合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 ……仲直り?

ベイクトピア、中央街――
ラストワンが襲撃されたのと、ほぼ同時刻だった。街の中心部にて突如、爆発事故が起きたのは。
吹き飛んだのは大通りに面したブティック。
爆風で吹き飛ぶ壁と共に平和な風景までもが四散し、泣き叫ぶ子供の声と救急車のサイレンが響き渡る。
もうもうと白煙の吹き出す建物から火傷一つ負わずに出てきた人影を見て、誰もが驚愕におののいた。
「軍を呼べ!」
悠然と辺りを見渡して、ブティックから出てきた三つの人影のうちの一人、髪の長い女が呟く。
「大したことのない生き物ばかりね」
ベイクトピアの言語ではない。かといって、ニケアやモアロードとも違う。
どこの国の言語でもない言葉を女は発した。
それに応える銀髪の少年もまた、聞き慣れぬ言語で返す。
「そうやって油断したから、ロジェルは苦戦したのさ。見ろ、奴らは一丁前に戦う手段を持っている」
少年の指の先を一瞥して、女も、あぁ、と頷く。
出動要請を受けて、さっそく軍隊が到着したようだ。
戦車が八台。人間三人を相手にするには、些か大袈裟だ。
もっとも、この三人が本当に人間であるならば……だが。
『そこの三人、止まりなさい!!』
拡張器を片手に、軍服の中年が叫んでいる。
『大人しく投降すればよし!抵抗するのであれば手荒な真似も、やむを得ないッ』
「あらあら」
髪の長い女は肩をすくめ、背後の男へ声をかけた。
「あちらさんは、力尽くで私達を、どうにかしちゃうおつもりよ?どうするの、ベベジェ」
「なに、僕達を凶悪犯か何かと勘違いしているのさ」
とは、傍らの少年。
背後の男が、初めて顔をあげた。
落ちくぼんだ目の中に、赤い光が爛々と灯っている。
「見せしめだ。殺せ」
手前に立つ仲間二人へ、短く命じた。
女も頷き、片手を戦車のほうへ掲げた。
「いいわ。この程度の雑魚なら、私一人で充分ね」
不可解な女の動きに戦車隊はざわめき、拡張器の隊長が大声で牽制する。
『何をする気だッ!?大人しく――』
彼は最後まで言わせてもらえなかった。
女の掌が光ったかと思うと、光の筋が一直線に向かってきて、戦車もろとも軍人達を吹き飛ばしたからだ。
「うっ、うわぁぁぁっ!!」
再び爆発。
何かが戦車に引火して、次々連鎖を引き起こす。
瞬く間に、辺り一面が火の海に包まれた。
「呆気ないものね」
呟く女を、背後の男――ベベジェと呼ばれていたやつが促した。
「上を見ろ。第二弾のお出ましだ」
言われて空を見上げた女、そして少年も目を細める。
彼らの頭上を飛んでくるもの、あれは巨大なロボットだ。
それもベイクトピア軍の誇る最新型機種である。
「あれね?ロジェルが苦戦した”ロボット”っていう巨大兵器は」
「そうだ」

ベベジェが頷く。
「レッセも別型のロボットに退散を余儀なくされた。侮るなよ」
「レッセも!?」
と、これは初耳だったのか、声を荒げて少年が振り返る。
だが、すぐに興奮は収まったのか、地上へ降りてくるロボットを冷静に見守った。
「そうか……レッセもやられるほどの実力か。確かに、あんたの言うとおり、侮っていたら負けてしまいそうだ」


――一方、こちらはラストワン。
剛助組と交代した乃木坂らの駆る一号機が、まっすぐ来訪者めがけて走っていく。
着地時に心配された駆動部分も、今のところは問題なさそうに思えた。
「……ふ〜っ。大丈夫だったか?二人とも」
木ノ下が身を起こし、続けて鉄男とマリアも起き上がる。
ぽっかりと開いた穴を見下ろして、改めてマリアは背筋を震わせた。
ゼネトロイガーの落下に巻き込まれていたら、今頃は天国の階段を登っていたところだ。
まったく、これというのも、全ては鉄男が勝手な単独行動を取ったせいだ。
その鉄男は、空を見上げている。
巨大な人間のかたちをした何か、鉄男曰く二匹目の来訪者はラストワンの上空に留まったまま動こうとしない。
「……なんで攻撃してこねぇんだろうな?」
