合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 ベルトツリー攻防

差し向いに、かき氷を食べていたかと思うと、今度は立ち上がって各階止まりのエレベーターに並ぶ二人を遠めに眺めて、ギリィと歯ぎしりしたのは一人や二人ではなかった。
「ちょっと、何考えてんのよカルフの奴ゥ」
怒鳴りだしたいのをギリギリで堪え、マリアが爪を噛む。
隣のベンチに腰かけた相模原も、しきりに貧乏ゆすりでベンチをギシギシ鳴らしながらエレベーターに並んだ人の列を眺めた。
「まずいわよ、あっちに並ぶってことは宿泊するつもりじゃない。カルフに辻教官がヤられちゃうわ」
各階止まりのエレベーターに並ぶ列は長い。
並んでいるのはカップルだけではない。家族連れも多い。
宿泊部屋の他にも、お土産屋やキッズルーム等があるからだろう。
そう簡単に鉄男の順番は回ってこないが、並んでいる以上、宿泊所に連れ込まれるのも時間の問題だ。
「待って待って、決めつけるのは早いって。もしかしたら、お土産が欲しいだけかもしれないし?」との楽観的な発言は飛鳥だが、まどかは、ちらりと正面に腰かけたデュランを見やり、それはないなと緩く首を振る。
自分がカルフなら、絶対鉄男を誘って宿泊所で一泊するだろう。
彼を確実に、自分のカレシとする為に。
なにしろ辻教官は今や乃木坂教官よりもモテモテな大人気、ライバルは多い。
せっかく彼を連れ出せても、お土産を買って帰るだけの健全なデートで終わらせてしまっては、他の女に取られかねない。
それにしても……と、まどかの意識は件の宿泊所へ向かう。
尾行目的で来たんじゃなかったんなら、自分も一泊してみたかった。
噂によると、ラブホテル並にカップル御用達の道具が充実した施設らしい。
泊れるのは恋人ないし夫婦のみとなっている。
もちろん、泊る相手はデュランだ。
現時点では恋人でも夫婦でもないが、恋人だと偽って泊ってしまえばよい。
恋人であることに、資格も免許も必要ないのだから。
デュランも横目でエレベーターの列を伺い、ぼそっと囁いた。
「極力、部屋を取る前に阻止しよう。無断外泊は、さすがに褒められた行為じゃない」
鉄男とカルフがデートする――
貴重な情報をラストワンの候補生たちに教えてくれたのは、デュランだ。
鉄男ないしカルフに興味のある子だけが、尾行すると宣言した彼に同行した。
「なら、今から並んだほうが良いのではなくて?」
意見を発するエリスを見やり、デュランは軽く手を振った。
「いや、阻止するなら後ろに並ぶよりも横から割って入ればいい」
「でも、お土産屋に行くだけだったら、どうすんの?」
あくまで自説を曲げない飛鳥にも、彼は物憂げな表情で答える。
「土産を欲しがるようには思えない両者だがね……それを確認するためにも、横入は必要だ。よし、エレベーターに乗り込まれる前に声をかけるとするか」
気が向かないながらもベンチを立ったので、皆もデュランに倣って立ち上がる。
彼らとは離れた場所に陣取るシンクロイス一行も、鉄男とカルフの動きを見張っていた。
各階止まりのエレベーターに向かう二人を見てシャンメイが額に青筋を浮かべるのを横目に、ロゼもベベジェへ確認を取る。
「カルフは泊りを選んだ。個室へ入られる前に捕まえないと面倒だぞ」
「あぁ。だが連中も同じ方向に動いている」と、ベベジェ。
鋭い眼光が見つめる先には長蛇の列へ近づいていく団体様、ラストワンご一行がいた。
どうする。
今、このチャンスを逃したらカルフは二度と見つかるまい。
だがラストワンの連中も狙いは、あの二人だ。
戦いが起きるのを前提で話しかける他あるまい。
「行くぞ」と呟き、ベベジェが腰を上げる。
同時にロゼとミノッタが列の前と後ろへ素早く駆け寄った。
「おい、なんだよ、お前。ちゃんと並べって!」
先頭で箱を待つカップルの片割れが声を荒げて追い払うしぐさをしても、ロゼは動ぜず睨み返しただけだ。
「な、なんだよ、その目。文句あるのか!?」
しかし、鉄男には先頭での騒ぎに気を取られる暇もなかった。
横から走り寄ってきた大男にカルフがぐいっと引っ張られ、カルフに腕を掴まれていた鉄男ごと列から引っ張り出したとあっては。
