合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 あたしだけが

一時間目、遅刻の理由を鉄男は言わなかった。
当然マリアがくってかかると予想していた亜由美とカチュアの二人は、しかし首を傾げる。
というのも、彼女が大人しく座っていたからだ。
いつもなら鉄男が何をしても怒るマリアにしては、珍しい反応だ。
そのマリア自身も授業中は落ち着かず、何度も、そわそわしては鉄男に怒られたりしたのだが――
四時間目の授業が終わりを告げると同時に「やっと終わったァ!」と叫んで、立ち上がる。
おかげで、亜由美には苦笑されるやら鉄男には冷たい目で見られるやら。
「――よほど、俺の授業は面白くなかったようだな」
小さく呟いた鉄男のぼやきに、いち早く反応したのは亜由美で「そ、そんなことありません!私は、面白かったです」と、社交辞令を並べている。
ふと視線に気づいて鉄男が振り返ると、立ち上がったまま、こちらを凝視しているマリアと目があった。
「……行かないの?」
「何処へ?」
「裏庭よ、呼ばれてるんでしょ?」
この唐突な質問には、鉄男も唖然とする。
何故、木ノ下に呼び出された手紙をマリアが知っているのか。
さては、こいつらが仕組んだ事かと周りを見渡してみれば、亜由美もカチュアもポカンとしている。
「マリアちゃん、裏庭って何の話……?」
怪訝に尋ねる亜由美に対し、マリアはあっさり答えた。
「手紙で呼び出すって、メイラが言ってたもん。だから、行かないのかって」
メイラといえば、遠埜メイラで間違いあるまい。
乃木坂組の候補生にして最上級生の変わった子だ。
そして全ての謎が明かされた今、鉄男が裏庭へ向かう理由もない。
「いや。木ノ下とは部屋で会える」
そう言い残すと、三人を残して鉄男は先に教室を出て行った。
訳がわからないのは亜由美とカチュアで、亜由美がマリアに問いかける。
「木ノ下……教官?えっと、遠埜先輩と木ノ下教官と辻教官達との間で、一体何の約束があったの?」
「えっとね」
マリアに詳しい話を聞くうちに、亜由美はアハハと苦笑する。
「……それ、もしかしたら、秘密にしておくべき内容だったんじゃないかなぁ」
「そうかもね」とマリアも頷き、ニコリともしないまま鉄男の去った方向を睨みつけた。
「でも、メイラの名前を出しても怒らないなんて……やっぱ、あいつ不公平だよ」
「あ、あいつって、辻教官の事?」
「他に誰がいるの?」
むっつりしたまま亜由美へ頷くとマリアもさっさと教室を出て行き、亜由美は困った顔でカチュアを見やる。
「……ど、どうしちゃったんだろ、マリアちゃん……」と聞かれたって、カチュアに判るものではない。
俯いたまま、ゆるゆると首を振ると、カチュアも鈍い動作で、ようやく立ち上がった。
「……かえろ」
「う、うん……」
カチュアに促されるようにして、亜由美も教室を後にした。


メイラの作戦は、ハッキリ言うと鉄男を騙すものだった。
そこんところが、どうしても納得いかず、あのような言動を取ってしまったマリアである。
だが怒ると思っていた鉄男は曖昧に流し、さっさと話を終わらせてしまった。
もし首謀者がマリアだったら、彼はどうしただろう。
きっと拳骨で一発、殴られていたかもしれない。
メイラが乃木坂教官の生徒だから、遠慮したのだろうか?
しかし、その一方で鉄男は乃木坂を無視している。メイラの証言を信じるならば……だが。
教官を偽の手紙で騙そうとしたメイラ。
騙されたのに怒らない鉄男。
どっちも気に入らない。
なんとなくムシャクシャした気分を抱えたまま、翌日の朝を迎えた。
カレンダーは土曜日を指している。今日は授業が休みの日だ。
自由に学校の外へ出られる日でもある。
この状態のまま、翌週の授業を受ける気分にはなれない。
外で遊んで、気晴らしでもしてこよう。
そう考えたマリアは宿舎を出てすぐ、校門でメイラに捕まった。
「も〜、ひどいじゃないマリアちゃん!」
出会い頭に怒られて、マリアは、そらっとぼける。
「何のコト?メイラが鉄男を騙そうとした話なら、あれはメイラが悪いんじゃない」
マリアの言い分はもっともで、ぐぅの音も出なくなったメイラに代わり、昴が話しかけてくる。
「何処かへ出かけるのかい?」
「うん。気晴らしにゲーセンでも行こうかと思って」
素直に頷くと、昴は笑い、同行を求めてきた。
「僕もご一緒していいかな?暇なんだ」
いつ何時、空から襲撃があるとも限らぬ日常の割には悠長な言い分だが、候補生が、どんなにいきり立ったところで、自由に戦えるわけではない。
ゼネトロイガーの発進は学長の指示によるものだ。
そうしたわけで学校が休みの日は、候補生も休むかトレーニングの日々を送っていた。
「自主トレ、しないんだ?今日は」
マリアの問いに昴は肩をすくめた。
「毎日やればいいってもんでもないからね」
再度答えを促してくる。
「それで……一緒に行ってもいいかい?」
「いいけど。メイラも一緒に来るの?」
「え?私?」と、ついていく気の全くなかったメイラはキョトンと聞き返す。
「一緒に行こうよ。そういや今月、欲しい本が出るって言っていただろ?」
昴に誘われ、三人揃ってアーケード街まで遊びに行った。