木ノ下も空を見上げ、ぼそりと呟いた。
マリアも見上げ、小さく呟く。
「あたし達に、何か用事でもあるのかしら」
「用事って、何の用事だよ?」
木ノ下の問いに、ぶんぶんと激しく首を振ってマリアが声を荒げる。
「そんなの、あたしが知るわけないじゃない!」
「それもそっか」と素直に木ノ下は引き下がり、立ち上がった。
「とにかく一旦、格納庫に戻ろう。ここで見上げていても仕方ないし、危険なだけだ」
木ノ下に促され、マリア、そして鉄男も立ち上がる。
格納庫へ戻った彼らを真っ先に出迎えたのは、後藤の放った嫌味であった。
「屋上で説得たぁ、やるねぇ〜鉄男ちゃん!まさか、空からの来訪者に言葉が通じるとでも思ってたのかい」
ジッと後藤を睨みつけ、鉄男も嫌味で応戦する。
「何もしないで傍観しているよりは、何かしたほうがマシだと判断した。だから説得を試みただけだ」
先輩に敬意を払おうとしない鉄男の態度に後藤がキレかけるも「まぁまぁ」と木ノ下の制止に勢いを削がれて、「まぁまぁじゃねぇんだよ、先輩のテメェがそいつを止めとけば、大事にならずに済んだんじゃねぇのか」と後藤の怒りの矛先は木ノ下に向けられ、木ノ下はヘコヘコと謝罪した。
「ハイ、その通りです。スイマセン。次からは、こーゆーことがないよう気をつけますんで」
「ケッ」と床に唾を吐き、後藤は、くるりと踵を返す。
学長が「何処へ行くんだ?ここで乃木坂君達を応援しろ」と呼び止めても、返事もなしに出て行ってしまった。
「……全く、困ったもんだな」
御劔の愚痴を耳に留め、鉄男が木ノ下へ囁いた。
「甥というだけで、何故学長は奴を学校に置いているんだ?」
「さぁね。弱味でも握られているか、或いは」
言いかける木ノ下の言葉を大きな衝撃音が遮り、皆の意識が一斉にモニターへと向けられる。
そこでは、陸の来訪者にのし掛かった一号機と、ようやく体勢を立て直した二号機の姿があった。
二号機の状態は無惨なもので、外装が、あちこち凹んでいる。
頭部に至っては原型を留めていない。
だがコクピットは腹部にあるので、ひとまずツユ達の安否は心配ない。
マウントポジションで馬乗りになっているものの、一号機には片手がない。
その一号機を補助しているのは二号機だ。
暴れて藻掻く来訪者の両腕を、必死に押さえつけている。
「二対一なら、大丈夫ですよね?」
亜由美の問いに、御劔学長が頷く。
「あぁ。ただし、上空のアレが邪魔をしなければ……な」
上空のアレこと、巨大な物体は未だラストワンの上空に浮かんでいる。
最初の爆撃以降は何を仕掛けてくるでもなし、ただ、ゼネトロイガーと仲間の戦いを見守っているばかりだ。
『まだかいっ!?勇一!!』
モニターの向こうでツユが叫び、続いて一号機からもヴェネッサの声があがる。
『あふゥッ!ゆ、勇一、さん……っ、そこは、そこは……あァンッ、ダメェッ!!』
彼女は双眸を涙で潤ませ、何もない空を掴もうと手を伸ばす。
そんな様子をモニター越しに見守りながら、モトミが、ぼそっと呟いた。
「エッチする時は、勇一さんって呼んどるんか……乃木坂教官のコト」
「もう、そこは今突っ込むところじゃないでしょ!」
どうでもいい呟きに、さらに、まどかが突っ込んだ時。格納庫内いっぱいにサイレンが鳴り響く。
準備が整ったのだ。必殺BOORN発射の準備が。
「どっちだ!?」
木ノ下の叫びに応じるかのごとく、学長がモニターの向こうへ命じた。
「乃木坂、スイッチを解除しろ!!」
『了解っ!』
乃木坂の返事も初陣の時よりは迅速で、すぐさま真下を向いたゼネトロイガーの頭部がチカッと瞬く。
極近距離の必殺砲は違えることなく来訪者を直撃し、激しい爆発を引き起こす。
『のっ、のわぁぁぁっっ!?』
『キャアァッッ!!』

近距離にいた一号機、そして二号機をも巻き込むには充分な爆発で、ツユと乃木坂のあげた悲鳴がビリビリとスピーカーを劈いた。
「の、乃木坂教官ッ!?」
閃光で何も見えないモニターに目を凝らすメイラ。
「ちょ……これ、大丈夫なのか!?ゼネトロイガーは!」
