合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 残ったのは

薄暗い部屋でピーという発信音が鳴る。
伸びてきた指がキーを押すと、モニターに映像が浮かび上がった。

真っ暗な部屋を赤外線が照らしている。
そこでは少女が一人、裸の男にまたがって、腰を激しく揺さぶっていた。
髪の短い少女だ。チリチリなパーマをあてている。
裸の肌には汗が浮いていた。
視線は虚ろで、腰を振ることだけに専念している。
鼻水を大量に流し、しかし、それすら本人は気にしていないかのようであった。
やがて何者かに髪の毛を掴まれて、指示される。
野太い声が彼女に命じた。
「ホラ、カメラに向かって自己紹介しろ。お前はチンポ大好き淫乱女だってなァ」
男の上にまたがった格好のまま、少女が両手でVサインを作る。
「あ〜アタシはニカラ、ニカラ=ケア、おチンポ大好き淫乱女でェす〜。デュランさまぁ、学長ぉ、後藤のガマガエルも、見てるぅ〜?誰のチンポでも上のクチでしゃぶって下のクチで咥えちゃう、駄目なユルユルガバガバマンコでェ〜〜す」
少女は半ば白目をむいており、とても正気とは言い難い。
あふれた涎が、体を伝って垂れてゆく。
下の男に腕を引っ張られ、彼女の奥を男のモノが突き上げる。
だが少女は嫌がるどころか体を反らせて、快感を受け入れた。
「あ〜イィ〜ずっと、こうしていたぁぁ〜〜い」
カメラは続けて部屋の奥、裸で抱き合う二人へズームをあてる。
一人は髪の長い少女だ。
男は後ろを向いており、誰なのかは、はっきりしない。
両手両足で男の体へ抱きついた少女の髪を誰かの手が引っ張り、カメラを指さした。
「ほら、お前も自己紹介しろ」
「あ、やァん、離しちゃヤダぁ」と抵抗を続けていた少女は、もう一度ぐいっと力強く髪の毛を引っ張られ、顔だけカメラを向く形となった。
やはり涙と鼻水が綺麗な顔を汚し、肌には汗が浮かんでいる。
「あ、あたしは赤城まどか、ちょっと前までデュラン様の恋人を狙っていたんだけど、デュラン様より気持ちいいオチンチンを見つけちゃったからァ、そっちに乗り換えることにしたのォ。ゼネトロイガーでヤりまくるより、ここで皆のオチンチンと戯れていたァい……だって、気持ちいいんだものォ!」
誰かのシナリオを言わされているのか、それとも自らの考えを口にしているのか。
それらがはっきりしないまま、映像は突然消えた。

部屋の電気をつけて、レイティーンは立ち上がる。
杞憂は、ひとまず消えた。デュランに関わる杞憂が。
あとはラストワンの学長が、デュランへの緊急代行を取り消してくれれば万全だ。


二人の様子がおかしい――
連絡を受けて、御劔はエリスのいる生徒宿舎へ急いだ。
電話越しに聞いたところ、夜半過ぎ、どこかへ出かけていたらしい二人が戻ってきた。
二人というのは勿論、エリスと同室のニカラ及びまどかの同級生二人だ。
見たこともない格好の男性軍団に抱えられての帰宅であった。
ゆすっても起きないほど熟睡していたので、その日は、そのままベッドで寝かせてやった。
様子がおかしいと気づいたのは今朝、二人が起きた後だ。
言葉で説明するよりも実際に見てほしいと言われ、こうして馳せ参じた次第である。
軽く扉をノックすると、細く開けて確認してから、エリスが御劔を招き入れる。
入ってすぐ御劔の視界に飛び込んできたのは、ベッドの上で腰をくねらせるニカラの痴態であった。
「あはァ〜〜ン、新しいチンポきたァ。タカシくん、おチンポちょぉだぁ〜〜い?女みたいな顔してっけど、一応ついてんでしょォ〜?」
素っ裸で媚びるような目を向け、口元からは涎を垂らしている。
手は、しきりに己の股間を弄っており、男性が目の前にいても恥じらいさえ見せない。
なるほど、エリスが"おかしい"と称するだけはある。
隣のベッドでも、まどかが裸で寝ころんで、股間をしきりにシーツへ擦りつけながらニカラと似たような戯言を漏らしている。
「あぁ〜、おチンチン欲しい、欲しいのぉ〜。一日中入れてないと落ち着かなァ〜い。誰か男の人呼んできてェ〜?学長でもいいからァ。あのおチンチンと、お友達なんでしょお、エリスはァ〜」
「起きた瞬間から、ずっとこの調子なの」
無表情でエリスが語りだす。
「二人は男性を嫌悪していた。デュラン=ラフラスと出会ってから、まどかは変わってしまったけれど、ニカラは今でも男性が嫌いだったはずなのよ。なのに」
たった一日で、劇的な何かがあってニカラの精神は崩壊してしまったというのか。
二人が昨夜無断外出していた件も今日、エリス経由で聞かされたばかりだ。
彼女たちを連れ出したのは、誰なのか。
そして、ここへ送り届けたという男性軍団も何者なのか。
エリスから詳しく聞くに「上半身裸にサスペンダーで吊ったズボンと軍帽みたいな帽子が印象的だった」とのことで、そのような珍妙なファッションの男性はラストワンにもスパークランにも所属しておらず、外部の人間である可能性が高い。
誰かが無断で介入してきて、落ちこぼれ二人を再起不能にしていった。
元々追い出す予定の二人だったとはいえ、ここまで酷い状態になるとも思っていなかった。
なおもチンチン連呼する二人を憐みの目で見つめ、御劔は溜息をついた。
「こんな状態では、他の候補生にも悪影響を及ぼしてしまうな。仕方ない、春喜と同じ病院へ入院させておくか」
「後藤教官のいる病院……」と小さく呟き、エリスが確認を取る。
「あなたの息がかかった病院?」
「正しくは御劔グループの息、親の代の繋がりだがね」と御劔も答え、電話をかける。
あの病院は隔離場だ。世間と患者を切り離す。
ニカラとまどかも、訓練上の事故として処理されるのだろう。
彼女たちの親を納得させるために。

