合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 シンクロニティ

放課後の授業が終わり、鉄男は格納庫へ足を運んでいた。
手探りでスイッチを探し、木ノ下が灯りをつける。
昼間は軍人や研究者、スタッフが調整にあたって賑わっているが、今は、どの機体も電源が落ちており、一層の静けさを感じる。
「さて……辻くん。君は以前カチュアがゼネトロイガーの頭部へ瞬間移動した原因を知りたいと言っていた。今、それを教えてあげよう」
話を切り出したのは御劔学長で、鉄男と木ノ下は適当な椅子に腰かける。
ここへ鉄男を呼びつけたのも学長だ。
木ノ下は鉄男を心配し、同行してくれた。
以前は『判らない』で切り抜けた話題を、自ら蒸し返すのは何故なのか。
天井を見上げて、少し考える素振りを見せてから、学長が話を続ける。
「あの時点では時期尚早かと思って伏せていたんだがね……今なら伝えても大丈夫だろう」
あの時と今とでは、シンクロイスの捉え方が大きく変わった。
ずっと敵視していた相手が、共存相手になったのだ。
一応のケリとして、決闘はする。
だが結果如何に関係なく、共存する方針で進められる。
いずれベイクトピアの国王も緊急会見を開いて、この旨を国民に伝える予定だ。
ベイクトピアのみならず、全ての国が大混乱となろう。
「まず、ゼネトロイガーを動かす能力を説明しておこう。我が校では念動力と教えているが、業界用語ではシンクロイズ、またはシンクロニティという」
自分の考えに没頭していた鉄男は、御劔の声で現実に引き戻される。
「えぇと、それはシンクロイスと何らかの関係が?」
木ノ下の質問に、御劔は笑って手を振った。
「いや、まったくの無関係、偶然だよ。学者界隈ではシンクロニティのほうが通説だね。思念と機能を同調させる――シンクロさせるという意味だ。この動かし方はゼネトロイガーだけの特権じゃない。同調で動かすタイプのロボットは、過去にも何機か設計されていた」
しかし、どれも形にならず、やがて構想自体が闇に滅されようとしていた。
そんな中で御劔はクローズノイスと出会い、彼の考案するシンクロニティに心を惹かれた。
クローズノイスの設計は、およそ地上の誰もが考えつかないようなものばかりで、そのせいで彼は周りの研究者から一歩退いて見られてしまい、あいつ変わり者だぜと陰口される立場にあった。
「無心で念じるといった構想が大半を占める中、特定の感情を同調させる彼の構想は全くの新しい発想だったんだ」
どこか遠くを眺める視線になっていた学長の目が、ゼネトロイガーに向けられる。
「ゼネトロイガーは知っての通り、煩悩を動力とする。彼の構想では他に怒りや殺意、憎しみなんてのもあったんだが、煩悩が一番ゲージの反応も良いと知ったんだ。しかも、だ」
こちらへ視線を向けてくる学長に、鉄男は身を堅くする。
「ゼネトロイガーには、作った私にも制御不能な機能があるんだ。これは、前にも言ったと思うがね。煩悩をエネルギーへ変換するメインシステムの中に、一つだけ不要な部分がある。いや、不要と言っては失礼か。設計図を残したクローズノイスに」
「不要な部分、ですか?それは一体」とオウム返しに木ノ下が尋ね、御劔は頷く。
「こちらの命令を一切受け付けないのに、機体の起動中は何かしらカタカタと動いている。どうやら『何かを学習している』ようなんだ。何かが、そのユニットに始終書き込まれている……だが、それが何なのかは判らない。開くといった命令すら通らないのではね」
あっと小さく驚いて、木ノ下が手を挙げる。
学長に促された彼が言うには。
「以前、シークエンスが言っていたんです。ゼネトロイガーからは生体反応を感じるって」
