act2 恋愛シミュレーター
鍵を借りた亜由美はシミュレータールームに入る。灯りをつけると、大きな筐体が四つほど並んでいるのが見えた。
「えっと……」
椅子に腰掛け、電源をオンにする。
ヴン、と耳障りな音を立ててついたモニターには、ずらずらと小さな文字が表示された。
「……確か……」
リストメニューを開き、その中から自分の名前を亜由美は選択する。
鍵を渡してくれた女医に、一通りの使い方は説明を受けてきた。
モニターに表示される自分のパーソナルデータは、亜由美自身が知っている以上のデータも記されている。
この間の体力測定結果や授業態度の合否、他教官による亜由美への好感度など、だ。
特に彼女の目を惹いたのが担当教官の評価欄で、亜由美に対する評価は五段階評価において3。
つまりは普通。
可もなく不可もなし、反抗的でもなく、かといって意欲的でもない。
平凡な子供だと、鉄男には思われているようである。
「むー……やっぱ、そう見えちゃうのかなぁ……」
確かに亜由美自身、思い当たるフシがないわけでもなし。
質問されれば答えられるけど、自分から何かを提案するなど考えたこともない。
そういえば前の学校に通っていた時も、通信簿には当たり障りのないコメントばかり書かれていたっけ。
続いて開いたのは、辻教官のパーソナルデータ。
データを開いた途端、モニターには鉄男の全身像。それも全裸が表示されて、亜由美は息を飲む。
「きゃ……!な、なに、これ……」
何コレと言いつつも、亜由美の視線は鉄男の下腹部に釘付けだ。
「や、やだ……」
頬が紅潮していくのが、自分でも判る。
初めて見た。
男の人の……アレ。
標準というのが、どういうものを差すのか彼女には判らないけど、恐らく鉄男のは標準……なのだろう。
短すぎず、太すぎず。被ってもいなければ、曲がってもいない。
それに意外や脱いだ鉄男の身体は筋肉質で、それでいて剛助のようにムッキムキというわけでもなく。
無駄なく鍛えられている。そんな印象を受けた。
教官の中では一番小柄なのに、武闘派だったのか。
「え、えぇと、想定ゲージはぁ……」
なんとなく気恥ずかしくなり、亜由美は目を彷徨わせながら、想定レベル設定の項目を探す。
本来の目的である、恋愛シミュレート用の項目だ。
女医曰くシミュレート内容には三つあり、イージーは入門用、ノーマルは普段の授業程度、ハードは特殊用だという。
「ハ、ハードって、どんなんなんだろ……」
ごくり、と亜由美の喉が鳴る。
鉄男のハード。
全く想像できないが、普段の辻教官から考えるに、マリアがされている暴力的行為っぽいのだろうか?
む、鞭でビシバシ叩かれちゃったりして……
最初はイージーから入るのが基本だとは思うが、好奇心が優った亜由美は、迷わずハードを選択する。
椅子に深く腰掛けると、付属のゴーグルとメットを装着した。
モニター画面と連動し、疑似世界へと彼女を送り込む為の装置だ。
ぼやけていた視界が鮮明になると同時に、亜由美は自分の体が何かへ縛り付けられている感触に気づく。
「えっ、え……何これぇっ!?」
なんと両手両足を縄で縛られ、大の字の格好で吊り下げられている。
しかも全裸だ。亜由美は全裸で、天井から大の字で吊り下げられているのであった。
「い、一体いつの間に……それに、これっ」
腕を動かそうとすると、強い抵抗を感じる。
たかが疑似のはずなのに、そうした感触があること自体おかしな話だ。
「お目覚めか」
不意に死角から話しかけられ、ハッとなった亜由美が声の方向へ目をやると、鞭を手にした鉄男がいた。
眉間に皺を寄せ、いつものように不機嫌全開な顔で立っている。
「つ、辻教官……?あの、教官がやったんですか?これ」
「何を言っている。頼んできたのは、お前だ」
にこりともせずに答えると、鉄男は近づいてきて亜由美を上から下まで眺め回す。
「わ、私が……」
そういう設定なのだろう。
にしてもジロジロと眺め回されては、あまり気分のイイ物ではない。
しかも、こちらは全裸だ。隠そうにも両手は縛り上げられていて、どうにも居心地が悪い。
「ひゃんっ!」
何の前触れもなく鉄男の指が亜由美の胸をちょんと突っつき、弾みで亜由美の口からは甲高い悲鳴が飛び出した。
