合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 緊急警報

ラストワンにおける一日の授業は、大概四時間で終了する。
初授業を終えた鉄男が宿舎へ戻ってみると、既に部屋には木ノ下がいた。
背中を向けてゴソゴソやっているので肩越しに覗いてみれば、彼は小さな箱から一つ一つ密封された袋を取り出している処であった。
袋の中には小さく畳まれた風船のようなものが入っている。
思わず「それは何だ?」と尋ねると、木ノ下は「ひゃあ!」と文字通り飛び上がって振り向いた。
「な、なんだ鉄男かよ!驚かすなって」
全く動じず、もう一度それは何だと尋ねる鉄男に、木ノ下は肩を軽くすくめて答える。
「何って、ゴムだよゴム。明日の授業で使うんだ。っつっても、まぁ、見本だけどな」
ピリッと一枚破って、中身を手渡された。掌の上で広げてみると、やはり風船にしか見えない。
風船もゴムで出来ているからゴムと言えなくはないが、しかし、それならやはり風船と呼ぶべきではないのか?
鉄男が何か言う前に、先に木ノ下が言葉を発する。
「お前、明日の授業で何を教えるつもりなのか考えてあるか?」
「明日の……」
教えるべき学科は、大きく分けて六つある。
基礎学科が二コース。これは語学と哲学、数式と物理の二つに分かれている。
パイロット育成所としての授業は、疑似操作と機械工学の二つ。
疑似操作は立体映像を用い、ロボットの操作方法を体感的に覚えさせる。
機械工学は文字通り、機械知識を学ぶ授業だ。
そして心の授業も必要だとして、道徳と性教育も授業のうちに入っている。
最後の性教育に関しては、鉄男自身も詳しくない。
生徒と共に学ぶ必要があるだろうと、彼は朧気に考えていた。
「性教育だよ、性教育。疑似操作と一緒で、ここじゃ一番重要な授業だぜ?」
そう言ってニッカと笑う木ノ下に、何故か鉄男は恥ずかしくなって俯いた。
「……いや、テキスト通りに基本を……」
「テキスト通りの授業なんざ、あいつらは期待してないと思うけどなァ」
「しかし基本は大切だろう」
顔をあげて断言する鉄男に微笑むと、木ノ下は続けた。
「一応義務教育は終わってんだ。基本ぐらいは、あいつらだって知ってるよ。なのに、何故またココで習おうとしているのか?専門学校ならではの授業に期待しているからさ」
いいか?と、鉄男の手からゴムを取り出し、目の前にプランとぶら下げる。
「専門学校ってのは、正規の学校とは違う。正規の学校でやらない授業を教えてやる場所なんだ」
「では――」
真っ直ぐゴムを見据えて鉄男が尋ねる。
「木ノ下は、それを使ってどのような授業を行うつもりだ?」
「ん?ゴムを使って?そんなん決まってんだろ、避妊の授業だよ」
あっけらかんと言われ、しばしポカーンと鉄男は佇んでいたのだが、やがて我に返ると、怒濤の勢いで木ノ下を問いただした。
「避妊など、それこそ正規の授業で教えているはずだろう!何故それを改めて教える必要がある!?」
木ノ下はポカーンと大口を開けて、鉄男の顔を眺めた後、さも呆れた調子で首を振る。
「何言ってんだ?お前、生徒を孕ますつもりなのかよ」
判らない。
何故避妊の授業を怠ると、生徒を孕ませる事になるというのか。
そもそも孕むもなにも、この学校に男子生徒はいない。男は学長と教官だけじゃないか。
まさか木ノ下は、生徒に手を出すつもりなのか。そして鉄男も同じだと決めつけている?
