合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 危機

マリア達が到着した頃には既にゼネトロイガーは発進しており、敵と対面していた。
ただし対面しているのは、木ノ下とマリアが見た空飛ぶ巨大な人間ではない。
大きさはゼネトロイガーと大体同じぐらいの、白くて、つるりとした二足歩行の生物であった。
つるりとした表面には、目も鼻も口もない。
それでも生き物だと判るのは、そいつが呼吸をしているから。
ひとくちに『空からの来訪者』といっても、様々な外見パターンがあるようだ。
「ねぇっ、戦っているのは誰?誰が乗ってるの!?」
マリアに問われ、ツユが答える。
「ケーミだよ」
答えた後、チッと小さく舌打ちしたのがマリアの耳にも届いた。
「ったく、こんな時に限って最上級生が全員留守にしているから……」
昴とメイラは自分と一緒にいた。ヴェネッサも何処かへ出かけていたのか。
それで搭乗が遅れ、代わりに一番乗りしていた中里と剛助が乗り込んだ。
だが乃木坂組と違って他の組の生徒は、まだ教官との連携プレイに慣れているわけではない。
現にモニターへ映し出されたゼネトロイガーも、この間の昴には到底及ばないほど、ぎこちない動きを見せていた。
「が、がんばれ〜!ケェミー!!」
声が届くはずもないのだが、一応モニターへマリアが声援を送っていると、後ろから肩をぐっと掴まれる。
何よ、とばかりに不機嫌になって振り返ると、そこには鉄男がしかめっ面で立っていた。
「整備の終わった機体が、あと一台あるそうだ」
前置きもなしに、いきなり本題に入った。
確かに鉄男の言うとおり格納庫には、もう一台、稼働していないゼネトロイガーが佇んでいる。
「それで?」
不機嫌にマリアが問い返すと、いきなり鉄男が踵を返す。
「行くぞ」
「い、行くぞって、まさか乗るつもりなの?あんたと、あ、あたしが!?」
鉄男の返事はない。
しかし彼の足はまっすぐゼネトロイガーへ向かっているし、わざわざマリアへ声をかけたという事は、マリアと乗りたい。そう捉えて間違いあるまい。
「じょ、冗談じゃないわよォ!!」
まだ何の訓練も受けていないし、そもそも相手が鉄男だなんて、マリアとしては絶対に御免被りたい。
だがマリアが拒否するまでもなく、鉄男の行く手を塞いだ者がいた。ツユだ。
「もう一台は出さないわよ。学長がそう決めた以上、アタシ達はそれに従うしかないってワケ」
それに、とマリアや亜由美の顔を一瞥してツユは言う。
「あんたじゃ、どのみち力不足だわね。まだ、あの子達とも意識がシンクロしていないんでしょォ?」
「なら、どうして貴方が出撃しないんですか?水島先輩」
ジロリと鉄男が睨みあげる。
とても先輩に対する態度とは思えず、ツユの眉間にも細かい皺が寄る。
「だから言ってんでしょーが。学長が、もう一台の出撃を許可してないって」
「ここはケーミと石倉先輩のタッグに一任するって事ッスか?」と、口を挟んできたのは木ノ下だ。
その通り、とツユが頷くのを横目に、マリアは格納庫を見渡した。
ここには全員揃っていなければいけないはずなのに、乃木坂とヴェネッサの姿がないではないか。
後藤教官もいないが、彼がいないのは日常茶飯事として、あの二人がいないのは、どう考えてもおかしい。
ツユを問いただすと、苦み走った顔で答えた。
「ずっと勇一のケータイに電話してんだけど、全然連絡が取れないのよ」
「二人で出かけたの?やっだ、ヴェネッサってば抜け駆け禁止って、あれほど言っといたのに!」
たちまちメイラが騒ぎ出し、昴が彼女を窘める立場へまわる。
「たとえデートだとしても、戻ってこないのはおかしいよ。何かがあったとしか思えない」
メイラとマリアは、二人して首を傾げた。
「何かって?」
それに昴が応えるよりも早く、モニターの向こうで派手な轟音が轟いて、皆の意識はそちらへ集中した。


「んっんんん……ふぅぅっ、はぁッ!」
一方、こちらはゼネトロイガー内コクピット。
