act6 最後の砦
「ラストワンが何の学校で何を育成する場所なのか……それぐらいは知ってて応募したんだろう?」御劔学長の言葉に、むっつりと口をへの字に曲げた鉄男が頷く。
ゼネトロイガーが初勝利を収め、皆が朝日川昴と乃木坂勇一を褒め称える中、鉄男はこっそり格納庫を抜けだしていた。
無論、学長を問い詰める為である。
一番に聞き出したいのは、この学校を作った目的だが、何故自分が教員面接で合格したのか、その理由も問いただしたい。
内容如何では、教官を辞めるつもりでいた。
モニターの向こうで折り重なっていた二人の男女を思い出し、鉄男は身震いする。
あんな行為、自分には到底できやしない。
キス一つ満足にできやしなかった男だ。
女の頭を殴ることは出来ても、触って満足させるなど、天地がひっくり返っても無理である。
「パイロットを育成する学校だ、というのは知っていました。しかし……」
「ああいう操作のロボットだとは知らなかった……か?」
鉄男の言葉を引き継ぎ、学長がニヤリと笑う。
「勉強不足だね」
「そのことですが」
嫌味を無視し、鉄男は強気に出た。
「何故、ああいう操作のロボットを導入したのですか?普通のロボットでも来訪者とは戦えるはずです」
「そうだね」と頷き、御劔はこうも続けた。
「だが、押されている」
「押されている?」
首を傾げる鉄男の前に、スクリーンが降りてくる。
同時に部屋が暗くなり、パッと映像が映し出された。
去年の暮れ、ベイクトピア軍事施設が空からの来訪者に襲われた時のニュース映像だ。
正規軍の駆る陸動機が数体、来訪者の迎撃に当たった。
飛び交う銃弾、爆音、土煙が、こちらまで飛んできそうな勢いだ。
砲弾が来訪者に被弾して、奴がよろめく。一歩、二歩と後退するが、軍の攻撃は鳴りやまない。
「……互角、或いは押しているように見受けられますが」
鉄男の呟きにサラリと、学長が応える。
「そりゃ、序盤だからね」
「序盤?この戦いには続きがあったのですか」
再び首を傾げる鉄男へ笑いかけると、学長は彼の隣へ腰掛けた。
「そうだ。軍お得意の情報操作ってやつでね、勝っている部分だけを放送したんだ」
微笑んだのも一瞬で、すぐ真顔へ戻ると映像を早送りする。
「ニュースで流された分は、ほんの僅かだった。続きを見せてやろう」
早送りが止まり、映像の時間が元に戻る。
瞬間、轟音を立てて陸動機のうち一機が爆発した。
来訪者の反撃が始まったのだ。
奴の腕がヒュンッと風を切ったかと思うと、また一台、陸動機が赤い炎を噴き出す。
「酷いものさ」
映像に目を向けたまま、御劔が淡々と解説を入れる。
「出動していた陸動機は全滅。第三部隊まで投与して、ようやく一匹、撃退できたんだ」
「……!そこまで、強いのですか」
「あぁ」と学長は頷き、リモコンのボタンを押した。
予めセットしてあったのか、画面はラストワンの格納庫、ゼネトロイガーに切り替わった。
「君は何故ゼネトロイガーのエネルギーが煩悩パワーなのか、を知りたいんだったっけね」
「そうです」
鉄男は頷いた。
「並の陸戦機が、来訪者に歯が立たない……それは判りました。しかし、それは操縦者や戦い方にも問題があるのではないでしょうか?」
御劔が苦笑する。
「君は正規軍を、随分と低く評価しているようだね」
鉄男は即座に否定した。
「いえ、そういうわけではありません。ただ……」
「指揮官の頭が悪い、と」
「……はい。同じ陸戦機でも、俺はもっと上手な立ち回りの出来る部隊を知っています」
ほぅ、と御劔は多少興味を惹かれたようであったが、鉄男が話を本題へ戻した。
「何故、ゼネトロイガーは従来の陸戦機とは違う仕様にしたのですか?」
「人間が最大のパワーを引き出せる状況とは、なんだと思う?」
質問に質問で返され、一旦は言葉に詰まったものの、鉄男は少し考えて答えを見つけ出した。
「感情が、高ぶった瞬間だと思います」
「その通り」
満足そうに頷き、御劔がリモコンを押すと、またしてもスクリーンの映像が切り替わる。
人体を模したイラストだ。中央から外側へかけて、オレンジで塗られている。
「人間はカッとなったり強く念じる想いが蓄積されると、自分でも予期せぬほどの能力を発揮できるんだ。我々研究チームは、そこに目をつけた」
「研究チーム?」
「そう、研究だ。人類が来訪者に勝てるか否かを見定める為の」
こともなげに言うと、不意に御劔が目を覗き込んでくるものだから。鉄男は視線を外して、聞き返した。
「ラストワンは、パイロット養成学校ではないのですか?」
「あぁ、今は、ね。だが昔はそうじゃなかった。元々は国の研究チームだったのさ」