「お、俺は……生徒に手を出すつもりなどないッ」
憮然として鉄男が吐き捨てると、木ノ下は、またまたポカーンと大口を開けていたが、やがて大きな声で笑い出した。
「ぶっは!鉄男、お前それ本気で言ってんのか?だってココの卒業試験は」
だが途中、彼の言葉はサイレンの音で掻き消された。


『緊急事態発生、緊急事態発生!生徒及び教官は、ただちに格納庫まで集合せよ!繰り返す――』
廊下をバタバタと駆ける人影。
宿舎内に響き渡る館内放送は、同じ言葉を繰り返している。
緊急事態発生。
入学して、初めて聴く種の放送だ。
ちょうど夕飯の真っ最中だった生徒達は、不安そうに顔を見合わせた。
「ちょっと……何なのよ、一体」
まどかは周囲に視線を彷徨わせるが、どの生徒も状況を把握していない顔だった。
……いや、一人だけ、すっくと立ち上がった者がいる。
ハチマキをぎゅっと締め直し、きりりとした表情で、そいつは言い放った。
「敵が来たんだ!格納庫へ急ぐよッ」
「て、敵?敵って……」
戸惑うまどかに振り向きもせず。
「先に行ってる!」
言うが早いかハチマキの少女は飛び出していき、かわし損ねた生徒がトレイを床に落とす。
「わぁ!もう、なんなのさ?ケーミの奴」
ブツブツ文句を言いながら、割れた皿を拾い集めているのは佐貫飛鳥。
赤髪に黄色のメッシュと派手な髪型にピアス。
外見から、よく不良と間違われるのだが、意外や素顔の彼女は真面目な生徒である。
その手を横から、そっと押さえたのは、ツインテールの女の子。
ユナ=ホーリーテッド。先ほど走っていったケーミこと、中里拳美の同級生だ。
「片付けは後にして、ボク達も急ご?緊急事態って言ってるみたいだし」
「でも」と反論しかける飛鳥の肩を軽く叩いたのは、九段下モトミ。
「せやけど緊急やし?割れたお皿片付けるのと緊急放送で向かうのと、どっちが大事やゆーたら、やっぱ緊急放送のほうとちゃうねんの?さ、いこいこ!いかへんと、まった後藤のガマガエルが臭い息かけよってお仕置きお仕置き言いかねんで?」
「わ、わかったよ」
割れた皿もそのままに飛鳥、そして他の生徒もバタバタと廊下へ出て行った。

格納庫へ一番乗りしたのは、拳美ではなかった。
「教官!敵が、ここに現われたんだな!?」
入るや否や大声で叫んでくる拳美に、剛助と乃木坂が振り返る。
「あぁ、そうだ。他の皆は、まだか?」
答える剛助へ頷き、拳美は力強く答えた。
「まだだよ!でも、すぐに来るッ」
「しっかし……集まりが悪ィな」
格納庫は乃木坂と剛助と拳美の他は、まだ誰も来ていない。
常時待機していなきゃいけないはずのメカニックや女医までいないというのは、どうしたことか。
「たるんでいる証拠だ。お前の処の生徒も、まだのようだが?」
剛助に指摘され、すかさず乃木坂もやり返す。
「お前んトコだってケーミ一人しか来てないだろ」
そこへバタバタと駆け込んできたのは、メイラ、昴、ヴェネッサの三人。
拳美の姿を見留めた昴が小さく舌打ちするも、ヴェネッサは極めて冷静に到着を告げた。
「乃木坂教官、遅くなりまして申し訳ありません」
「あぁ、もうお前ら次は真っ先に来いよ。最上級生なんだからさ」
乃木坂はぞんざいに手を振ると、背後を振り仰ぐ。格納庫の扉は、ぴったり閉まったままだ。
「あとはメカニックか……ま、いい。お前ら四人ともスーツに着替えて」
「着替えは万全!!」
元気の良い声にビックリして乃木坂が振り返ると、パイロットスーツを着込んで仁王立ちしている拳美が目に入る。やる気満々だ。
「くそ、次回こそはケーミ君に遅れを取ってなるもんか」
小さく悪態をつき、昴が着替え室へ走っていく。
遅れてメイラ、ヴェネッサはすぐ行かずに乃木坂へ尋ねた。
「奇襲者は例の敵……なのですか?」
「他になにがいる?」とは、剛助。乃木坂は、再び格納庫を見上げて頷いた。
「あぁ。空からの来訪者だ、管制塔の確認だから間違いない」
管制塔とはベイクトピア空軍建設による、所謂見張り台である。
空からの来訪者の到着を、いち早くキャッチし、各防衛施設へ情報を送ってくれるのだ。
だが、今回は異例といっていい。
ラストワンは正規の軍隊ではない。そればかりか、防衛施設でもない。
ただのパイロット養成学校だ。にも関わらず、管制塔からの情報が入った。何故か?
それは空からの来訪者がラストワンの建っている区域に、極めて近い場所へ現われたからであった。
専門学校といえど、傭兵育成校は各自でロボットを所有している処が多い。
それを踏まえての情報提供だと思っていいだろう。
正規軍が到着するまで、なんとか持ちこたえて欲しい。
管制塔がラストワンに期待するのは、それであった。倒せという命令は、どこからも来ていない。
「あわわわっ、おっそくなっちゃっ……キャー!
突き当たりの壁に激突する轟音。を、まるっきり無視して鉄男と木ノ下、やや遅れてツユも駆け込んでくる。
「今、壁に激突したのは誰だよ?」と尋ねる乃木坂に「敵が来たんだって?」と質問で返すツユ。
「あぁ、空からの来訪者だ」
剛助が頷き、扉へ目をやった。
集まりが悪い。他の生徒は、何をやっている?