台座に寝転がって奇声を発する拳美へ、すかさず剛助の叱咤が飛ぶ。
「雑念だ!雑念が入っているぞ、中里!それではゼネトロイガーのパワーは上がらんッ」
「でっ、でっ、で、でもぉ〜ッ!」と、ついつい拳美の声も裏返る。
「感じるってのが、よく判らないんですっ!」
剛助の言う快感が理解できないのだ。
その為か煩悩パワーがあがらず、来訪者の繰り出す攻撃に為す術もない。
だが幼い頃から格闘一直線、色気もヘチマもない青春まっただ中の彼女にしてみれば、異性とキスは勿論、お手々を繋いだ事もない少女に愛撫での欲情を感じろと言っても無理な話だろう。
まだ、ゼネトロイガーに乗る為の訓練も受けていない。
今だって剛助の手が拳美の体を這い回っているけれど、拳美に感じられるのは『くすぐったい』という感触だけだ。
剛助の事は尊敬しているし、好きという感情だって多少はある。
でも、その好きは残念ながら異性への好意ではなく、年の離れた家族――例えば父や兄に対する好意だった。
「妄想だ!妄想で感情を肥大化するのだッ」
「も……妄想ッスか?」
戸惑う拳美へ、愛撫の手は休めずに剛助が叫ぶ。
「そうだッ!この間、俺が貸してやった春画を見ただろう!あれを脳裏にイメージし、己の姿と重ねるんだ!!」
先日の授業で参考文献として見せてもらったのは通称エロ本、成熟した肉体の男女が、あられもない姿で絡み合っている写真集だ。
一緒に覗き込んでいた香護芽とユナは頬を赤らめキャッキャとはしゃいでいたが、拳美には面白いとは思えず、こんな本を眺めているぐらいなら校庭でランニングでもしていたほうがマシだとさえ感じた。
あれを妄想しろっていうのか。
教官との打ち込み稽古のほうが、よっぽど想像しやすいというのに。
「妄想だ、雑念を振り払え!俺の手を、誰かの手と置き換えてもいいッ。いないのか?お前には、そうした心の許せる相手が」
剛助の指が、パイロットスーツの上から中里の割れ目をなぞってくる。
途端に拳美は背中を反り返らせ、彼の指から逃れようとした。
「ひゃっ!く、くすぐったい、くすぐったいですってばァ」
「こ、こら!暴れるんじゃないっ」
拳美が身をよじらせるたびに、ゼネトロイガーもバランスを崩して、たたらを踏む。
だが体勢を整えさせてくる暇など、敵が与えてくれようはずもない。
ここぞとばかりに、よたつく足下を引っかけられて、紫の巨体は無様に顔面から地上に倒れ込んだ。

顔面着地でスッ転んだゼネトロイガーの被害たるや甚大で、機体の下に広がった建物は見るも無惨に潰されている。
付近に避難警告が出ていなかったら、死者の数も恐ろしいものとなっていただろう。
「うわっちゃ〜」
モニターを見つめていた全員のくちからは一斉に失望の溜息が漏れ、鉄男はツユをまっすぐ見据える。
「彼らだけに任せていたのでは、この戦いには勝てません。やはり、もう一組、出撃するべきです」
鉄男の言葉で、ハッと我に返った亜由美が割り込んでくる。
いつも皆に合わせてばかりの彼女にしては、珍しい行動だ。
「そ、そんなことより、軍!軍は?軍の援護攻撃は要請したんですか!?」
それに答えたのは、ツユではなく。
「――軍は来ない」
カツカツと靴音も高く入ってきた学長が、鉄男の前で立ち止まると一同の顔を見渡した。
「軍は、この場を我々に一任すると言ってきた。石倉くんだけでもいけると思ったんだが……仕方がない、もう一台のゼネトロイガーを発進させよう」
「学長!今まで何処に行っていたんですか!?」
きつい調子でツユが問い詰めようとするものの、合間に割って入ってきた人物に邪魔される。
「学長殿は今まで軍と掛け合っていたんだよ。格納庫でオロオロしていたオカマとは違うんだ」
「な、なんだと、テメェッ!テメェこそ、学長の腰巾着なクセしてさッ」
いつもナヨッとしたツユからは考えられないほどの口汚い罵倒が飛び、鉄男が吃驚していると、背後から木ノ下がそっと注釈を入れてきた。
「あの人が後藤さんだよ。学長の甥っ子にして、ラストワンの問題教官」
