合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 カンパイ

図書室で片っ端から、それらしき書物を引っ張り出してきた亜由美は、うーんと呻った。
本の知識は、どれもこれも核心を突いたものがない。
これまでに彼女がニュースや雑誌で知った程度の情報しかない、と言った方が正しいか。
『空からの来訪者』は、まだ解明されていない部分のほうが多い。
突如空から飛来し、地上を攻撃してきた――とあるが、彼らの目的が何で、どんな姿で、言葉を話すのか否か。
全てが謎に包まれているのは、彼らと直に接触したことのある人間が、まだ一人もいない為だ。
無論、軍隊が何度かコンタクトを取ってみた。
しかし、どれも無視されて現在に至る。
判っている事といえば、ただ一つ。
彼らが本気で地上の人間全てを滅亡させようとしている、ぐらいだった。
彼らは必ず飛行船に乗って現われる。
故に『空からの』という名称がつけられた。
だが、もし乃木坂教官が出会った連中が本当に『来訪者』なのだとすれば、ラストワンは誰よりも先に彼らの有益な情報を得ることができよう。
ただ、亜由美には疑念があった。
二度目の襲撃を受けた際、学長が口走った一言だ。
見たこともない巨大な飛行船がゼネトロイガーの攻撃を無力化した時、彼は言った。
外れたんじゃない、吸収された……と。
もしかして、誰も知り得ない来訪者の能力を多少なれど御劔学長は知っているのではないだろうか?
それに、格納庫で鉄男が口にした『シークエンス』という単語も気にかかる。
エリスが辻教官を見て口走った事もあるらしいが、ニュースにも本にも、それが出てきたことは一度もない。
一介の学生であるエリスが未知の生命体に詳しいとも思えないし、彼女に教えた人物がいるとすれば、答えは、おのずと導かれる。
学長だ。学長が彼女に教えた可能性は高い。
直接本人に聞いてもいいが、多分、彼は答えてくれないだろう。
否、彼らがゼネトロイガーの改良に夢中な今、話は聞いて貰えないと思った方がいい。
乃木坂も然りだ。となると鍵を握るのは、目撃者の一人ヴェネッサ。
学長らに箝口令を敷かれる前に、彼女から聞くだけ聞き出しておこう。
広げた本をまとめると元の場所へ突っ込み、亜由美は慌ただしく図書室を出て行った。

「あ、亜由美。どこ行ってたの?さっき、パーティをやろうって話が持ち上がってて」
話しかけてくるマリアの話もそこそこに、亜由美は尋ね返す。
「ごめん、マリアちゃん。ヴェネッサさんは?」
「え?ヴェネッサ?」
話を中断させられて、しかしマリアが気を悪くした様子はなく、すぐに答えを返してきた。
「ヴェネッサなら教官達と一緒に研究ルームに行っちゃったよ。新型設計の手伝いをするんだってさ」
先を越されたか。
まぁ、亜由美が思いつくぐらいだ。学長も、似たような事を考えて当然だ。
「それより、さ。パーティの話なんだけど」
「あ、うん」
手を引っ張られ、食堂へ連れてこられた亜由美は、ほぼ全員が揃っているのを確認する。
ヴェネッサと乃木坂、剛助、ツユ、後藤、学長以外の面々だ。
木ノ下と鉄男の姿もある。教官は教官でも、この二人は設計手伝いから外されたようだ。
「主賓が三人もいないのはアレだけど、この間の分と併せて乾杯だ!」などと言って、木ノ下が笑う。
「ツユお姉様の分は、私が精一杯受け止めておきますわ」
ミィオが力強く頷き、あちこちで苦笑が漏れる中、亜由美は鉄男に近づくと、ご機嫌を伺うように彼を見上げた。
「……どうした?」
逆に不審がられたか、鉄男に尋ねられ、亜由美は慌てて言葉を濁す。
「い、いえっ!何でもありませんっ」
「そういや亜由美、あんた、さっき一人で出てったみたいだったけど、何だったの?」と、これは飛鳥の質問に、皆の視線も一気に亜由美へ集中し、彼女は一人照れながら答えた。
「あ、えっと、その……し、調べてみようと思ったんです。来訪者の事で、ちょっと」
「来訪者?空からの?一体、来訪者の何を調べようと思ったのさ」
飛鳥に問われ、亜由美は一旦返事に詰まったものの、ちらりと鉄男、それからエリスへ視線を向けてから答えた。
「私、あまり彼らについて知らないことが多いなって。それで、何か情報がないかと思って」
「情報ねぇ」
まどかが腕を組む。
