合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 腐女子の策略

「メイラ、いるっ!?」
――夜になってノックもなしに、いきなりドアを全開してズカズカ入ってきたマリアに目を丸くしたのも一瞬で、遠埜メイラは読んでいた薄い本を机に置くと笑顔で頷いた。
「いるけど、どうしたの?」
「聞きたいことがあるの」
座っていいよと部屋の主が言う前から、ベッドへ腰掛けたマリアがメイラの顔を覗き込んでくる。
「聞きたい事って?」
「鉄男の事!」
「あぁ!やっぱりマリアちゃんも、あの写真が――」
何やら世迷い言を持ち出してきた彼女を遮って、マリアは殊更大きな声で質問した。
「メイラは、どう思ったの?鉄男の第一印象!」
「鉄……辻教官の、第一印象?」
メイラはキョトンとしていたが、マリアがぐいっと迫ってくると、少し身を退いて「そぉね〜」と天井を見上げた後、すこぶる無難な答えをよこしてきた。
「ま、堅物っぽい〜、って感じかな?」
「それだけ?」
クチを尖らせて不満顔のマリアへ微笑む。
「えぇ、それだけよ。それが、どうかしたの?」
するとマリア、今度はいきなり大きな溜息をついたかと思うと、がっくり肩を落としてしまう。
なのでメイラのほうが心配になってきて、つい尋ね返してしまった。
「ね。どうしたの?辻教官と、また何かのことで揉めちゃったの?」
「揉めたってんじゃないんだけど……そうだよね、普通は第一印象なんてスラスラ答えられるよねぇ」
ハ?とハテナ顔になるメイラへ振り返ると、マリアは言った。
「なんで亜由美とカチュアは答えてくんなかったの?」
「え、ちょ、ちょっと待って。話が見えてこないんだけど」
再び大きな溜息をつき、マリアは視線を床へ落とす。
「二人とも、あたしに気を遣っているのかなぁ」
「二人って?カチュアちゃんと……亜由美ちゃん?」
尋ねながら、さっきから質問してばかりだとメイラは自分でも思った。
大体マリアの様子も最初から、おかしい。
クラスの違うメイラに辻教官の第一印象などを聞いて、一体どうしようというのだろう?
これが木ノ下教官と辻教官の恋愛疑惑についての質問だったなら、嬉々として答えている処なのだが……
「亜由美に、ね」
マリアが話し始めたので、慌ててメイラは耳を傾ける。
「第一印象を聞いたの。鉄男の事を、どう思ったか。でも、答えてくんなかった。何でかな?」
「そりゃあ……」
思いついたことを、そのまま口に出してみる。
「好印象だったんじゃない?でも、あなたと辻教官の仲が悪いから、言うに言えなかったとか」
「やっぱ、そうかぁ〜。そうだよねぇ」
思い当たる節があるのか、マリアはウンウンと頷いている。
「……じゃ、気を遣わせちゃったのかぁ。悪いことしちゃったなぁ」
「ま、亜由美ちゃんは、そーゆー子だから」
しょぼくれるマリアの肩を叩き、メイラはメイラなりに彼女を慰める。
「それより、何で唐突に第一印象アンケートを採り始めたわけ?」
「唐突かな?」と、首を傾げてみせたマリアは正直に己の胸の内を話し出す。
すなわち、鉄男追放計画の一端をだ。
木ノ下と鉄男の恋愛話で頭が沸いているメイラに話すのは、どうかという躊躇も勿論あったのだが。
だがクラスメイトの亜由美やカチュアに話せない以上、話を聞いてくれる相手なら誰でも良くなっていた。
「……それでマリアちゃんとしては暴力教師である辻教官の態度が、どうしても許せない、と」
話を聞き終え、メイラは天井を見上げて考え込む。
話し終えたマリアは、段々不安になってきた。どうもメイラの反応が鈍い。
堅物、としか彼女は言わなかったが、もしかして彼女も鉄男に好印象を抱いていたのでは?