レースゲームはマリア、格闘ゲームは昴、麻雀ゲームはメイラの圧勝で、ゲームを充分満喫した後、三人はクレープを買い食いしながら何の気なしに歩道橋を歩いていた。
「あ、あれ。見て」と、最初に気づいたのはマリアだ。
見れば、彼女の指さす方向を歩いているのは、よく見慣れた人影が二つ。
どれどれと手すりに寄りかかって確認した二人のうち、メイラが素っ頓狂な大声を張り上げる。
「やっだぁ〜〜!何?何?二人っきりで、お・で・ぇ・と?なのぉ〜?」
「デートってことは、ないと思うよ」
あくまでも昴はクールに切り返し、「でも、珍しいね」とつけたした。
「教官達が候補生も誘わないで街に出るのって」
歩道橋の下を行く二人組は、鉄男と木ノ下だ。
話しているのは、もっぱら木ノ下で、鉄男は頷くか短い相づちを打っている。
休日に教官が街へ出るのは珍しい話ではない。
だが大抵、外出時には候補生を誘っていくのが、いつものパターンで、教官だけで遊びに行くのは昴の言うように珍しい。
「なんだろ。ルームメイトのよしみで、もっと仲良くなろうって魂胆かな」
自然とマリアも興味がわき、なんとなく二人の後をついていく。
「尾行なんて、およしよ」と昴には止められたが、くるりと振り向きマリアは言った。
「嫌なら、昴は先に帰ればいいよ。メイラ、あんたは気になるでしょ?あの二人が、何処に行くのか」
「もっちろん!」と、大きく頷くメイラ。
本来ならば、昴と一緒にマリアを窘めなきゃいけないはずの上級生なのだが。

前をいく木ノ下と鉄男は三人の尾行に全く気づいた様子もなく、歩いていく。
「風が気持ちよくなってきたなぁ!」
喜ぶ木ノ下に、鉄男は頷いたのか頷かなかったのか僅かに顎を引き、同意する。
「な、次は何処へ行く?」と、木ノ下。
鉄男は、しばし悩んだ末にポツリと答える。
「お前の好きな場所でいい」
「なんだよ、さっきもそうだったじゃないか」
不服そうに口を尖らしたのも一瞬で、すぐに木ノ下は「ま、ベイクトピアは初めてってんじゃ、仕方ねーか」と一人納得。
「じゃ、次は公園行ってみようぜ、公園!」
鉄男はというと微かに頷き、大人しく木ノ下の後をついていく。
そんな様子を遠目に見ながら、昴が誰に言うともなく呟いた。
「……なんていうか……学校で見かける時とは、全く印象が違うね。辻教官」
それにはマリアも同感だ。
我の強い鉄男のこと、いちいち木ノ下に逆らったり文句を言っているのでは、と予想していた。
だが思っていたよりも鉄男は素直で、木ノ下の無軌道な案内に従っている。
やがて木ノ下の案内により、自然公園に到着した。
「ここはさ、サイクリングロードがあるしテニスコートもある。野球場や釣り堀もあるんだけど、どれから遊ぶ?」
選り取り見取りな説明に、鉄男は、またまた悩んだ末に答えた。
「……木ノ下、お前がやりたいものを選んでくれ。俺は、それに従うまでだ」
「そうか?じゃあ、とりあえずテニスでもやってみるか」
さして気にするでもなく、木ノ下が用具の貸し出し所へ方向転換した瞬間。
「あたし達と一緒にやろうよ。どうせ遊ぶなら、シングルよりダブルスのほうが面白いでしょ?」
他の二人が止めるよりも早く、マリアは一歩進み出て、木ノ下と鉄男を誘っていた。

