合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 エリスと御劔

徹夜明けの目に、朝日が眩しい。
昨日は一睡もしていないが、やたら気力が漲っている。
傍らでは、目をショボショボさせた木ノ下が猫背でついてくる。
「あ〜……眠っ。今日は自習にして一日寝ていたいなぁ」
教官らしからぬ愚痴も聞こえたが、鉄男は聞こえなかったフリをした。
寝ている場合ではない。
本日より、初めての実技に入る。教える側も教わる側も。
期待と興奮で自身の神経が高ぶっているのを、先ほどから鉄男は感じ取っていた。
何かに対して己が期待するなど滅多にないことで、しかし悪い気分ではない。
順番を亜由美、マリア、カチュアと定めたのは、念のための保険だ。
心優しい亜由美ならば、鉄男が初心者丸出しでも、からかってこまい。
亜由美で納得のいく結果を出せたら、マリアで試す。
そして最後は最年少のカチュアを相手にする。
完璧だ、予定の上だけでなら。
ふがぁ〜っと大きくあくびして、木ノ下が鉄男を振り返る。
「駄目だ、やっぱ眠いわ。放課後まで寝てくる、じゃーな」
「あぁ、お疲れさま」と立ち去る背中を労わって、鉄男は教官室へ向かう。
教官室にはラストワンのみならず、スパークランの教官もいる。
午前中は、ほとんどが受け持ち教室へ移動してしまうが、教室を受け持たないデュランなら必ず残っているはずだ。
助っ人参戦希望してきた理由を、直接問いただすつもりでいた。
学長には『世界の命運をかけた勝負に自分も加わりたい』との理由を聞かされている。
しかし彼は引退パイロット、加えてラストワンの所属教官でもない。
以前の助っ人で、あれだけの大失態をやらかしておいて、どのツラの皮が再び手伝いたい等と抜かすのか。
信頼できない人間が混ざってくるのは、チームワークにも影響を及ぼす。
信用ではない、信頼だ。
信頼感を置くには、やはり同じ学校の教官同士でないと無理だ。
本当は、世話になっている意味も含めてスパークランの教官とも仲良くやっていったほうが良いのだろう。
だが今の鉄男は決戦だの実技だので、いっぱいいっぱい。
とても、そこまで手が回らない。
ともあれ他学校教官との交流は後回しにして、今はデュランへの追及が先だ。
鉄男は少々急ぎ足で、廊下を歩いていった。

決戦で使うゼネトロイガーは六体。
されど、教官は五人しかいない。
後藤春喜は下半身不随の後遺症が残り、教官復帰は見込めないと候補生たちが聞かされたのは、昼休みに行われた全校集会での出来事だ。
「そんなに酷い怪我人が出てたんだぁ……校舎の全壊」
スパークランの候補生に労わられ、ラストワンの最上級生メイラは苦笑する。
「でも、後藤教官だけなのよ?病院へ搬送されたのは。他は全員軽傷だったんだけど」
「え〜。じゃあ、そうとう運がなかったんだねぇ、その教官」
運がなかったのか、何なのか。
一部では生殖器に大打撃を受けていたとの噂も流れている。
もし股間に集中して瓦礫が降り注いだんだとしたら、一体どういう状況下にいたのか。
裸で寝ていた?お風呂中だった?それにしたって、股間だけにってのは奇妙だ。
なんにせよ、こちらに判るのは後藤春喜が二度と学校へ戻ってこない。それだけだ。
ラストワン唯一の地雷教官が消滅したのは喜ばしいことだが、人員欠如は、どうやって穴埋めするのであろう。
また、例の元英雄の助太刀を期待するしかないのか。
或いはクリーを呼んだ時のように、余所から短期で教官を引っ張ってくるのか?
