合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 過去の追憶

シンクロイスとの戦いがなくなったら傭兵養成学校は、お役御免となるのか。
それとも、未来に起こりうる次の災害に備えて継続するのか。
或いは、各国間での争いに利用されてしまうのか。
どれもが、あり得る未来だ。
また、どれが正解であっても各国の軍隊は消滅しない。
シンクロイスとの戦いを終えても、傭兵養成学校は存続し得るであろう。
軍隊が優秀なパイロットを欲する限り。
シンクロイスとの戦いが始まったのは、今から五十年以上も前の話だ。
過去世界へ飛びだったクローズノイス一行に何が起きて、どうしてこうなったのか。
糸口は一つしかない。
退役後の足取りをたどって、本人を探して直接聞くしかなかろう。
昔と異なり、今はネットワークが普及している。
ネットワークはベイクトピアのみに限らず、クロウズやニケアとも通信可能だ。
ただし、モアロードとは一切の通信が遮断されている。
クローズノイス夫婦がモアロードに入り込んでしまったのであれば追跡は不可能だが、恐らく、それはないと思われる。
あの国は、あの国に生まれた人間にしか出入りできないのだから。
ベイクトピア、クロウズ、ニケアの三国を探せばいい。
クローズノイスは御劔が軍属だった時代に生きていた。
たとえ、もう死んでいたとしても、足取りを辿れば生前の彼を知る人がいるかもしれない。
御劔は、もう一度、彼に会いたいと考えた。
彼の足取りを、今なら追えると確信した。


急な呼び出しだというのに、伊能夫婦は嫌な顔一つせず駆けつけてくれた。
「きみが俺達を頼ってくれるだなんて、最高に嬉しいね。いいとも、全力で協力しよう」
スパークランが所有する通信室でクローズノイスの足取りを追う。
事前に借り受けを打診してあり、ハミルトン校長と、それから四郎の直属の上司である本郷からも許可を貰っている。
候補生との授業は、夜までには終わる。
夜は飯を食べて風呂に入って寝るだけの時間だ。
比較的自由な時間だが、夜は短い。
あまり夜更かししていると、明日の授業にも差し支える。
個人的な追跡であるが為、部下を巻き込むのは気が引けた。
「でもタカさん、きみは寝なくて大丈夫?」
香里に心配され、御劔は軽く手を振って微笑んだ。
「心配いらないよ。午前中も暇だからね」
「午前中に寝て、毎夜通信……よし、なるたけ早期に片をつけよう」
腕まくりで張り切る四郎へ「待ちなさい、シロちゃん。全員でベイクトピアを探るのは非効率だし、まずは分担を決めないと。きみはクロウズを探して。私はニケアを探すから、タカさんはベイクトピアをお願いね」と香里が仕切りだし、「シロちゃんは、やめろって言っているだろォ!?」と叫ぶ夫なんぞは視界の隅に追いやり、御劔へ微笑み返す。
この光景は、あの頃と一緒だ。
一緒に軍属として働いていた頃と。
ほっそり華奢な見た目と反比例して、香里は根性のある研究員だ。
いつも途中で弱気になる四郎の支えとして、積極的にリードしていた。
今も昔も夫婦というよりは友達の如し距離感な二人だが、一時期は御劔を挟んで喧々囂々した時期もあった。
四郎も香里も、何を血迷ったのか御劔に恋狂いとなって愛の告白をかましてきたのだ。
あの頃すでに二人は婚約していたにも関わらず。
だが、それも過去の話だ。
二人の告白を揃って御劔はバッサリ切り捨て、今は二人とも頼れる友人に戻った。
「しかし、クローズノイスが我が軍の研究室にいただなんてね。全然覚えていなかったよ、そんな名前の人がいたこと」
キーボードで忙しなく検索ワードを打ち込む四郎に、香里が相槌を打つ。
「私も覚えてないや。けど、まさかシンクロイスだったなんてねぇ」
「影の薄い人だったからね」と御劔も会話に混ざり、二個三個と同時に画面を開いて片っ端からベイクトピアの退役軍人に関する過去の記録を検索する。