朝のテニスコートに、軽快な音が響き渡る。
「……にしても、だ。お前ら、よっ!と、いつから、ついてきてたんだ?」
ボールを打ち返して尋ねる木ノ下に、はっ!と打ち返してから、昴が答える。
「ついさっきですよ。マリアくんが見つけたんです。尾行するなって、一応は止めたんですがね」
頭の上をボールが飛び越え、後方のマリアが激しく打ち返す。
さらに難なく鉄男が打ち返してきた球を軽く打ち上げると、昴は後方を一瞥する。木ノ下が苦笑した。
「なるほど。お前ら二人でもマリアの好奇心は止められなかったってわけか」
「はい」と昴も苦笑し、一人あぶれたメイラのほうへも視線を向ける。
手持ち蓋差で不満そうにしているかと思いきや、キラキラした視線で木ノ下や鉄男の動きを追いかけている。
「そういや、はっ! メイラくんが心配していましたよ」
「よっ!っと、何を?」
木ノ下の球を激しく打ち返してから、昴は答えた。
「偽の手紙で大騒ぎになったでしょう。そのことで少し」
「あぁ、乃木坂さんと鉄男の衝突か?でも、あの件なら俺が何とかしといたから――トリャッ!」
鋭い勢いのボールが昴の真横を通過して、バウンドする。
「30-0!すっご〜い、さすが木ノ下教官。教官の名は伊達じゃないんですね!」
メイラのヨイショに、木ノ下も気をよくして微笑んだ。
「まーな。これでも学生時代はテニス部に所属していたんだぜ」
「え〜っ、初ッ耳ィ!」
ますますメイラのボルテージは高まり、鉄男へも話題を振ってきた。
「辻教官は学生時代、何か部活をやっていましたかぁ?」
やや間が空いて、ぼそりと答えが返ってくる。
「学生時代は部に入っていなかった」
なんともテンションの下がる答えだが、それでも場を持ち直そうと木ノ下が持ち上げてくる。
「そ、そうか。帰宅部ってやつか。でもよ鉄男、お前だって、なかなかやるじゃん!」
ここぞとばかりに昴も「マリアくんのショットを打ち返すなんて、すごいですよね」と会話を併せてみたのだが、何故か、どんどん鉄男のテンションは下がっていき、彼は暗い顔で呟いた。
「子供の打つ球を返したところで、褒められるものではない」
「なによ!子供で悪かったわねぇッ」
これにはマリアが激高して、慌てて昴とメイラはフォローに入らなければいけなくなった。
「ちょ、ちょっとマリアくん、落ち着きたまえ」
「そ、そうよマリアちゃん!これはねジョークなのっ、辻教官なりのジョークよ、きっと」
無茶なフォローを入れてくるメイラをキッと睨みつけ、マリアは怒鳴りつけた。
「笑えなかったら、ジョークにも何にもなりゃしないわ!」
ガンッと借り物のテニスラケットを地面に叩きつけ、ずんずん大股に歩き去る。
失言をかました鉄男は謝るでもなく俯いており、代わりに木ノ下がマリアを追いかけた。
「お、おい、お前ら、ちょっとここで鉄男を見ててくれ。マリア、マリア〜、待てよ、おい!」
「あ、ちょっと木ノ下教官〜!ここで待てって……」
どうしよう?とメイラに目で問われ、昴は肩をすくめるしかない。
「仕方ない。木ノ下教官がマリアくんを宥めてくれるまで、僕らはココで待つとしよう」