なので不安が押し寄せる中で、ぽつりと呟かれたメイラの一言には、マリアのほうが耳を疑ってしまった。
「いいわよ。協力してあげる。でも、その代わり、追い出す方法は私に任せてくれる?」
「ほ、ホント?ホントにホント!?」
「やだぁ〜、何疑っているのよぉ。可愛い後輩の頼みだもの、私が断る訳ないじゃない」
ケラケラと笑っていたメイラが不意に真顔になって、マリアの耳元にくちを寄せる。
「それにね、私も辻教官に対しては、あまり良い印象を持っていないの」
「えっ!?」
マリアは心底、驚いた。
この、いかにも脳天気で男同士の恋愛にしか興味のなさそうな先輩が、まさかのアンチ鉄男発言とは。
「でも、第一印象は堅物ってだけだって」
「第一印象は、ね。コレは乃木坂教官が言ってたんだけどォ〜……あ、皆には内緒よ?」
ひそひそ声で言われたので、つられてマリアも、ひそひそ声で囁き返す。
「な、何?」
「初対面の時、無視されたんだって。乃木坂教官が辻教官に。失礼すぎると思わない?」
それは酷い。
ただし乃木坂教官の言うことが、本当ならば……だが。
普段からチャランポランで、どことなく軽薄な乃木坂教官をマリアは好いていない。
いや好いていないどころか、はっきり言うと嫌っていた。
だから彼の発言が、どこまで信用できるのか存分に疑わしかったのだが、それをメイラに言うのは憚られた。
彼女は乃木坂教官のクラスなのだ。彼を慕ってもいる。
だからこそ乃木坂を無視した鉄男を快く思っておらず、マリアへ協力しようという気にもなったわけだ。
ここで彼女の機嫌を損ねるのは、マリアにとっても都合が悪い。
「そうだね……何よ、人には目上の人に対して礼儀をわきまえろ、なんて怒るクセに」
一応同意しておいたら、メイラは、ここぞとばかりに大きく頷き、マリアの両手を取ってくる。
「そんなこと言ってるんだぁ!よーし、ここは遠埜おねーさんに任せなさいっ。マリアちゃんの為にも、乃木坂教官の為にも、絶対辻教官を追い出してみせるから!」
やけにノリノリな相手に、ややドン引きしながらマリアは尋ねた。
自分で言い出した事ながら、本当にメイラに頼んで大丈夫なのか?と不安になってきたのである。
「え、えっと……具体的には、どんな方法で?」
「それはぁ〜、明日になってからの、お・た・の・し・み☆」
気がつけば廊下に放り出されていて、仕方なくマリアは自室へ戻る。
自室では、まだ亜由美が起きていたが、マリアが入ってくると慌てた様子で日記帳を閉じた。
「お、おかえりっ、マリアちゃん……!」
「うん、ただいま。なに?日記、書いてたの?」
「う、うん。そ、そろそろ寝るけど、マリアちゃんはお風呂入ってからにする?」
わたわたと日記帳を枕の下に隠している。
そんなもん、誰も盗み見やしないのに。
……それとも隠すってことは、見られちゃ困ることでも書いているのかな?
「じゃ、お風呂入ってくるね。電気は消しといていいから」
とりあえず亜由美を安心させようと再び廊下へ出てみると、ドアの向こうで彼女のついた溜息が聞こえてきた。


――翌日。
食堂には、何人かの少女が集まっている。
輪の中心となっているのはラストワン四期生、最上級生の遠埜メイラだ。
「でね、今日の放課後になれば木ノ下教官と辻教官が秘密の逢い引きをする手はずってわけ!」
朝から頭の沸いた発言だが、けして彼女の夢想ではない。
昨日の夜、マリアに頼まれた【辻鉄男追放計画】を実行に移したまでのこと。
その計画とは、こうだ。
昨日の夜、鉄男の下駄箱に手紙を仕掛けておいた。
差出人は木ノ下進。
放課後、二人きりで校舎の裏庭で会おうと書かれている。
同じく木ノ下にも同内容を伝えて、二人が裏庭に集まったところを写真に収める。
あとは根も葉もない捏造を添えた上で、学長宛に届ければジ・エンド。
学長に不審を抱かれた辻は、めでたくクビになるだろう――
「でも、メイラの思惑通りに行くのかしら」と難色を示したのは、同級生のヴェネッサ。
いつもメイラの珍発言に振り回されているだけあって、冷静だ。
傍らで聞いていた昴も、冷静な突っ込みを入れた。
「というか、その計画だと木ノ下教官まで巻き添えになるんじゃ……?」
木ノ下教官を、昴は嫌いじゃない。
スランプを抱えた時や落ち込んでいる時に、あの明るさに救われたのは一度や二度ではない。
クールなまどか、リストカット名人の杏、我の強いマリアだって、木ノ下教官に懐いている。
少々騒がしい点はあるものの、ラストワンのムードメーカーと言っても差し支えないであろう。
「あら、大丈夫よ」
何が根拠か、メイラは自信たっぷりに頷いた。
「木ノ下教官は、入ってきたばかりの辻教官よりは信用されているはずだし」
「やれやれ。僕達が何を言っても決行する気満々のようだね、君は」