軍でも忘れ去られていた人物だ。
直接名前を入れてもヒットするわけがない。
手掛かりは軍属研究者だった経歴と、イーシンシアという名の美人妻がいた点だけ。
まだ生きているなら体を乗り換えた可能性は高い。
外見で検索するのは無意味だ。
写真があれば、それで探せただろうが、言葉で外見特徴を表現するのは難しい。
特徴のある外見ではなかった。わざと、そういう器を選んだのだろう。
「こりゃ駄目だ。イーシンシアの形跡を探したほうが早そうだな」と、早くも四郎がぼやく横で「シロちゃん、きみにしてはナイスアイディア!」と香里も賛同し、打ち込みかけていたワードを消してイーシンシアの追跡に切り替える。
「だからシロちゃんての、いい加減やめろ!ワンコじゃないんだから」
半泣きの親友には、御劔が「でもシロさんは許容範囲なんだろ?」と突っ込めば、四郎は瞬く間に笑顔になって「そりゃあ、きみがつけてくれたアダナだからね。香里の悪意を感じるアダナとは天地の差だ」と答え、妻に軽く睨まれる。
「あ〜、ひどーい。シロちゃんだって愛情あふれるアダナだよ」
「どこが!?俺は、お前のペットじゃないぞ!」
言い争っている間も、二人の指は休まずキーボードをカタカタ言わせており、夫婦の息はピッタリだ。
「そういえば、二人は覚えているかな」
御劔も検索しながら、二人に雑談を振る。
「当時の研究所でイーシンシアをモデルとして造った人形を」
「あ〜!覚えてる、覚えているよぉ、すっごい綺麗な等身大人形だったよね。あれ、確かオークションに出した所長もいたよね」と叫んだのは香里で、オークションに出した所長の話とやらは初耳だ。
「え、誰がオークションに?非売品だから中古屋やオークションに出すのは厳禁だって言われたはずだけど、あれを造ったグロリアさんに」
驚く御劔に、四郎は肩をすくめる。
「綺麗は綺麗だったけど、結構デカくて場所取りだったからなぁ……グロリア氏が退役した後に売っただの処分しただのって噂は、あちこちで流れていたよ」
他人様からの貰い物を大事にしない研究員ばかりで眩暈がする。
もっとも自分も、この間の空襲で壊してしまった。
壊すよりは誰かに引き取ってもらったほうが、人形としては幸せか。
「ねぇ、タカさんはイーシンシアの等身大人形の写真、持ってないの?持っていたら、その写真で探せないかな、彼女の足取り」
香里にせっつかれ、御劔は通信経由で自宅のパソコンデータへアクセスする。
人形を貰った時に何枚か撮った写真があったはずだ。
やがてディスクの奥に保存先フォルダを見つけ、まとまった画像を引き出す。
「これだ、これ。いつ見ても色あせない……はぁ〜、美人だなぁ」
四郎が満足の溜息をつく横で、香里は首を傾げた。
「これ、乗り移った後の姿なんだよね?器にされる前は、どんな人だったんだろ。こんだけ綺麗だったなら、モデルかアイドルだった可能性も高いよね」
そこまでは判らない。
乗り移られる前に生存していた彼女の家族でもない限り。
器と称された人々にも、それまでの生き様や人格があった。
乗り移らないと生きられない種族とはいえ、彼らの人生を潰すことに良心の呵責を感じなかったのだろうか。
シンクロイスで一番優しいとされた、クローズノイスは。
――否。
乗り移るまで、器は器という認識でしかなかったはずだ。
シークエンスもカルフもゾルズも、乗り移った後で己の思考が変わったと言っていた。
乗り移る前は、器に恋をするなんてキチガイ沙汰だと考えていた。
イーシンシアも美しい容姿の人と偶然出会って、この器でいいかと乗り移った。
そこには申し訳ないといった感情など、なかったに違いない。
旦那が地味な男に乗り移ったのと比べると、イーシンシアの器は、かなり派手だ。
考えの相違だろうか。それとも他に意味があった?
