合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 クローズノイスとイーシンシア

御劔の旅立ちは、約一名の激しい反発を受けた。
この忙しい中で学長不在な不安もさることながら、同行人が伊能四郎とあっては乃木坂の嫉妬が爆発するのも当然である。
「なんで今なんです!今じゃなくてもいいじゃないですかっ」
いきりたつ乃木坂を宥めるのは、学長ではなく親友のツユ。
「落ち着きなよ、勇一。ちょっと考えてみれば判るじゃないか」
「何が!?」
「クローズノイスはゼネトロイガーの発案者にしてシンクロイスでもある」と続けたのは、剛助だ。
「これからシンクロイスと決戦するのだ。彼が何かヒントを残していないか、彼のシンクロイスとしての思考の名残でもいい、それらを求める案は悪くない」
シンクロイスなら、同族が考案する道具の短所も判っていよう。
知的生命体を探すにあたり、過去の世界へ飛んだりするような男だ。
あの血気盛んなシンクロイスを長年まとめていたリーダーでもあったのだから、彼らの気性の粗さや意見の対立なども、ご存じであろう。
遠い先の未来を見越して同族対策を残していたとしても、おかしくない。
ベイクトピア軍に残された設計図も、今にして思えば、それの一部だったのではないか。
「百歩譲って、それを探しに行くんだとしても何で学長が行かなきゃいけないんだ!そんな雑用、スタッフの誰かに任せりゃいいじゃないか」
イーシンシアとクローズノイスの足取りを探す、それ自体は別に構わない。
だが何故、同行者は伊能夫婦なのだ。
乃木坂の論点が、そこに集中しているせいで、他の皆と意見が噛み合わない。
「え、だって二人を知ってるのって学長だけじゃない」
ツユはきょとんとなり、剛助も腕を組んで同僚を宥めに回る。
「顔写真では探せぬ相手だぞ、シンクロイスは。彼らの性格を知る者が探さなければ見つかるものも見つからん」
「そ、それに」と旗色が悪くなった乃木坂は、後輩二人も巻き込むかたちで学長へ叫んだ。
「エリスは、どうするんです!エリスを決戦に出すつもりなら、学長はついててあげなきゃ駄目じゃないですか」
「あ、エリスには当分シミュレーターをやらせる方針なんスよ」
木ノ下が口を挟み、学長へも確認を取る。
「シミュレーターで性行為への恐怖を和らげた上で実技に移行する。でしたよね?」
「その通りだ」と御劔も頷き、乃木坂を見やる。
「操作手順さえ覚えれば、一人で学習できる。教官が見張りにつくのは、単なるサボリ防止だ。エリスは私の命令であればサボッたりする子じゃないから安心したまえ」
「エ、エリスの件は、それでいいとしてもですねぇ!?ベベジェやシャンメイが約束を反故にして襲いかかってきた時、あなたがいなかったら我々は烏合の衆です!」
額に汗を浮かべて必死に反論してくる様に、御劔は苦笑する。
乃木坂の心配は杞憂だ。
こちらにはカルフとゾルズがいる。
もしシンクロイスが約束を破って襲いかかってきたとしても、彼らが対処しよう。
そしてカルフらが出張ってくるのぐらい、向こうも予測は可能だろう。
カルフとベベジェは互角の強さだと聞いている。
面倒な戦いは、彼らも避けたいはずだ。
「これまで何度も戦ってきたじゃないか。それに、今の我々には有力な協力者もいる。私がいなくても諸君らだけで何とかできると信じているよ」
にっこり微笑みで圧をかけると、乃木坂はググッと言葉に詰まり顔を真っ赤に染め上げる。
「嬉しい信頼ですけど!行くのが三人だけというのは危なくありませんか!?どうしても行きたいとおっしゃるんでしたら、護衛にあと何人か連れて行ってください、例えば俺とか!」
どうあっても御劔を行かせたくないのは、心配だけでもなさそうだ。
同行者を明かしたのは、失敗だったかもしれない。
「きみこそ現場を動いちゃ駄目だろう、乃木坂教官。大丈夫、足取りの第一歩は一応掴んだんだ。空振りだったら戻ってくるし、大勢で行くまでもない」
