合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 鉄男と木ノ下

「――さて、これで全員完了っと。どうだ?動かしてみた感想は」
新型機動作テストを一通り終えて、木ノ下は候補生の顔を見渡した。
即座に手を挙げたのはレティ。
「全然動きませんでしたぁ〜、いやんっ☆」
「ま、そうだな」と記録を見ながら、木ノ下が答える。
「お前は一ミリも動かなかったっけ。やっぱ最初に俺が言ったとおり、お前には精神修行が必要なんだよ」
「ぶぅ〜ぶぅ〜。じゃぁ精神修行が上手くいくよう、教官も手ほどきお願いします♪」と、レティは両手を胸の前で握りしめて、可愛い子ぶる。
「あん?手ほどきって何だよ、授業じゃなくてか?」
木ノ下が怪訝に眉をひそめると、レティは彼の目を覗き込んできた。
「手・ほ・ど・き、ですぅ〜。チュゥしたり、ぱ、ぱんつの中に手を入れてかき回したり……きゃんっ☆恥ずかしぃ☆」
「あぁ、それはもっと授業が進んでから」「あ、あかんでぇ!」
モトミと木ノ下の声が重なる。
あかんって何がと教官が聞き返すより前に、木ノ下の前で仁王立ちすると、モトミは真っ向からレティを睨みつける。
「木ノ下キョーカンは独占禁止法やッ。うちら全員が均等に手ほどき受けたらなあかん!抜け駆け禁止や!!」
「え〜?だったらぁ、モトミンちゃんもチュッ☆お願いしたらぁ、いいと思うのぉ〜」
「う、うちは淑女やで!?そないはしたない事、公で頼んだりせぇへんのや!」
「じゃぁぁ、公じゃなくてヒミツで頼めばいいじゃないぃ〜」
「そーゆー問題やないッ!」
キンキンキャンキャン大騒ぎする二人を横目に、乃木坂が場を締める。
「お前らが実際に戦闘稼働させられるようになるのは、もっと後になるはずだ。だが大体の動作感覚は、掴めたんじゃないか?動いたにしろ、動かなかったにしろ。その感覚を忘れるなよ」
「はいっ!」と声を揃えて返事する少女達を満足げに眺め、乃木坂はもっともらしく頷いた。
「よし、じゃあ新型機動作テストは、これで終了だ。一同、解散!」

研究室へ戻った教官達は、さっそく動作データを机の上に並べた。
各候補生の動かした距離、機体のバランス状況、脈拍数、精神バロメーターの上下などが細かく分析されている。
「ふむ……意外と伸びなかったな」と剛助が言っているのは、カチュアのデータだ。
鉄男もチラリと一瞥し、先輩へ尋ねた。
「初期段階では、これが普通では?マリアも似たような数値を出しています」
カチュアの記録はマリアと似たり寄ったりだ。
ゼネトロイガーは一歩も動かなかった。
どんなに木ノ下や乃木坂が分かり易いアドバイスを飛ばしても、全く。
「けど、あいつはモアロードの人間だぜ?もうちょっと反応よくても、おかしくないんだけどな」
横から突っ込んできた乃木坂へも、鉄男は尋ねる。
「モアロードの人間は、ベイクトピアの人間とは何が異なるのですか?」
「超体感だよ」と、乃木坂。
「物の心が判るってのかな……機械や自然との同調が、他の地域の奴らよりも上手いのさ」
「と、一般には、そう言われている」
剛助がフォローした。
「ニケア人は野生の勘に優れているって言うわ」
ツユが言い、ちらりと木ノ下を盗み見る。
「けど、こればかりは例外に当てはまる奴のほうが多そうだけどね」
「ではベイクトピアの人間は?彼らも優れた面があるのですか」
鉄男の問いに剛助が答える。
「うむ、ベイクトピア人は物を生み出す能力、開発力に優れている。クロウズ人は芸術心だな」
「どれも一般的には、だけどね。ベイクトピアの出身でも、マリアは不器用だしねェ」
ツユが肩をすくめ、木ノ下も苦笑する。
「全部一般論で当てはめたら、亜由美はクロウズよりモアロード出身って言った方が納得しちまいますよね」
「あら、そう?ぼんやりしているトコなんか、いかにも天然クロウズ人っぽいわよォ、あの子」
「一般論は、あくまでも一般論。あの子達を型に当てはめて分析するのは、よくないな」
二人の軽口を軽く諫め、御劔学長が全員を見渡した。
もとい、後藤を除いた五人全員の顔を。
「あれ、そういや後藤サンは、またサボリですか?」
きょろきょろする木ノ下へは乃木坂が吐き捨てる。
「あの野郎なら動作テストが終わった途端、さっさと帰っちまいやがったよ。ったく、どうしようもない奴だ」
後藤だって教員の一人だろうに、いなくていいのだろうか。
鉄男と木ノ下は研究チームの一員ではないのだが、ここにいる。
今後は、お前らも研究開発に加われと剛助に言われ、漠然とついてきてしまったのだ。
つまり、なりゆきで。
「あの子……これまで物に触れる機会が、なかったんじゃないかしら」
ツユがポツリと呟いた。
あの子とは、すなわちカチュアである。
「確か、DV被害者だったか?ならば家に監禁されていた可能性がある」
手元の携帯端末を弄り、剛助がカチュアの入学データを探す。
ぴくりと耳をそばだてて、鉄男が聞き返した。
「DV被害者?」
「あぁ、ここへ来たばっかの頃、カチュアは今より人見知りが激しくてさ。エリスが話を聞いてやったんだけど……」
木ノ下がエリス経由で聞いた話によれば。

