合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 習うより慣れよ

授業が始まる直前で学長に合同授業を持ち掛けられた鉄男は、シミュレーター室の監視を彼に頼む。
実技はゼネトロイガーの内部でやる手はずになっていた。
亜由美と二人きりのマンツーマン授業になるが、彼女となら二人きりでも問題ない。
パーティションを挟んで、他の教官に聞き耳を立てられるのだけは勘弁願いたい。
そう思っての機内授業は、案外すんなり学長に許可されたのであった。
初めて二人乗り状態にセッティングされたコクピットに足を踏み入れた亜由美は、素直な感想を漏らす。
「へぇー……意外と広いんですね」
ゼネトロイガーのコクピットは中央にある台座を広げて後ろに倒した上で、横のカバーも外すと、最大で三人乗れるほどのスペースが出現する。
ちょうど頭の上辺りに操縦桿とモニター画面が設置されている。
寝転がっているパイロットは操縦桿まで手が届かないので、補佐がつく。
亜由美は物珍しげにキョロキョロ見渡していたが、今は操縦桿周辺の計器を眺めている。
エネルギーゲージやスピードメーターなどが、ごちゃごちゃ並んだ場所だ。
なおも天井を見上げたりと内部への興味は尽きないようであったが、鉄男は声をかけた。
「……そろそろ始めるぞ。台座の上に寝てくれ」
「あ、はい!」と元気よく返事して、亜由美が台座に身を横たえる。
こちらが指示したとおりに、パイロットスーツを着込んできた。
機体が起動しないよう、エンジンにはストッパーがかかっている。
それでもスーツに着替えさせたのは、このほうが感度も上がると剛助に教わったからだ。
「初期段階では機体を動かすことよりも、自身の感度を高めることに集中する。俺の手の動きに体を委ね、自分が気持ちよいと感じる個所を見つけたら、俺に教えてくれ」
亜由美は、じっと鉄男を観察する。
テレまくって視線を外したり、どもったりする教官を想定していたのだが、意外や真面目な表情で、しかも淀みなくしゃべり、此方の目を見ての説明だ。
相当、練習したに違いない。
「は、はい。がんばります……!」
却って亜由美のほうが、どもってしまう。
そうでなくても彼女の心臓は授業が始まるよりも前からバクバクと高鳴っており、始まった今は汗が、じっとり背中に浮かんでいる。
上にのしかかられて、ますます顔を引きつらせる亜由美に鉄男がボソッと囁いた。
「……緊張するな。緊張してしまうと、感度も判らなくなってしまう」
「い、いえ、で、でも」
言いたいことは判るのだが、緊張するなというのは無理だ。
ほとんどスキンシップ経験のない相手に、尻やら胸やらを触られてしまうのである。
しかも、片思いの相手にだ。
ああ、駄目だ。意識したら、余計に緊張してきた。
ガチガチにこわばる亜由美の胸へ鉄男は、そっと片手を置いて、乳房を掴むのではなく軽く撫でてきた。
てっきり激しくモミモミされるのだと覚悟していた亜由美は、拍子抜けする。
いや、揉めるほどの大きさが自分にあるかと言われたら、ないのだが、男の人の愛撫は、まず最初におっぱいを揉むのが主流だと決めつけていたので、ソフトタッチを繰り返す鉄男に戸惑いの目を向ける。
一方の鉄男も剛助の指南を脳裏に浮かべて、確信に至る。
乳房は脂肪が詰まった部位故に、揉まれて気持ちよくなるには、ただ触るだけではなくムードと感情の上昇が必要だと、あの先輩は言っていた。
乳首は乳房と異なり、神経の集中した場所だ。
胸を触られて気持ちいいといった感情を脳に覚えさせるには、触れられた状態での性的興奮を高める処から始まる。
いわゆる条件反射だ。条件反射を繰り返し、脳に記憶させる。
従って感じやすいとされる乳首、乳房の順に愛撫をすればよいのだが、ただ弄るだけではムードもへったくれもない。
女性の性感情を高める最大の秘訣は、耳元での愛の囁きだ!