木ノ下も泡をくって怒鳴り散らすが「平気だ」と、答えたのは剛助だ。
学長も頷き、「見ろ」と皆を促した。
来訪者が横たわっていたはずの地面には、ぽっかりとクレーターが出来ている。
その側にいたはずのゼネトロイガー二体は、どこにも見あたらない。
「えぇぇっ!跡形もなく吹き飛んじゃった!?」
マリアが叫び、即座にメイラには怒鳴られる。
「そ、そんなこと!あってたまるもんですかっ!!」
「で、でもぉっ」
二人の少女の喧噪を遮ったのは鉄男の一言だ。
彼は一点に目を凝らし、ポツリと呟いた。
「……脱出ポッド?」
「そうだ」と剛助が相づちを打ち、カメラをクローズアップさせる。
映し出されたのは、上空からフワフワと降りてきた二つの球体だ。
こうしてカメラをアップにしてくれなければ見つけられないほど、小さい。
「ふぇー……鉄男、お前、よく見っけたなぁ。あんな小っさいモン」
木ノ下の感嘆を華麗にスルーし、鉄男は学長に問いかけた。
「この戦いに、大切な機体を二体も潰す価値は、あったのですか?」
それに対して学長が何かを答える前に、マリアがグイッと割り込んでくる。
「何言ってんのよ!勝っただけでもヨシとしなきゃ!!」
「そうですよ、辻教官!正規軍でも手こずる来訪者に勝ったんですよ、水島教官も、乃木坂教官も!」
周りからピーチクパーチク少女達に責め立てられても、鉄男の表情は暗い。
「だが……代償が大きすぎる。毎回機体を潰していたのでは、いつか俺達は奴らに倒されるだろう」
「それは、まぁ、確かに」
まず学長が頷き、剛助も渋々同意する。
「ならば改良が必要、か……至近距離でも耐えうる装甲の」
ふと空を見上げて、全員あっとなった。
――いない。
空に浮かんでいた巨大な物体は、いつの間にか、いなくなっていた。
「あたし達が勝ったから、いなくなったのかな?」
マリアの疑問にメイラが飛びつく。
「きっとそうよ!乃木坂教官の強さに恐れをなしたんだわっ」
勝ったのは乃木坂一人の手柄じゃないだろうに。
やはり乃木坂贔屓のメイラとしては、勝利の鍵となったのが彼だったのが、よほど嬉しかったようだ。
やがて戻ってきた四人を、大勢の歓声が出迎えた。
「やった!すっごぉい!ヴェネッサ、やるじゃない!!」
狂喜乱舞するメイラに苦笑し、「でもスピードが、まだまだね」と厳しい自己評価を下すヴェネッサ。
「そこは乃木坂教官の『開発』に期待しなきゃ。ね?乃木坂教官っ♪」
メイラの笑顔に、ワンテンポ遅れて乃木坂が反応する。
「ん?あ、あぁ。そうだな」
生返事なのは、学長や剛助と話をしていたせいだ。
無論、内容はゼネトロイガーの今後の開発について。
元研究員ではない木ノ下と鉄男は蚊帳の外だが、木ノ下が、こっそり鉄男に囁いてくる。
「……割と早めに改良点が見つかって、結果的には意味があったんじゃないか?この戦い」
「そうだな。木ノ下、お前の言うとおりだ。この戦いには、意味があった……無駄な戦いでは、なかったんだ」
案外素直な鉄男の答えに木ノ下がオヤ?と彼の顔を覗き込んでみると、目があった途端、鉄男は、かぁっと赤くなり、目を伏せた。
「…………さっきは、ありがとう」
いきなりの礼に「ん?」と首を傾げる木ノ下へ、鉄男が重ねて礼を言う。
「屋上で、俺の手を引っ張ってくれただろう。逃げるのが一歩でも遅れていたら、俺も、あいつも助からなかった」
生真面目な礼には、木ノ下も苦笑する。
「あぁ、あれか。いや、お礼を言うこっちゃないよ。ああいう時は、誰だって手を引っ張って逃げるだろ?」
それでも……と深々頭を下げる鉄男に、木ノ下は、ほんの少しだけアドバイス。
「俺に礼を言うよりも、さ。自分の行動で危険に巻き込んだ誰かさんへ、謝っておくのが先じゃないか?」
誰かさん、とマリアを顎で示すと、鉄男は再び目を伏せる。
木ノ下へ助けてくれた恩を感謝するぐらいだ。自分が危険な行為をしたという自覚は、あるはずだ。
なのに、何故マリアへの謝罪を渋るのか。
マリアが鉄男を嫌っているように、鉄男もマリアを嫌っているんだろうか?
