合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 初陣

地上へ飛び出したゼネトロイガーは走る、走る、走る。
迎え撃つ敵の元まで一気に駆け寄ると、その勢いでエルボーをかます。
敵も、ただ黙ってやられるわけがない。
寸前で身をかわし、間髪入れずに足を払われそうになり、ゼネトロイガーは大きく後方へ飛びずさった。
敵の全長が大型モニターに大映しとなり、鉄男は息を飲む。
でかい。
ゼネトロイガーとタメを張るほどの大きさだ。
ボディは不透明な輝きを放ち、透き通った管が二本、だらりと垂れ下がっている。
人間とは似ても似つかぬ姿。それが人類の敵、『空からの来訪者』であった。
彼らは突如虚空より現われ、攻撃を仕掛けてきた。
原因は元より、理由も判らない。
交渉も何も受け付けず、理不尽な空襲を繰り返す彼らに人類も黙ってはおれず、巨大ロボットを造りあげ、これに対抗する。
ゼネトロイガーも、その内の一つだ。だが、実際に戦う為に作られたわけではない。
あくまでも学校の機材であり、パイロット候補生の練習用に過ぎない。
――戦えるのか?
本職のパイロットでも苦戦を強いられている敵が、相手だ。
不安に駆られた鉄男が真横の剛助を見ると、剛助も鉄男を振り向き、力強く頷く。
「心配するな。乃木坂教官は普段の素行こそよくないものの、戦いでは真剣になる。昴も四年、彼の元で訓練を積んでいる。いけるはず……いや、必ず勝ってみせる!」
「でも、これが初陣ッスよ?実戦は!」と、横から口を挟むのは木ノ下だ。
鉄男同様青ざめて、チラッチラッと戦いの様子を見ながら、剛助に食いかかった。
「論理上は戦えるっつー話ですけど、問題は昴のコンディションですッ。人間の心理ってなぁ、論理通りにいくもんじゃないでしょう!」
その通りだ。木ノ下の言うように、昴と乃木坂には戦う覚悟――
もっと言うなれば、死に直面するという覚悟が、出来ているのか?
大きな音に驚き、誰もがモニターを凝視する。
モニターの向こう側では、空からの来訪者とゼネトロイガーが、がっぷり四つに組み合っていた。


ゼネトロイガーのコクピット内部にも、機体の両腕が立てている、ミシミシという嫌な音が届いている。
「くそっ、掴まれちまった!昴、もっとパワーをあげろ!意識を集中させろ!!」
前方窓を見つめながら乃木坂が叫べば、その懐。
「わ、判っています!けどッ」
乃木坂の下にいる昴も悲鳴をあげる。
「けど、じゃねーんだよ!おら、もっと気持ちを高ぶらせろッ」
言っている側から乃木坂の手が伸びてきて、昴の胸を荒々しく掴んできた。
「いたッ!」
反射的に昴は身をよじり、ハッと我に返った乃木坂は慌てて謝る。
「わ、悪ィ!痛くしたつもりは、ねーんだがな……」
つもりじゃなくても、今のは酷い。愛撫なんてもんじゃなく、本気で胸が千切れるかと思った。
痛みで涙ぐみながら、昴が小声で文句を言う。
「もっと優しくやって下さい……じゃないとパワーもあがりませんよ」
「すまん、じゃあ胸はヤメだ、尻にしよう」
そう言った直後、今度は横手のモニターに御劔が映り、大声でどやしつけてくる。
『どうした、動きが鈍いぞ!まさか四期生の実力が、その程度だと言うつもりじゃないだろうな?』
「すいません、判ってます!」
モニターのほうなど見もせずに、荒々しく叫び返すと、乃木坂は昴の股間に顔を埋めた。
パイロットスーツの上から吸い付くと「ふぁッ!」と叫んだ昴が体を、ビクリと震わせる。
「昴、意識を快楽に任せるんだ!いいか、訓練と同じだと思って集中しろよ!」
昴の股間に舌を這わせながら、彼女を集中させる方法はないものかと乃木坂は考えた。

――二人は何をやっているのか――?