「生体反応?生物の脳を偽装した人工知能を埋め込む機構の話かい?いや、しかし、そんな物は埋め込んでいないよ。設計図を見渡しても、人工知能らしきユニットは見当たらなかったと記憶しているがね」
学長は頭を振り、鉄男の脳をシークエンスのキンキン声が貫く。
――違うわよ、生体反応じゃなくて生態パターンだってば!もう、進ってば、あたしの話を真面目に聞いてくれてなかったのね。酷いわ、ヨヨヨッ。
シークエンスと木ノ下が会話できた機会は、かなり前の話だ。
あれから色々ありすぎたし、多少内容が間違っていたとしても仕方あるまい。
脳内で木ノ下をフォローする鉄男に、シークエンスも妥協する。
生体パターンとは何だと鉄男が脳内で尋ねると、すぐに答えが返ってきた。
――あんたでも判るように噛み砕いて言うと、そうねぇ、特定の人物が持つ気配に応じて動くようにしてある機械といったところかしら?けど、あれは学長が後からつけた機能なんじゃないの。今、話している謎のユニットとは別物よね。
じっと無言で置物の如く微動だにしない鉄男にも、御劔が話しかけてくる。
「どうしたんだい、辻くん。彼女が何か思い出したのか?」
鉄男がシークエンスの話を告げると、御劔は顎に手を当てて感心したように呟いた。
「生紋システムに気づくとは、さすが我々の遥か上をいく技術のシンクロイスなだけはあるね。そうだ、ゼネトロイガーはラストワンに所属する人間だけが動かせるように細工してある。これはまぁ、防犯を兼ねた処置だったのだがね」
「盗まれる危険があったんですか!?」と驚く木ノ下に重々しく頷くと、御劔がゼネトロイガーを見上げる。
「珍しい機体だからね。それだけで盗難の対象にもなるさ」
ゼネトロイガーは特許を取っており、設計図も見る人が見れば価値が判るのだと言う。
「じゃあ、欲しかったら自分で作ればいいじゃないですか」
素人考えを木ノ下が口に出し、御劔には苦笑された。
「材料を集めて自作するのと人の物を盗んで売るのとでは、どちらが儲かると思うかい?盗みを働く連中はね、物品自体には興味がないんだ。興味があるのは、お金だけだよ」
それで、と話を戻して学長が二人を見つめる。
「最初の疑問に戻るが、私にも理解できない謎のユニットが、カチュアを機体の頭部及び内部へ瞬間移動させた原因ではないかと睨んでいるんだ」
「つまり学長の知る範囲で、ゼネトロイガーのメインシステムには人間を瞬間移動させるような機能など一つもないということですね?」
鉄男が念を押し、御劔もそれに頷くと、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「あまり回答になっていなくて、済まないね。いや、実は組み立て途中でも謎だったんだ、あの部分は。どことも線がつながっていないのに、これを組み込む必要があるのか?とね。まぁ、結局彼の設計図を多少アレンジした形で作ってしまったんだけど……」
――どことも繋がっていないのに、データが書き込まれているの?じゃあ、遠隔記録機能を持っているのかしら。
ぶつぶつ脳内で呟く声につられて、鉄男も考える。
クローズノイスは何故こんな物騒なものを設計したのだろう?
設計図を基にアレンジしたと学長は言ったが、元の設計図は何の道具だったのか。
――ボーンは多分、爆発させて消滅させる類が元よね。ゼネトロイガーの基盤となった設計図は元々小さかったようなことも言っていたから、やっぱり粗大ゴミを分解させる道具だと思うんだけど……
では粗大ゴミを片付ける道具と爆弾をミックスしたのが、ゼネトロイガーなのか。
爆弾はカルフも作れるそうだし、シンクロイスが爆弾を作るのは珍しくもないのだろう。
謎のユニットは、どちらに付属していたのか、やはり粗大ゴミを片付ける道具に?
悶々と考え込む鉄男の脳内で、シークエンスが突然大声を出した。
――判った!学長の言う謎のユニットって、多分ビューイーフィールドだわ!