今から新しい人を引き入れるぐらいなら、スパークランに助成を求めたほうがマシだ。
つまりは英雄デュランの再投入だが、スタッフや教官からの評価は芳しくない。
うっかり予定にない合体を行ってしまったのが原因と思われる。
しかしテンションが上がりすぎて制止が利かなくなったとしても、彼ばかりを責められないんじゃないかとメイラは考えた。
合体されたくなかったんなら、エネルギーが上がり過ぎないよう、制限する装置を取り付けておけば良かったのだ。
素人のメイラにだって思いつくぐらいだから、学長も改良を考慮していよう。
問題は改造する時間があるか否かと、合体を封じて勝てるか否か、だが。

「六対一か。ベベジェにしちゃあ大サービスだな。勝機は五分五分……に持ち込めれば御の字だろうね。動かせる人員も、一応揃っているようだし」
成り行きで仲間の元を離反したカルフとゾルズは、ベイクトピア軍本部ではなくスパークランのビルに保護される形で収まった。
出ようと思えば、いつでも外に出られるのだが、二人とも表には出ようとせず、毎日ビル内を気まぐれに歩き回っていた。
「揃っているか?いや、パイロットの頭数は充分すぎるほど余っているが、補佐の人数が足りねぇぞ」とカルフの呟きに突っ込んだのはゾルズで、うぅむと唸って腕を組む。
「さぁてね。いざとなったら学長も出るつもりなんじゃないか?」と笑い、カルフが廊下の先を見た。
廊下の突き当りには教官室と保健室が向かい合う。
この二つを向かい合わせに作るとは、保健室でサボリも許さない体制だ。
さすがはエリート学校と言うべきか。
「僕の予想ではエリスっていったか、あいつと学長でコンビを組むんじゃないか」
「あー。けど俺達の気配が判るってだけで特別強いわけじゃないんだろ?あの子供」
「そこは今後の訓練に期待だよ。それよりも、僕が気になるのは学長なんだけどね」
「御劔高士か。あぁ、あんたも、そう思ったか」
ゾルズの相槌に「当然だよ。出会った瞬間に気づいたさ」とカルフも満足げに頷く。
「あいつは……何者なんだろうな?周りの原住民は自分たちと同じ種だと信じて疑っていないようだし、シークエンスも気づいていないみたいだったから、鉄男にも言いそびれていたんだけど」
「気づいてねぇのか!?あいつっ」と驚くゾルズに再び頷き、カルフも腕を組む。
「あいつ自身が混ざっている状態だから、勘が鈍っているのかもな」
「けど、肉親だぞ?いくらなんでも気づかないってこたぁ」
なおも食ってかかるゾルズを見つめ、カルフは眉をひそめた。
「そうだな。気づいていないんじゃないとしたら、気づかないフリをしている可能性もある。なんせ素直じゃないからなぁ、あいつは」
彼らは御劔高士の"何"に気づいたのか。
一言でいえば、気配だ。
気配がおかしい。
シンクロイスが混ざっているのではない。
されども、原住民の気配とも言い難い。
シンクロイスと原住民、二つが混ざり合ったような気配を御劔は発している。
気配の内には、彼らの知る同胞の名残をも思い起こさせた。
だが、その同胞は純粋なシンクロイスであった。
似るはずもない二つの気配が似ていると思うだなんて、自分でも奇妙に感じられて、鉄男や軍にも伝えられずにいた。
無論、自分たちが錯覚を起こしている可能性も、なきにしもあらずだ。
何故なら気配の判るものやシークエンスも、御劔に関しては無反応を示している。
もしシンクロイスが混ざっていたり、全く違う生命体であれば、たちどころに発見されて、実験台になっているはずだ。
「まさか――俺らとの混血?」
シンクロイスと原住民が交配した場合、子供の気配は、どうなるのか。
どちらかに似るのか、それとも両方混ざって生まれるのか。
御劔高士はカルフたちが来るよりも前に生まれており、それでいてクローズノイス一行が爆撃を始めた初期には生まれていない。
だが、最初の爆撃は五十年以上続いたのだ。
原住民との接触チャンスは、いくらでもあった。
「ありえるか?いや、ありえるな。もし僕らと同じように性格が変わったとすれば、器に恋をして生殖行為したかもしれない」
混ざり合ったゾルズとシークエンスは、器に感情移入して変化した。
原住民と接触を重ねたカルフも、感情に変化が訪れた。
長い間の接触で、クローズノイスたちにも変化が起きたとしても驚かない。
「だとしても、混血ってこたぁ、アレだろ、浮気だろ。クローズノイスが許さないんじゃないか」とはゾルズの邪推に、カルフは肩をすくめる。
「判らないぞ?あの男が、そこまで番に夢中だった記憶もないからね」
一体誰の名残を感じるのかというと、クローズノイスの番であったイーシンシアだ。
シークエンスからも、彼女の名残は感じられる。
直系だから、当然だろう。
御劔から感じられるのはイーシンシアの名残であって、クローズノイスの名残はない。
