合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 いつかの未来へ

授業を終えて宿舎に戻ってきた鉄男は、廊下で木ノ下の平謝りを受ける。
「すまん!今日の放課後授業、お前が俺んとこの生徒の分も全部やってくれたんだよな!?」
木ノ下は午前中に寝てくると言い残したまま、放課後になっても姿を現さなかった。
受け持ち教官が不在では勝手に指示を出していいのかも判らず、木ノ下組の三人には自習を言い渡しておいた。
そういった旨を鉄男が話すと、木ノ下には再び頭を下げられる。
「ホントすまん、俺が不在の時の対処も教えてなくて」
「こちらも事前に聞いていなかったのだから、おあいこだ」と慰め、改めて鉄男は木ノ下に今日の授業内容について話す。
「え!学長との合同授業だったのか!?」
驚く彼に「シミュレーターの監視をやってもらったんだが、時間中に終わらなかったらしい。だから明日は、お前の組の生徒と一緒に繰り返し授業をしようと思うんだが、どうだろう」と鉄男は尋ね、木ノ下からの了承を得たのであった。
「あ〜。しかし学長と合同かぁ。乃木坂さんに知られたら、怒られそうだけど……」
「乃木坂さんが?何故」と首を捻る鉄男へ、木ノ下が苦笑いを浮かべる。
「だって乃木坂さんって学長のファンじゃんか」
意味が判らず、ますます鉄男は首を捻ったのだが、合同を持ち掛けてきたのは学長のほうなのだし、文句があるなら本人に言えばいい。
「しかし合同ってこたぁ、本気でエリスを実戦投与する気満々なんだ。大丈夫なのかな?彼女、元後藤組だろ。授業なんて受けてないようなもんだったんじゃないのか」
木ノ下の疑問に、鉄男は腕を組んで答える。
「授業を共に受けたマリアの話だと、特にトラブルもなかったようだ。学長の教え方が判りやすいおかげだったとマリアは評価していたが」
授業をまともに受けていなかったからこそ、一年二年合同と同じ組へ混ぜたのだろう。
これまでの二年間はなかったものとして、学びなおすために。
「ま、それはそれとして。どうだったんだ?」
「どう、とは?」
質問に質問で返す鉄男へ、さらなる質問を木ノ下が飛ばす。
「や、だから初実技の結果だよ。手ごたえは、あったのか?」
「あぁ」と力強く頷き、不意に左右を見渡した鉄男は木ノ下を促した。
「ここで語るよりも、俺の部屋で話そう」
青い髪の男を警戒しているのだと察し、木ノ下も素直に頷くと、鉄男の部屋に移動する。
厳重に鍵をかけ、ようやく鉄男は今日の成果を木ノ下に報告した。
「石倉さんの指南は的確だったと言わざるを得ない。さすがは二年間、あの三人を鍛えてきただけはある」
「そ、そうなんだ。よし、俺も明日は頑張ってみっかな……!」
その先輩の指南に熱が入りすぎたせいで、木ノ下は初日を丸々潰したのだが。
「特に俺が実感したのは、釘原ではなく亜由美と呼んだ時だ。実践する前は、どちらで呼ぼうと反応は同じだろうと高を括っていたが、極端に釘原の反応が違っていた」
「そういや、お前。なんで亜由美のこと釘原って呼んでるんだ?」
一年上の先輩からの素朴なツッコミに一瞬鉄男はキョトンとなり、割合すぐに「いや、特に深い意味はないが……」と答えをよこしてくる。
「そっか。いや、マリアやカチュアは最初から名前呼びだったのに、なんでメイちゃんや亜由美は苗字で呼ぶのか、ずっと気になっていてさ」
木ノ下は屈託なく笑い、ついでにと付け足した。
「俺のことも苗字呼びだよな。これも、深い意味はないのか?」
次の答えには、しばらく間が空き、オヤ?となって木ノ下が鉄男の顔を覗き込んでみると、鉄男は視線を逸らしてテレている。