本人からの駄目出しにあっても乃木坂は全然メゲず、なおも顔を真っ赤に阻止してきた。
「学長は少数で出歩く危険が全然わかっていない!いいですか、ゼネトロイガーがシンクロイスと戦うのは放送で全土に告知が行き渡っているんです。そのロボットに関わった我々も写真公開されていますから、中には良からぬ輩が貴方を誘拐して金をせしめようと考えるかもしれません」
「だったら勇一、あんたがついてったって結果は同じじゃないの?」
親友にまで駄目出しされて、乃木坂の音量も倍増する。
「同じじゃねぇ!中年研究者よりは俺のほうが若い!咄嗟の話術だってある!御劔さんを守れる能力が、俺にはある!!」
無限大の自信を、ばっさり叩き折ったのはツユでも剛助でも御劔でもなく。
「学長が伊能夫妻を連れていくのは、目くらましの意味もあるのではありませんか?」
簡潔に突っ込んだ、鉄男であった。
「我々と異なり、あの二人は顔写真が全国公開されていません。二人が一緒なら地元民に紛れこむのも可能でしょう」
「そうか……二人が一緒ならベイクトピア人の三人連れが誰かの興味を引くこともないか」と納得したのは意外や御劔本人で、目くらましの意味じゃないと分かった乃木坂は、さっそくの反撃に出た。
「だとしても、田舎で聞き込みやったら目立ちますし同じ結果に繋がります!田舎は情報が伝わるのが早いですから」
「うん、そうだね。だからこそ余計に、きみはつれていけない。目立ってしまうからね」
言葉のあげ足を取られ、ますます窮地に追い込まれる。
しまいには「だったらスタッフを何人かつれていってくださいよぉ〜。なんで俺じゃなく、あのメガネを同行させるんですかぁ」と本音全開で泣きついてみたものの、学長には困ったような下がり眉で窘められるだけに終わった。
「四郎さんは私の最も信頼のおける親友にして現在も軍属の研究者だからね。とにかく今日の午後には出発するから、おとなしく待っていなさい」
「は、早すぎますよぉ。せめて明日の朝にでも〜」
――結局のところ。
乃木坂はツユと剛助に両側を掴まれる形で、出発する三人の背中を涙目で見送った。


歩き出して数分後には四郎が溜息をついて、御劔へ話を振ってくる。
「いやはや、なんというか。きみの部下は、きみに懐きすぎているんじゃないかな……」
出がけに見た乃木坂は、まるで死地に向かう戦士を見送るが如しの嘆きようであった。
「そうなんだよね。慕ってくれるのは嬉しいんだが、少し距離の取り方がおかしいようだ」
苦笑する御劔に「少し!?」と二人揃って驚愕した後、香里も呆れの溜息を吐き出す。
「タカさんは、どこに行っても人気者なんだぁ。あーあ、シロちゃんじゃなくて先にタカさんと会っていたら良かったのに」
「そりゃどういう意味だ!?」と噛みついてきた夫を横目に「決まってんでしょ?寿退役の後はゴージャスなセレブ主婦生活の始まりだよ」と茶化してから、香里はナンセンスとばかりに自分の冗談を手で払う。
「なんてね。セレブに収まっても、どうせ数年後には研究者に戻っちゃう自分の姿が余裕で想像できるわ」
「そういや」と話題に便乗し、四郎も御劔へ尋ねた。
「きみは何で結婚しないんだい?きみほどの男なら、お相手がワンサカ見つかりそうなもんだけど」
御劔は肩をすくめて「特に結婚したいと思わなかったからね」と答えると、もうこのネタはお終いとばかりに話題を切り替える。
「結婚で思い出したんだけど、クローズノイスとイーシンシアは何故ベイクトピア軍に紛れ込んだんだろう。しかも研究室へ妻を連れこむ真似までした。彼女は研究員じゃない、家で留守を守る主婦だ。何故、彼はイーシンシアを我々に目撃させたのか……」
「綺麗な器だったので自慢したかったとか?」
香里の推理を四郎が鼻で笑い飛ばす。
「シンクロイスの親玉ともあろう人物が、その程度の浅はかさだと思うのか」
「なによう。じゃあ、シロちゃんには予想できたの?」
「記憶させることに意味があったんじゃないかと推理するね、俺は」