「今判っている以上の情報なんて、出ていないんじゃない?」
「空から奇襲かけてくることと、あたし達を絶滅させようとしてること。それ以外に何かあったっけ?」
マリアも首を傾げ、他の子達も、それぞれに囁き合うが、新しい情報は、ここでも期待できそうにない。
やはりマスコミが流す情報以上のものは、一般にも出回っていないのだ。
なら最初の疑問に戻るが、学長は一体どこで奴らの攻撃無力化能力を知ったというのか。
エリスが、じっと自分を見つめている事に気づいた亜由美は、彼女へ尋ねた。
答えなど全く期待していなかったが。
「あ、エリス。ちょっといいかな?」
「……なに?」
「あのね、シークエンスって……何?」
亜由美が、その言葉を口にした途端、食堂内が大きくざわめく。
エリスだけが能面で返した。
「どうして私に聞くの?」
「え……あ、だって、あなたが言っていたって皆が、その……あ、あの、ごめんね。言いたくなかったら」
さっそく、いつもの癖で謝り出す亜由美を、エリスは冷めた目で見つめていた。
が、すぐに彼女の知りたい答えを返してやった。
「予期せぬ変化。繋がり。断片……そのどれにも当てはまり、その、どれもが正解」
「えっ……?」
エリスも鉄男を一瞥し、小さく顎を引く。
「……私は彼に未来を予期した。それだけの話」
「え、えっと……?」
彼女の言わんとする意味が判らず、亜由美は大いに戸惑った。
戸惑っているのは亜由美だけではなく、他の子も困惑の表情を浮かべている。
「今は、まだ知らなくていい。辻教官の中にある可能性も、目を覚ましていないようだから」
ポツリと付け足すと、エリスが踵を返す。
「あ!まって、どこ行くの!?今からパーティーやるんだよ?」
マリアの制止にも耳を貸さず、彼女は食堂を去っていった。
「……なーんダロ、あれ。思わせぶりィ」
ニカラが肩をすくめる横では、拳美がバシッと両手を併せる。
「ま、いいや。難しい話は後回し!今は、撃退できたのを乾杯しようよ!」
「もう、ケーミったら。いつでも単純なんだから、あなたって」
でも、と、まどかも苦笑して、皆の顔を見渡した。
「確かに、ここでシークエンスがどうとか額つき合わせて考えても、答えが出るもんじゃないしね。さ、パーティーの準備でも始めましょ」
やがて皆でワイワイ大騒ぎしながら作った、それなりに豪華な料理も完成して、乾杯の音頭は木ノ下が取り、主賓三名のいないパーティーが始まった。
「石倉教官を呼んでから、始めたかったナ」
ちびちびジュースに舌をつけながらユナが愚痴るのを、姫崎香護芽が窘める。
「これ、そのような文句を言ってはなりませぬ。石倉様は、お仕事で忙しい故」
「でも、これを食べられないのは可哀想だよな……そうだ!」
拳美がポンと手を打つ。
「あとで差し入れとして持っていこうよ」
彼女の提案にユナは諸手賛同、香護芽も顔を綻ばせる。
「さすがはケイミ殿、妙案でございまする」
「へへっ」と鼻の下をこする中里に、横合いから皿が突き出される。
「これっ、んまいでぇ!これも教官に持ってったら、どや?」
牛みたいに口をモグモグさせたモトミがオススメしてきたのは、木ノ下組の作ったベーグルサンドだ。
色とりどりの野菜をベーグルに挟んだ、料理と言うには簡単だがボリュームのあるメニューである。
「差し入れ、持ってくの?」とマリアも会話に混ざってきて、自分達の作ったスープを指さした。
「なら、あれも持ってったら?水筒かなんかに入れてって」
「女医さん達への差し入れは、しなくていいのかな?」とは、昴の独り言。
それに反応したのは木ノ下だ。
「いや、彼女達は打ち上げに行ったらしいから、いいんじゃねーか?」
「え〜っ!何それ、初耳ですよ!?」
傍らに陣取っていた飛鳥が大袈裟に驚き、反対側に腰掛ける相模原蓉子も、ここぞとばかりに文句を言った。
「あの人達、普段は仕事しているのか判らないくせして、結構贅沢三昧ですよね〜っ」
「コラコラ」
さすがに木ノ下は彼女を窘め、デコピンする真似をする。
「女医さん達は、お前らのコンディションを管理してくれているんだぞ。お前先週、風邪ひいたろ?そん時に看病してもらったの、もう忘れちゃったのか?」
「え〜、そんなこと、ありましたっけぇ〜?」
顔に似合わぬブリッコぶりを発揮する蓉子の背後で、モトミが間髪入れず突っ込みを入れた。