「お前の場合は少々異なる。いつか、もっと仲良くなった時に名前で呼ぶつもりでいた。今はまだ、心の準備ができていないが……」
やがてボソッと囁かれた呟きに、木ノ下の興奮は急上昇。
「じゃあ早いとこ心の準備ができるよう、もっともっと理解を深めていこうぜ、俺達!」
鼻息荒く勢い込んで鉄男の両手を握ると、いつかの未来を約束させる。
そうだ、理解を深める――で思い出したが、カルフとの理解は進んだのであろうか。
木ノ下が尋ねると、鉄男は首を真横に「実技を最優先したので、まだだ」と答えた。
受け持ち候補生との信頼関係を高めなければいけないし、シミュレーターにも慣れさせなければならないし、加えて三人の実技の向上まで考えると、やることが多くてカルフとの交流にまで手が回らない。
だが、焦る必要もなくなった。
どういう結果が出るにしろ、シンクロイスとの敵対関係には終止符が打たれるのだ。
「全てが終わった後、あいつらの身の振りも考えてやらなきゃいけないのか」と木ノ下は首を傾げるが、そこは軍部や政府が対策してくれよう。
「まぁ、実技最優先にしたのは正解だな。相模原やカルフとの交流は、いつだって出来るんだから」
相模原の名前を出した瞬間、鉄男の顔が曇るのを目にしたが、あえて木ノ下は深く突っ込まず、今後のスケジュールを話し合う。
「実技を同時にやったんじゃ、どうしても、どちらかが放置になっちまう。そこで、だ。俺とお前とで交代に実技とシミュレーター監視をやるってのは、どうだ?」
「異存ない。だが学長は、どうする」
「あ、そうか。学長も一緒だったっけ。んじゃあ、学長も含めて巡回制にするってなぁ、どうだろ」
だったら、と戸に手をかけて鉄男が提案する。
「学長とも話し合っておく必要がある。行こう、木ノ下」


木ノ下と鉄男の二人が学長を見つけたのは、食堂であった。
スパークランの教官に囲まれて雑談に興じており、終わるまで待っていようかと鉄男は考えたのだが、向こうが先に、こちらに気がついた。
「来ていたんなら、声をかけてくれて良かったのに」
「珍しいですね、学長が乃木坂さんと一緒じゃないなんて」と茶化す木ノ下に「乃木坂くんならクラブの人達と一緒に外へ飲みに行ったよ」と御劔は答えて、周りを見渡す。
「我々は御劔さんを、それぞれの所属クラブに勧誘していたんです」
囲むように座っていた一人が木ノ下と鉄男に笑いかけ、驚く二人には、こうも付け足した。
「あぁ、うちでは学長もクラブに所属できるんです。ハルミトン校長はディナークラブに所属していますよ。あなた方も、どこかのクラブに入ってみませんか。宜しければ私の所属するクラブになど、どうです?」
物腰穏やかに微笑みかけられ、鉄男は緊張で口元を強張らせる。
デュラン以外のスパークラン教官とは、まったく打ち解けていない。
初日に食堂まで案内してくれた国立とも、あれっきり会っていない。
クラブに勧誘してきた、鉄男よりも年上の教官はオラールと名乗り、自分の所属するクラブの特色を次々並べ立ててきたのだが、説明は鉄男の耳を右から左へすり抜けた。
なおも続きそうな勧誘を「すみませんが辻くんは今、新しい授業に入ったばかりで余裕がないかと思いますよ」と遮ったのは御劔だ。
会話が一旦中止したのを、これ幸いとばかりに木ノ下も割り込む。
「そうそう、クラブ活動もいいんですが、学長にお話が」
「あぁ、そうでしたか。すみません、長々とお引止めしてしまって」と案外あっさりスパークランの教官勢は引き下がり、食堂を背に歩き出した二人へ御劔が軽く頭を下げてくる。
「助かったよ。次から次へとクラブに勧誘されてしまってね。断るのが大変だった」
