合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 心、一新

翌日の放課後授業で、ラストワンの全候補生はクローズノイスとゼネトロイガーの親密な関係を知らされる。
なにしろ、命を懸けて乗り込む機体だ。
パイロットに機体の性能を告げないのは問題であろう。
前日に聞かされた時には驚愕した乃木坂やツユも、本日は元々知っていたかのようなポーカーフェイスで受け持ち生徒に伝えた。
ほとんどの候補生が驚きに包まれる中、一人だけ違う反応を見せた子がいた。
カチュアだ。
ふぅ、と満足の溜息をついた彼女に、鉄男が尋ねる。
「知っていたのか?」
小さく頷き、彼女がポツポツ囁いたところによると、以前一人でゼネトロイガーを動かした際、ゼネトロイガーの意思を形作ったものに話しかけられたというのだ。
何故それを誰かに言わなかったのかと鉄男が追及すると、当時は学長に説教を受けており、それどころではなかったとカチュアは項垂れた。
「あー……あん時だったの。そりゃ言う暇なかったでしょうね……」
鉄男がカルフに誘拐されて、カチュアが暴走した際の出来事だ。
ゼネトロイガーの意思に乗っ取られ、機体を動かすこともままならなくなり、その時に、こうも言われた。
鉄男とカチュアの意思を繋ぐパスコードが、どうとか、こうとか。
「パスコード?通信みたいなものでしょうか」と亜由美は首を傾げて鉄男を見上げるが、そんな目で見られたって鉄男にも答えようがない。
代わりに彼の脳内で、シークエンスが知識を披露した。
――多分、テレパスをカチュアに判るよう翻訳したんだと思うわ。けど、それ、シンクロイス同士でなら簡単だけど、下等生物とも可能なのかしら?ちょっと、進にテレパスで話しかけてみるわね。
木ノ下なら鉄男の隣に立っているんだから、鉄男経由で話せばいいではないか。
本日より、鉄男の組は木ノ下の組と合同で授業を行う手はずとなった。
マリアたちにクローズノイスの話をしたのは、木ノ下だ。
カチュア以外は目を丸くして聞いていたが、今はカチュアの話も相なって、二重の困惑に陥っている。
「ほんで、ゼネトロイガーにクローズノイスはんの意識が宿っているとして、動作に関しての影響はあるんかいな」
モトミの質問に、木ノ下は首を傾げる。
「さぁなぁ。今まで何度か動かしてきたけど一度も副作動がなかったし、多分こっちから話しかけたりしない限り、動かないんじゃないか?」
「カチュアちゃんは声を聴いたのよね?どんな声だったの?イケメンボイス?キャッ、気になるぅ☆」
興味津々レティにせっつかれて勢いに押し負けながら、カチュアは判る範囲でだけ答える。
「イケメン、かどうかは判らない、けど……辻、教官の格好と、声だった」
「それってパイロットがカチュアさんだったから……?」と、杏。
「せやったら、ウチらが乗れば木ノ下教官の姿と声で出てくるんかなぁ」
モトミも杏の推理に乗っかって、腕を組んで考えてみる。
クローズノイスの思考だと言う割に、何故、彼自身の姿で再現されなかったのか。
そして、誰が乗っても脳内で想像できる人間の姿でしか見えないものなのか。
実際に乗って自分で確かめてみなければ、とても信用できる話ではない。
「木ノ下教官、私達がゼネトロイガーの操作に慣れるには実技も必要かと思います」
杏の提案を聞き、木ノ下も顎に手をやり思案する。
座学を二クラス合同で教えろとは聞かされたが、実技に関して学長は何も言っていない。
「毎日ゼネトロイガーに乗り込んで、実際の操作方法を覚えるっての、どう?」
マリアは思い付きを口にし、レティがキャッキャと盛り上がる。
「ナイス名案♪ついでにィ〜、教官との手合わせも、やっちゃったり?」
「手合わせって何や」と首を傾げるモトミへは、キャッと両手で顔を隠す真似をする。
「モトミちゃんってばダイタン☆モ・チ・ロ・ン……愛撫、に決まってるじゃなァい?」
「も、もうソレに入るんかいな!ウチまだ心の準備が」
「あ、じゃあモトミちゃんは心の準備が来た時にやるといいんじゃない?レティとアンちゃん、どっちが最初にやろっか!」
ドンドン話を進めていく二人へストップをかけたのは、木ノ下だ。
「あぁ、いや、実技に関しては何の指示も受けていないんだ。そうだな、実技も進めておかないと、本番で動かせなかったら何にもならねぇ。今日の授業が終わった後、聞いてみるよ。俺達一年二年組の実技は、どうすんのか」
「も〜決戦なんだよ?決戦。実技を真っ先に考えとかなきゃ駄目じゃない」