ニカラとまどかが緊急入院して旧後藤組が事実上消滅したのは、瞬く間にラストワン関係者が全員知る大ニュースとなった。
「え〜、じゃあ、どうするの?エリス。どっか他のクラスに混ぜてもらう?」
残った一人をユナが心配すれば、モトミが、すかさずキャッチした新情報を教えた。
「学長がマンツーマンで教えるんやて。今までも、ずっとそーやってたんやって」
それを聞いた途端、同情がすっかり塗り替えられ、ユナの口からは「え〜、いいなぁ」と羨む声が漏れる。
「いいわよねぇ、マンツーマンで手取り足取り!」と鼻息を荒くして雑談に混ざってきたのは誰であろう、相模原だ。
手の届かぬ存在を諦めて、鉄男に乗り換えたはずではなかったのか。
と思ったら、いいわよねぇは、どうやらマンツーマンにかかっていたらしく。
「私たちも、たまにはマンツーマン授業を受けたいわよね!辻教官とマンツーマン……あぁん、放課後特訓の甘酸っぱい思い出が蘇るゥ」
「いいなぁ〜マンツーマン」とマリアも雑談に乗ってきて、ちらっと遠方へ視線をやる。
視線の先では教官が数人集まって、なにやら話し合っている。
その中には辻教官や乃木坂教官などラストワンの面々も見受けられた。
「六対一で戦うにしてもさ、ロボットの中ではマンツーマンでしょ。マンツーマンでの操作に慣れる為にも、個別授業は必要だと思わない?」
乙女の願望ではなくシンクロイス戦を話題に振られ、モトミも真面目に返す。
「せやな。戦いには各組三人のうちの一人が選ばれるやろうし、今から特訓しとかなゼネトロイガーも動かせへん」
「各組三人のうちの一人?」と聞き咎めたのは、飛鳥だ。
「現状じゃあ乃木坂組と水島組のあたし達ぐらいしか、ゼネトロイガーを動かせる候補生がいないじゃない」
四期生と三期生の二組ぐらいしか、まともに動かせない。
――という認識が長くあったが、しかしカチュアは単独でゼネトロイガーを動かし、まどかもデュランとの即席コンビで合体を起動させた。
他の組は動かせないんじゃない。
動かす機会がなかっただけだ、とも取れる。
「教え方に問題があるんだよ」
ドヤ顔で語るマリアには、メイラも噛みついた。
「じゃあマリアちゃんは、どんな教え方をされれば全員が動かせるようになると思うの?」
「何故まどかは初めての起動で動かせたのか。その謎を解明すれば、教え方にもつながるんじゃない?もう一度、デュランに聞いてみようよ。あの時ゼネトロイガーの中で、なにをどうやったのかを」
それを尋ねるのは候補生ではなく、教官であろう。
いつしか大声で語られる彼女たちの雑談に耳を傾けながら、鉄男は、そっと考えた。