人体図の頭部分がクローズアップされる。
「最大のポテンシャルを発揮できる【動機】を試行錯誤した結果、煩悩が一番いいんじゃないかという結論に達した」
「どうしてですか。来訪者と戦うんでしたら【殺意】や【怒り】のほうが良いのでは」
当然の疑問を鉄男がぶつけるも、学長はニヤリと薄笑いを浮かべて彼を見た。
「怒りや殺意は、思いの丈が強すぎる」
「えっ?」
言われた意味が判らず、鉄男はキョトンとする。
最大のパワーを引き出すなら、動機は強ければ強いほど、いいような気がするのだが……
「制御できないパワーは、身を滅ぼすだけだ。殺意や怒りは、自分でコントロールできないだろう?」
「なら【煩悩】だって制御できないのでは、ありませんか?」
「いや……できるよ。それに一人じゃ無理でも、サポートがいれば上手く誘導できる」
ならば殺意だって、誰かが誘導すればいいのでは?そう尋ねる鉄男へ、学長は首を真横に振った。
「誘導できる殺意は、計画的犯行だ。計画的な動機では、強い力を引き出せない。心のままに引き出される動機じゃないと、本当のパワーは出せないものだよ」
「判りました」と、実際の処は全然判っていない頭で鉄男は頷いた。
どう尋ねても最終的に煩悩へ結びつくなら、何を聞いても無駄だと諦めたのである。
どうして、そういう結論に至ったのかは判らないが、学長含めた研究チームとやらは煩悩をロボットに組み込むと決めたのだ。
「脳の信号をゼネトロイガーのコアに送り、動力へ還元する」
学長の説明も話半分に、鉄男が立ち上がる。
「つまり、そうした操作でしか、このロボットは動かせないのですか」
「そうだよ。なんだ、急に物わかりが良くなったじゃないか」
説明を遮られ、つまらなそうな顔を見せた御劔だが、すぐに笑顔へ戻ると先手を打ってきた。
「まさか、自分には無理だから教官を辞めますなんて言わないだろうね?」
「そのつもりです」
迷わず首を縦に振る鉄男を学長は何とも言えぬ表情で眺めていたが、「辞めて、それで、何処にいくつもりだ?」と尋ねてよこした。
「国へ戻り、別の勤め口を探します」
よどみなく答える鉄男の肩を、御劔の手が強く掴んでくる。
振りほどこうと身をよじっている間に、耳元で囁かれた。
「そういわれて、素直に辞めさせるとでも思っているのかい?」
「え……っ!?」
更に二人の距離が接近する。息がかかる範囲で、間近に瞳を覗き込まれた。
「エリスが言うところによれば、君はシークエンスの疑いが強いそうじゃないか」
「シー……クエン、ス?」
シークエンスという言葉については、面接前にエリス本人から言われたので聞き覚えがある。
ただ、言葉の意味を聞く前に面接が始まってしまったので、なんとなく未だに聞きそびれていた。
「君は必要だ。我々にとっても、カチュアにとっても」
「カチュアが……ですか?しかし彼女は、俺を怖がっていたはずですが」
何故ここで、カチュアの名前が出てくるのか?
もし学長が、あの三人が悲しむよなどと言いたいのであれば、社交辞令も甚だしい。
カチュアは鉄男を恐れているし、マリアに至っては完全敵視している。
亜由美は何を考えているのか判らない子だが、まぁ、あまり好意的ではないだろうと鉄男は考えた。
「恐れているだって?とんでもない。彼女は君を理解したいと考えているんだよ。なのに、君が心を開いてくれないから困っているんだ」
「カチュア本人が、そう言ったのですか?」
鉄男の問いに、御劔は肩をすくめた。
「叫んでいるよ、心の中でね」
つまりは学長の予想であり、願望であると思われる。
どんな思惑なのかは判らないが、彼はカチュアと鉄男を仲良くさせたがっているようだ。
そして、その原点には『シークエンス』というキーワードがある。
鉄男は改めて尋ねた。
「シークエンスとは、何なんですか?」
だが、学長の答えもシンプルなもので。
「判らないんだよ」
「判らない?」
散々思わせぶりな発言をしておいて、それはない。
憤慨する鉄男を、まぁまぁと手で宥めると、学長は前髪をかき上げた。
「判らない、というのは適切な言葉ではないな。言ってみれば、我々の間における都市伝説のようなものでね。確かに存在するのだけれど、存在を確認できた者は、まだ一人もいないんだ」
「……意味が判りません」
正直な反応に、御劔が苦笑する。
「君の中に存在する、潜在能力の一つ。そう置き換えてくれ」
しかしシークエンスが鉄男の潜在能力だとしても、それが何だというのか。
カチュアと手に手を取って協力すれば、さらに強大なパワーが手に入るとでも?