カチュアは、母と二人で住んでいた。
父親を、彼女は覚えていない。
物心ついた時には、すでに家にいなかった。
母は何かとあれば、すぐ娘へ暴力をふるった。
『お前なんか、産まれて来なければよかった』
『お前を産んで失敗した』
『お前のせいで、あたしの人生は滅茶苦茶だ』
毎日、恨み言を聞かされ続けて、カチュアは大きくなった。
やがて、空からの来訪者による空襲が各地を焼くようになる。
だが空襲が始まっても、モアロードは結界に守られているから関係なかった。
カチュアは毎日、母に罵られ、暴力をふるわれ、何も変わる事などないように思えた。
ある日、あのチラシを見た。ラストワンの生徒募集だ。
運命は自力で切り開かないと道が見えてこない。
幼い少女は広告を握りしめ、住み慣れた家を飛び出した――

わずか十二歳たらずの少女に、そのような辛い過去があったとは。
それにカチュアの過去は、あまりにも自分と似ている。
幼い頃から父親に虐待されていた、自分の過去と。
鉄男は知らず、唇を噛みしめる。
虐待は心に一生の傷を残す。
親の手を逃れたからと言って、その傷が完全に癒えるわけではないのだ。
「あの子の心の扉を、なんとかして開いてやりたいんだけどねぇ」
ツユが、しんみりと言う。
どちらかといえば普段は毒舌な彼も、カチュアに対しては同情的だ。
ツユだけではない。剛助も手元のデータを睨みながら、ぼそりと低く呟いた。
「――やはりな。ラストワンへ来る前の入学履歴が一件もない」
「どういう事ですか?」
鉄男が尋ねると、剛助は顔を曇らせる。
「あの歳になるまで、学校へ一度も行かせてもらえていないという事だ」
「でも、小等部への入学届けは出していたようですよ」
自分の端末を弄くりながら木ノ下が横やりを入れてきたが、それにも剛助は首を振って否定した。
「書類だけは、な。だが出席日数を見てみろ。一日も記録されていない」
「義務教育を受けていなければ、終えてもいないのですか?カチュアは」
再度の問いへ頷き、剛助は鉄男の双肩へ手を置いた。
「お前が、あの子に教えてやってくれ。お前の担当候補生なのだからな」
「はい」と返事した後、不意に鉄男の脳裏へ浮かんだ記憶があった。
そういや初日授業が終わった後、木ノ下が何か妙な事を言っていたような。
生徒は義務教育である程度の性教育を受けているから、ここでの性教育にはゴムが必要だとか、なんだとか。
「その……か、カチュアは」
「うん?」
まっすぐな視線で剛助に見つめられ、鉄男は頬が赤らむのを感じる。
乃木坂やツユも不審げに眺めているしで、鉄男は即座に「な、なんでもありません」と撤回すると、木ノ下だけには聞こえる程度の小声で、つけたした。
「あとで、話がある」
「ん?あぁ、判った」
「ちょっとォ、なァに二人でボソボソやってんの?」というツユには、木ノ下が笑顔で答える。
「や、何でもないッスよ。鉄男は、ほら、恥ずかしがり屋だから!」
ツユはハァッとこれ見よがしに大きく溜息をつき、吐き捨てた。
「鉄男ォ、あんたもいい加減、慣れなさいよね。教官がシャイってんじゃ、カチュアの心の扉を開く処じゃないわ」
だがハイハイと適当に返事をしたのは木ノ下だけで鉄男は無言なもんだから、ツユと乃木坂の機嫌は当然悪くなる。
場の空気の悪化に気づいた学長が、話を締めにかかった。
「全員分の動作をデータバンクへ入力しておくよう、プログラマーに頼んでおこう。諸君らは各自部屋に戻ってくれて構わない。今日は皆、ご苦労だった」
なかば追い出されるようにして、五人の教官は研究室を後にした。

