合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 情報交換

「前に来た時は、高い場所に登って景色を眺めて何が面白いんだと思ったけど……」
ガラス窓に手をつけて、カルフが眼下を眺める。
「改めて、お前らの無駄な文明には驚かされるね。あの山は人工物なのに、ご丁寧にも雪が積もっている。地下でありながら地上の天候を演出するなんて、僕らの常識では考えられない道具の無駄遣いだ。だが、同時に新発見でもある」
満足げに、ほぅっと溜息をもらす姿は、おのぼりさんな少女に見える。
しかし中身はシンクロイス。言っていることも、微妙に変だ。
周りのカップルに聞き耳を立てられていやしないかと、鉄男はハラハラした。
不審者然に周りを見渡す彼の腕を、カルフが引っ張る。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。周りの連中は相方しか眼中に入れていない」
「なら、いいが……あまり奇妙な話を振らないでくれると助かる」
ぎゅっと胸に鉄男の腕を抱え込み、カルフはしきりに促した。
「な、あれ食べようぜ。ここの名物なんだろ?かき氷っていうんだっけ。ロゼが気に入ってたんだ。あの青いのが特に美味しいらしい」
「お前らもベイクトピアの食べ物を……?」
「何、驚いてんだ。シークエンスから聞かなかったのか?器に乗り移った後は味覚が、お前らと同じになるんだ。なら、美味しいものと不味いものを調べておくのは基本だろ」
種族繁栄と生存方法しか考えていなさそうなシンクロイスが、ちゃっかりベイクトピアの食べ物を楽しんでいたことに驚いた。
だが、考えてみれば彼らは、ここへ永住するつもりでやってきたのだ。
原住民の作った娯楽や文化に親しむのは、当然の行為と言えよう。
「ロゼは、どこでかき氷を……?ここで食べたのか」
「いや、祭りの屋台ってので食べたらしい。僕は一緒に行かなかったんだけどね。全色試して、青が一番美味かったんだそうだ。鉄男も食べたことは、あるのかい?かき氷」
ぼそぼそと話す鉄男の真正面にカルフが座り、窓際のテーブルに陣取る。
ここからでもベイクトピア地下街の街並みが見える。
無駄な文明と言いつつ、カルフは展望台がお気に召したのではないか。
「ニケアにいた頃にも食べたが、ベイクトピアのかき氷は別物だ」
「へぇ、ニケア。ニケアってのは別の国だったか、確か。ふぅん……そうか鉄男、お前はベイクトピアの生まれじゃなかったんだ。だから、他の奴とも距離があるんだな?」
よく知りもしない相手にしたり顔で納得されては、鉄男も黙っていられない。
「距離があるのは国が違うからじゃない。俺が……距離を作っていたんだ」
乃木坂もツユも剛助も、それから学長やスタッフだって全員悪くない。
候補生にしても、そうだ。
ラストワンに所属する人々と鉄男との間で距離があるように見えるとすれば、自身が壁を作っていたからに他ならない。
『出身国が違うから仲が悪い』などと妙な誤解をされたくなかった。
ベイクトピアは他国と比べて、余所からの移住者を広く受け入れている。
こちらへ移住してからは、出身国の違いで争う人も、あまり見た記憶がない。
ニケアは酷かった。
他国より数倍は鎖国意識が強く、彼らは愛国心と言い換えていたが、他国籍に対する風当たりが強い国民性に何度となく、うんざりした。
ベイクトピアに来てニケア人であることを理由に絡まれたのは、ラストワンで面接を受けた際に出会った鉄柳ヒロシの一件だけで、他は全くない。
移住者の二世、三世が珍しくない国である。
他国出身を問題にしていたら、政治も回るまい。
「ニケアには、お前みたいに綺麗な黒髪の人間が大勢いるのか?」
全く違う質問が飛んできて、鉄男は一瞬ポカンとなる。
「いや、ベイクトピアはピンクだ赤だ紫だとカラフルな髪の毛が多くて鮮やかでいいんだけど、真っ黒の黒ってのも逆に目立つなぁと思ってさ。ロゼも前は黒髪美人の器だったんだ。けど、黒髪は数が少ないのか新しいのが見つからないって、ぼやいていたぜ」
黒髪が目立つかどうかなど、鉄男は今まで気にしてもいなかった。
ベイクトピアにはニケアからの移住者も多い。
ラストワンでもメイラや木ノ下などの移住一世が多々いたので、黒髪はベイクトピアに溶け込んでいるとばかり思っていた。
だが、それよりも、もっと気になる点がある。