腰に手をやり、何故か偉そうなマリアにも責められ、木ノ下は頭をかく。
「悪ィ、座学の遅ればっかり気にしていて、そっちまで頭が回らなかったんだ」
本来の授業の流れでいうと、まずは座学で操作の基本を教えて、二回ほど模擬動作テストを行った後に、実際の運転に入る。
以前動作テストをやろうとした時にも、乃木坂には座学をすっ飛ばすなと怒られた記憶だ。
座学を先に教え終わろうと木ノ下が考えるのも当然だろう。
しかし今は、全員急ピッチで動かせるようにしないといけない。
あの時とは状況が違っている。
「それはいいんだけどォ……」
ちらっと鉄男を流し見て、マリアが直球に尋ねてくる。
「鉄男は愛撫、できるの?てか、今までにやったことあるの?ドーテイなんでしょ」
これには「こ、こら、マリア!言っていい事と悪い事が」と木ノ下や亜由美が鉄男を気遣い泡を食う中、当の鉄男は真顔で頷く。
「その通り、俺は全くの未経験だ。だが、出来ないからと尻込みしている場合でもない。俺もラストワンの教官である以上、必ず補佐として戦場に出る」
じっとマリアを見据えて、逆に頼み込んできた。
「未経験同士、これから共に学んでいこう。不慣れ故に最初は迷惑をかけるかもしれないが、嫌がらずに受けてくれると有難い」
そんな熱っぽい視線で、じっと見つめてくるなんて反則だ。
マリアの胸はドキンと高鳴り、頬が熱く火照ってくる。
自分こそ出来るんだろうか。
胸だの尻だの恥ずかしい場所を鉄男に触られたら、パニックを起こしてしまいそうだ。
見つめあっているのも恥ずかしくなってきて、マリアは目線を逸らして、なおも問う。
「え、えぇっとぉ……それで実技って、全員やるの?順番とか、どーすんの」
「あ〜、順番は、お前らで適当に決めておけよ。それこそ心の準備ができた奴から、やればいいし」と適当な回答が木ノ下から返ってきて、さっそくレティが「じゃあ、じゃあ、レティが一番手やりま〜す☆」と名乗り上げるのには、「待ちィや!ここは公平にジャンケンで決めるで」とモトミの横槍が飛んだ。
木ノ下組が白熱のジャンケン大会に入るのを横目に、亜由美は級友二人に提案する。
「わ、私達は希望する人から順番にやろっか。カチュアちゃん、どうする?良かったら一番目、どうぞ」
カチュアに最初を譲ったのは、動作テストの一件を思い出しての事だろう。
だが本人は、ふるふると首を真横に拒否し、亜由美を上目遣いに見あげてきた。
「わたし……最後でいい」
「ああ、それと」と木ノ下の声が重なり、何かと皆で注目する。
「実技は原則一人しか乗れないから、残りはシミュレーションマシーンで模擬操作訓練をやるそうだ。ってことは、だ。それの使い方も教えなきゃいけないのか……うーん、やることが多くて大変だなぁ」
教官が言ってちゃ始まらない。
実技は一人ずつ交代で乗り込み、全員完璧に覚えるまで繰り返す。
一人が乗っている間、残り二人はシミュレーション機で感情のコントロールを学ぶ。
座学と違って、横道に逸れたり居眠りしたり、サボっている暇もない。
「あぁ、つまり最後を選んで、完璧な鉄男に愛撫してもらう〜なんてのは出来ないってわけね。残念だったねー、カチュア!」
ニヤッとマリアに笑われて、カチュアの頬は羞恥と怒りで赤く染まる。
違う。そんなつもりで最後を選んだんじゃないのに。
いつも一番一番と言い過ぎていたから、今回は遠慮してみた。それだけだ。
黙りこくったカチュアを心配そうに眺め、亜由美は、もう一度案を出す。
「えぇと、ローテーションでやるにしても一周目の順番を決めないと、だよね。どうする?誰が一番最初にやってみる?わ、私は二人の希望を聞いてからでいいよ」
二人揃って我先にと遠慮されては、一番手やりたーい!と名乗り上げるのも逆に恥ずかしくなってくるではないか。
マリアも「遠慮しなくていいよ?ほら、亜由美は志願したのに動作テストで一番目ができなかったんだし、今度こそ一番目にやったら?」と言い返し、なかなか順番が決まらない。
そこへ「まだやってんか。ウチらは、もう決まったで?ジャンケン最強や」とモトミが茶々を入れてきて、木ノ下組はモトミ一番、杏が二番、レティは三番目と決まったらしい。
「困った時はジャンケンだよな。公平だし」と木ノ下も満足げに頷き、鉄男を見やる。
「お前んとこもジャンケンで決めたら、どうだ?このままだと永遠に決まりそうもないし」
その提案には頷かず、鉄男はボソボソと呟いた。
「いや……誰も志願しないのであれば、俺が順番を決めても、いいだろうか」
まさか鉄男が、木ノ下の案に頷かず、自ら案を出してくるなど!?