脳髄まで響き渡る大音量のキンキン声に辟易しながら、それは何かと鉄男が尋ねると、シークエンスは弾んだ声で答えてよこす。
――作成者の知識を貼りつけた疑似知能よ。人工知能と違って学習できない代わり、作成者の思考を完全カバーしているから、要求に応じて疑似能力も作動できる!
疑似疑似知能と連呼されても、なんのこっちゃか鉄男にはサッパリだ。
こちらは研究者でもシンクロイスでもないんだし。
理解不能な説明に相槌すら打てない鉄男に焦れたか、シークエンスも言い直す。
――あーもう、これだから下等生物は……あんたでも判るよう簡単にいうと、ゼネトロイガーにはクローズノイスの思考が組み込まれているってこと。只のロボットじゃない、人の意思を持った機械だわ。ま、所詮は生前の知識でしかないから、学習はしないんだけど。
言われたことを二度三度と脳内で繰り返して、ようやく鉄男の脳が理解に達し「なんだって!?」と声に出して叫んだ彼に、木ノ下と御劔も注目する。
「ど、どうした、鉄男。またシークエンスが何か言ってきたのか?」
木ノ下に尋ねられ、今し方彼女から聞いたばかりの衝撃の事実を鉄男が伝えると、御劔は目を丸くする。
「なるほど、生物の思考を組み込むなんて真似も出来るのか。遥かに次元が違い過ぎて、追い抜ける気がしなくなってきたよ」
メイラが以前感じた絶望を学長も口にし、だが彼は、しかしとも続けた。
「今後の展開で友好関係を築き上げれば、我々の文化が大きく向上する。シンクロイスが我々の元へやってきたのは幸運だったのかもしれないね」
如何にも研究者らしい発言に、一般人の鉄男と木ノ下は引きまくりだ。
「いやぁ……そのせいで人が多々死んでいますし、幸運とも言えないんじゃあ……」
「ま、それはともかく」と、御劔は木ノ下の文句をあっさり流して話を締めにかかる。
「クローズノイスが頭脳になっているんだったら、カチュアが瞬間移動できたのにも納得だ。あれは彼の能力をコピーしたものだったんだね」
「シンクロイスの瞬間移動って、本人だけに適応されるんじゃないってことッスか?」
「結論付けるなら、そうなる。相手が判っている状況なら、誰でも好きな場所に飛ばせるんじゃないかな」
学長の推測に関して鉄男が脳内で確認を取ると、シークエンスも素直に認める。
――そうよ、物質から生命体まで現在地が判っているものなら何でもね。現在地が判らないものは無理だけど。例えばクローズノイス本人、とか。あいつもだけどイーシンシアも、どこでくたばっちゃったのかしらね。墓ぐらいなら作ってあげてもよかったんだけど?
二人が恐らく、もう生きていないのではないかとは鉄男も予想している。
生きていれば、必ず同胞と連絡を取るはずだ。
途中離脱したゾルズが、元同胞とコンタクトを取る役目を請け負ったように。
どんな外見なのかだけでも判れば、彼らの最後を看取った者を探せるのではないか。
――いいわよ、別に。今更再会したって、話すことなんて何もないし。死んだのが判ったって、それが何?
遺族からは淡白な返事が聞こえてきたが、鉄男は、なおも考える。
そういやラストワンの校舎が崩れ落ちた時に見つけた、人形の手は何だったんだろう。
生前のクローズノイスを知っていた学長は、もしやイーシンシアもご存じなのでは?