「先ほどから、やたらロゼの話をしているようだが……お前は、ロゼと仲が良いのか?」
「なんだい、いきなり。嫉妬してんのか?」
ニヤニヤ笑顔で返されて、「違う!」と少々大声で叫んだ後、鉄男は取り乱したのを取り繕うように、小声で言い足した。
「仲が良いのであれば、飛び出したことを謝るべきだと思ったまでだ」
思わぬ気遣いに、今度はカルフの目が点になる番だ。
散々シンクロイスを敵視していたくせに、こちらの友好関係を慮ってくるとは。
ますます鉄男が愛おしい存在に思えてきて、知らずカルフの胸には温かい感情が広がった。
この星に来てからというものの、原住民の生態系問題に振り回されることが多くて嫌になりかけていたけど、久々の朗報だ。
だがまぁ、鉄男の気遣いは杞憂にしか過ぎない。
「あ〜……気にしてないんじゃないかな、ロゼは。ベベジェは当分ご立腹だろうけど」
ロゼはマイペースだから誰がいなくなろうと気にしないだろうし、ベベジェが主張を、おいそれと曲げるような奴ではないのはカルフも重々知っている。
母星にいた頃、あいつらと上手く共存できていたのは、全部クローズノイスの功績だ。
まとめ役がベベジェに切り替わってからは、数段居心地が悪くなった。
この星に辿り着くまでにだって何度喧嘩したか、数えきれないほどだ。
「ロゼはさ、いろんなものを見つけてくるのが好きなんだ。あいつ、気まぐれだからな。情報アンテナとして重宝していただけで、別に仲良しってんじゃないから安心しろよ」
生き残った仲間は、どいつもこいつもカルフの好みじゃない。
仲間同士での生殖を試したのは、ロゼとベベジェだ。
ロゼがベベジェとヤると聞いても、カルフには何の感情もわかなかった。
ただ、出産後の魂なき肉塊出現には大層驚かされたのだが……
「ミノッタは……どうなんだ?」
「んん、ミノッタも仲良しってほどの仲じゃない。僕よりはゾルズやレッセと仲が良いんじゃないか、あいつは。まぁ、レッセは、お前らに負けて行方不明になったけど」
それよりも、と席を立って、カウンターに並ぶ。
「鉄男も青いのでいいかい?かき氷、注文しといてやるよ」
話に夢中で、すっかりかき氷を忘れていた。
本当は、こういう場では男側の自分が、さりげなく注文しておくべきなのだろう。
他のカップルを見ても女が席取りに回り、男がカウンターに並ぶ担当だ。
注文を女側に任せて、どっかと腰掛けている男なんて、自分ぐらいなものだ。
「あ……すまない。青いので、いい……」
鉄男は猛烈恥ずかしくなり、俯きがちに頬を染める。
恥じる様子を遠めに眺め、可愛いなぁとカルフは考えた。
他生物を慈しむ気持ちが、これまでのシンクロイスになかったわけではない。
だが、器候補の生き物に恋をしたのは初めてだ。
最初は自分でも驚いたが、今は、これが自然なんだと受け止め始めている。
鉄男は器候補ではない。番候補だ。ならば、彼に恋する自分も変ではない。
周りを見渡せば、未来の番と思わしき連中は揃って一つのカップに二つスプーンを突っ込んだり、お互いにアーンと食べさせあいっこしたり、豪の者になると人前を憚らずに口移しで味わったりしており、この星の原住民は近距離で愛を誓いあう種と伺える。
この星で永住するつもりなら、原住民の儀式に乗っ取らねばなるまい。
鉄男は、どの手法がお好みなんだ。
かなり恥ずかしがり屋のようだし、口移しは止めておくのが無難か。
注文を終えたカルフが戻ってきて、質問も再開する。
「黒髪のお前とピンク髪の女とで性交したら、子供は何色になるんだ?」
「決まった色はない」と答えながら、鉄男は眉間に皺を寄せて小言を垂れる。
「そういった性的な話は公でするな。俺達と共存したいのであれば」
「ハイハイ。お前らは種族ごとシャイなんだね」
カルフに反省の色はなく、だんだん頭が痛くなってきた。
種族の違いとは、かくも常識の差が歴然としている。
そもそも常識とするルール自体が違うのだから、双方の理解は困難を極める。
それでも、乗り越えなければいけない問題だ。こと、鉄男の現状に至っては。
「鉄男の好みの女性って、どんなのだ?できるだけ希望に沿って演じてやるよ」と、なおも軽口を叩いてくるのを遮って、鉄男は逆に質問する。
「お前は、その、前の器では男だっただろう……その時は、どんな異性が好みだったんだ?」
「異性ってのは、要するに相対する性別?」
きょとんとしたのも一瞬で、カルフは肩をすくめて景色を見やる。