指を一本立てて推測を述べる親友へ、御劔が質問をかます。
「イーシンシアの姿を我々に?何でだろう」
「クローズノイス自身は地味な外見だったんだろ?だから自分を記憶させるのは不可能だ。だが、イーシンシアなら?彼女は一目見たら一生忘れられないほどの美人だ。自分が軍を去っても思い出してほしかったんじゃないか。美人妻を持つ男の存在を」
「記憶させて、それでどうする?」
首を傾げる御劔に、四郎は自信満々言い放った。
「設計図だよ!あれを誰かに引き継いでもらいたかったんじゃないか。そういや昔、綺麗な奥さんを持つ男がいたな〜と酒の席の話題で出てきたついでに」
「だったら設計図があるよと直接言ったほうが早くないかい?」
納得いかないのか渋い返事の御劔に、重ねて持論で念を押す。
「設計図があっても、平凡な男が残したんじゃ誰も興味を持ってくれないかもしれないじゃないか」
美人妻を思い出したとして、連想で思い出されるのは人形だけではあるまいか。
地味で影の薄い旦那に連想を飛ばす輩が果たして軍に何人いるか、判ったものではない。
駅のホームで待つ間に、電車がやってきた。
三人掛けの椅子で御劔を真ん中に挟む形で座り込み、なおも推測を語り合う。
「クローズノイスが地味男を器に選んだのは、目立ちたくなかったからじゃないかと思うんだ。なのに彼は派手な妻を皆の前に出している。矛盾しているよね。シロさんの言うように設計図を思い出して欲しいのであれば、妻ではなく自分が派手な器に乗り移るべきだった」
「そのジミオの器だけどさ、不慮の事故で乗り移りざるを得なかったってこともあるんじゃない?」と切り返したのは香里だ。
即座に四郎が「あぁ、シークエンスやゾルズみたいに?」と相槌を打ち、香里は頷いた。
「そう、寄生からの融合みたいな感じで。魂魄離断だっけ、あれが他のシンクロイスに作れるなら、クローズノイスにだって作れそうだよね」
しかしと御劔は懸念を示し、「だったら、いっそ派手な男に乗り換えても良かったはずだ。寄生でも乗り移りは可能だとシークエンスは言っていたし」と反論する。
「あの器で入隊した以上、器は変えられないんじゃないか」
間髪入れずに四郎も突っ込み返して、腕を組む。
「まぁ、乗り移ってから入隊したのか、入隊していた地味男に後から乗り移ったのかは定かじゃないけどさ」
「そうか……そうなると、次に疑問なのは設計図を軍に残していった理由だが」
「それは簡単だよ」と、香里。
「タカさん、きみに残したんじゃないかと推理するね、私は」
四郎の真似で指を一本立てて断言する。
「きみなら必ず設計図を試してくれると信じていたんじゃないかな」とも言われ、御劔は腕を組んで考えた後、少しばかり嬉しそうに微笑んで、香里の推理を受け止めた。
「……そうだといいんだけど」
「きっと、そうだよ」
反対隣に腰かけた四郎も頷き、御劔へ熱い視線を寄越してきた。
「そうだな、きみは同期の中じゃ一番好奇心旺盛で知恵と機転もよく回り、やる気に溢れた研究員だったからなぁ。ひときわ輝いた存在で、クローズノイスが目をつけた気持ちも判るってもんだ」
「なんたって、きみも私も目をつけていたもんね」
ニシシと妻に笑われて、熱が入りすぎたと我に返った四郎は慌てて言い繕う。
「い、いや目をつけていただなんて、恐れ多い。俺達は単に同期ってだけだったろ」
「恐れ入る必要はないよ、ただの同期だし」と御劔も茶化しに加わって、四郎と香里を交互に見やり、改めて礼を言う。
「ただの同期で知り合った仲なのに、今でもこうして私と仲良くしてくれている。いつもありがとう」
「や、まぁ、多少は下心も含むしね?」と香里は笑い、四郎は潤んだ瞳で頷いた。
「礼を言うのは、俺達のほうこそ、だ。十四郎とも仲良くしてくれて……」
「そういや、その十四郎くんだけど」と話題を変えて、御劔が首を傾げる。
「教官生活は上手くやれているのかな」