「気づいていないんだとしたら、いきなり異父弟の登場だぜ」
「まだ、そうと決まったわけじゃないけどね」
ゾルズの軽口を窘めて、改めてカルフは考え込む。
この星の原住民、気配の判るもの達は、別々に存在していれば感じ取れるのに、混血として生まれた場合は判らなくなってしまうのか。
混血がいっぱい生まれたら、そのうち双方の境界線も消滅するかもしれない。
シンクロイスには違いが判るけれども、原住民のほうが数は多いのだ。
鉄男が没した後、乗り移りを繰り返す予定はカルフにもない。
純血シンクロイス亡き後、この地上は混血と純血が共存して暮らしていくのであろう。
誰も、シンクロイスの血が混ざっている者もいるとは気づかないまま。

教官室には学長を含めたラストワン勢もいたのだが、鉄男は構わずデュランを問い詰める。
小声で尋ねたというのに、デュランには「世界の命運をかけた勝負だぞ?おまけに愛する鉄男くんまで参加するとなったら、何かの手伝いがしたくなるのは当然じゃないか!」等と大声で朗らかに答えられて、瞬く間に注目の的となった。
「その件なら、お断りしたはずですよ」と御劔も混ざってきて、逆に「ほぅ、では人員は確保できましたので?」とデュランに尋ねられた際には大きく頷いた。
「えぇ。補佐の数でしたら、最初から足りていました」
初耳だ。鉄男も驚いて、聞き返す。
「また臨時教官を雇ったんですか?」
御劔は首を真横に否定して、にっこりと微笑んだ。
「後藤教官の穴埋めは私が勤める。大丈夫、ゼネトロイガーは私が設計したんだからね」
開いた口が塞がらず、慌てて鉄男が周りを見渡してみると、驚いているのは自分一人で、乃木坂やツユ、剛助の三人は先刻承知の情報と見える。
「学長自ら補佐を名乗り出るとは、そちらにも自慢のエリート候補生がいらっしゃるようですね」とはデュランの推測にも、御劔は自信たっぷりに頷く。
「えぇ、虎の子と言っても差し支えないでしょう。私自ら手塩にかけて育てた生徒を決戦に出す予定です」
ポカンと呆ける鉄男の脳裏に浮かんだのは、エリスの顔であった。
いつもどこか遠くを夢見る姿勢を崩さない彼女は、学級崩壊後も、やはり変わらぬ態度を続けているが、あの子がエリート?どうも、ピンとこない。
しかし入学直後から学長が教えてきたんだとしたら、これ以上ないぐらいの優遇だ。
エリスはラストワンの中で、誰よりもゼネトロイガーに慣れ親しんだ候補生であろう。
何故彼女だけを贔屓しているのかも、鉄男には理解しがたい。
眉間の皺を濃くする鉄男に耳打ちしたのは、乃木坂だ。
「納得いかねぇって顔してんな?後で教えてやるよ、エリスの凄さを」
察するに、優秀だから依怙贔屓しているのか。
一度も出撃していないのに何がどう優秀なのかは、後でじっくり教えてもらうとして。
「残りの五組は?」ともデュランに尋ねられ、学長は肩をすくめて受け流す。
「残りは、これからの訓練で決めます」
乃木坂組とツユ組の中から選ぶのではなく、全候補生から選ぶのだと言う。
もちろん、とチラリ鉄男に流し目をくれて、学長は話を締めにかかる。
「教官五人は全員強制出撃となりますが、こちらも心配ありません。我が校は先輩による新人へのサポートも完璧です」
五人中、新人なのは鉄男だけだ。
昨夜も剛助先輩監修により、みっちりシミュレーターの使用方法と四十六計手管について、懇切丁寧な解説を受けたばかりだ。
人形相手に練習も積んだ。初実技の予習は万全だ。
シミュレーターはスパークランの機体に、持ち込みデータを読み込んで使わせてもらう。
疑似体験は鉄男がやるのではないから、練習も必要ない。
いきなりハードなんぞを選ばないよう、最低限、監視しておけば充分だ。
「ふぅん、つまり我々に協力させる隙間は一つもないというわけですか」
些かしょんぼり気落ちしたデュランに、一つだけ学長がサービスする。
「いいえ、そんなことはありません。訓練で疲れた我々に寝食の提供をして下さっているではありませんか。温かい夕飯、ふかふかの布団。そこにマッサージなども加えて頂ければ、より一層こちらの感謝も深まりましょう」
途端に「よぅし、それなら任せたまえ鉄男くん!疲れたら、いつでも俺に甘えてくれ。全身もみもみでリラックスさせまくってやるとも」と勢いを取り戻したデュランの鼻息に鉄男が圧倒されるのを横目に、御劔は「では、失礼します」と、にこやかに退室していった。


御劔がエリスを虎の子と称したのは、けして同情心や依怙贔屓ではない。
彼女には、入学初期から他の誰よりも高い念動力があった。
初起動で壁までゴールインできたのは、エリス以外には亜由美しかいない。
しかもエリスはノーヒントでのゴールだ。
最初からゼネトロイガーの動かし方が判っているかのような起動であった。
実際には勘で動かしたのだと本人に言われ、全員で驚いた記憶だ。