ツユに胸ぐらを掴まれているのは、ツユの五倍ぐらいは横幅があるのではないかという大巨漢だ。
巨漢といっても、剛助みたいな筋肉質ではない。後藤の身体を包むのは、殆どが脂肪と推測される。
縦より横のほうが長く、身長で比較するならツユのほうが背が高い。
血の気を失った紫色の唇は、かさかさに乾いており、始終そいつを後藤は舐め回している。
醜くたるんだ二重顎といい、落ちくぼんだ目の下に浮かぶ隈といい、さぞ不健康な毎日を送っているのであろう。
何より彼が入ってきた瞬間、部屋の空気が一瞬にして変化したのを鉄男は肌で感じ取っていた。
それまでも不安に満ちていた空気が、後藤の出現で一気に悪化したのだと――
「みっ、水島教官!喧嘩してる場合じゃないですよ」
飛鳥とまどかに両脇から止められて、それでも怒りの収まらぬツユが吐き捨てる。
「いっつもいない奴に、役立たずだとかどうとか言われる筋合いねぇってんだよ!」
「いっつもいりゃ〜いいってもんじゃねぇだろ?いても役に立たない奴よりは、俺のほうがマシさ」
いい気になって言い返す後藤の戯れ言を「喧嘩は後にしろ」とピシャリと制して、学長が一歩前に出る。
ざっと集まった面々を見渡したのちに、溜息をついた。
「乃木坂くんは居ないのか」
「え、えぇ。連絡がつかないのよ、さっきから全然」
ツユの答えに、小さく首を振る。
「困ったものだ。彼が居ないのでは、他に出せそうな面子というと……」
目の前で、手が挙がる。
「俺に行かせて下さい」
鉄男だ。彼の志願をどう受け取ったのか、御劔学長はしばらく黙っていた。
「ちょ、ちょっと冗談じゃないわよ!あたしを乗っけようってんなら、お断りだわ!!」
「ま、マリアちゃん、落ち着いて!!」
横で騒ぐ小娘二人を横目で一瞥すると、再び小さく嘆息した。
「駄目だ。君の出撃は、まだ認められない」
「どうしてです!」と鉄男も然る者、簡単には引き下がらない。
「俺は、シークエンスなんでしょう?ここで使わずして、いつ使うというんですッ」
彼の言葉には誰もが首を捻る。
「シークエンス?それって何の事?」
声に出して不思議がる者まで出てくる中、学長は舌打ちして鉄男を宥めにかかった。
「可能性があると言ったまでだ。君が本当にそうかどうかは、まだ判っていない。それに」
「それに?」
訝しがる鉄男の目を覗き込み、御劔が畳み込む。
「君はまだ、カチュアと仲良くなっていないだろう?それでは実戦に投与するのも不可能だな」
カチュア?この場合は、マリアとではないのだろうか。
鉄男はマリアを乗せたがっていたのに、どうして学長はカチュアの名前を出したのか。
意外な名前の出現に鉄男は勿論、マリアもキョトンとなる。格納庫にいた全員が唖然となった。
当のカチュアといえば、俯いて下を向いたっきりだ。学長の話へ混ざってこようともしない。
当惑の彼らを我に返らせたのは、不意にモニターの向こうから響いてきた嫌な音。
何本ものコードが引きちぎられる音に慌てて振り返ると、そこに映るのは片腕をもぎ取られたゼネトロイガーと、引きちぎった片腕をぶら下げて悠然と佇む来訪者の姿であった。
「学長!もう一刻の猶予もなくってよ、急いで誰かを出撃させないとゼネトロイガーが大破させられちゃうわ!!」
ツユの悲鳴に学長も頷き、そして命じた。
「よし。では水島ツユ、君に命じる!ミィオと共に来訪者を打ち倒してくれ」
「了解です!」
「了解!」
二つの声が綺麗に重なり、ツユに背中を押されて黒髪の少女が駆けだしてゆく。
ミィオ=シルキーナ、ツユ組の候補生だ。
あまりマリアは彼女と話した事がないのだが、皆の話を総合するに、乃木坂組に次ぐ実力の持ち主だという噂である。
穴へ飛び込む二つの背中を見送りながら、マリアは、それとなく鉄男へ話しかけた。
「出撃できなくて、残念だったわね?」
当然のように、返事がない。
ちらと横顔を伺ってみれば、鉄男は暗い表情で学長を睨みつけていた……


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