「だったら、いないよ。仲間にも原住民にも、これといって気に入った奴はいなかった。お前が初めてなんだ。番になりたいとまで思った相手は……」
「仲間にも、いなかっただと?では生殖後の異変には、どうやって気づいたんだ」
自分で性的な話をするなと注意しておきながら性的な話を振ってきた鉄男に苦笑しつつ、カルフは素直に教えてやった。
「あぁ、あれは仲間が試したんだ。僕は当時男の器だったからね、自分で産むなんて考えもつかなかったよ」
「では何故、男から女に乗り移り換えた?前の器が死ぬなり傷つくなりしたのか」
じっと鉄男を真正面から見つめて、カルフが答える。
「お前が気になったから、だよ」
言われた意味を鉄男が反芻している間に、かき氷が二つテーブルに置かれる。
シャクシャクとスプーンで氷をかき混ぜて、カルフは茶目っ気たっぷりに笑いかけた。
「ほら、悩んでいないで。かき氷がきたぞ。鉄男は、どうやって食べるのが好きかい?お前が僕に食べさせてくれるのか、お互い口移しで食べるのか、それとも僕がお前を食べさせてあげようか?」
なにやら穏やかならぬ食事方法が聞こえてきて、鉄男の思考も中断する。
スプーンを差し出してのアーン攻撃なら以前マリアにやられたが、かき氷を口移しするカップルなど、未だかつて見た記憶がない。
だが無言でカルフに指をさされ、さされた方向を見てみれば、今まさにキスでかき氷を楽しむ熱愛カップルが視界に入り、鉄男を再び頭痛が襲う。
「……俺は普通に食べるのが好きだ」
仏頂面で答える鉄男に「そうなんだ」と笑い、カルフは自分のかき氷を一口ぱくりと食べて驚きの表情を見せる。
かき氷の初体験はどうだと尋ねるまでもなく、大声ではしゃぎ出した。
「なんだ、これ!美味しい!初めての食感だ、まるで雲か綿を食べているような……うぅん、これは是非ともレシピを教えてもらわないと。僕の好物の一つに加えておこう」
「料理をするのか?……作れるのか?」
訝しむ鉄男に「もちろんだよ」と満面の笑みで応え、そうだとカルフは手を打つ。
「この星でも、いろんな料理を覚えたんだ。今度、そうだな、次に空いた時間で構わないけど、よかったら鉄男にも作ってやろうか?」
よかったら、なんて気を回してくるとは珍しい。
カルフが鉄男に何かしようとする時は、ずっと選択の余地がない強制ばかりだったのに。
この一週間、全く会わずにいた間に心変わりがあったのか。
彼――いや、今は彼女と呼ぶべきか。
かき氷を食べてキャッキャと喜ぶ姿は、まさしく彼女だ。
鉄男とカルフはベルトツリーへ遊びにきた年の差カップルとして、かき氷屋の店長にはカウントされたに違いない。
前にも年下の女子と遊びに来ているから、女をとっかえひっかえ自由な身分だと思われたかもしれない。
勝手にかき氷屋店長の心情を想像して、鉄男は憂鬱に落ち込んだ。
「どうしたんだ?急にむっつり黙っちゃって。ま、お前は元々口数が少ないみたいだけど」
「お前は……」
ぼそりと鉄男が言葉を吐き出したので、カルフは耳を傾ける。
「仲間との仲は普通だったようだが、日常は、どうしていたんだ。主に仲間と何を話していた?お前の趣味や好きな話題が知りたい」
「へぇ」とカルフは小さく呟いて、まじまじ興味深げに鉄男の顔を見つめてくるもんだから、鉄男は、どんどん羞恥が増していく。
シンクロイスの常識で測ると、今のは、おかしな問いかけだったのだろうか?
マリアや亜由美なら、同じ質問に嬉々として答えてくれたのだが……
これまでポンポン即答していたのに、どうして今回の質問には素早く答えてくれないんだ。
鉄男が痺れを切らす直前になって、ようやくカルフが口を開く。
「ごめん。僕に興味を持ってくれたんだってのが、はっきり判って嬉しくなったんだ」
カルフの頬も、ほんのり赤く染まっており、茶化した様子は見受けられない。
これまでの問答を何だと思っていたのかと問えば、「シンクロイスの生態について興味を持っているのかとばかり思っていたよ」とカルフは頷き、改めて先の質問にも答えらしきものを聞かせてくれた。
「僕の好きな話題か。僕が今一番興味あるのは、お前だけど、それ以外でと言われたら、そうだなぁ……新しい料理レシピと道具考案だ。クローズノイスは知っているだろ、シークエンスの父親だ。あいつみたいな発想王になってみたい」
――ハ!カルフが発想王?笑わせてくれるわね、爆弾を破裂させるしか能がない癖に!