「辻くん、またシークエンスと会話中かな?そろそろ宿舎に戻ろうと思っているんだが」
御劔に話しかけられ、鉄男は質問で返す。
「ラストワンの校舎が崩れて、生き埋めになった時……不思議な物体を見つけました」
何を言おうとしているのかが判らず、黙して聞く二人に、なおも語りかける。
「等身大と思われる、人形の手でした。色白で、細い指の……あれは何だったんでしょう。それと、もう一つ。その近くは水浸しになっていて、分厚いガラスの破片が散らばっていて……観賞用の魚を飼育していたのですか?」
「人形って、もしかして!?」と叫ぶ木ノ下を横目に御劔は何事か考えていたようだが、「あぁ、そうか。あれを見つけたんだね」とポツリ呟いた。
「あれは、とある女性をモデルに作り上げた人体模型だ。彼女があまりにも綺麗だからってんで、当時の研究室長が設計を考案してね。数体作って、各地の研究所に飾っておいたんだったかな。確かシンクロイス研究所にも同じものが飾ってあるはずだ」
「なんでシンクロイスの研究所に?」
疑問を口にする木ノ下へ「シンクロイス関連だけじゃないよ。各地と言っただろう」と片目を瞑り、御劔は当時の思い出に馳せる。
「出来が良かったんだ。一つだけじゃ取り合いになりそうだったんで、いっぱい作って皆に配った。私も一体貰ったんで、水槽の中に入れて飾っておいたんだ」
「水槽の中に……?」と眉を顰める鉄男には、肩をすくめて付け足した。
「うん。そうしたほうが、より美しく見えたからね」
シンクロイス研究所で飾られていた人形も、水中に沈んでいた。
あれは、ああいう形で飾るインテリアなのだろう。一般人には解せない感覚だが。
鉄男は率直な感想を表に出しておく。
「シンクロイス研究所で、あの人形を見た時、俺は学長、あなたを思い出しました。あなたに似ているような気がしたんです」
「う〜ん、そうかな?私は、あそこまで美人じゃないと思うんだけどね。誉め言葉として受け取っておくよ」
まんざらでもない学長へ、さらなる質問を飛ばしたのは木ノ下だ。
「とある女性っつってましたよね。誰なんです?有名女優とかですか」
しばし腕を組んで考えた後、やがて御劔は笑顔を浮かべて疑問に答える。
「そうだな、ぼかしたところで意味がないか。彼女は女優ではないよ、一般人だ。クローズノイス氏の奥方で、イーシンシアという名だった」

一拍置いて。

鉄男の脳内ではシークエンスの驚愕が響き渡り、鉄男は精一杯両手で耳を抑え込む。
そんなふうにしたって声が遮断されるはずもないのだが、シークエンスの驚きは鉄男の様子経由で二人にも伝わったかして、御劔が朗らかに笑った。
「うん、私も後から知って驚いたクチだから、身内の驚きも判るというものだよ」
「俺だって驚きましたよ!?」と、目をまん丸くして木ノ下が叫ぶ。
「軍を退役したクローズノイスの、その後の行方を知る者は誰もいなかったんでしょうか」と尋ねる鉄男へは、御劔も頭を振って否定する。
「誰も彼を気に留めていなかったからね。何故あの場にいたのかも不思議な人物だった。私も仕事が忙しくて、彼らの行方を追うまではいかなかった」
学長が見ても天才だったのに、軍では空気扱いされていたようだ。
或いは、クローズノイスの発想を理解できるのが御劔一人だけだったのかもしれない。
この分じゃ、彼らの最後を看取った者を探すのも困難を極めそうだ。
身内も探すのに無関心なようだし、鉄男の好奇心も、ここで打ち止めだ。
灯りを消して格納庫を後にし、宿舎に戻ってきた三人は、学長の部屋で話を続ける。
「今日は一つ、ゼネトロイガーについて詳しくなったな。ベベジェがいつ、対決の告知を出してくるのかは判らない。だが、それまでに候補生全員が出撃できるようピッチを早めておこうじゃないか」
「しかし、進めるには各学級の座学が障害となります」
難色を示す鉄男には、学長が一つの案を出す。
「緊急事態なんだ。これまでと同じように授業を進めていたんじゃ間に合わない。そこで、座学の進み具合でクラスをまとめて一気に教えてくスタイルへ変更する」
クラス枠を取り除き、座学より技術を優先して教えていく方針に切り替えると言われ、鉄男は、ますます眉間の皺を濃くするのであった。


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