……と、剛助は拳を握りしめて熱弁を振るった。
正直に言って、彼が候補生相手に愛を囁く姿なぞ全く想像できなかった鉄男だが、言いたいことは伝わってくる。
誰かに褒められたり、撫でられるのは嬉しい行為である。
好意的な態度でしてもらえたら、もっと嬉しくなる。
要は、そういうことだ。
亜由美は幸い鉄男に好意を抱いているし、昨夜は人形相手に愛の囁き、及び笑顔を作る練習を鏡の前で散々やったおかげもあってか、緊張は全くない。
口元を緩めて笑顔になると、亜由美の耳元で「亜由美」と名を呼んだ。
最大限に緊張していたタイミングで声を掛けられ、亜由美は「ひぃっ」と小さく喘ぐ。
今、亜由美って呼んだ。
釘原ではなく。
ただ、それだけなのに嬉しさが段違いに跳ね上がる。
息のかかった耳たぶが熱い。
背中を見えない何かが駆け登ってくる感覚に、亜由美は、ぶるっと身震いした。
構わず、鉄男は耳元で囁きかける。
「気持ちいいと感じたら、声をあげて構わない。俺も……お前の、声が聴きたい」
仏頂面で吐き出す時の堅い調子ではない。
およそ聞き覚えのない、温かみのある声色だ。
おかげで亜由美のドキドキは最高峰。
頬を上気させて「は、はぅぅ……」と小さく感嘆を漏らす。
声を出せというが、どんな声を出せばいいのか判らない。
それとも気持ちよかったら、勝手に出てしまうものなのか。
今のところ、鉄男の手は亜由美の胸を触るか触らないかの感触で優しく撫でるばかりだ。
乳首には触りそうで、触らない。
たまに親指の側面が近づいても通り過ぎてしまう、もどかしさ。
違う、触ってほしいのは乳房ではない。乳首だ。
誰にも言えずにいたが実は夜、マリアが寝静まった時刻に、自分で弄ってみたことがある。
まだラストワンの宿舎が健在だった頃の話だ。
自慰は乳首及び女性器を鉄男に舐められていると妄想した時が、一番興奮した。
だが、自ら申告するのは恥ずかしい。
何故そんなことを知っているのかと、教官に訝しがられるのも嫌だった。
自分で弄ると気持ちいいことはいいのだが、"声"は出なかった。
否、隣でマリアが寝ているとあっては、出なくて幸いであった。
恐らく、完全にはリラックスできていなかったのだろう。
リラックスしていれば、声も自然に出るのではないか。
いつしか自身の考えに没頭する亜由美の耳元を、鉄男の声が擽る。
「亜由美、ぼんやりしているようだが退屈か?もし感じる場所を自分で判っているのであれば、遠慮なく教えてくれ」
そうだ、そうだった。考え事をしている場合ではなかった。
今は授業中、しかも大好きな教官に愛撫されている真っ最中。
いつまでも続く曖昧なソフトタッチのせいで、触られている実感が薄れてしまった。
などと自分の集中力のなさを教官のせいにした直後、首筋を這う生暖かさに「ひゃうっ!?」と、亜由美の口を甲高い悲鳴が飛び出した。
舌だ、舌で首の後ろを舐められている。
またも背筋をゾクゾクが襲い、ふっと亜由美の脳裏を横切ったのは、いつぞやのシミュレーターで見たハード鉄男の顔であった。
シミュレーションでは尻を舐められたのだ。
あの時は怖くて仕方がなかったが、今だったら、どうだろう。
興奮で、うっかり変なことを口走ってしまうかもしれない。
今も変な声が出てしまったが、どちらかというと驚きの悲鳴だった、今のは。
なおもペロペロ舐められて、「く、くすぐったいですぅぅ〜」と亜由美は申告する。
首筋を舐められるのもドキドキするけど、そうじゃない。
そうじゃないのだ、気持ちいいのは、そこじゃない。
「……そうか。では、ここは、どうだ?」
はむっと耳たぶを熱いもので包まれて、再び亜由美は「ぇひゃい!?」と、おかしな悲鳴をあげた。
「お前は、良い匂いがするな」とも小さく呟かれて、もはや亜由美の心臓は爆発一歩手前、昨日ちゃんとシャワー浴びて体を洗って頭も洗っておいてよかったぁぁ、と妙な安心までしてしまう有様だ。
耳元へ顔を近づけた時に初めて鉄男は気づいたのだが、亜由美は髪のみならず全身から良い匂いがする。
香水か何かをつけているのだろうか。