いきなりシークエンスが反応し、鉄男はビクッと体を震わせる。
カルフも気づいたか、小馬鹿にした表情を浮かべてシークエンスを嘲った。
「おや、名前を出したら反応するのか。ベベジェの作る黒人形みたいな奴になってしまったね、シークエンスも。まぁ、クローズノイスみたいなってのは我ながら大言壮語すぎたな。あれと同等になるのは不可能だ。僕だけではなく、僕以外の誰でもね」
「そこまで偉大な人物だったのか?」
鉄男の疑問には、カルフとシークエンスの双方が同時に答える。
「偉大も偉大、シンクロイスじゃ唯一の天才と呼んで差し支えない人物だ。時空移動を最後に消息が知れなくなってしまったけどね、僕は今でも彼が何処かで生きているんじゃないかと疑っているよ」
――皆が言うほど偉大な人じゃなかったわよ。トイレで書物を読み始めたら一時間出てこないのはザラだし、料理は壊滅的にヘタクソだったし、食事中に屁はこくし!
他人と家族とでの温度差か。
娘にはダメオヤジの烙印を押されていても、他人から見れば天才であったようだ。
他人の噂経由でしか知りえない相手だが、鉄男も会ってみたいと思う。
だが娘へのコンタクトがないのを見るに、やはり彼は死去したと考えるのが妥当だ。
そういえば――父親の話は散々出るのに、母親の話を聞いた覚えがない。
シークエンスが家族の話をしてくれたことは、これまで一度もなかった。
シンクロイスは乗り移りで長寿を得る種族だそうだが、カルフにも両親がいたはずだ。
カルフの家族は、もう生きていないのだろうか。
ぼんやり考える鉄男の脳で、シークエンスが荒ぶる。
――カルフの親だったら、フーリゲンと一緒に吹っ飛んだんじゃないの?あいつら、老人は星を出るのに最後まで猛反対していたもんね。で、何?カルフの身辺調査をするついでに、あたしの個人情報まで知ろうってぇの?残念!教えてあげないっ。
荒ぶったのを最後に、何度脳内で話しかけても返事がない。
さすが、仲間内で嫌われる超マイペース精神である。
と、悪口も添えてみたが、やっぱり反応しない。
シークエンスは、ふて寝体制に入ってしまったようだ。
「やっと寝たかい?シークエンスとの共存なんて、早く辞めるべきだと強く提案するよ。鉄男には僕がいるんだ。あいつは、もう必要ないだろ?」
「そうもいかない」とだけ答え、鉄男は思い浮かんだ疑問をカルフにぶつける。
すなわち、クローズノイスの妻は誰なのか?
カルフは、あっさり答えた。
「誰ってイーシンシアだけど。あ、お前は知らなくて当然か。シークエンスが家族の話をするとは思えないもんな」
どうして?と無言で尋ねる鉄男に、小さく溜息を漏らす。
「あいつの家族コンプレックスは凄まじいからね。僕が二人の子供だったら自慢していた処だが、あいつは自分と親を比較していじけてしまったんだ。比較したって意味がないのにね。だって両親揃って生まれつきの天才だぞ?最初から、かないっこないじゃないか」
父も母も偉大だったのか。
どちらの親も駄目だった鉄男にしてみれば恵まれた環境に思える。
だが偉大な親を持つ苦労は、育てられた本人にしか判るまい。
「僕の親は最後まで母星に残ると頑張ったんだ。馬鹿な奴らだよ。今頃は爆発に巻き込まれて宇宙の塵になったんじゃないか」
シークエンスの予想と大体同じ内容をカルフも吐き出し、どうもシンクロイス内の家族愛は、こちらの種族と比べて格段に薄い。
しかし鉄男にだって家族愛があるのかと言われたら、答えは否だ。
なので、あえて突っ込まないでおいた。
「僕らとクローズノイスは結局、同じ星に到着したみたいだ。五十年以上前に、この星を攻撃してロボットなる道具作成知識を与えたのも、恐らくクローズノイスの仕業じゃないかと睨んでいるんだが」
険しい表情で景色を睨みつけていたカルフが、ふと我に返って鉄男を振り返る。
「こんな話はデートの最中には相応しくなかったね。そろそろ終わりにしようか」
鉄男としては、もっと深く掘り下げたい話題であったが、今日の目的は、それではなかったと思い出す。
すっかり溶けてしまったかき氷を飲み干して、さぁ次の場所に出かけようと立ち上がったところをカルフに腕を掴まれて、鉄男はオットットと、たたらを踏んだ。
何をするのかと眉間に皺を寄せる相手へ、カルフが目線でエレベーターを示す。
「ここって宿泊所があるんだね。地上までの直通じゃないよ、もう一つあるだろ?エレベーターが。各階止まりの二十四階に一泊できるスペースがあるんだって」
だから、何だというのか。
ますます眉間の皺を濃くする鉄男の耳元で、カルフは、そっと囁いた。
「二人で泊ってみないか?思い出作りに協力してくれよ、鉄男」


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