天変地異の前触れだ。
カチュアやマリア、亜由美といった受け持ち生徒のみならず、木ノ下組の候補生や木ノ下本人からも驚愕の眼差しで見つめられながら、鉄男は己の希望を吐き出す。
「一番手は釘原……お前に、頼みたい。二番手はマリアで、カチュアが最後というのは、どうだろう。この順番であれば、俺もスムーズに進められる……と、思う」
全員がポカンとした顔で、放課後の終了チャイムを聞いた。


宿舎に戻って夕飯を食べた後、鉄男と木ノ下は学長の部屋へ向かう。
部屋には先客がいた。
乃木坂とツユ、それから剛助までもが集まっている。
「あれ、皆さん集まって、どうしたんです?緊急会議……じゃないですよね」
困惑気味に木ノ下が尋ねれば、乃木坂も困惑気味に答える。
「助っ人参戦したいって言うんだよ」
「どなたが?」
「デュランさんに決まってんだろ」
前後の見えない話で、改めて鉄男が学長へ問いかけた。
「ラフラス氏が希望しているのは、ゼネトロイガーへの搭乗ですか?」
「その通りだ。無論、却下したんだが……あの御仁は何をするか全く予想のつかない人だからね。それで困っているのさ」
一通り出した案を紙にまとめたというので、木ノ下と二人で覗き込んでみれば、ゼネトロイガーに新たなる防犯装置をつけるとまであって、今から改造を施すとなると、実技訓練にも影響を及ぼすのではあるまいか。
「あれ、でも、ゼネトロイガーには生紋システムが設定されているんですよね?それだったらデュランさんには動かせないんじゃあ……」
木ノ下の意見は瞬く間に「うちの候補生を唆して乗り込まれたら、どうしようもねぇだろうが」と乃木坂に覆され、然るに生紋システムとはパイロットがラストワンの関係者であれば役立たずの防犯装置か。
「それよりも、お前らこそ何でここに?」と尋ね返されたので、鉄男は素直に答えた。
「ゼネトロイガーに関する新情報を得たので報告にあがりました。カチュアは既にクローズノイスの意識と交信していたようです」
鉄男の擬態で現れたことや、操作を乗っ取られた件、テレパスなるシンクロイスの能力まで一気に説明して反応を伺うと、学長は最後のテレパスに興味を示してきた。
「なるほど、カチュアにテレパスとやらを勧めたということは、他者に同じ能力を与えるのも可能という私の推理は間違っていなかったんだ」
「お前の擬態を取っていたってのは、よくわかんねぇけど……」
乃木坂は首を振り振り、思いついたことを口にする。
「要するに声だけの存在で姿がない。そういう解釈でいいのか」
「あぁ、だから声で判断したカチュアの脳裏には鉄男の姿で浮かんだってわけ?」
ツユも相槌を打ち、改めて謎のユニット、シークエンス曰くのビューイーフィールドなるものに思いを馳せる。
「カチュアが会話できたんなら、他の子が話しかけても応答するかしらね」
「どうだろうなぁ?そこは実際にやってみないと」
「では、あの時、我々の通信にカチュアが一切反応しなかったのも」
剛助の質問には、学長が答えた。
「そうだ、クローズノイスに思考をオールジャックされていたんじゃ通信を開きようもない。ふむ、これは思ったよりも有害な機能になるやもしれないぞ……」
学長の杞憂を否定したのは、木ノ下であった。
「いやぁ、大丈夫じゃないですか?俺の予想では、最後まで彼は我々に味方してくれると思いますよ」
「どうして、そう思うんだい?」
御劔に聞き返され、木ノ下は鉄男の肩を掴んで引き寄せる。
「こっちには彼の娘がいますからね!娘を守る為に起動したんじゃないかと睨んでいます」
娘とは、すなわち鉄男の中にいるシークエンスだ。
