合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 試作機

一ヶ月後。
その日、寝坊した亜由美は慌てて食堂へ駆け込んだ。
「お、おはよ〜っ、みんな!」
だが、様子がおかしい。
あと三十分で授業開始だというのに、皆、食堂のTVに釘付けとなっている。
画面ではサイレンの鳴り響く中、アナウンサーがしゃべっていた。
『緊急避難命令の出された区域です。ご覧のように、ほとんどの住民が避難を終えていますが、一部まだ避難しきれていない住民の姿も見えます。政府の発表によれば、空からの来訪者の到着は午後一時。一時までに避難しきれないと、命の危険も懸念されます。現在、警察が避難誘導に当たっています。しかし、作業状況は芳しくありません。現在、この区域では避難勧告が出ています。付近の住民は――』
テロップには「ナルカロウド一番町」と書かれている。
ラストワンからは遠く離れた区域だが、同じベイクトピア内である。
「午後一時……」
まどかが呟いて時計を見やる。今の時刻は午前七時半。
「あと六時間しかないじゃない!」
「間に合うのぉ……?これぇ」なんて他の子も騒ぎだし、食堂は騒然とする。
「防衛軍は当然、布陣を敷いて待ち構えるんだろうね」
昴が言い、傍らのヴェネッサも神妙に頷く。
「奇襲を免れただけでも、お手柄ですわ」
『空からの来訪者』の攻撃は大抵が突然の奇襲によるもので、軍隊はどうしても後手に回らざるを得ない。
だが時折、観測塔のレーダーが敵の出している電波を拾うこともある。
そうした場合のみ事前の避難警報を発令し、攻撃予測範囲の区域は全て住民を避難させる。
他国と違い、ベイクトピアには避難用の地下シェルターが充実している。大都市ならではの設備といえよう。
「あ〜、どうして正規パイロットじゃなければ前線に出ちゃいけないのかしら!」
考えなくとも判りそうな事をメイラが騒ぎ、マリアがジト目で窘める。
「そりゃ、素人が前線に出たらプロの邪魔になるからでしょ?」
本来ならば先輩のメイラがマリアを率先しなきゃいけないだろうに、立場がアベコベだ。
「そんなの判ってる!けど、せっかく戦える機体があるのに……」
その戦える機体ゼネトロイガーも、先の襲撃で二体オシャカになっている。
学長にも予想外の出来事だったらしく、奴らを撃退した後は急遽、新型機の開発が行われた。
そして一ヶ月。ようやく、試作機が一台完成した。
その矢先に、この事件である。
「でも今動かせるのは試作機だけだから、まずは動作テストしないと駄目なんだよね?」
ユナの問いに「そりゃあ、そうよ。戦っている最中に、バラバラになったら困るじゃない」と答える、まどか。
青い顔で飛鳥が呟く。
「でもさァ、もし今、ここに……あいつらが来たら、あたし達、どうなっちゃうの?」
実質上、戦える機体がないも同然である。
ゼネトロイガーは一応、学内に六体あると聞かされていた。
しかし、先の襲撃でも動かすことが出来たのは二体だけだ。残り四体は、何処にあるのだろうか。
技術者に聞いても教官に尋ねても、詳しい話を聞くことは出来なかった。
「大人しく避難するしかないわね、地下シェルターに」
まどかは肩をすくめ、拳美が窓の外へ視線を移す。
「でも、悔しいよな……機体は四つも残っているのに、乗ることが出来ないなんて」
「乗るコトどころか、ドコにあるかもワカンナイもんね」と、ニカラも頷く。
「機体もだけど、」と昴が付け足す。
「僕達の準備だって、まだ追いつかない」
「準備?」
キョトンと聞き返すマリアへ頷いた。