大きく溜息をつき、ナンセンスとばかりに首を振って見せた後、昴はヴェネッサに判断を委ねた。
「でも捏造の内容が恋愛というのは、頂けないな。僕なら、そうだな、謀反を抱いているということにするけど。ヴェネッサくん、君なら、どんな理由にしたほうがいいと思うかい?」
話を振られ、思案しながらヴェネッサが答える。
「……そうね。こういうのは、どうかしら?例えば、ゼネトロイガーの設計図を狙っている、とか」
さすがは最上級生、恋愛疑惑や下克上よりはマシな案を出してきた。
「設計図?そんなの辻教官が狙ってどーすんのよォ」
間髪入れず叫んだメイラへ、ヴェネッサも間髪入れずに答えた。
「他校のスパイなら、狙って損をしないのではなくて?」
「なるほどね」
昴がもっともらしく頷き、視線を格納庫の方向へ移す。
「ゼネトロイガーは特別製だからな。他校が奪取を考えたとしても、おかしくない」
不意にメイラが大声を出した。
「あ、マリアちゃん!おっはよ〜っ」
見れば、マリアがちょうど食堂へ入ってきたところで、メイラに呼ばれて、こちらへやってくる。
「なに?メイラ」
上級生であろうとも、ファーストネーム呼びだ。
最初の頃は何度も注意した三人だが、今では諦めムードである。
「あのね、昨日言ってた件、さっそく発動しておいたから!」
グッと親指を突き出すメイラに「えぇっ、もう!すっご〜い!」と一応は感嘆したのか、驚いてみせるマリア。
「すごいというか、なんというか……」
肩をすくめ、昴が横入りする。
「とにかくね、放課後まで、君は辻教官をそれとなく監視して欲しいんだ。彼が手紙通りに裏庭へ行かないようであれば、僕達に連絡してくれ」
「手紙?どういう作戦なの?」
そういえば、まだ彼女には全貌を話していなかった。
嬉々としてメイラが話すうちにマリアの瞳から徐々に光が薄れていくのを感じ取りながら、昴は傍らのヴェネッサに耳打ちした。
「マリアくんは、あまりメイラくんに信頼を置いていないようだね。ここは僕達二人が何とかするべきだ」
「何とかって?」
「だからさ、メイラくんの策を成功させる手助けをするんだよ」
全てを聞き終えたマリアの反応は、昴が思ったとおりとでもいうべきか、あまり浮かない様子である。
「う〜ん……鉄男が進の手紙に乗るかなぁ?」
「どうして、そう思うの?」とメイラに尋ねられて、マリアが答える。
「だって二人はルームメイトでしょ?だったら部屋で聞こうって思うはずだよ。フツーは」
「そうかなぁ……だって秘密の内容だよ?部屋で聞いたら、盗聴されちゃうじゃない!」
「そういう風に、手紙には書いたの?」
「書いていないけど……でも、二人っきりで会おうっていわれたら、行きたくなるもんじゃない?」
「それ、相手が好きな人限定の話じゃないのォ?」
残念ながら、第三者が聞いてもマリアの意見のほうが正しいだろう。
「あたしが見た感じだと、鉄男と進って、そこまで仲良しじゃないっぽいよ」
「うん、それには僕も同感だ」
昴が頷き、ヴェネッサも駄目出しする。
「もし仮に二人が仲良しだったとしても、男同士で二人っきりというフレーズは、ちょっとねぇ」
「なによぉ〜、もぉ〜」
ぷぅっと頬を膨らませて、メイラはおかんむり。
「そんなこと言ったって、もう手紙は出しちゃったんですからねーだ!」
「……ま、どうなるかは辻教官の反応を見てからだね。それを見てから、また考えよう」
昴が早々に話を締めて、メイラを残した他の連中は朝食を食べる為、好きなテーブルへと散っていった。
「もぉ、皆判っていないんだから……辻教官はね、木ノ下教官のことが好きなのよ。私には判るわ!」
何を判ってしまったんだか、明後日の方向を見つめながらメイラは一人、腐女子な発言を叫ぶのであった……


一時間目が始まろうという時間になっても、鉄男は教官室に残っていた。
机の上に放り投げてあるのは、一通の手紙。
放課後、二人きりで裏庭で会いたい――というものであった。
差出人は木ノ下進となっているが、どう見ても内容が彼っぽくない。
彼ならば、わざわざ裏庭へ呼び出したりせず、直接部屋なり教室なりで話しかけてくれるはずだ。
機械で打った文字だから、誰かのイタズラという線も充分考えられる。
しかし誰が何故、こんなものを?
木ノ下本人に尋ねる、それも考えた。
だが乃木坂やツユがいる場所では、なんとなく躊躇われて、そうこうするうちに聞くチャンスを逃してしまった。
授業開始のチャイムに急かされるようにして、鉄男は席を立つ。
手紙の主が木ノ下かどうか確かめる為にも、放課後は裏庭へ行ってみよう。そう考えた。


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