鉄男の視線をどう受け止めたのか、御劔は満足げに頷いた。
「とにかく、君が面接で合格するのは予め決まっていた結果だったのだ。君がシークエンスである以上」
なら、面接などする必要もなかったんじゃないか。
無駄に恥をかいてしまったという憤りと一緒に、ますます退職の意志が固くなり、鉄男は仏頂面で切り出した。
「俺に求められていたのは、教官としての能力ではないのですね。しかし俺は、素質だけしか認められない職場になど、人生を捧げたいとは思いません」
すると御劔は「若いなァ」と、年下を見る目で鉄男を見つめた挙げ句、ポンポンと気安く肩を叩いてくる。
「人生を捧げられる職場なんてもんが、君ィ、今時この世にあるとでも思っているのかい?」
人を見下しまくった学長の態度は、面白くないを通り越して、ひたすら不快である。
なおも鉄男が辞退の意志を表明しようと、くちを開きかけた時、何の前触れもなく扉が大きく開け放たれたかと思うと、バタバタと忙しない足取りで駆け込んできたのは木ノ下だ。
「なぁッ、鉄男!お前辞めちゃうってホントか!?」
今にも泣きそうな顔で両手を掴まれて、鉄男がポカンとしている間にも、木ノ下の泣き言は続く。
「辞めないでくれよ!俺、お前ぐらいしかいないんだよ、ここでフツーに話せる同僚!」
「おやおや」と、学長が肩をすくめて茶々を入れてくる。
「乃木坂くんや石倉くんでは、話にならないのかね?」
「違いますよ!」と、木ノ下は一応否定しておきながら、そうとも取れる言葉を続けた。
「ただ、気安さが違うっていうか……ホラ、俺って何も知らないでココに来たじゃないですか。何もかも承知で来た乃木坂さん達には判らない苦悩ってか、そういうのが伝わらないっていうか」
鉄男はビックリして聞き返す。
「お前もなのか?」
驚いた。何も知らないで来てしまった無知な輩なんて、自分ぐらいだと思っていたのに。
「そうなんだよー!」
木ノ下は何度もコクコク頷くと、改めて鉄男を真正面から覗き込む。
「お前も俺と同じだって知った時、ホント嬉しくって……俺が苦労した一年、お前には絶対苦労させない!だから絶対に辞めないでくれよなっ」
満面の笑顔で微笑まれてしまっては、辞めると言いづらくなる。
赤くなって俯いた鉄男をコレ幸いとばかりに、御劔も輝くような笑顔で木ノ下へ畳みかけた。
「大丈夫、辻君は辞めたりしないよ。判らない事が多くて、混乱してしまっただけだ。去年の君と同じようにね」
「そっかぁ〜、そうですよね!大丈夫、任せて下さい。判らないことは俺が全部答えます!」
学長の太鼓判を貰って、木ノ下はすっかり信じ込んじゃっている。
ますます、ホントは辞める気満々ですと言えなくなってきた。
ぐらつく決心をどうしようか考えていると、木ノ下が不意に真顔になって語り出す。
「俺さ、母一人子一人家庭でさ。ココ辞めたら、他に行くところもないんだ。で、ずっと我慢して続けていたトコに、お前が面接に来たじゃん?一目見て判ったよ。こいつは真剣に教官を志望しているんだなって」
沈黙の鉄男に、学長が耳打ちしてきた。
「木ノ下君も君と同じ志望動機で、教官面接を受けたんだ。世界を救うパイロットを育てたいっていう」
「絶対受かって欲しいって思ってたら、見事に受かってさ。ホント嬉しかったよ」
笑顔で言う木ノ下からは、邪な下心を感じない。
実際の面接は出来レースだったわけだが、彼には知らされていないのであろう。
「鉄男、俺と一緒に、あいつらの成長を見守っていこうぜ!」
「そうだねぇ。石倉くん、木ノ下くん、そして辻くんがいれば、我がスクールも安泰だ」
すっかり二人に挟まれる形で左右から笑顔で交互に言われては鉄男に逃げ場などあるわけもなく、結局のところ、それ以上強く言えなくなった鉄男は仕方なく木ノ下と一緒に宿舎へ戻っていった。
「しかし……意外だな」
「ん?何が」
帰り際。廊下でポツリと呟いた鉄男の一言に木ノ下が聞き返すと、鉄男は仏頂面で答える。
「石倉さんも初めから知っていた……のが、だ」
「あぁ、それ。俺も初めて聞いた時はビックリした」
相づちを打った木ノ下が言うには、石倉、水島、乃木坂の三人は元々、御劔率いる研究チームの一員らしい。
いかにも体育会系の石倉が、研究員というのは驚きだ。