「ほぅ……感度がいいな」
「や、やだっ、何するんですか、教官!」
恥じらいと驚愕で目をシロクロさせながらも亜由美が怒鳴ると、鉄男の眉間に刻まれた皺が余計濃くなった。
「何をする、だと?お前が調教しろと頼んだんだ、この俺に」
「いっ、えぇぇぇっ!?」
「頼まれたからには全力でやる。だが俺は元々加減の利かないタイプでな……痛くとも我慢してもらおうか」
ニヤリと口の端を歪める鉄男。普段は仏頂面しか見せない彼の、そんな顔なんて初めて見た。
いや、当たり前か。これは疑似体験、偽の映像なのだから。
「しかし驚いたぞ。まさか、お前が調教を要求してくるとはな」
ビシッ!と革の鞭が、鉄男の腕の中で音を立てる。
やっぱり、あの鞭でビシバシ叩かれてしまうんだろうか。
「や、優しく……してくださぁぁい……」
亜由美は小さくお願いしたのだが、そんなものがハードモードの鉄男に届くはずもなく。
次の瞬間には、お尻にビシッと鞭が飛んできて「ひゃあぁぁん!」と悲鳴をあげるハメになった。
ものすごく痛い、殴られた箇所がヒリヒリしてくる。
だというのに一回に留まらず、鞭は二回、三回と亜由美のお尻を引っぱたき、そのつど彼女は引きつった嗚咽を漏らす。
「えぐっ!」
「騒ぐな!我慢しろッ」
ひゅん、と唸りをあげて飛んできた鞭の痛みに「あぐっ!」と潰れた悲鳴をあげて、亜由美は顔をしかめる。
目からは、早くも涙がこぼれ落ちた。
痛いのは苦手だ。昔から暴力には、とことん弱かった。
ご近所のガキ大将に軽く叩かれただけでもボロ泣きし、先生に怒られてビンタされてはベソをかき、そのうちに亜由美は殴られずして解決する方法を見つけ出す。
すぐに謝る――謝れば殴られないし、これ以上、相手の機嫌を損ねることもない。
体罰を受けるのも、元を辿れば自分のせいだ。
学校へ行く前には、必ず荷物の見直しをする癖をつけた。
おかげで周りからは『しっかり者』に見られることが多くなり、平凡で取り柄はないけれど、そつのない子として亜由美は成長したのであった。
「いっ、痛いよぉー……ぅっうっ」
引っぱたかれた場所には、幾つもの赤い跡が浮かんでいる。
腫れているのか、やたら尻が熱く感じた。
やがて涙も枯れ果てて、呻く元気すらもなくなってきた。
「いいザマだ。真っ赤に腫れ上がっているぞ」
赤い筋を、鉄男の手が撫でてくる。
さっきまでの亜由美なら、真っ赤になってキャーキャー騒いでいるところだが、今はもう、その余裕もない。
「これまでの人生で、親に殴られたことなど一度もなかろう?」
「うぅ……っ」
確かに、両親に殴られたことは一度もない。
だが、たとえ両親が亜由美を殴るにしたって、お尻を鞭でしばいたりは、しないはず。
「お前の柔肌が、それを証明している。……きめ細かな肌だな」
不意に生暖かい感触が尻を襲い、みたび亜由美はヒャッとなった。
ぬめりとした、この感触。舌だ、鉄男が舌で亜由美の尻を舐めている。
鞭のダメージで気力が萎えていたにも関わらず、亜由美は咄嗟に身をよじろうと無駄な努力を繰り返す。
だが両手両足は縛られており、思った以上に体は動かず、腹のほうへも手を回された。
「ちょ、ちょっと、教官……!」
背後から抱きかかえられる形で、体を固定された。
鉄男の舌が亜由美の尻を割って、奥へ奥へと入り込んでくる。
「や、やぁっ、ダメッ!」
産まれて初めて、誰にも触られたことのない場所を、よりによって舌で触られるとは。
羞恥で亜由美の頬は真っ赤に染まり、必死に逃れようと暴れるが、鉄男がそれを許さない。
腹を掴んでいた腕が下へ伸びてきたかと思うと、亜由美の茂みをまさぐり始める。
「ひィッ」
喉の奥で引きつった悲鳴をあげた亜由美が藻掻けば藻掻くほど、鉄男の指は奥へと押し込まれ、やがてグチュグチュと奥を掻き回され、膣からは一筋、透明な汁が滴ってくる。
もちろん、亜由美の意志による反応ではない。雌としての生理現象だ。
「やだっ、やだぁっ……こ、こんなの、こんなの……やだよぉっ」
枯れたと思っていた涙が、また亜由美の双眸に膨れあがる。
「何が嫌なんだ。これは全て、お前が望んだ形だぞ」
「ちが、ちがうっ……こんなの、私、わたし……っ」