「それにしても、解せないな。ここへきて、あの子たちが深夜遊びをするだなんて」
休み時間も、候補生たちの話題は緊急入院したニカラとまどかに集中していた。
腕を組んで考え込む昴の横では、メイラも口を尖らせる。
「爆撃がなくなったからって平和になったわけでもないのにね。一体何をやらかせば、入院するほどの事故に巻き込まれたりするのかしら」
二人の会話にスパークランの候補生も混ざってきて、持論を唱えてみせる。
「どう転んでもパイロットに選ばれないと判ったから、ヤケになったんじゃない?」
「そういうタイプじゃなかったのよね、あの二人……」
メイラは首を傾げてみせ、二人をよく知らないであろう他校の生徒に説明する。
「あの子たち、ニカラちゃんとまどかちゃんはパイロットを目指していなかったように思うのよね……今となっては、だけど。だって授業内容に関係する雑談をしていたの、一度も見たことなかったし、廊下でかわす雑談って大概カレシが欲しい願望ばっかりだったし」
「それは、うちでも時々聞こえるけどねぇ」とスパークランの女子候補生は茶化し、それでも一応はメイラを立てるつもりか肩をすくめた。
「けどまぁ、休み時間に授業内容を全然話さないってのは珍しいね」
「でしょ〜?普通は内容が難しかったか易しかったか、次のテストの範囲予想や実技へ向けた目標なんかを話し合ったりすると思うのよ。けど、あの二人がパイロット訓練に関する話題をかわしていた記憶が一つもないってわけ」と、メイラ。
「まぁ、あの組は教官からして不真面目だったからね……」
後藤教官を思い出したのか物憂げな表情で昴は呟き、頭を振って嫌な記憶を振り払う。
「エリスは学長が引き取るのか。妥当な判断だね」
「ずっと前から学長がマンツーマンで授業をしてあげていたって噂よ?」
メイラの混ぜっ返しには、スパークランの候補生が激しく反応する。
「いいなぁ、羨ましい!あ〜〜、どうしてラストワンにしとかなかったんだろ私!!」
「えーと。それは、ラストワンの学力が貴女から見て低すぎたから?」
それもあるけど!とメイラのツッコミを華麗に流し、彼女は両手を組んで天井を見上げた。
「学長の写真なんて確認しないじゃない。しかも学長が授業まで引き受けてくれるとかさぁ……こうなるんだったらラストワンも視野に入れておくべきだったよね、失敗したぁ!」
ラストワンの学長は確かにイケメンだけど、傭兵学校は学長の顔で選ぶものでもない。
選択肢があれば、高い目標の学校に行っておいたほうが何かと得だ。
スパークランの利点は、なんといってもベイクトピア軍への就職が楽な点であろう。
たとえ軍に行けなかったとしても、紹介状があれば他への就職も可能だ。
そして、紹介状は優秀な学校であればあるほど有利になる。
ラストワンは新設校、嫌な先輩がいない点だけがメリットだ。
少なくとも入学した時点では昴もメイラも、そう思っていた。
まさかロボットが、あのような動かし方だとは、入学後に知った驚愕の事実。
それでもラストワンを辞めなかったのは、全体のまったりした雰囲気が良かったおかげだ。
ラストワンでは、宿題と呼べる宿題が、ほとんど出ない。
授業も、これで大丈夫なのかと心配になってしまうぐらいにはスローペースだ。
受け持ち教官の人当たりが良かったのも、理由の一つにあげていい。
歴史ある優秀な学校は、詰め込み教育で忙しない授業だと聞く。
実際スパークランの授業は一度に覚える内容が多くて、メイラは目を白黒させた。
パイロットに興味なさげな、まどかとニカラがラストワンに二年間居ついていたのも、こうした環境が原因だろう。
夜遊びで羽目を外して入院とは、いただけない結末に終わったが。
エリスは学長が育成するそうだが、彼女にはパイロット志願があったのかと考えると、昴には意外な気がした。
彼女は、いつも、どこか遠くを見ていて、心ここにあらずな様子だった。
誘拐事件では少しだけ自我を見せたこともあったが、日常に戻れば彼女も元に戻る。
まどかやニカラ以上に、パイロットへの興味があるのかどうかも判らない子に見えた。
あれもそれも、全部学長との関係を秘密にするための演技だったのか?
しかし学長とのマンツーマン授業は、隠さなければならないほどの秘密だろうか。
三人一組のクラス体制にしたのは、連携を深めるだけではなく、競争心も高めるためではないかと昴は推測している。
昴は二人のライバルがいたおかげで、入学前より勉学に身が入るようになった。
後藤組には、それがなかった。だからエリスの状況は羨みよりも同情が強い。
彼女は仲間と競い合う友情も知らないまま、パイロット試験に挑むのだ。
軍は団体生活だと聞き及ぶ。
彼女がパイロットに無事なれたとしても、軍生活であぶれないと良いのだが。