何をするんだと文句を言う前にカルフが「ベベジェ!?」と大声で叫び、鉄男は更に後方から肩を掴まれ引っ張られる。
鉄男を後方に引っ張り寄せたのはコートの襟を立てた男だが、それよりも問題は目の前に堂々と現れたシンクロイスだ。
鉄男は咄嗟に怒鳴った。
「カルフを離せ!」
怒鳴ったばかりか背後の男を振り切りベベジェに近づくと、その腕をバシッと払い、カルフを自分の元に抱き寄せる。
「なんだと!?」と驚くベベジェを睨みつけ、さらに怒鳴りつけた。
「有無を言わせず無理やり拉致が貴様のやり方か?そんなだから、カルフにも嫌われるんじゃないのか!」
列に駆けつけたマリアたちも仰天する。
白昼堂々のシンクロイス襲撃には肝を潰されたが、もっと驚いたのは鉄男の行動だ。
なんとベベジェからカルフを奪い取り、説教をかましたのである。
「そーだ、そーだ。話し合いもせずに一方的だから、嫌いなんだぞー」と、カルフも鉄男に抱きかかえられた格好で調子に乗っている。
周りの野次馬も見守る中、ベベジェは瞳を赤く光らせ、低い声で威嚇してきた。
「辻鉄男。カルフの要求だから命を取らずにおいたが……カルフを返さぬというのであれば、死を覚悟してもらおうか」
鉄男も負けじと睨み返し、はっきり言い放つ。
「カルフを返さないとは言っていない。だが、引き取る前に喧嘩で侮辱した件を謝るべきではないのか」
「我々の間で起きた確執は、貴様には関係のない話だ」
「無関係ではない。カルフがこうして俺達の元へ逃げ込んできたとあっては」
正確には逃げ込んだのではなく、なし崩しに来てしまっただけなのだが、ここで細かに説明する必要もあるまい。
なにしろ無関係な野次馬に囲まれてのやり取りだ。
傍目には少女を取り合っての三角関係か、或いは家出少女を匿うオッサンと父親の対決だ。
ベベジェの目的が鉄男ではなくカルフだと判り、マリアは亜由美に小声で囁く。
「ねぇ、なんで鉄男はカルフを庇ってんの?さっさと引き渡したほうが安全なのに」
亜由美は両者をじっと観察し、同じく小声で推測する。
「カルフさんとベベジェさんが喧嘩したのを気にしている……っぽい?」
「なんで、そんなのが気になるのよ。そんなの、あいつらの問題じゃない」
そう言ってしまえば、そうなのだが。
喧嘩がカルフの家出の原因だとすると、仲直りの話し合いもせずに連れ戻そうとするベベジェに辻教官が反発を持つのも判らないではない。
が、しかし。相手はシンクロイス、世界で一番危険な相手だ。
彼らの間で起きた諍いなど我関せずで、さっさと引き渡すのが正解だろう。
今は睨み合っているだけだが、これ以上抵抗したら、本当に殺されかねない。
カルフも亜由美と同じ結論に至ったのか、先に牽制する。
「ベベジェ、言っとくけど。ここにいる奴らの誰か一人でも殺したら、僕は永遠にお前らの元には帰ってやらないからな」
「何故だ?」
当然の疑問をベベジェが口にし、カルフは小馬鹿にした軽蔑の眼差しを彼に向けた。
「決まっているだろ、鉄男が嫌がるからだよ。僕の愛する番の気分を害する真似は、よしてもらおうか」
「ま……まだ番ではない」
間髪入れず突っ込んでくる鉄男へ「まだ?ってことは、いつかは番になってくれるんだ」とカルフは嬉しそうに微笑み、「ち、違う!今のは言葉のあやだ」との弁解は聞き流し、ベベジェへ振り返る頃には挑戦的な笑みに戻った。
「僕に帰ってきてほしかったら、まずは土下座して謝れよ。ごめんなさいカルフ、俺が間違っていましたってなァ!」
「ぐっ……カルフ、貴様……!」
言葉に詰まるベベジェを押しのけ、一歩前に出たのはシャンメイだ。
本日はお団子頭ではなく、金髪を幾つもの三つ編みで垂らしている。
「カルフ!あなた、本気なの?本気で、そこの下等生物と添い遂げる気!?もうやめなさい、これ以上ベベジェを怒らせたら、あなたまで殺されちゃうわ!」
そこの下等生物と指をさされて鉄男は多少むっと気分を害したものの、彼女がリーダーを押しのけてまで何を伝えたいのかが気になったので、余計な口を挟まず次の言葉を待つ。
「生殖が上手くいかなかったのはロゼが証明したじゃない!下等生物と試したって、どうせ結果は同じよ!もう諦めて、私たちの処へ戻ってきて!!あなたがベベジェに殺されるところなんて、見たくない!」