だが、それを言うなら軽薄ナンパ男の乃木坂や、オカマバーのホステス風味な水島にしても同じ事。
人は見かけだけでは判断できない。
後藤春喜には、まだお目にかかっていないと鉄男が言うと、木ノ下は肩をすくめて小さくぼやいた。
「あの人、気まぐれだから、滅多にガッコに来ないんだ。おまけに性格が悪ィから、生徒は勿論、石倉さんや乃木坂さんからも嫌われてんだよなァ」
「そんな人間に教員が務まるのか?」
眉を潜める鉄男につられたか、木ノ下も眉根を寄せて吐き捨てる。
「そんな人間だけど、学長の甥っ子なんだよ。だから追い出したくても追い出せないってワケ」
顔色を伺う限りでは、木ノ下自身も後藤に対して良い感情を持っているとは言い難いようだ。
「結局、俺とお前ぐらいなんだよな。真剣に未来を考えて教師になろうって思っていたのは!」
「木ノ下は……」
再びボソリと呟く鉄男に、木ノ下が振り向く。
「何故、ラストワンを選んだ?未来を守りたいのであれば、学校など、何処でも良かったはずだ」
「んじゃ、そういう鉄男こそ、どうしてラストワンを選んだんだ?」
そうだ、どうしてだろう。
求人広告は、他にもあった。ラストワンだけではない、他の養成学校の教員募集もあったのだ。
だが、鉄男は迷わずラストワンの広告を握りしめ、住み慣れた街を出て行った。
何故、自分は一度も迷わなかったのだろう?
鉄男は当時の自分を思い出しながら、ポツリポツリと語り始めた。
「……俺こそ、何処でも良かったのかもしれない。だが、あの急募広告を見た瞬間、ここしかないと思った。……運命を、感じたんだ」
運命とは、我ながら大袈裟すぎると思う。
だが言い直そうとした矢先、木ノ下が「奇遇だなァ〜!」と素っ頓狂な声を張り上げるものだから、驚いて顔をあげるとニッコニコと満面の笑みを浮かべる彼と目があって、意味もなく鉄男は気恥ずかしくなった。
鉄男のテレを、どう受け取ったのかは判らないが、木ノ下が興奮した調子で騒ぎ出す。
「俺もだよ!俺も、思ったんだ。あの急募広告を見た瞬間、呼ばれているって!」
「呼ばれて……いる?」
「そうだ。教官が出来るのは俺しかいない、この学校は俺を必要としているって思いこんじゃったんだ。今考えると、すっげぇ思いこみっつーか自惚れだけどな!」
そう言って、苦笑する。鉄男のテレが伝染したらしい。
だが「なんかさ」と、まだ話は続いていたようで、不意に木ノ下は真顔になると鉄男を真っ向から見つめてきた。
「俺達って似てるよな?似たもの同士なのかもしんねー。だから……」
すっと手を差し出す。
差し出された手を、じっと見つめてから「あぁ」と鉄男も頷き、手を握り返す。
「これからも、宜しく」
「おぅ!」
二人の男は人っ子一人いない廊下で、固く握手を交わした。
――その様子を、最初から最後まで眺めていた瞳が四つ。
「ねっ?やっぱり怪しいわよね、木ノ下教官と辻教官!」
やたら張り切る眼鏡の女の子と比較して、後方にしゃがみ込んだ長髪の女の子は、いやにクールに切り返す。
「何処をどう眺めたら、怪しくなるのかしら。これって要は男の友情ってやつじゃないの?」
「も〜。判ってないなぁ、まどかちゃんは!」
チッチッチッと意味もなく指を振って眼鏡の女の子メイラは、まどかへ振り向いた。
「握手した瞬間の木ノ下教官!ばっちり鼻の下が伸びていたじゃないッ」
「それって、あなたの妄想が生み出した幻覚?」
あくまでも、まどかはつれない。
だって、メイラの言うようには見えなかったんだから仕方ない。
鉄男と木ノ下は似たもの同士であり、同じ志を持って、ここにやってきたというだけだ。
それを再確認した上で、改めてヨロシク、と二人は挨拶を交わしていた。
とても、そこからは愛だの恋だのと言った話に発展しそうもない。
とことん現実的な相手に「いいもん」とメイラも頬を膨らませて、携帯電話をポケットに突っ込んだ。
「さっきの瞬間、写真に撮っちゃったもんね。これ、マリアちゃんに見せて判定してもらうんだ〜」
「マリアだって、きっと、あたしと同じ感想を言うと思うけど……」
一応釘を刺してみるも、メイラは全然聞いちゃいない。
「よっし!今日は遅いから、明日の朝食で見せてみよっと」
さっさと廊下を走り去っていく腐女子の背中を目で追いながら、まどかは大きく溜息をついた。