――と、木ノ下は考えたのだが、そんなのは全くの杞憂であると、すぐに判る。
鉄男は渋っていたのではない。よくよく見れば、憂いの表情を浮かべていた。
「だが、許してもらえるだろうか?俺は、あいつを散々殴っている。あいつも俺を嫌っているはずだ」
「そいつは、しつけの一環で、だろ?」
肩をすくめて、木ノ下が尋ねる。
「それとも、鉄男もマリアのことが嫌いで、だから殴ったり冷たい態度を取ったのか?」
「違う!!」
突然の大声に、それぞれに雑談していた少女達が驚いて振り返る。
注目の的になったと知って俯く鉄男を、再度、木ノ下は促した。
「なら、素直に謝らなきゃ。でないと、どんどん溝が深まっていくばかりだぞ」
「…………」
「判らなかったんだろ?あの年頃の子供を、どう扱っていいのかが」
「木ノ下……」
再び顔をあげた鉄男からは憂いの影が消え、代わりに理解者を得た喜びで僅かながら頬に朱が差している。
「大丈夫だ。負けん気が強いけど、マリアは素直な子だ。お前が素直に謝れば、ちゃんと許してくれるよ」
木ノ下の言葉に背を押されるようにして、鉄男はマリアに近寄った。
接近に気づいた彼女が「な、なによ」と身構えるのに対し、深々と頭を下げる。
「……すまない。俺のせいで、お前の身を危険に晒す真似をしてしまった」
「へっ?」
ポカーンと大口を開けて見つめてくるマリアに、なおも鉄男の謝罪は続く。
「反抗するお前を暴力でねじ伏せようとした件についても、悪かったと思っている。俺は……どうすればいいのか、判らなかった。お前を理解しようともしなかった……」
「ちょ、ちょっと!何、いきなり謝ってんの!?」
淡々と語られる謝罪にストップをかけ、マリアはビシッと鉄男に指を突きつける。
「いきなり素直になられても気持ち悪いよっ!」
すると鉄男は何を思ったのか、いきなり土下座を始めるもんだから、マリアは、ますます慌てて彼を止めなければならなくなった。
「だから!そこまで謝らなくても、許してあげるっつってんの!」
ハラハラしながら見守っていた亜由美が「マリアちゃん……」と感動に目を潤ませる。
いや、見守っていたのは亜由美だけではない。
今や格納庫内の全員が見守る中、マリアは鉄男へ手を差し伸べた。
「あ、あたしは、非を認める人を許さないほど、心が狭くないんだからね。殴るのは悪いと思った、だから次からは暴力じゃない教え方をする。そう言いたいんでしょ、鉄男は。それなら、それで、もういいじゃない。土下座なんて、みっともない真似まで、しなくていいの!」
追い出してやる!なんて息巻いていても、やっぱりマリアは木ノ下の言うとおり、根は素直な女の子なのである。
差し出された手をしっかり握り、鉄男が立ち上がる。
「マリア……ありがとう」
――なんて、いい顔で笑うんだろう。
いつもムッツリ不機嫌そうな鉄男しか見たことのないマリアは一瞬、鉄男の笑顔に見とれるも、すぐさまメイラの冷やかしで我に返った。
「あっ!マリアちゃん、顔赤ぁ〜いっ♪もしかしてぇ、辻教官に惚れちゃった?」
「なっ、ち、違っ!違うってばぁ!!」
「やっだ〜っ。照れなくても、いいって!」
「だ、だから!違うって言ってんでしょ!?」
勝利の歓声の次は、キャッキャと騒ぐ黄色い声。
ラストワンに、いつもの日常が戻ってくる。
いつもと違うのは、マリアと辻教官の仲が、ほんのちょっとだけ近くなった。
ホッと安堵の溜息を漏らしながらも、亜由美はチラリと学長を一瞥する。
巨大な物体と戦った時、学長が漏らした一言を思い出したのだ。
外れたのではなく、吸収された――確かに、そう言っていた。
あの物体について御劔学長は何か、私達の知らない情報を知っているんだろうか?
それに、街で乃木坂教官達を襲ったという『人間サイズの来訪者』の存在も気にかかる。
もしかしたら、勝利に浮かれている場合じゃないのかもしれない。
私達の知らない間に、状況は、かなり切迫しているのかも……?
興奮冷めやらぬ格納庫を、そっと抜けだして、亜由美は一人、図書室へ向かう。
彼女なりに『空からの来訪者』について、もう一度、最初から調べ直してみる為に。


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