合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 第一印象、最悪

――絶対気に入らない。
何がって、もちろん新しく来た教官だ。
辻鉄男。
少しはカッコイイかと思っていたら、中身は最悪暴力教師だったなんて。
これじゃ〜、後藤教官や水島教官のほうが、まだマシとさえ思えてくる。
朝っぱらからマリアのテンションは低く、それでいて内面ではメラメラと燃え上がっていた。
何か口答えするたびに横っ面をはり倒されているのでは、それも仕方なかろう。
口答えをしなきゃいい――そう思う人も、いるかもしれない。
だがマリアとしては、暴力の前に屈するなど、死んでも嫌なのだ。
初日に殴られた恨みは、まだ消えていない。
そいつを謝って貰うまで、絶対に許すつもりはなかった。
大体、と、マリアの思考は鉄男の前にいた教官との思い出まで遡る。
前の教官は人当たりの良い男だった。
多少移り気な処はあったものの、教え方も上手で、聞き上手でもあった。
だから新しい教官も当然、いい人だろうと期待していたのだが……
「ぜぇ〜〜ったい、追い出してやる!」
物騒な事を喚きながら、マリアはズンズンと大股に食堂へ歩いていった。


「おはよ、マリアちゃん」
食堂で真っ先に挨拶してきたのは、釘原亜由美。
マリアとは同じクラスの候補生で、二歳年上だからなのか、マリアを「ちゃん」付で呼んでくる。
そればかりか、マリアが他の子と揉め事を起こすたびに、真っ先に飛び込んで仲裁してくれたりもする。
入学してからずっと、マリアは亜由美にだけは頭が上がらない。
もっとも、最近ではマリアも大人しくなり――とは本人の弁だが――他の子と衝突する事は少なくなってきた。
「しめさばランチ、あと一つだって。どうする?マリアちゃん」
メニューを差し出され、マリアは、う〜んと考え込む。
しめさばランチは彼女の好きなメニューだ。
でも、昨日の朝も、一昨日の夜も、それだったし……
「あ、来た来た!マッリアちゃ〜ん!」
突如甲高い声が食堂中を響き渡り、何事かと顔をあげてみれば、目の前に立っていたのは遠埜メイラ。
乃木坂組の候補生にして、ラストワン最上級生である。
にしては何かと落ち着きがなく、実をいうとマリアは、この先輩が少々苦手でもあった。
「ねねね、マリアちゃん、あ、隣いい?」
いい、と許可を出す前からメイラはマリアの隣へ腰掛け、忙しなくポケットから一枚の写真を取り出す。
「ね、ね、これ!これ見て?見て!昨日の夜、廊下でバシッと隠し撮りした激写写真!どぉ?どぉ?」
モトミ顔負けのマシンガントークに押されるようにして、仕方なくマリアは彼女の差し出す写真を見た。
薄暗い廊下で握手をする男が二人。木ノ下教官と、もう一人は辻鉄男だ。
「……これが、何?」
ついつい気持ちが表に出てしまい、マリアの口調は不機嫌になってしまったが、メイラが気づいた様子はなく、相変わらず訳のわからないテンションで捲し立ててくる。
「何って、もぉ〜!決まってるじゃない、夜中の密・会よ♪」
「夜中の密会?握手してるようにしか見えないんだけど」と言い返しても、メイラはニヤニヤ笑うばかり。
「も〜ぉ、マリアちゃんってばァ。目に見えるものだけが真実ではないって学長も言ってたでしょォ?」
言われて、もう一度写真を眺め見た。
……やっぱり、単に握手しているだけの写真にしか見えない。
でもでも、メイラの言うように、もし何かの密会が終わっての握手だとしたら?