ひとまず推測は後に回して、画像を元に追跡を再開する。
カチカチとキーを叩きながら、四郎がポツリと呟いた。
「……へんなことを言うけど、いいかい?」
「え、真夜中ギャグ?あんま変なのはNGだよ」と香里がクスクス笑う横で、御劔も「何を思いついたのかな」と促す。
「いや、そういうんじゃなくて」と妻の予想を否定し、四郎が言うには。
「この人形さ、初めて見た時も思ったんだけど、イーシンシアに似ているのは当然として……タカさん、きみにも似ていると思わないかい?」
えっとなって写真を見つめ、御劔を眺め、もう一度写真に目を落とした香里が騒ぎ出す。
「言われてみれば!?似てる、似てる!すごいシロちゃん、全然気づかなかった!」
彼女の反応に気をよくして、四郎は得意げに胸を反らせる。
「そりゃあ、毎日横で眺めていた顔だからね。タカさんのことなら、お前より詳しいよ」
「なにおー、私だって毎日眺めていたもん、あの頃は。でもイーシンシアとタカさんが似ているってのは、思いつかなかったなぁ……悔しいなぁ」
何が悔しいんだか、香里は心底悔しそうに唇を噛みしめている。
それにしても。
鉄男に指摘されたのと同じ感想を、昔馴染みの四郎や香里も抱くとは驚きだ。
自分では、それほど似ていると思えないのだが、他人にしか判らない特徴があるのか。
御劔の知る最も近しい親子は伊能四郎と息子の十四郎で、十四郎は四郎と瓜二つだ。
目元の柔らかさや、笑うと口元にえくぼが出来る処、眼鏡をかけている点などが。
髪形は全然違うのにパッと見で誰の息子か判るのは、すごい。
まさに親子であり、血縁である。似ているというのは、このレベルを指す。
それと比べて御劔とイーシンシアが共通するのは白い肌ぐらいで、あとは全然だ。
――と、自分では思うのだが。
「似てると思ったら、もう、血縁にしか見えないよぉ」
写真を見つめて香里は興奮しているし、四郎も勢い込んで御劔に尋ねてくる。
「なぁ、もしかして本当に親子だったりしないか?親子じゃなくてもいい、遠い親戚という可能性は?あぁ、いや、そんなことないか。きみは御劔グループの御曹司だもんな」
「だよねぇ。けど、タカさんのご両親って思えば全然似てなかったよね、タカさんと。イーシンシアと親子ってほうが頷ける!」
二人は過去、御劔家へ招待されたこともあってか、御劔の家族を覚えていた。
記憶にあるのは紳士淑女たる両親と、壁にかかった曽祖父の肖像画。
その、どれもが高士とは似ていなかった。
ぼんやりと養子跡継ぎなのかな?と考えた思い出だ、四郎も香里も。
もちろん当時は面と向かって養子なのかと尋ねたりは、できなかった。
だが歳を取って、しがらみや遠慮のなくなった今なら聞ける。
遠回しに生い立ちを探られているのだと御劔も気づき、ほんの少しばかり苦笑した。
「……実は、ね。幼い頃の記憶がないんだ、私には」
え?となる二人へ重ねて言う。
「幼少の頃の思い出っていうのかな……普通は断片的にでも覚えていると思うんだ、母や父と遊んだ記憶を。私には、それが一切ない。覚えている一番古い記憶は、中学校の入学式なんだ。父にも母にも曽祖父にも違和感を覚えていた。自分は御劔の子供ではないんじゃないかという疑惑も、ずっと抱いていた。けど、誰にも聞けないまま大人になってしまった」
衝撃の告白に、しばし静寂が訪れる。
「あ……ごめん、なんかへんなこと聞いちゃって」
先に謝ったのは香里で、御劔はすぐに「いいよ」と笑う。
「こんなことを誰かに話したのも初めてだ。ずっと、自分の中で抱えてきたからね。でも、話した相手が君達で良かったとも思っているんだ。だから、気を遣わないでほしいな」
「え……と、それじゃ」と出遅れた四郎が尋ねる。
「きみの血縁は、本当にあの人たちではない可能性もあるってわけか」
「幼少時に虐待放置されていたってんじゃなければ、その可能性のほうが高いだろう」と本人も頷き、じっくり人形の写真を眺めた。
親戚に絶世のモデルやアイドルがいたという話を、両親や曽祖父から聞いた覚えはない。
この人物と自分の運命がクロスするには、イーシンシアに乗り移られた後だと考えるのが妥当だ。
高士が生まれるよりも前から、イーシンシアは、この大地に足を降ろしていた。
その後に産み落としたのが、高士だとすれば?計算は、合わないこともない。
だが――
そうとするには、一つ二つ問題がある。