モニター越しに眺めていた鉄男は眉間に縦皺を寄せ、木ノ下に詰め寄った。
「何って、ゼネトロイガーを操縦してるんだけど」
「どこが?あれでは、まるっきり……」
「まるっきり?」
キョトンとした顔で木ノ下に問い返されては、却って此方が言葉に詰まる。
鉄男は、恥ずかしさに目を逸らした。頬が熱い。
昴と乃木坂は折り重なるようにして、コクピットに搭乗していた。
搭乗というよりも、最早あれは抱き合っている。そう言ってもいいだろう。
迫り出した台の上に昴が寝ころび、その上に乃木坂がのし掛かっている。
その体勢で何をしているかといえば、胸を揉んだり股間を触ったりと、いやらしい行為のオンパレードだ。
目の前に敵がいるというのに、遊んでいる場合ではない。
憤る鉄男の肩にポンと手をかけ、木ノ下は困った顔で説明する。
「あれは、そのぅ、説明が難しいんだけど……ああしないとパワーがあがんないんだよ」
「パワーをあげる?どういう仕様なんだ、あのロボットは」
「コアの煩悩ボルテージを吸収してパワーへと変換するのだ」と答えたのは、剛助だ。
「煩悩……ボルテージ?」
またまた鉄男は首を傾げ、剛助が動じぬ鉄仮面で続けた。
「ゼネトロイガーは原則二人乗りだ。コアとなる操縦者と補助となる者の二人で、な」
もう一度モニターをチラ見した。
モニターの向こうでは昴が嬌声をあげている。
聞いているだけで、こっちが恥ずかしくなるような喘ぎ声を。
「今の場合だとコアは昴、補助は乃木坂が担当している」
操縦桿を掴んでいるのは乃木坂だが、剛助の説明を聞く限りだと、乃木坂は操縦者ではないらしい。
昴の煩悩ボルテージとやらを、一連の愛撫で引き出して、ゼネトロイガーに吸収させている――
剛助の説明をまとめると、そういうことらしい。
さっぱり判らない仕組みだ。
何故そんな仕様にしたのか、設計者の頭を疑う。もっと普通に作ればよいものを。
乃木坂にも昴にも不真面目さは見えない。
必死の表情で昴の胸を揉み、首筋に舌を這わせ、太股をさすっている。
「……振りほどけないな」
コクピット内部の様子から全景を映すモニターのほうへ視線を移し、鉄男は呟いた。
来訪者の管は二本ともゼネトロイガーの両腕に、がっちり巻き付いている。
ゼネトロイガーも振りほどこうとしてはいるようだが、その為の馬力が足らないようだ。
「昴の気持ちが集中してない証拠だよ、ありゃあ」
近づいてきた木ノ下も真横に寄り添い、ぼそっと囁いてきた。
「訓練では上手くいってたんだけどなァ」
訓練では、何もかもが上手くいっていった。だが、実戦は訓練とは違う。
実際に『空からの来訪者』を前にして、昴は委縮してしまっていた。
これでは、ゼネトロイガー本来のパワーも引き出せない。
振り返り、天窓へ向けて木ノ下が叫んだ。
天窓の向こうに、御劔のいる司令室でもあるのだろう。
「学長、もう一体出せませんか?あれじゃ乃木坂さん達がやられちまう!」
それに対する学長の返事は冷淡で。
『他の機体は調整に出したと伝えたはずだぞ。今使える機体は、あの一機だけだ。それに……一対一で倒せないようなら、我々が存在する意味もない』
「存在する……意味?」
みたび首を捻る鉄男へ答えたのは、これまでずっと黙って様子を眺めていた水島ツユだった。
「ここは未来のパイロットを輩出する学校よ。一匹相手に手こずる雑魚じゃロボットに乗る資格もないって、御劔サンは言ってんのサ」
「雑魚って!あいつは、これが初陣なんですよ!?」
すかさず、木ノ下がくってかかる。
「本番の心構えも準備も出来ていないんだ!卒業試験だって受けていない!なのに、ゼネトロイガーのパワーを引き出せと言われたって、無理じゃないスか!」
そこへ「木ノ下教官!」と鋭い声が飛ぶ。
「お心遣いは有り難いですが、それは無用な心配でしょう」
強い眼光でモニターを睨みつけながら、ヴェネッサは木ノ下へ語りかける。
「昴は必ず、やり遂げてみせます。四年間の学習成果として、あの来訪者を必ず倒します」
「……けど!」
木ノ下が言葉に詰まった瞬間を狙ったかのように、格納庫いっぱいに警報が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
初めての事態に木ノ下は勿論のこと、剛助やツユも目を見張る中、エリスだけが平然と呟いた。
「パワー、充填されました。ゼネトロイガーが……振り切ります」
水の吹き出す激しい音にモニターを注視すれば、ちょうど来訪者の管が引きちぎられた瞬間だった。
言うまでもない、乃木坂と昴の駆るゼネトロイガーの仕業である。
来訪者の管、そして胴体を絶え間なく流れているのは、青い液体だ。奴らの血液だろうか。
『乃木坂、BOORNのスイッチを解除しろ!今なら発射できる!!』
すかさず学長が命じ、それに乃木坂が応える。
『了解です!いくぞ、昴!!』
ボーンとは何だ?と鉄男が木ノ下に聞く暇もなく次の瞬間にはゼネトロイガーの頭部がチカッと光り、そこを中心として放たれた、目を焼き尽くさんばかりの眩しい光が辺り全体を包み込んだ。
光線に目を焼かれながらも鉄男が見たのは、モニターの向こう側で華々しく爆発する来訪者の姿。
「なッ……」
絶句する鉄男の横で、木ノ下が「っしゃあ!必殺ボーンが決まったァ!!」とガッツポーズを取る。
「初めてにしては見事だ」と剛助も満足そうに頷くのを横目に、鉄男は木ノ下に掴みかかった。
「い、今のは何だ!必殺ボーン、それがあの武器の名称なのか!?」
あんな武器は、ニュースで一度も見たことがない。
正規の軍隊が持つ機体のどれにも、光で相手を爆発させるような武器など積んでいないはずだ。
「そうだよ、敵がボーンと吹き飛ぶからボーンなんだ!」
駄目だ、木ノ下の説明では訳がわからない。
フォローを求めて鉄男が剛助を見るも、剛助の答えも似たり寄ったりだった。
「ボーンは煩悩の爆発を意味している。コアの煩悩が最大限まで達すれば発射可能となるのだ」
来訪者は、跡形もない。跡形もなく飛び散ってしまった。
必殺ボーン……名前は、そこはかとなく格好悪いが、とんでもない威力である。
正規軍でも苦戦する来訪者を、たったの一撃で吹き飛ばすなんて。
何故、この機体が、たかだか養成学校の練習機として登録されているのだ。
そして、こんな物騒な機体を所持しているラストワンは、本当にただの養成学校なのか――?

改めて疑問が沸くと同時に、何故、この学校に自分が選ばれたのかを聞く必要がある。
戻ってきたゼネトロイガーを見つめる鉄男の眼は、歓喜ではしゃぐ皆とは相反して、暗く沈んでいた……


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