木ノ下と鉄男の間に、どんな約束事が取り交わされるというのだろう。
あの二人は、確か寮ではルームメイトだ。
木ノ下組の女の子達が、そんな話をしていたのを思い出す。
「……う〜むむむ……」
写真を片手に呻っていると、後ろから声をかけられた。
「まだやってる。メイラ、何の関係もないマリアちゃんまで巻き込むのは、やめなさいよ」
この声は、まどかだ。赤城まどか、後藤組の候補生。
綺麗な顔立ちながら、どこか取っつきにくく、しかし冷たいわけでもない。
他の先輩候補生と同じで、マリアには何かと世話をやいてくれる年上のお姉さんである。
だが、成績は落第ギリギリだという噂だ。
といっても教官の後藤が滅多に学校へ来ない為、あの教室は、いつ見ても自習をやっている。
まともな授業を受けられないのでは、成績が危うくなったとしても、彼女の責任ばかりとは言い切れまい。
「関係なくないもん」とメイラは口を尖らせ、マリアの肩を抱きかかえる。
「マリアちゃんは辻教官んとこの生徒なのよ?関係アリアリでしょっ」
「その辻教官だけど」と、真向かいの席へ腰掛け、まどかがマリアの目を覗き込んできた。
「マリアちゃんは、どう思う?どう感じた?授業を受けてみて」
「……別にィ?」
ぷぅ、と頬を膨らませる彼女を見て、メイラとまどかは顔を見合わせ、二人して苦笑する。
「マリアちゃんは、お気に召さなかったみたいね」
「当たり前よっ!」
ますますマリアの頬は膨れ、きょとんとする先輩二人に亜由美が説明する。
「あの、マリアちゃんは、なんでか判らないけど、初日から辻教官に怒られてばかりで……」
なんでか判らないなんてことはなく、亜由美にだってマリアが鉄男に叱られる原因など判っているのだが、彼女の気持ちを考えると、どうしてもハッキリ言うことは出来ず言葉を濁した。
「ふぅん」
思わしげに、まどかが頷く。
「ま、マリアちゃんは何でもハッキリ言っちゃうからねぇ」
「辻教官も思ったことは、ハッキリ言っちゃうタイプっぽいもんねー!」と、メイラも笑顔で相づちを打った。
「そ、そう……ですね」
曖昧に微笑む亜由美の胸元をツンと突っつき、メイラはこうも言った。満面の笑顔で。
「寝技練習の時に何?このペチャパイ〜なんて言われないよう、今から牛乳でも飲んで大きくしといたら?あ・ゆ・み・ちゃん♪」
「あ、ぅ……」
このどぎついジョークには亜由美も咄嗟に言葉が出てこず固まっていると、横合いから助け船が入った。
「へぇ〜、乃木坂教官って、そーゆー事平気で言っちゃうんだ?なんや、意外とデリカシーのない教官やなぁ」
九段下モトミ。木ノ下組の一人で、元祖マシンガントークの女の子だ。
マリアや亜由美とは同期の桜にあたり、それでいて先輩相手でも物怖じしないのが彼女のすごい処。
「何よォ。誰も乃木坂教官が言ったなんて言ってないでしょ〜?」
むっとするメイラの横に立ち、さくっとモトミが言い返す。
「ほたら、なんで寝技練習の話なんか持ち出すねん。そんな話題がスラスラ出るちゅーことは、誰かが実際に、そーゆーことを乃木坂教官に言われたからと違うの?どうなん?」
「まぁ、確かに言われたよ」
割り込んできたのは、タオルを首に巻いて現われた朝日川昴であった。
朝食前のトレーニングでもしてきたのか、しきりにタオルで汗を拭きながら爽やかに答える。
「僕がね。もう少し魅力的な体格にならないと、こっちもやる気が起きないって。でも、それは乃木坂教官じゃなくても、誰もが思う事じゃないかな。僕達に、それなりのプロポーションがなかったら、教官方だって欲情できないだろうからね」
うら若き乙女が朝っぱらからする話の内容ではないが、この学校では違う。
それを引き出す為に、毎日の授業を行っているようなものだ。
当然、話題もそれが中心となろう。
「それで毎日朝練してるの?」とマリアが尋ねれば、昴は素直に頷いた。
「まぁね」
「少しでも理想のプロポーションには近づいたワケ?」
まどかの問いには、しばし考え込んだ後。昴が肩をすくめる。
「まだまだ、かな」
彼女は皆とは少し離れた席に腰掛けて、トーストセットを注文すると。
「とにかく、君の好きな木ノ下教官だって根は素直だからね」
ちらりとモトミを横目に見やり、口元に笑みを浮かべてみせる。
「す、好きって!誰も好きやまでは言うてへんやん」