「心と体の準備っていうのかな……要は戦う覚悟だね」
「覚悟?覚悟なら、出来ているわ!」
メイラが叫び、それをヴェネッサが制する。
「でも、技術が追いついていない。まともに戦えるのは私達と、水島教官組の子ぐらいじゃなくて?」
最年長のツユ&乃木坂組以外は、素人同然と言っていいだろう。
特にマリアや亜由美なんかは、ここへ来て、まだ一年も経っていない。
「完璧に仕上がる前に、世界が滅亡しなきゃいいケド……」
不吉な事をユナが呟き、飛鳥に怒られる。
「ちょっとォ、ヤなこと言わないでよ!」
「そうならない為にも、授業は真面目に受けなきゃ。なっ?」
拳美が不敵な笑みで締め、ちょうど雑談の終わりを告げるかのように予鈴のチャイムが鳴り響いた。


「試作機のテストパイロット、ですか?それを、どうして俺達が?」
休み時間、乃木坂に呼び止められた木ノ下と鉄男は顔を見合わせる。
元研究員ではない二人に動作テストを頼むとは、どういうことだ。
「お前らのほうが都合いいんだよ。お前ら二人は開発に関わってねぇだろ?」
「はぁ、まぁ」
煮え切らない返事の木ノ下を一瞥し、呆れかえった口調で乃木坂は言った。
「デバッグ処理ってのは作った奴がやるよりも、初めて触る奴のほうが効率いいんだ。俺達じゃ、どうアクションを取ればいいのか頭で判っちまってるからな」
「そ、それで……」
ごくり、と唾を飲み込み、木ノ下が鉄男へ意味深な目線を投げる。
「テストパイロットは、俺と鉄男の二人ですか……?」
「バーカ」
即座に乃木坂が突っ込む。
「男二人で乗って、どうすんだ。お前んトコの生徒とお前か、辻んトコの生徒と辻とでタッグを組めっつーの」
「そっ!そうですよね〜っ、ですよね〜!あぁ〜、ビックリしたぁ!」
何故か頬を赤らめて、けたたましく騒ぐ木ノ下を横目に、今度は鉄男が乃木坂へ質問する。
「……しかし俺達の生徒はまだ、実技初級を終えていません。やるだけ無駄では、ありませんか?」
「どうせ、もうすぐ実技に入るんだろ?」と、乃木坂は素っ気ない。
「だったら好都合じゃねーか。実技教習のついでに動作テストも、やってくれよ」
「ですが……」
「なんだよ、まだ何か文句あんのか?」
木ノ下以上に煮え切らない鉄男の態度には、乃木坂の眉間にも青筋が入る。
慌てて木ノ下がフォローに入った。
「て、鉄男は初任ですから!まだ勝手が判らないんだよ、なっ?」
「それもあるが……」
次第に鉄男の声は小さくなり、彼は俯いてボソボソと答えた。
「……俺は、怖いんです」
木ノ下と乃木坂がハモる。
「ハ?」
「怖いって、何が?」
が、すぐに乃木坂のほうはピンと来たのか、ニヤニヤしながら追及した。
「ハハーン……さては辻、お前、まだ童貞か」
「ちょっ!乃木坂さん、なんてドストライクな質問をっ」
慌てる木ノ下を押しのけ、乃木坂は俯いたままの後輩を問い詰める。
「聞いたぜ?学長から。面接の時、お前だけはエリスにキスしなかったんだってな」
「えっ?」となった木ノ下が割り込んでくる。
「キスしなかったのに、何で教官に……」
「シークエンスだからな、こいつは」
乃木坂は平然と答えた。
たびたび誰かが口にした、例の謎に包まれた単語を。
「面接なんざ、あってないようなもんだ。お前は学長や俺達が待ち望んでいた素材だったんだよ」
更なる質問が出る前に、それはさておきと乃木坂は話を戻し、鉄男を見つめる。
「他人に触れるのが怖いのに、何でうちに来たんだ?」
「…………」
瞳を覗き込もうとすると、鉄男は視線を逸らしてしまった。
ややあって、返事を諦めたのか乃木坂が溜息をつく。