「シンクロイスが乗り移った後、気配は人と違うものになるのだと気配の判るもの達は言っていた。なら、私をイーシンシアの息子とするには気配が人のものだとおかしいんだ。しかし私に対して気配がおかしいと申告してきた者はいない。エリスでさえも」
「えぇと、それ以前に」と四郎も腕を組み、カルフの弁を思いだす。
「シンクロイス同士だと、乗り移った後に子供が作れなくなるんじゃなかったか」
「あ!そうだったね。じゃあ、他人の空似?」
ジロジロと遠慮のない視線を向けてくる香里を見つめ返し、御劔も首を傾げる。
「そもそも、そんなに似ているかな?自分では似ているように思えないんだけど」
「似てるとも!」と勢いよく四郎は椅子ごと御劔へ急接近して、鼻息荒く語りだす。
「白い肌、俯いた角度での睫の長さや少し寂しげに見える横顔、頬から顎にかけてのラインなんか、親子じゃないかと錯覚するぐらいにソックリだ!」
両手を掴まれたと思ったら、今度はスベスベと指を撫でられる。
「この白くて細い指も、あの人形とソックリだ……」
すぐに四郎の腕には容赦のないチョップが入り、「いだっ!?」と涙目になる彼へ「調子に乗ってセクハラするんじゃないの。ったく、シロちゃんは、すーぐ距離を測り損ねるんだから」と香里はジト目のオマケつきで説教をかました。
「きみがタカさんを床に押し倒した事件、未だに研究室じゃ語り草になっているんだからね?自重しなさいっ」
「そ、それを言うなら、お前だって皆の前でタカさんに熱烈大告白しただろ!?研究室の皆は優しいから、忘れたフリしてくれているけど」
似た者同士の喧嘩をBGMに、苦笑しつつ検索を続けていた御劔のパソコン画面が目新しい結果を表示する。
「あ」
「どうした、タカさん!?」
夫婦も一緒になって彼の見つめる画面を覗き込んでみると、そこに表示されていたのは一個人の日記であった。
記事を読んだ御劔が、ぽつりと呟く。
「……この人が若い頃、イーシンシアと同じ面影を持つ人物が近所にいたようだ」
「ベイクトピアで彼女の行方を知る人がいたなんて……」
驚く香里に、四郎も頷く。
「場所は……これだけじゃ判らないな。いや、待て、この写真の背後に写っているのは軍の研究施設じゃないか?」
「そうだ、中枢回路研究所だ。かなり前に廃棄されたはずだが、この写真では建物が新しく見えるな。昔に撮った写真か」と御劔も呟き、考え込む。
中枢回路研究所が建っている場所はベイクトピア辺境、サイナクロン地区だ。
ミッドナイト区よりは都市化が進んでいるものの、首都ベイクルと比較すれば田舎も田舎。
人口は五千人か、そこらしかいない。
軒並み聞き込みであたってみれば、日記の主と出会えるだろうか。
「きみが考えていること、当ててやろうか」と四郎が言うので、御劔は目線で頷く。
「……そこへ行って実際に話を聞いてみたい。違うかい?」
「その通りだ」と認め、御劔も二人を見やった。
「決戦の準備で時間がないのは判っている。だが……私は、どうしても、もう一度会いたい。クローズノイス本人か、或いは彼の行方を知る者に。イーシンシア、彼女が何か知っていたかもしれないという可能性を、どうしても捨てきれないんだ」
「判るよ」と頷いたのは香里で、真摯な瞳で御劔を見つめ返す。
「きみは軍属時代、あの人と、とても仲が良かったんだものね。いえ、尊敬していたんでしょう?彼の残した設計図を基にしたロボットまで作っちゃうぐらいだし。ゼネトロイガー、あれについても話を聞いてみたいよね。私も彼やイーシンシアに興味が沸いてきたよ。きみが探しに行くと言うなら」
その後を夫の四郎も続ける。
「俺達も協力しよう!そうだ、きみを一人で旅立たせるものか」
「ありがとう。ただ、この旅は今すぐじゃなくていい」と言いかける御劔の両手を再びギュッと握りしめ、四郎が熱く遮った。
「いや、情報は待ってくれない。善は急げだ、タカさん。明日にでも出発しよう。憂いをサッパリさせてから決戦に挑んだほうが、きっと戦いも上手くいく!」
学長たる自分が特訓を抜けて平気なのか、甚だ御劔には疑問だったのだが、香里も四郎も目が尋常なくキラキラしており、ちょっとやそっとじゃ説得しきれない。
「うん、まぁ、一応明日皆に話を通してみるけど、あまり期待しないで待っていてくれ……」
御劔は渋々気の乗らない返事をして、その場を締めたのであった。


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