「寝技練習までには、君もトレーニングしておくといい。彼の失言を聞きたくなければ、ね」
慌てるモトミの言い分など聞く耳ももたず、一方的に話を締めくくった。
そんな昴の態度にムッときたモトミが何かを言い返そうとしたのだが。
「あら、木ノ下教官は言わないわよ。そんな事」
先にフォローが入り、入れたのがメイラと知った彼女は怪訝に眉を潜める。
「なして?なんでメイラに木ノ下教官の心情が判るっちゅーねん」
「だって、そりゃあ――」
メイラはマリアの手から写真を取り返し、全員の目に見えるよう見せびらかした。
「木ノ下教官は辻教官に萌えっ萌えだもの!女の子のプロポーションなんて二の次に決まってるわッ」
ハァ?となったのはモトミだけで、昴、まどか、マリアの三人は同時にハァッと溜息をつく。
「……メイラくん、君ね、まだ言っていたのかい?例の戯れ言を。朝から寝言を言っていたんじゃ、乃木坂教官に怒られるぞ」
呆れきった顔の昴を見るに、メイラはクラスメイトにも同じ妄想を話していたと思われる。
「も〜!妄想じゃないってばぁ!」
怒るメイラの声は「あ、もーすぐ一時間目のチャイムや」というモトミの呟きと、チャイムの音で掻き消された。


朝食の時間は思わぬ腐女子の暴走で言いそびれてしまったのだが、休み時間に入り、マリアは席を立った亜由美を呼び止めた。
「ねぇ、亜由美。ちょっといい?」
「えっ?」と一度は戸惑ったものの、気のいい亜由美は足を止める。
「い、いいよ。何?」
「あのね、鉄男の事なんだけど……」
「辻教官の事?」
ちらっと壁時計を一瞥してから、亜由美が尋ね返す。
「うん……あのさ、亜由美はどう思ってんの?あいつのこと。正直に答えて?」
「あ、えっと……?」
言われた意味が判らず、曖昧な微笑みを浮かべる相手に、再度マリアはきつく問いただす。
「亜由美は、あいつをイイ教官だと思ったの?第一印象で答えて」
「え、あ、う、う〜ん……ま、まだ、よく判らない……かな?」
なんでも物事をハッキリ言わないのは、亜由美の良くないところだ。
鉄男に気を遣っているのか、或いは壁に耳あり障子に目ありで、他人の耳を気にしているのか。
或いは両方かもしれないが、白黒はっきりつけたいマリアとしては何としても亜由美の本音を聞き出したい。
なので、カチュアにも話を振ってみた。
「じゃあ、カチュア。あんたは、どう思ってんの?」
俯いていたカチュアがビクッと全身をふるわせて、恐る恐る顔をあげる。
「あ……」
「鉄男のこと。どうとも思ってないってわけじゃないんでしょ?」
「…………」
カチュアは無言で、コクリと頷く。
ハイともイイエともつかぬ答えに、焦れたマリアは彼女の肩を掴んだ。
「そのコクリは、どっちの頷きなの?嫌い?好き?どっち!?」
「ま、マリアちゃん!無理強いは、よくないよ」
慌てて止めに入った亜由美にも、マリアがくってかかる。
「亜由美だって、そうだよ!まだよく判らないって、第一印象を聞いてんのに、どうして判らないの?二人とも」
「あ……そ、それは」
亜由美が困ってカチュアを見やると、カチュアも困って亜由美を見上げていた。
本音を言うと、亜由美もカチュアも鉄男の事は嫌いではない。
それどころか第一印象だけで言うならば、悪い人とは言い切れない気がする。
どこか不真面目な教官の多い当学校において、生真面目としか言い様のない鉄男の挨拶は好感が持てた。
しかし、ありありと鉄男を嫌っているマリアに、それを言うのは躊躇われた。
言えば必ず彼女は不機嫌になる。
――だが言わずとも、彼女は不機嫌になってしまったようだった。
「……もう、いいっ。メイラに相談してくるから!」
自分から話を振ってきたくせに、マリアは、さっさと廊下に飛び出していった。
残された亜由美とカチュアは、もう一度、お互いの顔を見合わせて呆然とするしかない。
「遠埜さんに相談って、マリアちゃん……何を相談するつもり、なのかな?」
尋ねられてもカチュアにだって予想できるものではなく、彼女は俯きがちにボソボソと答えた。
「………判らない…………」
鉄男に対する自分の気持ちだって判らないカチュアに、マリアの気持ちなど判るわけもなかった。


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