太股を濡らす汁を鉄男の舌が舐め取ってゆき、濡れた茂みにも口づける。
ちゅうっと吸われて、亜由美は身震いした。
「違う、こんなの……」
こんなの、辻教官じゃない。
違うと言えるほど彼のことを、よく知っているわけじゃないけれど。
でも、きっと彼はエッチの時、こんなふうに女の子を扱ったりしないんじゃないか。そんな気がする。
「やだぁ、助けて、助けてぇ……つじ、きょうかぁぁんっ!!」
思いっきり天井へ向けて、叫んだ直後――
眩しい光が亜由美の顔を照らし、続けて激しい目眩と嘔吐に襲われた。
「何をやっているんだ、貴様は!!」
続いて亜由美が感じたのは頬に一撃、ヒリヒリとした感触だった。
呆然と顔をあげると、眉間にこれでもかというぐらい縦皺を寄せた鉄男と目があった。
「い、いやっ!」
反射的に逃れようとする亜由美を引き寄せ、なおも鉄男が怒鳴りつける。
「何が嫌だ、勝手に行方をくらましたと思えば、勝手にシミュレーターを使って!皆が、どれだけ貴様を心配したと思っているんだ!?」
がっくんがっくん肩を揺さぶられ、ようやく、これが現実の辻教官であると思い当たると同時に彼の言葉を反芻し、亜由美は首を傾げた。
「えっ……し、心配……?」
「そうだ」
ニコリともせずに鉄男は頷き、何故自分が此処へ辿り着いたか話し始める。
亜由美がパーティ会場からいなくなったと、一番最初に気づいたのはモトミだった。
その時は、どうせトイレかなんかだろうと思っていたのだが、何十分経っても一時間が過ぎても、亜由美の戻ってくる気配が一向にない。
心配になって部屋を見てきたマリアが、すぐに血相を変えて戻ってきた。
亜由美が、どこにもいない。部屋に書き置きもないし、何があったんだろう――!
それから後はパーティーに出ていた全員が彼女を捜すハメになり、騒動は廊下を伝わって、会議中の乃木坂やツユまでが総動員する大騒ぎになった。
捜索の間、やけに大人しかったミィオを飛鳥が尋問し、この部屋に亜由美が行ったという情報を掴む。
すぐさま鉄男は女医の元へ走っていき、シミュレーター室へ駆けつけたという次第である。
「出かけるなら、どこへ行くかぐらい誰かに伝えておけッ」と怒る鉄男も、よく見れば肩で息をしている。
ついさっきまで、散々あちこちを走り回っていたのだろう。
「ご……ごめんなさい……」
「謝罪は、いい。次からは気をつけろ」
ふん、と鼻息と共に吐き捨てると、鉄男の機嫌も収まったらしかった。
「戻るぞ」と促され、おずおずと亜由美は立ち上がる。
けどなんで、と脳裏には当然の疑問も沸いた。
何故ミィオはマリアへすぐに、亜由美の行き先を告げなかったのか?
「あの……」
言いかける亜由美を遮るように、鉄男が重ねて忠告する。
「それと。この部屋の利用は、まだ貴様には早すぎる。俺が許可するまでは立ち入り禁止だ、判ったな?」
「あ、はい」と素直に頷いてから、「え?でもミィオちゃんは」と疑問を口にしようとしたのだが、眉間に皺を寄せ仏頂面の鉄男が、それをも遮った。
「ミィオ=シルキーナは第一段階をクリアしている。それに貴様よりも、ここにいる年数が長い」
「え……と?」
よく判っていない亜由美へ振り返ると、鉄男は彼女を睨みつけた。
「恋愛シミュレーターは、第一段階を通過した者だけが使える装置だ。貴様はまだ、第一段階どころか初級実技も終わっていない。使える資格がないと言っているんだ」
「あ……はい。す、すみません……」
本来ならば謝るのは亜由美じゃなくて、亜由美にこれを奨めたミィオだろう。
それに、鍵を渡してしまった女医もだ。
候補生を管理しているというのなら、亜由美が何段階目なのか、きちんと把握してくれていないと困る。
まぁ、ミィオは、こってり飛鳥や木ノ下に怒られていたし、女医にも何かのお咎めは下ろう。
持ち前の癖から項垂れる亜由美を見下ろすと、鉄男はブツブツと口の中でぼやいた。
「全く……イージーを試すならともかく、いきなりハードだと……信じられん女だな」
小さく呟いたはずなのに、しっかり亜由美の耳には届いたらしく。
「えっ、あっ!や、やだぁっ!設定、見ちゃったんですかっ!?」
顔を真っ赤に慌てる少女へ「やだぁ、じゃないッ!」と鉄男も頬を赤くして、再び怒鳴りつけたのであった。