「あぁ、その節はゴメンね。あの子ってば先に誘われた恩だとか言って、きみのお誘いを蹴っちゃったんだってね」
香里に謝られ、いや、いいんだと手を振り再度同じことを尋ねる御劔へ四郎が答える。
「イェルヴスターは待遇がいいらしくてね、毎日が飛ぶように過ぎていくと満面の笑顔で言っていたよ。きみんとこに行っても待遇は良かったと思うんだが」
「待遇が……具体的には、どのように?」
追加質問には指で丸を作って「主に給料が」と答え、四郎は緩く首を振った。
「十四郎にも志ある研究者になってほしかったんだけどね。どこで何を間違えたのやら、すっかりお金大好き守銭奴になってしまって」
「う〜ん、まぁ、仕方ないよ。共働きしても薄給の上、毎日夜が遅いブラック職っていうんじゃ、今時の子が研究者に憧れるのは難しいさ」
全くフォローなしの一刀両断には目を丸くして、香里が問い返す。
「タカさんは、もしかして研究職に就いたことを後悔していたの?」
「微塵も後悔していないよ。なんで?」と聞き返されたので、さらに追及する。
「だって薄給ブラック体制だって言うから。根に持っているのかなって」
「あぁ、いや、研究に興味のない人にしてみれば、そう見えるという話だよ。私は研究に興味津々だったからね、四十八時間体制の徹夜だって、むしろ楽しかったぐらいだ」
「あー……四十八時間体制の徹夜。あったなぁ、そんな日も、あの頃は」と遠い目で四郎が呟き、再び熱い視線に戻って御劔を褒め称える。
「あの地獄の日々を楽しい思い出として語れるとは、やはり、きみは根っからの研究者なんだな。聞けば、クローズノイスもシンクロイス内での天才だというじゃないか。天才は天才同士、惹かれあうんだね」
「それを言ったら」と御劔も笑顔でやり返す。
「私と気が合う君達も、天才ということになるんじゃないか」
予期せぬ褒め返しに夫婦が「えっ!?」と奇声をあげたところで、最寄りの駅に到着した。
最果ての地、サイナクロン地区。
ここからは長時間、定期馬車に揺られての移動が待っている。
さっそく馬車に乗り込んで、窓際の席に一人で腰かけた香里は、ぶつぶつ文句を呟いた。
「駅近に町を作らないだなんて何考えてたんだろうね、当時の創始者も」
間髪入れずに四郎が推理を唱える。
「駅が先に出来たんじゃない。町より後に駅が出来たんだ」
「それは、おかしいよ」と異議を唱えたのは、四郎の隣に腰かけた御劔だ。
「町が先に存在していたんなら、町に併せて線路を通すだろう。駅が先だったんだ。なのに、最寄りに町を作らなかった。きっと土地の値段の問題だろうね」
「だとしても」と、四郎も言い返す。
「こんな辺鄙な、町もない場所に線路を通したっていうのかい?それこそ奇妙じゃないか」
「いずれ開発する予定が国にあったのかもしれない」
あれこれ議論している間にも、馬車はガタゴト道なき荒野を走っている。
この辺りは都心部と違って、舗装された道が一本もない。
砂利道すらなく、町へ行くには岩場や砂地を進むしかない。
「全く、こんな田舎にイーシンシアがねぇ。隠居するにしても、もうちょっと便利な街にしときゃいいのに」
「イーシンシアに、似た人、だぞ。まだ彼女と決まったわけじゃない」
香里の小声に併せ、四郎は小声で突っ込みつつ、御劔にも囁いた。
「けど、もし本人ドンピシャだったら、聞きたい用件を今のうちに、まとめておいたほうがいいかもな」
「うん。尋ねたいことは山とある。大丈夫、今朝のうちに脳内でまとめておいたから」と囁き返して微笑む御劔を見やり、香里が、ここぞとばかりに四郎を煽ってくる。
「シロちゃんと違ってタカさんは用意周到だし頭の回転だって速いんだよ?自分の凡な基準でタカさんを測っちゃ駄目だって、いつも言っているじゃないの」
「う、うるさいな!一応の確認だろッ」
顔を真っ赤に怒鳴る親友を御劔がマァマァと宥めているうちに、次の乗り換え停留所が見えてきた。


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