「ま、いいや。お前がココに来た理由なんか、どうでも」
「……すみません」
「謝るぐらいなら答えろっての。ま、それはともかく他人に触れられないってんじゃ、うちの教官は勤まんないぜ?どうするんだ?」
鉄男は再び黙りこくってしまう。
今度は乃木坂も答えを期待していなかったのか、先を続けた。
「ここを辞めようって気がないんなら、テストパイロットの件を受けて貰うぜ。動作テストを兼ねて、実技の練習を、お前もマリア達と一緒に受けるんだ」
言うだけ言うと、さっさと乃木坂は立ち去ってゆき、ポツンと廊下に残された木ノ下が鉄男の顔を覗き込んできた。
「鉄男!や……やめないよな?」
暗い表情ながらも鉄男は「あぁ」と力強く頷き、木ノ下を見つめる。
「木ノ下、俺に実技を教えてくれ」
「へっ?」と場違いに素っ頓狂な声をあげる彼の手を握り、鉄男は再度お願いした。
「マリアやカチュアを鍛え上げるには、俺自身の成長も必要だ。木ノ下、お前は俺より一年ここに長くいる。お前の培った知識と技術を、俺に与えてくれないか?」
鉄男の顔は真剣そのもの、茶化したりふざけている様子は見受けられない。
ごびりっと嫌な音を立てて唾液を飲み込んだ木ノ下は、握られた手を熱く握り返す。
「い、いいとも。じゃ、じゃあ試作機の処へ行こうぜ……」
まさか鉄男のほうから言い出してくるとは。
これは千載一遇のチャンスだ。彼は心から、そう思った。
だが――
「待って下さい!」
どこからか甲高い声がマッタをかけたかと思うと、柱の影から誰かが走り寄ってくる。
「ゲッ!あ、亜由美ィ?」
なんと辻組の一人、亜由美ではないか。
「お前、ずっと立ち聞きしてたのかよ!?」
盗み聞きされていたと知って、鉄男も顔を赤らめる。怒りと、恥ずかしさとで。
「す、すみません。でも、私……」
なにか言いたそうな彼女を木ノ下が促してやると、亜由美は真っ向から二人を見据えてきた。
「わ、私も教官と同じです!辻教官と一緒で、誰かに触られるのが怖くて仕方ないんです……!でも、そんなことを言ってたら、たじろいでばかりいたら、間に合わない!皆を助けたいんです……!早く戦力になって、私も皆の為に戦いたい!お願いします、テストパイロットに私を選んで下さいッ」
一気に思いを吐き出すと、勢いよく頭を下げた。
驚いたのは木ノ下で、ここまでハッキリ自分の意見を言う亜由美など見たのは初めてだ。
この心意気、買ってやらねば教官ではない。
「鉄男!今の亜由美の決意、聞いたな?テストパイロットは、お前がやれ。お前と亜由美で、動作テストをおこなうんだ」
「し、しかし、俺は」
「判ってる!初めてなんだろ?なら、俺が通信で誘導してやるよ。安心しろ、動作テストに立ち会うのは俺だけだ。他の奴らにゃ内緒でやろうぜ!」
渋々ではあるが、鉄男が頷く。
「わ……判った」
「ありがとうございます!!」
元気よく亜由美が頭をさげ、ひょこんとあげると、不意に鉄男へ問いかける。
「あの、ところで、辻教官」
「……なんだ?」
少し躊躇った後、亜由美は頬をほんのり赤く染めて、小さく尋ねた。
「ドーテイって、ホントですかぁ?」
「……ッ!」
たちまち鉄男の顔には血がのぼり、言葉を無くした彼は、さっさと踵を返すと早足に立ち去った。
「あ、待って下さい、辻教官〜!」
慌てて後を追いかける亜由美の背も見送り、木ノ下は溜息をついたのだった。
「ったく。思春期ってのは、どうしてああも直球なのかねぇ……」


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