気に入らない。
気に入らない。
テニスをすれば少しは仲良くなれるか、或いは鉄男の別の一面が見られると期待していたのに、仲良くなるどころか嫌味を言われて余計不愉快になってしまった。
「ぜぇったい追い出してやるんだから……!」
ギリギリと歯がみして呟けば、後ろからグイッと腕を掴まれる。
「鉄男――?」と振り向いたマリアの目に映ったのは、残念ながら鉄男ではなく木ノ下教官の下がり眉であった。
「お前な、どうしちゃったんだよ?」
「どうって、何がどうなのよ」
ぷぅっと頬を膨らますマリアに、木ノ下は、ほとほと困り顔で尋ねた。
「いつも陽気な、お前らしくないじゃんか。鉄男のブラックジョークぐらい、軽く受け流せるだろ?お前なら」
確かに、そうかもしれない。
言った相手が鉄男じゃなければ、笑えない冗談など軽く笑って受け流せたはず。
では何故、鉄男だと駄目なのか。
マリアは自問自答する。答えは、すぐに出た。
気に入らないのだ。
辻鉄男という男の、何から何まで何一つとして。
「お前が鉄男と仲悪いっての、他の奴から少しは聞いているよ。でもなぁ」
「でも、なによ?」
ギロッと不機嫌に睨み返すと、木ノ下はポリポリと頭を掻いた。
「鉄男ってホラ、お前と違って人見知りが激しいんだよ。だから、な?ここは、お前のほうが丸くなって」
「どうして!」
自分でも、思ってもみない大声が出た。
「ど、どうしてって、何が?」
ポカンとする木ノ下に、なおもマリアは怒鳴りつける。
木ノ下を怒鳴りつけたところで、どうにかなるものではない。理性は、そう告げているのに。
「どうして、進も鉄男の味方をするの!?」
「み、味方って、お前なぁ……俺は別に」
「してるじゃない!さっきから聞いてりゃ、あたしばっかり責め立ててッ」
鉄男が追いかけてくる気配はない。
そのことも、マリアの神経を逆なでする。
人見知りだったら、失言を謝らなくていいのか?
そんな態度、教官以前に人として失格ではないのか。
「なんで、あたしばっかり我慢しなきゃいけないのよ!不公平だわッ」
叫んだ拍子に涙がぽろりとこぼれてきて、次から次へと溢れ出す。
嫌だ、こんな風に木ノ下教官を責めるつもりじゃなかったのに。
本当に責めたいのは、鉄男なのに……
だがマリアの意志と反して、涙は全く止まりそうもない。
「あ、わわわっ、ま、マリア、俺が悪かった!だから、泣くなよ、なっ?なっ?」
普段は明るい少女なだけに、木ノ下も、いきなりのマリアの癇癪には激しく動揺しまくりだ。
そもそも、こういった彼女の心のケアだって、本来は担当である鉄男の役目である。
その鉄男がマリアと仲良くないというのは、実に宜しくない傾向だ。
「よ、よしよし……つらかったんだよな?泣いていいから……だから落ち着いたら、一緒に鉄男の処に戻って、あいつといっぺん話をしよう。な?」
木ノ下の手が優しくマリアの背中を撫でてくる。
泣きじゃくりながら、担当の教官が彼だったら良かったのに、とマリアは考えた。


――その二人の頭上を、不意に大きな影が横切った。


「……えっ!?」
先に気づいた木ノ下が空を見上げ、続けて「なっ……なんだ、ありゃあ!」と驚愕に後ずさる。
上空を飛んでゆくもの。
それは、巨大な人間とでも呼べばいいのか。
人間の形をした何かが、ゆっくり回転しながら飛んでゆく。
このようなもの、地上の何処をおいても見た事がない。
否、地上の人間が作った物ではないだろう。
考えられるのは、ただ一つ。
『空からの来訪者』、それしかない。
巨大物体が目指しているのは、まっすぐラストワンのある方向だ。
「ま、まさか……おいマリア、戻るぞ!ラストワンが、危ねぇッ!」
木ノ下に急かされ、マリアも上空を見上げた。
泣き顔が、瞬時にして青ざめる。
「な、なに、あれ?まさか」
「そうだ、空からの来訪者だ!急いで戻るぞ!!」
「で、でも、なんで……」
「質問は後だ!」
木ノ下に腕を引っ張られ、しかしとマリアは考える。
あれが空からの来訪者だったとして、何故、彼らはマリア達の今いる場所を爆撃しないのか?
何故、まっすぐ脇目もふらずにラストワンを目指しているのか――
答えがまとまらないまま皆と一緒に戻った彼女を待ち受けていたのは、軍部の要請により出動するゼネトロイガーの勇姿であった。


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