どれだけ必死にシャンメイが叫んでも、「ベベジェが素直に謝るんだったら戻ってやるさ」とカルフは自分の主張を曲げる気が全くない。
素直に謝れないベベジェもだが、カルフも相当な意地っ張りだ。
「それよりも――」
じろりとカルフはシャンメイを睨みつけ、吐き捨てる。
「今、僕の鉄男を侮辱したな?下等生物だなんだと」
「ハ?下等生物は下等生物でしょ。あなただって以前は、そう解釈してたじゃない」
「以前は以前、今は今だ。鉄男はもう、下等生物じゃない。僕の大切な恋人だ」
「何言ってるの?そいつは生殖を試すだけの実験台だって、あなたが――」
その続きを、シャンメイは言わせてもらえなかった。
何かが彼女の体内で次々と破裂して、言葉の代わりに大量の煙を吹き出し、体を九の字に折り曲げる。
「カルフッ!」
怒声がベベジェの口を飛び出した瞬間、近くを囲んでいた野次馬の頭が一斉に飛び散った。
血飛沫と頭皮が四方に吹き飛び、展望台は瞬く間に悲鳴と恐怖で大混乱となる。
「カルフ!?」
驚かされたのは野次馬だけではない。一緒にいた鉄男やマリアたちもだ。
ベベジェが仕掛けてくるとばかり読んでいたら、まさかのカルフが先制攻撃とは。
何をどうやったのかは判らないが、シャンメイが煙を吹いた原因はカルフだ。
その仕打ちにキレて、ベベジェが周囲の人間の頭を吹き飛ばした。
あわよくば戦闘回避できればと思っていたが、止めるのであればシンクロイスが現れた時点で行動を起こすべきであったとデュランは臍を噛む。
彼らが展望台にいたのに気づけなかったのは、デュランとしても腑に落ちない。
生き物は必ず気配を持って生まれる。
なのに今、ベベジェとシャンメイからは何の気配も感じられない。
「気配を消す装置を持っているのね……そう、それで私たちの目をごまかしたの」
呟いたのはエリスだ。
恐らくは軍の持つジャミングと同じものを、彼らも作ったのか。
奴らも気配を隠して動けるとなると、忌々しき事態だ。
一刻も早くベイクトピア軍に知らせなければ、第二第三の惨事が起きかねない。
懐から通信機を取り出し、小声で軍とやり取りするデュランに注目する者は誰もいない。
恐怖に怯える野次馬もラストワンの候補生たちも、カルフとベベジェの戦いから目を離せずにいた。
注目のカルフは鉄男の側を離れ、声高に宣言する。
「子供が生まれようと生まれまいと、お前らとは決別するって決めたんだ!首根っこをベベジェに掴まれての生活なんて、もう、うんざりだ!!」
辺り一面を真っ赤に染めて、ベベジェもぼそっと言い返す。
「カルフ、最後の最後で気が合うな。俺も貴様の我儘につきあうのに、うんざりしていたところだ!」
カッとベベジェが目を見開き、一歩も動けない鉄男の正面で何かがパァンと軽い音を立てて弾ける。
「無駄だ!鉄男に危害を加えることぐらい、僕が予想しないと思うのか!?」
肉眼で見えないものが鉄男目掛けて飛んできて、そいつを、これまた見えない何かでカルフが弾いたのだ。
きっと野次馬の頭を次々打ち抜いたのも、これと同じ攻撃だ。
叫ぶと同時に何かを飛ばした。結果、棒立ちの野次馬は次々と殺された。
シンクロイス同士の戦いは初めて見たが、あまりにもハイレベルで、どうにもならない。
相手の攻撃に解析と対策ができるのは、彼らと同じシンクロイスだけだろう。
カルフとベベジェは睨み合い、先に動いたのはベベジェだ。
両者の間には激しく爆発と閃光が瞬き、肉眼では何が起きているのか全く判らない激闘だ。
彼らが移動してくるたびに野次馬も逃げ惑い、余波で弾けて飛び散り粉々となったガラス窓が周囲に降り注ぐ。
「カ、カルフ、ベベジェ、駄目っ……」
げほっと黒煙を吐き出して苦しそうなシャンメイの制止など、二人の耳には入っていまい。
代わりに彼女の元へ駆け寄ってきたのはミノッタで、肩を貸してやる。
「大丈夫か、シャンメイ。一度撤退しよう。このままじゃ、お前が死んじまう」
「わ、私は平気……じゃないけど、カルフが、カルフがっ」
シャンメイはゲホゲホ激しくせき込んでおり、煙ばかりではなく血まで吐いていて、仲間じゃないのに気になってしまう。