「それで辻くんとコードを繋げてやる、に繋がるわけか……短気を起こしたシンクロイスの手にかかって辻くんが殺される前に、カチュアを使ってでも助け出したかったんだね」
学長は唸り、一つの結論を出す。
「ひとまず、木ノ下くんと辻くんのクラスも実技訓練を始めよう。カチュアと自らコンタクトを取ってきたからには、クローズノイスにも思うところがあったのだろう。まぁ、シークエンスの話によると、あれは只の残留思念らしいけどね」
「残りカスなのに、リアルタイムの会話ができるのは不思議ですよね……」
乃木坂が首を傾げ、ツユは「でも、こいつらに実技訓練できるんですか?特に鉄男、あんた大丈夫ゥ?」と難色を見せてくる。
かつて非公式で行った教官テストを思い出したのであろう。
あれは自分で思い返しても、赤面ものだ。
あの頃は二人に良い感情を持っていなかったし、意固地になっていた面があった。
「手管が判んなかったら、俺が教えてやろうか?」と乃木坂まで調子に乗って冷やかしてくるのへ、鉄男は真顔で応えた。
「はい、お願いします。俺は未経験且つ初心者ですので、手管を知りません。このままで挑んでも、授業は一つも進まないでしょう」
今なら素直に願える。
先輩たる乃木坂やツユから指南を受けるのも、苦ではない。
だって自分は新米だ。
右も左もわからない、教官の仕事すら初心者の新人なのだから。
そういうふうに、やっと思えるようになってきた。
あれから、色々な出来事がありすぎたおかげで。
「ほぅ、ついに本領発揮となるか、辻」と剛助が感心の目を向けたのと比べると、乃木坂やツユは些か引け腰だ。
「な、なんだよ、お前。いやに素直じゃねーか」
「プライドを捨ててでも、ご教授願いますってわけ?」
たじろぐ二人に苦笑し、御劔が鉄男の気持ちを代弁する。
「プライドも何も、辻くんは全くの初心者教官だからね。先輩に教えを乞うのは当然だろう?あぁ、勿論乃木坂くんや水島くんの都合が悪ければ、無理にとは言わないよ。その時は石倉くんに木ノ下くん、諸君らが教えてあげるといい」
「ま、まっかせてください!」
ドンと胸を強く叩いて、木ノ下が元気よく返事した。
かと思えば「あ、でも、シミュレーターに関しちゃ、俺も素人なんすけど……」と、ちょっと弱みを見せてきたので、ここぞとばかりに乃木坂も先輩風を吹かせてみる。
「そっちは俺達に任せろよ。お前ら素人に任せて壊されちゃ〜たまんねぇからな」
さりげなく先輩にまで気遣いできる木ノ下は、やはり最高の模範教官だ。
密かに木ノ下へ尊敬の念を向けつつ、鉄男は全先輩へ改めて頭を下げる。
「では本日より御指南のほど、よろしくお願い致します。一刻も早く、全候補生がゼネトロイガーを動かせるように精進しましょう」
「ほ、本日よりィ?気が早すぎじゃねーか、実技は明日からだってのに。手管を教えるぐらいだったら、明日の午前中でも充分間に合うだろ」
たじろぐ乃木坂を押しのけて、剛助は鉄男の双肩にガッチリ掴みかかって熱意に応える。
「素早い予習、状況に併せた適応力。さすがは俺の見込んだ後輩だ!よかろう、今から俺の部屋に来い。シミュレーター共々、みっちり使い方及び手管の数々をレクチャーしてやろうではないか。木ノ下、お前も来い!」
名指しで呼ばれちゃ今から寝ますと断ることも出来なくなり、成り行きで「は、はいっ、お願いします!えっと、その、今日は徹夜ですかね?」と木ノ下も、鉄男と一緒に剛助の部屋での強制指導へ連れ込まれるのであった――


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