待て。あと一時間ちょいで空襲の始まる時間だし、今、外に出るのは勘弁してくれ」
「でも、カチュアが!」
会話は振り出しまで戻り、さらにマリアが何か言いかけた時、慌ただしい勢いで、今度は学長と木ノ下が走ってきた。
「いたぞ、カチュア!鉄男が停留所で保護したってよ」
「停留所ォ?」と素っ頓狂な声を張り上げる乃木坂の横では、マリアがぱちんと指を鳴らす。
「ほらぁ、やっぱり!外に出ていたんだ。あたしだって、そうするもん」
「チョット待て、なんで、あたしだってなんだ?」
乃木坂の追及を「怒られた時は大体、外で頭を冷やすもんよ!」と、さらりとかわしてマリアが走り出す。
「こら!廊下を走るなっ」と怒る乃木坂は、間髪入れず学長に「すまない」と謝られて、慌てて弁解する。
「い、いえ、学長に言ったわけでは」
「カチュアが外に飛び出したのは、全て彼らに動作テストをやらせろと君に命じた私の責任だ。彼らはまだ、初級も終えていない素人だ。彼らだけに無理をさせては、いけなかったのだ」
「いえ、ですから学長は悪くないでしょ。悪いのは辻です、あいつが生徒の心をちゃんと縛っておかないから」
「鉄男も悪くないですよ」
木ノ下までもが混ぜっかえしてきたので、今度は乃木坂の機嫌も悪くなる。
「なんで、お前にそんなことが言えるんだよ」
人相悪く問い返すと、木ノ下は困ったように頭をかいた。
「だって鉄男は、まだ着任ゼロ年目ですぜ?生徒の心を掴むもヘッタクレもないでしょうが」

往復二時間かけて戻ってきたところを鉄男に見つかり、カチュアは保護される。
当然叱咤が飛んでくると覚悟していたのだが、意外や彼は優しくて、逆にカチュアは驚かされた。
「無事で良かった……」
小さく呟いた鉄男に抱き寄せられ、頭まで撫でられた彼女は目をパチクリさせる。
てっきりマリアのように横っ面をグーで殴られ、バカヤロウの一言でも浴びせられるかと思っていたのに。
「あ、あの……?」
「なんだ」
「お、怒ら……ない……の?」
ぽそぽそと囁くカチュアに対し、鉄男も小声で囁き返す。
「怒る理由がないだろう。ただ」
「……ただ?」
「何故、飛び出した?いや……何故、突然機嫌を悪くしたのか、理由を教えてくれないか」
鉄男は真顔だ。とても冗談で誤魔化せるとは思えない。
もっともカチュアとて、ここで器用な冗談を言えるようなタイプではなかった。
なので、すごく、ものすごく恥ずかしかったけれど、彼女は正直に話した。
己の胸の内を、本当に小さな声で。
「わたし……わたしも、テストをしたい。……一番、最初に」
思いがけぬ返事に、今度は鉄男がキョトンとなる番だ。
一番最初に動作テストをしたい。
たった、それだけの理由で、涙を浮かべて真っ青になるほど機嫌を悪くしたというのか?
勝ち気なマリアじゃあるまいし、まさかカチュアが一番乗りを気にする子だったとは意外であった。
だが、それを言い出せなかった気持ちは判らないでもない。
亜由美が先に志願したと聞かされたんじゃ、引っ込み思案なこの子では私が先にやりたいなどと言えるわけがない。
「動作テストを一番最初にやりたかったのか」
言葉には出さず、こくんとカチュアが頷く。
「そうか、判った。では一番手を、お前に変更する」
「でも……」
「釘原の事は気にするな。あいつなら、お前の気持ちも判ってくれるはずだ」
抱擁を解き、揃って校内へ戻ろうと踵を返した瞬間、東の空が煌々と赤く燃えだし、鉄男もカチュアもハッとなって振り返る。
空襲だ――!
空からの来訪者による、空襲が始まったのだ。
今頃ナルカロウド方面は、銃弾飛び交う戦場と化しているに違いない。
「あ……あぁ……っ」
赤い空を見つめて怯えるカチュアの肩を、鉄男が抱き寄せる。
「……戻るぞ。今は、今の俺達に出来ることを、やるしかない」
「は……い……」
置かれた手の温かさに、少しだけカチュアの心も恐怖が和らぐ。
半ば鉄男に支えられるようにして、彼女は校内へと戻っていった。


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