そこへ、よろよろと入ってきたのはマリアだ。
赤くなった額を押さえている辺り、止まりきれずに壁へ激突したのは彼女らしい。
「あーもぉ……もぉバカ、鉄男!助け起こしてくれたっていいじゃない!」
しかも勝手にヒステリーを起こしている。駆け寄って慰めているのは、やはりというか亜由美だ。
「ご、ごめんね、私が手を離しちゃったから止まりきれなかったんだよね。マリアちゃん、大丈夫?」
『十八人、全員集まったか?』
御劔学長の声が響き、それに対して乃木坂が答える。
「いえ、まだです!後藤組と木ノ下組が……おい、木ノ下!」
「はい?」
「ハイじゃねぇよ!お前んとこの生徒は、いつになったら現われるんだ?」
「あ〜、それは」
木ノ下が答えようとした、まさにその瞬間を狙ったかのようにモトミが駆け込んできた。
だが、それは遅れた理由の謝罪ではなく。
「教官!杏が、また手首かっきりよったわ!!」
「何ィ〜!?あいつ、こんな非常事態に何やってんだ!」
せっかく到着したのに、木ノ下はモトミと連れだって廊下へ飛び出していくことになり、乃木坂と剛助は頭を抱える。
記念すべき初陣に、一体何をやっているんだ!
「乃木坂組、全員着替えました!」
ビシッと両手を後ろに回して、直立不動で構えた昴が報告を入れる。
皆がゴタゴタやっているうちに着替え終えて、三人とも戻ってきていたようだ。
司令室の向こうで、御劔学長の息を飲む気配が伺えた。
『よぅし……格納庫の準備は万全だ。乃木坂、今回は手本も兼ねてお前の組が出撃しろ!』
命令と同時に、格納庫の扉がゆっくりと開いていく。
全員の目が、おのずと上空へ向けられて、そいつを初めて見る鉄男は思わず感嘆の声を漏らしていた。
「……こいつは……!」
大きい。
生まれて初めて巨大ロボットを見たわけではないが、それでも目の前にそびえるロボットを大きいと感じた。
数値にして二、三十メートルは、あるんじゃなかろうか。赤い眼が鉄男を見下ろしている。
紫のボディに塗られた機体は、両手を堅く握りしめていた。指が五本ずつ、まるで人間を模したかのようだ。
巨大ロボットが人の形をしている必要性はない。にも関わらず、このロボットは人を模している。
それとも人の姿でなくてはならない理由が、あるのか?
首を傾げる鉄男の横に、いつの間にか並んだ剛助が彼の反応を確かめる。
「そうだ、こいつこそはゼネトロイガー。俺達の機体だ」
格納庫が完全に開く前に、乃木坂が機体へ走り寄った。
「よし、じゃあ昴!今回は、お前でいくぞ!!」
「了解です、乃木坂教官!」
手招きされて青い髪の少女も力強く頷くと、機体の脇にある丸い穴へと飛び込んだ。
すかさずチッという小さな物音に鉄男が振り向けば、苦み走った表情のヴェネッサと目が遭う。
「……なんですの?」と刺々しく聞き返され、物怖じせずに鉄男は聞き返した。
「何故、舌打ちをした?」
眉間に皺を寄せた鉄男に臆することなく、ヴェネッサも不機嫌全開で言い返す。
「出番がなかったからに決まっておりますわ」
「仲間が命をかけて戦おうというのに、その態度はないだろう」
なおも言いつのる鉄男の肩を、ポンポンと軽く叩いて剛助が諫めた。
「あの三人は優秀であるが故に、手柄に拘る傾向がある。乃木坂教官は、どうも道徳の教え方が悪いようだな。だが、戦闘に関しては真面目で高い能力を誇っている。よく見ておけ、これが我々の戦い方だ」
開いた扉の向こう側では、今まで何処に隠れていたのやら、メカニックが忙しく走り回っている。
「パイロット二名とも搭乗しました!」
「よし、天井ハッチを開け!」
などと騒ぐ声に応えるように、御劔の声が響く。
『天井ハッチ、オープン!』
続けてロボットの真上が、ゆっくりと開いていき、徐々に星空が見えてきた。
すっかり開ききったところで御劔が叫んだ。
『ゼネトロイガー、発進せよ!』
まるで学長の声に応えたかのようにギィンと赤い両目に光が漲り、ロボットが天井を見上げる。
ぐっと、ゆっくり膝を曲げて身を屈めた。
かと思えばゼネトロイガーは大きく跳躍し、天井の穴を飛び出した。
それは鉄の塊とは思えないほど、しなやかにして軽やかな飛翔であった。


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