いつもどこか、ぼんやり遠くを見つめているせいか、雑談のできる友達がいない。
ここへ来る前も、友達は少なかったという。
しかし、それを彼女が気にしているようには伺えない。
ここへは友達を作りに来たんじゃない、パイロットを目指す気がないとも告白されたが、御劔は黙って入学を受け入れた。
例のロクデナシ二人とは異なり、追い出そうとも思わなかった。
彼女は被害者だ。父親による性DVの。
家に戻れない少女を追い返すほどには、御劔も非道な男ではない。
一応何かの足しになればと一通りの知識を与えてきたが、就職先を強制する気もなかった。
エリスが卒業を迎えたら、御劔家に迎え入れる予定でいた。
実家には、もう一人居候がいるが、出会いさえしなければ大丈夫だろうとも思っていた。
途中で非常事態が発生し、ただ飯食らいの居候は一生病院での生活を余儀なくされたが、エリスを養女に迎え入れる決意は変わらない。
いつか彼女が心の傷を癒して、前向きに生きていけるようになるまで、面倒を見てやるつもりでいた。
「さて。課題は、どこまで進んだかな」
借り与えられた自室へ戻ってきた御劔に、エリスが駆け寄ってくる。
ベッドに腰かけた学長へ、ぴったりと寄り添い、ノートを差し出してきた。
「一応全部解いてみたけれど自信がないわ。添削を、お願いできるかしら」
最近の彼女は、距離が近い。
出会ったばかりの頃は一定の距離を保っていたのに、今じゃ添い寝も当たり前の態度を見せてくる。
過去性被害を受けたにしては、えらい懐きようだ。
ゴマをすっているのかと勘繰ってもみたが、そうではない。
彼女は本心で、御劔を慕っている。
今、彼女に教えているのは、本来なら大学の授業で行われるレベルの数学問題だ。
御劔がエリスに与えているのは、パイロット関連の技術や知識だけではない。
学校で教わる知識を全て、彼女に叩き込んでいる最中だ。
エリスは物覚えが非常に良く、頭の回転は並の大人を遥かに凌駕する。
ここに留まっているのが、勿体ないほどの人材だ。
断じて贔屓目ではない。
かつての自分が苦戦した課題を一晩で解いてしまった点からも考慮した、正当な評価だ。
父親なんぞに人生を狂わされなければ、きっと一角で名をあげていたタイプだ。
学業優秀でもパイロットは務まらないと言われたら、それは確かに、その通り。
唯一の問題は実技だが、こればかりは本人の意思を尊重せねばなるまい。
虎の子と言ってしまったが、実のところ、エリスが拒否すれば別の子を出す予定でいた。
何度もいうが、性行為にトラウマを持っている子を戦場に出すほどには無情になりきれないのだ、こちらとしても。
これまでにも決戦について何度か話しているが、誰を出すのかまでは話していない。
出たいと意思表明された記憶もないし、これは脈ナシかなとも諦めかけていたのだが――
添削する御劔の横で、不意にエリスが話題を持ち出してきた。
「ねぇ、シンクロイスとの決戦だけど。そろそろ誰を出すのか決まった?」
そればかりか耳元でぽそっと可愛らしく囁かれたもんだから、御劔は驚きのあまり、ノートを床に落としてしまった。
だって、エリスときたら息がかかる距離で「……もし、あなたが補佐を務めるのであれば、私を選んでくれても構わないのよ」と、恥じらう表情のオマケつきで囁いてきたのだから。
補佐として出るのも、彼女には教えていない。
どうしてバレたのか。
それ以前に、心の傷は癒えたのか?
友情のハグすらしたことのない相手に身を任せて、大丈夫なのだろうか。
心配が顔に出ていたのか、エリスにはクスッと笑われた。
「大丈夫よ。あなたとなら、大丈夫。他の人は……無理だけど」
「けれど、きみはパイロットを目指していないんだろう?どうして、心変わりしたんだい」と尋ねてみれば、やはり彼女は微笑んで答えた。
「心変わりしたんじゃないわ。パイロットは今でも目指していない。ただ、あなたが出るなら一緒に出たいと言ったまでよ」
これまでの恩義に報いたいと彼女が考えてくれたのであれば、教える側としての冥利に尽きるが、御劔は念を押して確認する。
「……いいんだね?私に体を触られても」
エリスは笑顔を崩さずに頷いた。
「えぇ。あなたになら大丈夫よ。だって、くっついて寝ても平気だったんですもの」
大丈夫というのは、異性として見られていないということか?
御劔は内心首を傾げたが、これ以上は深く追求しないと決めた。
本人がやる気になっているのに、何度も水を差す必要など、あるまい。
「よし、では、今日の放課後から、さっそく実技に入ろう。まずは疑似訓練だ。じかに触るのは、疑似に慣れてからにしよう」
エリスには今後の方向性を伝え、御劔は自身の考えに深く集中する。
実技は辻くんの授業に混ぜてもらおう。彼も今日が初めてなのだから。


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