ちなみに、と木ノ下は興味本位で尋ねた。
「こんな状況じゃなかったら、どのクラブに入ってみたかったですか?」
「そうだねぇ」と御劔も木ノ下の軽口に乗っかって、少しばかり思案した後に答える。
「スポーツがいいな。学生時代はインドア系ばかりだったからね。そうだな……水泳なんて、どうだろう。楽しそうじゃないか」
「水泳クラブは、辞めたほうがいいと思います」
間髪入れず、鉄男の口から飛び出した否定には木ノ下も御劔も驚いて彼を見やる。
鉄男は水泳嫌いなのか?と木ノ下に尋ねられ、仏頂面で首を振った。
「嫌いではない。だが、ここの水泳クラブにはデュランがいる」
「なるほど。それは確かに回避すべき案件だ」と、御劔が重々しく頷く。
デュランを苦手とするのは鉄男のみならず、御劔も苦手意識を抱いてしまったようだ。
なんせ彼には、シンクロイス絡みで散々引っ掻き回された。
鉄男に対する距離感のおかしさも含めて、良い印象を持てなくても当然だ。
部屋まで戻り、再び厳重に鍵をかけてから、木ノ下が本題に入る。
「それで私に話というのは、今後の授業スケジュールに関してかね?それとも決戦までの全体予定を確認しに来たのかい」
「えぇと、明日からの授業スケジュールに関してです。今日は、すいませんでした。すっかりサボってしまって……」
学長にも謝罪する木ノ下を手で慰めて、御劔が聞き返す。
「久々の徹夜は堪えたみたいだね。突発の一夜漬けは、ご苦労様だった。うん、そうだな、明日の授業については私も話しあっておきたかった」
実技は、それぞれ一体ずつゼネトロイガーのコクピットを使用して行う。
シミュレーターの監視は一人で事足りるから、残り二人が実技に回る。
今回不参加だった木ノ下組の子にはシミュレーターの使用方法を授業前に教えておいてほしいと学長に命じられ、木ノ下は勢いよく頷いた。
「明日は木ノ下がシミュレーター監視で、俺と学長で実技を行いましょうか?」
鉄男に確認を取られ、御劔は首を振る。
「いや、エリスには当分、疑似訓練をやらせたい。従って、明日のシミュレーター監視は引き続き私が担当しよう」
「大丈夫ですか?モトミはマリアと同じぐらい騒がしいですよ」と木ノ下には心配され、御劔も苦笑で応える。
「彼女で多少は慣れたから大丈夫だよ。いやはや、辻くんには頭が下がる想いだ。新人なのに苦労させてしまって申し訳ないね」
その一言だけで授業が実際どんな具合だったのか、余裕で想像可能だ。
マリアは散々横道に逸れて、授業の進行を妨害したに違いない。
「いえ、おかげで教員の大変さを身をもって知ることができました」
生真面目に返してきた鉄男を、御劔は尚も労わった。
「現場の苦労は私も今日、目一杯味わったよ。ここスパークランの学長、ハミルトン氏は時々候補生の実技を見てやっていると聞くが、私もやっておくべきだったな」
「あっちの実技は運転だけじゃないですか」と混ぜっ返す木ノ下にも「いや、生徒との触れ合いについてだよ」と注釈を添え、御劔が鉄男へ優しい目を向ける。
「マリアは横道に逸れても素直に言うことを聞いてくれるようになったし、カチュアには人の話を聞く態度がついたと、これはエリスの判断なのだがね。前は二人とも違った、そうじゃなかった。全部、辻くんの功績だよ。君が候補生の心を絆してくれたんだ」
思わぬ流れでの賛辞に、鉄男は軽く硬直する。
褒められるのは素直に嬉しい。
しかし、褒められるほどに頑張った実感がない。
今日の実技は手ごたえを感じたが、それも前日に剛助の指南を受けていたおかげだ。
自分の手柄とは言い切れない。
候補生の態度が柔らかくなったのを、自分の手柄だと言われる件にしても同様だ。