自室へ戻り鍵をかけると、鉄男は木ノ下のベッドへ近づく。
「んで、なんだ?改まって話って」
屈託なく笑う木ノ下へ、なんと切り出そうか迷ったあげく、鉄男はポツポツと話し始めた。
「カチュアは義務教育を受けていない。そうだな?」
「あぁ」
「では……義務教育で教わる程度の、せ、性教育も受けていないというわけか」
「あぁ、そうだよ。それがどうかしたか?」と聞き返してから、木ノ下はハハァンと顎を撫でる。
鉄男を指さし、ニヤニヤとスケベ笑いを浮かべて尋ねた。
「そっか。お前も受けていないんだな?義務過程で受ける性教育を」
「違う!!」
自分でもビックリするほどの大声で怒鳴りつけてから、鉄男は多少修正した。
「ぎ、義務教育は卒業している……これでもッ。俺が聞きたいのは、お前が以前話していた卒業試験についての詳しい情報だ」
「卒業試験?そりゃまた、気の早い話だなぁ。で、何が聞きたいんだ?」
木ノ下は、ぽかんとしている。
それもそうだろう。鉄男組は、まだ授業が始まったばかりで、卒業など遠い未来の話なのだから。
「だっ、だから……」
これから言おうとする事項を脳裏に浮かべるだけで、脈拍が速くなってくる。
木ノ下の目を極力見ないようにしながら、鉄男は続けた。
「ゴムを、使うと言っていただろう」
「ゴム?」
「卒業試験でつけないと、は、孕ませると」
「孕むって……あぁ!」
やっと気づいてくれた。
バンバンと力強く鉄男の背中を叩き、木ノ下が爆笑する。
「お前、俺が言ったこと、よく覚えてたな〜。俺なんか、すっかり忘れちゃってたよ。自分で言ったのに!」
かと思えば急にキリリと真面目な顔に戻り、赤面する鉄男を覗き込んだ。
「この学校じゃ、どこまで教えたらいいのか、授業をどう進めるかってのは、各教官のさじ加減に一任されている」
でも、と指を一本立てて木ノ下は片目を瞑った。
「そんな風に言われたって、来たばっかじゃ分かんないよな。だから特別に教えてやるよ、俺が実際にやった一年目の授業内容を」
「すまない、恩に着る」
「恩に着るほどのもんじゃないって!」
ポツリと礼を言う鉄男を見、木ノ下はカラカラ笑った後、クローゼットから数冊のファイルを取り出し、鉄男へ手渡した。
「それとカチュアは未学だからな、そこんとこ他の二人にも言っとかないと駄目だぞ」
「あぁ」
素直に頷き、鉄男はファイルへ目を通す。
意外や綺麗な字で事細かに授業内容や候補生の受け答えがまとめられているのを確認した後、顔をあげた。
「参考にさせてもらう」
「いいよ、なんなら全部まるっと真似したって構わないぜ?」
心遣いはありがたいが、丸々真似していたのでは鉄男自身の成長にも繋がらない。
鉄男は左右に首を振り、ファイルを自分のベッド脇に置いた。
「これで明日の授業方針が決まった。木ノ下のおかげだ、ありがとう」
「だから、お礼なんか言う必要ないって!っつか、お前んとこ明日は性教育だったのか」
「いや……」
鉄男は言葉を濁し、チラリと木ノ下を見る。
ややあってから、ボソボソと付け足した。
「恋愛感情の……基礎知識だ」
「恋愛感情?そんなのあったっけ、一年目の授業に」
木ノ下は首を傾げている。
恐らく彼のファイルを見ても、載っていないに違いない。
何故なら恋愛感情の基礎知識は鉄男が考えた、オリジナルの授業だからだ。
「性の知識を教える前に、必要かと思ったんだが」
性の、と口にするだけで頬が熱くなるのを覚え、鉄男は俯く。
駄目だ、木ノ下と話しているだけでも恥ずかしがっているようでは。
実際にマリア達へ教える時、どんな顔でやればいいのだろう。想像しただけで憂鬱になる。
そんな彼を励ますかのように、木ノ下は微笑んだ。
「なるほどねぇ。マリアも亜由美も見るからに恋愛未経験っぽいし、カチュアに至っては人間恐怖症だもんな。感情面のテンションをあげる方法を教えてやるってのは、こいつぁ盲点だったぜ。すごいよ鉄男、俺にも思いつかない授業を考えつくなんて!」
「えっ……あ、あぁ……あ、ありがとう……」
褒められるのは、慣れない。
木ノ下には、ここへ来てから何度も褒められているけど、そのつどドキドキしてしまう。
「その調子で、授業本番も頑張れよ!」
ぽんと肩を叩かれ、会話が終わりそうなことに気づいた鉄男はハッと顔をあげると木ノ下へ頼み込む。
「それで、木ノ下に頼みがあるんだが」
「ん?何だよ、頼みって」
「……恋愛感情の、基本を教えて欲しい……」
すなわち、本当に聞きたかった真の本題を。


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