鼻を通り抜ける、爽やかな香りだ。
他人の匂いなど、これまでの人生で気にも留めていなかった。
こうして息がかかるほどの距離で密着して、ようやく気づいたのだ。
はむはむと耳たぶを咥えながら、耳たぶだけじゃなく女の子は全身が柔らかい、と鉄男は考えた。
柔らかくて、温かい。
当たり前だ、相手は人形ではなく血の通った人間なのだから。
「亜由美、意識を俺に集中してくれ。退屈だと感じるのであれば、何を言われれば嬉しいのかも教えてもらえると助かる」
愛の言葉なら、幾つか例題を出されて昨日いっぱい練習した。
あなたを愛しているから始まり、君は心の太陽だなんて詩的な言葉まであって、こんな言葉を素面で言う奴なんぞ、この世に存在するのかと鉄男は怪しんだが、剛助曰く、これらは世間一般で使われるテンプレートであって、嬉しいと感じる内容には個人差があると言う。
それもそうだ。性格は人それぞれに違う。
ならば、喜びのポイントも違って当然だ。
「え、えぇっと、その……か、かわいいよ、とか……?」
これまでの人生で、亜由美に面と向かって"可愛いよ"と宣ってきた男子なんて生き物は、いなかった。
せいぜい父親ぐらいだ。それも亜由美が、うんと小さかった頃に。
「かわいい……かわいいというのは、顔か?それとも性格か」とも問われたので、深く突っ込まれると思っていなかった亜由美は再び考え、「え、その……ぜ、全部?」と半ば聞き返す形で答えたのだが、鉄男の返事を聞く前に、彼の手の動きが変わった。
ずっと、そばを触るだけだった手が、ついっと何の前触れもなく乳首を摘まんできたのだ!
予想外の行為に全身がバネのように弾けて、亜由美は激しく仰け反り返る。
ついでに「きゃうっ!」と予期せぬ声まで出てしまい、恥ずかしさに台座の上から逃げ出したくなったのだが、真正面に向かい合った鉄男がクスッと自然に笑顔を見せてくるもんだから、目が離せなくなる。
これまでにも無意識で彼が笑顔を浮かべるのを、何度か見た。
だが、これほどまでに慈愛に満ちた微笑みは初めてだ。
「なるほど、可愛いとは便利な言葉だな。今のお前は存分に可愛らしかった。他に形容する言葉が見つからない程に」
微笑みを携えたまま言われてしまうと、授業だというのも忘れてしまいそうになる。
じわっと、これも無意識に亜由美の瞳が歓喜の涙で潤む。
「う、うれしい、です……もっと、言ってくださぃ……」
鉄男の手の中で亜由美の乳首が尖り、堅さを増してくる。
興奮が高まってきた証拠だ。
そっと指で優しく挟み、緩やかに刺激を与えてやる。
強く引っ張られるのが好きな女性もいると剛助は言っていたが、亜由美は、その類ではないようだ。
鉄男の手に己の手を重ね、濡れた瞳で見つめてくる。
「そこ、そこ、が、気持ちいいです……」
譫言のように呟いた時、放課後授業の終了を告げる鐘の音が、遠くで鳴り響いた。


放課後終了のチャイムが鳴るよりも前、亜由美がマンツーマンで実技を習っていた頃。
シミュレーター室ではマリアとカチュア、それから合同で加わったエリスも含めて三人で、学長から使用方法を学んでいた。
スパークランでは模擬戦闘として使用されている機材だが、ラストワンでは専用のプログラムデータを動かして、恋愛をシミュレートする。
疑似映像内にて、恋愛を体験する。
「恋愛を体験?告白されるのかな」と、さっそく説明途中で脇道に逸れたマリアに苦笑し、学長が訂正する。
「正しくは性行為の体験だ。疑似だからと甘く見てはいけないぞ?ゴーグルを通して脳に伝わった情報は、体にも刺激を与えるんだ」
以前、木ノ下教官は脳が快感を神経に伝えるのだと説明していた。
疑似体験も、同じく脳への伝達に重点を置いている。
「木ノ下教官も説明したと思うが、気持ちいいという感覚を知らない人には、何をどうやっても気持ちいいと思わせることができない。脳に感覚を情報として覚えさせ、それを繰り返し体にも教え込ませる。それがシミュレーター、及び実技の狙いだ」