カチュアは、鉄男が担当になったおかげで成長したと学長は言う。
マリアが素直になったのも、鉄男のおかげだと言われた。
だが二人と親密な内容を話すようになったのは、つい最近だ。
単に時間の経過で緊張が解けただけではないのか。
日頃自分を低く評価している鉄男には、どうにも納得がいかないのであった。
緊張で無言になる鉄男の双肩をポンポンと軽く叩いて、学長が微笑みかける。
「全然納得いっていないようだが、本当のことだ。前にも言ったと思うが、君の前に担当した教官では、マリアの脱線もカチュアの自閉症も解決できなかったんだからね」
ちょくちょく出される前任とは、如何なる人物像だったのか。
鉄男が、そっと木ノ下に目線で尋ねると、木ノ下は肩をすくめて答えをよこす。
「お前の前にいた教官が、どんな人だったか気になるって?そうだなぁ、やたら陽気でテンションが高いけど、反面こっちの話を全然聞いてくれない、不真面目で困った奴だったな。次の後輩が、お前に決まってくれて、本当に助かったよ」
「あぁ、それに彼は辞める時も唐突でね。酷い男だったよ。君が応募してくれるまで、前途多難な面接を繰り返していたんだ」
二人揃って辛辣な評価だ。
よほど社会人として問題のある人物だったのか。
ともあれ、勇気を振り絞って面接に応募した甲斐があった。
その後も感情に任せて退職しなくて良かった。
「そういえば君は以前、私に言ったね。素質しか認められない職場に人生を捧げたいとは思わないって。今は、どうなのかな?心変わりがあったなら嬉しいのだけれど」
今まさに、それを思い返していた鉄男は、ボッと頬を赤らめる。
「すげーな!新人の段階で、そんな凄い理念を持っていたのか鉄男」
木ノ下にも驚かれ、些か言い訳口調で訂正した。
「あの時は、そのっ……怒りに任せて、ラストワンを辞職する気でいた。だが、今は……出ていかなくてよかったと思っている、思って、います」と後半は学長へ向き直り、鉄男は大真面目に誓いを立てる。
「俺が人生を捧げられる職場は、ここしかありません。ラストワンです。ラストワンでの教育に全てを注ぎたいと、本気で思っています。そう、思えるようになったのは……きっと木ノ下や学長、そして周りの皆のおかげです」
じっと鉄男を見つめていた御劔が、やがて瞳を潤ませる。
「……失敬」と小さく呟きハンカチで目元を拭い、笑顔で鉄男の誓いを受け止めた。
「ありがとう、辻くん。君の想いは無駄にしない。我ら全員、共に手を取り決戦に挑もう」
横で貰い泣きしていた木ノ下も、ぐいっと腕で涙を拭って、鉄男の背中を叩いてくる。
「シンクロイスとの戦いが終わったって、傭兵学校は終わらないぞ。いつかまた、同じことが起きる可能性だってあるんだ。そうですよね?学長。その為にも、未来のパイロットを一緒に育てていこうぜ!」
「その通りだ、木ノ下くん」と御劔も頷き、鉄男の手を取って微笑む。
「今日の夕飯を食べがてら、明日以降のスケジュールを念入りに固めておこうじゃないか。ミーティングを終えたら、充分な睡眠を取りたまえ。寝不足は教鞭の敵だ」
「あれ、でも、学長はもう、お食事済んだんじゃ?」と、またまた木ノ下には混ぜっ返され、にっこり微笑み遮った。
「食べていないよ。食べようと思ったら、大勢に囲まれてしまってね。さぁ食堂に飯を取りに行こう。そして辻くんの部屋で一緒に食べようか、誰にも邪魔されないように」
鉄男は、やや緊張の解けた様子で御劔や木ノ下と一緒に廊下を歩いていった。


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