鉄男も側に近寄って、反対側から抱えてやった。
「ここにいても、巻き込まれるだけだ。怪我人は下がったほうがいい」
「は!?お前、何やってんの?」
驚くミノッタに続き、シャンメイも鉄男をちらりと見、しかし彼女は何も言わずに鉄男に身を預けてくる。
いや、近づいた拍子に小さく耳打ちした。
「私のことはいいから。あんたが喧嘩を仲裁してよ。悔しいけど……あんたの言うことじゃないと、あいつ、聞きそうもないみたいだし」
あいつとは聞き返すまでもない、カルフだ。
喧嘩を止めたいのは山々だが、はたして頭に血がのぼったカルフを自分が止められるかと考えると鉄男も自信がなくなってくる。
無言の鉄男を再び促したのは、ゆっくりした足取りで近づいてきたロゼだった。
「大丈夫だ。どれだけ戦いに白熱していようと、カルフが我を失うことはない。ベベジェは多々失うので、カルフに嫌気が差すのも道理だがな」
「オイオイ、カルフの離反に納得すんなよ」
苦笑いのミノッタにも、ロゼは淡々と応える。
「あの二人は火に油だ。いずれ決別するのは予見できていた」
鉄男は仲裁を約束する代わり、ロゼに尋ねた。
「ベベジェはカルフを諦められると思うか?」
「諦められずとも、去られれば納得せざるを得ない。始末しようとは考えるだろうが」
「今まさに始末しようとしてんじゃないの?ありゃ〜マジだぜ」
上を見上げて、ミノッタも呆れたように呟いた。
カルフが壁を蹴ってベベジェの懐に飛び込み、何かが激しく破裂する。
そいつを紙一重で避けたベベジェがカルフに何かを投げつけて、直前でかわされたか弾かれたかして、大きく狙い外れて天井で爆発した。
爆発に爆発の嵐で、お互い瞬時に爆発物を作り出しては投げあっていると思われる。
鉄男も見上げているのに気づき、ロゼが鉄男の脳裏に浮かんだ疑問へ補足した。
「我々は爆発物以外も作れるが、同族での戦いは爆発物が一番殺傷力の高い武器となる」
知っているか?と、ロゼは薄く笑う。
「どんなに強力な武器にも必ず相対する物が作れる。だが、効果が単純であればあるほど相対する物は作りにくい。爆発物が良い例だ。防ぐよりも同じ物で攻撃したほうが効率がいい。防ぐだけでは勝てないからな」
「……何故それを、俺に?」
首を傾げる鉄男へ「お前がカルフと番になるのは、我々との敵対を意味するからだ」と嘯き、しかしとも続ける。
「お前が上手く喧嘩を仲裁できれば、敵対は回避できる。カルフを我々の元へ戻るよう説得しろ。それが出来るのは、現状では辻鉄男。お前しかいない」
カルフをシンクロイスの元へ戻せば拉致誘拐が再開して、人類の平和が脅かされ続ける。
だが、今の喧嘩を止めないことには、見物客の命はおろかベルトツリーまでもが崩壊させられかねない。
誰かが気を利かせて軍を呼んだとしても、到着するまでに時間がかかる。
到着したとして彼らの戦いを止められるかと言われたら、これも無理だ。
陸戦機でなければ、人類はシンクロイスと対等に戦うことも出来ないのだから。
普通に呼びかけても、シャンメイ同様、無視される可能性が高い。
どうすれば、こちらの言うことを聞いてくれるのか。
カルフが、この場で最も恐れているのは鉄男の死だ。
ならば、こうするのはどうか。
鉄男は割れたガラス窓の側まで駆け寄ると、精一杯の大声で怒鳴った。
「カルフ!今すぐ喧嘩をやめろ、やめないと、俺はここから飛び降りて自殺する!!」
「え?」となったのはミノッタだけではない。
鉄男の説得にあたったシャンメイやロゼ、成り行きを見守っていたマリアや亜由美たち、それからデュランも通信の途中でポカンとなって鉄男を見つめる。
「鉄男?何をしようってんだか知らないけど、ベベジェを倒すまで、どこかに退避しといてくれよ。ここは危なくって仕方がない」
そいつは、カルフの気が逸れた一瞬を狙った攻撃だった。
ベベジェの指先から放たれた僅か三ミリほどの小さな鋲は、違わず斜め上からの角度で鉄男の胸を貫き、窓の桟に足を掛けようとしていた彼の動きを止めさせる。

時が、止まった。


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