「アスカとミィオにまで移しかけた病原菌が何言うとるねん」
「まぁ、病原菌ってのは言い過ぎだけどさ」
クラスメイトのよしみか飛鳥がフォローに入り、木ノ下へ笑いかける。
「女医さんには、ホント、足を向けて眠れませんよ。あたし達、感謝しています」
「そうだな。俺達もお世話になってるし、いずれ何かお礼をしときたいところだな」
木ノ下は相づちをうち、飛鳥の頭上を飛び越えた先へも声をかけた。
「おい鉄男、楽しんでいるか?」
突然、予期せぬ方向から声をかけられた鉄男は、ビクッ!と身を震わせ、脅えた視線を向けてくる。
だが声をかけたのが木ノ下と判るや否や、素直にコクリと頷いた。
「そっか」
木ノ下は破顔して、彼の隣に腰掛ける。
「お前、大人しいから、つい存在を忘れっちまうんだよな〜」
「それ、ひっど〜い!」
口では木ノ下を窘めつつも、マリアの顔は笑っている。
マリアの軽口をBGMに鉄男の肩へ手をおいて、木ノ下は笑いかけた。
「しんみり飲むにゃ〜、こーゆーパーティじゃ似合わないぜ。もっと、皆と積極的におしゃべりしてみたら、どうだ?」
木ノ下にしてみれば何の気なく言ったんだろうが、鉄男にとっては深刻な問題だったようで、彼は黙って暗く沈んでしまう。
「……ま、別に無理にとは言わないけど。カチュア、お前もだぞ?気が向いたら、誰かと話してみろよ」
いきなり話を振られ、部屋の片隅で無言の食事を進めていたカチュアも、過剰な反応を示す。
鉄男以上にビクゥッ!と体を震わせて、こわごわとした視線を木ノ下へ向けてよこした。
木ノ下は肩をすくめ、小さく呟いた。
「なんつーか、お前らって、似たもの同士だよな」
だからなのか?学長が辻教官にカチュアを任せたのは。
しかし無口に無口を引き合わせたところで、無口が直るとも思えない。
鉄男は、タダの穴埋め要員であろう。
独りごちた亜由美は、鉄男からカチュアへ視線を移す。
辻教官は入ってきたばかりだから仕方ないとしても、カチュアが一向に打ち解けてくれないのは、どうしたものか。
モアロード出身の少女カチュア。
母親がいるらしいが、彼女は己の身の上を語らない。
いつも、どこか暗いオーラを身に纏わせており、臆病な瞳を四方八方に彷徨わせている。
暗いといっても杏のナンチャッテ鬱病とは別物で、カチュアのは近寄りがたい雰囲気を感じさせる。
着任したてで怒ってばっかりだった辻教官と、実によく似ている。
初めて顔合わせした時は、この子がパイロットになれるのか?という疑問を抱いたものだ。
まぁ、しかし、それを言ってしまえば、年中死にたがりの杏や太りすぎの蓉子、そして自分だって正規パイロットになれるかどうかは、怪しいものがあったのだが……
学長の謎に、シークエンスの謎。
そしてクラスメイトの問題と、三つの悩みを抱えて亜由美は一人、浮かない顔で、はぁっと溜息をつく。
そこを目ざとくミィオに聞きとがめられ、横合いからの囁きに一瞬反応が遅れてしまった。
「釘原お姉様、どうなさったの?何かお悩み事がおありでしたら、私にお話下さいませ」
「……え?あ、あぁ。うん、何でもない。大丈夫だよ、ミィオちゃん」
慌てて手を振って誤魔化すが誤魔化しきれず、ミィオには、ぎゅっと熱く手を握られる。
「お姉様、もしかして辻教官との体技実技でお悩みなのではございませんこと?あとで恋愛シミュレーター特訓を致しては、如何でしょうか」
「た、たいぎじつぎぃ?」
ついつい声が裏返る。
だが考えていた方向と、まるっきり180度違う内容を言われては、亜由美が驚くのも無理はない。
「ちっ!違うよ!全然考えてないよ!だって、まだ早すぎるし!!」
さっき以上にブンブンと手を振って否定するも、自分の世界に入ってしまったミィオに声は届かない。
「あら、特訓に遅い早いはございませんわぁ。お姉様、実技で恥をかかぬ為にも、練習は必要でしてよ」
「えっ……と、それで、恋愛、シミュレーター……って?」
否定しても、そこは気になるのか亜由美が問えば。
「地下のシャワールーム。その隣に、ございますわよ。女医さんに言えば、鍵も貸して貰えます」
ミィオは、にっこり微笑んで、シミュレーターのある部屋を亜由美に教えてくれたのだった。


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