ラストワンにきて、約二年。
不快な出来事も多かったが、ようやく安住の地を得られたとエリスは独り言ちる。
クラスの消滅と同時に、彼女の放課後授業は御劔のいる教官宿舎へと移された。
パイロット志願の気持ちがあるのか否かと言われたら、はっきり言ってゼロに等しい。
しかし、御劔高士の側で暮らしたいとエリスは強く願っていた。
ラストワンに転がり込んだのは、父親の元を逃れる苦肉の策だ。
ここしかなかったのだ。
試験要らずで入学できる上、文無しの少女が移動できる範囲での宿舎付きの学校は。
御劔は不思議な男だ。男でありながら、男を感じさせない。
彼には全てを話してある。
父親に性虐待を受けた過去や、パイロットになる気がないことも。
なのに彼はエリスを追い出したりせず、逆に優しく労わってくれた。
好きなだけ、ここにいていいと言ってくれた。
学校卒業後は御劔家で引き取るとも言われている。
ありがたく、従うつもりだ。
二度と実家へは戻りたくない。御劔と一緒に暮らしていきたい。
愛や恋ではない。いうなれば、人として好意を抱いた相手だ。
あのクラスの教官が後藤だった理由も今日、本人から直に教えられて納得に至った。
エリスと同じくパイロットに鼻毛の先ほども興味がなかった、あの二人。
ニカラとまどかを追い出すための策だったのだ、人間失格な後藤教官を担当にしたのは。
後藤春喜はラストワンの建物が崩壊した日、緊急搬送で入院した。
ニカラと香護芽に襲われたと本人が言っていたそうだが、逆ではないかとエリスは勘繰る。
恐らくはニカラが襲われているのを見て、香護芽は正義心で加勢したのだろう。
結果として、ラストワンはお邪魔虫だった人間全てを駆逐できた。
春喜は今もなお入院中だし、追い出したかった二人は勝手に自我崩壊して、あのザマだ。
エリスには同情したのに残り二人を追い出そうとした理由は、御劔本人に直接尋ねてみた。
曰く、「君は被害者だが、あの二人は加害者でもあった」のだと言う。
エリスは性虐待から逃げてきた被害者だが、まどかとニカラは他者へ危害を加えた過去があるのだと、学長は顔をしかめた。
入学にあたり、一通りは身辺調査をされていたようだ。
傷害事件は警察や報道に聞けば、簡単に調べられる。
御劔には、その手の情報網に関するコネクションも膨大にあった。
全ては親の代からの繋がりだ。
ニカラは両親を殺している。
当時の裁判では虐待の末の反逆殺人だと情状酌量が加えられ、死刑を免れた。
まどかの罪は数件に渡る窃盗、薬物、交通違反、爆発物所持、傷害だ。
ほとんどの裁判で敗訴し、しかも罰金を親の権威で踏み倒している。
両親は娘をラストワンに放り込んで、ベイクトピアから蒸発した。
まどかが令嬢だったのも、彼女に帰る家がないことも、今日初めて知ってエリスは驚いた。
エリスの家は普通の中流家庭だが、残念なことに父親が普通ではなかっただけだ。
ケア家は食卓にネズミの死体があがる貧乏家族、かたや赤城家は権力に守られたお嬢様とあって、同級生は双方ともに自分とは境遇の違い過ぎる輩であった。
何故この二人と同クラスだったのかは、誰に聞かずとも判る。
たまたま、同じ募集日にラストワンへ入学してしまっただけの縁だ。
募集のたびに入学希望者を三名で締め切るのだとは、御劔から聞いている。
つまりエリスが入学した回は、かなりの不作だったのだ。申し訳ない。
今からでも挽回は可能かと尋ねると、君が望むのであれば大丈夫だと御劔は答え、だが無理強いはしない、君の意思を最尊重するとも微笑まれた。
性行為には、今でも恐怖がつきまとう。
しかし御劔が相手であれば、恐怖は和らぐかもしれない。
先ほども言ったが、御劔は雄の野蛮な雰囲気を感じさせない。
彼ならば、エリスを怯えさせることなく優しく包み込んでくれるのではないか。
エリスが御劔に向けるのは、けして愛や恋ではない。
もっと原始的な感情だ。人が、誰かと仲良くなりたいと考える第一歩の。
その感情の始まりは己の能力、気配の判る能力を彼に話した日に聞かされた、御劔高士の出生にまつわる秘密も絡んでいた――


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