「体に教え込むって、なんか言い方がエッチくさ〜い」と、ますますマリアの興味は脇道に逸れていき、ニヒッとスケベ笑いを浮かべて学長を見やる。
「ねぇねぇ、高士も気持ちいいって感じることができるの?だとしたら、どこ?どこを触られたら気持ちよくなっちゃうの??」
マリアが日頃、相手の年齢にお構いなく気安いのは知っていたが、まさか学長までファーストネームで呼び捨てにするとは思わず、カチュアの目は丸くなる。
「さて、それは想像にお任せするよ」と爽やかな笑みでマリアの追及を受け流し、御劔学長が解説を進める。
「気持ちいいと感じるスポットは人によりけりだ。必ずしも局部だけとは限らない。人によっては首筋や指、足首や唇で感じる人もいる。疑似恋愛は気持ちいいスポット、略して性感帯が何処なのかを見極めるテストだと思ってほしい。どこを触ると気持ちいいのか判らないのでは、補佐をする側も困ってしまうからね」
「亜由美は疑似すっぽかして実技してるけど、大丈夫なの?鉄男、今頃困ってんじゃ」
余計な心配を回すマリアに再び苦笑し、御劔は一応フォローした。
「大丈夫。この日の為に辻教官も猛特訓したからね。今後は性教育の授業でもテレないで真面目に講釈できる度胸がついたと、指導した先輩もお墨付きで褒め称えていたよ」
「え〜!何それぇ、テレるほうが可愛くていいのにー」
頓珍漢な反応がきても、学長に動揺は見られない。
さすがはゼネトロイガーを作った本人だと、カチュアも明後日の方向に感心した。
「さて、説明はこれぐらいにして、そろそろ実際に動かしてみようか」
マリアの反応を華麗にスルーし、御劔がシミュレーターの前に移動する。
「念のため繰り返すと、ゴーグルを頭に装着してから起動スイッチを入れる。設定画面で担当教官を選択後、難易度はイージーにセットして映像開始のボタンを押したら、背もたれに寄りかかって、できるだけ落ち着ける体勢で見るように」
「ハイハーイ、高士にしつもーん!さっきハードは特殊だって言ってたけど、特殊って具体的にどんなの?イージーとは何が違うの?」
好奇心旺盛なマリアの質問を遮ったのは、エリスだ。
「授業が進めば、自然と分かるわ。そうでしょう?高士」
エリスまで学長を高士呼びで、こりゃ自分も高士と呼ばなくては却って失礼だろうか。
御劔は一人黙したカチュアをチラリと眺め、マリアの問いに答えた。
「ハードは他二つと比べてシチュエーションが特殊なんだ。初見では刺激が強すぎる。イージーの次はノーマルで、その次がハードだ。実はハードの次もあるんだがね、これは進んでからのお楽しみだよ。あぁ、それとカチュア?私の事は好きに呼んでくれて構わない。高士でもタカさんでも、通常通りに学長でも」
意外やフランクな物言いに、カチュアの目は見開かれっぱなしだ。
学長とは少ししか話した記憶がない。
もっと、お堅い人物なのかと思っていた。
「タカさん?それ、高士のアダナなの?」と食いついてきたマリアに頷き、御劔はエリスへ視線を移す。
こちらがマリアと話している間に、すっかり用意万端になっていた。
ゴーグルを装着した彼女に「もう、始めていいの?」と聞かれたので、「少し待っていてくれ」と答えてから、マリアとカチュアもシミュレーターに腰かけさせた。
「ほら、話してばかりじゃ体験せずに授業が終わってしまうぞ。一時間なんて、あっという間だからね」
「は〜い」と素直にマリアが頷き、隣の機体では黙って頷いたカチュアも設定画面に入る。
途端に「わぁ!」とマリアの口を驚愕の悲鳴が飛び出し、指をさしての大騒ぎが始まった。
「何コレ、ど〜して鉄男、マッパなの?ひゃ〜っ、あそこもバッチリ見えちゃってるゥ!」
「そこは現在の体格を確認するための画面ってだけなので、あまり気にしなくていいよ」と呆れ半分に答えながら、壁にかかった時計を見て、学長は本日三回目の苦笑を漏らす。
やれやれ、この調子じゃ映像の途中でチャイムが鳴る計算になろう。
授業をする前に、全部の説明をしておくべきであった。


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