合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 果し合い

「て……」
鉄男が胸の辺りを押さえて、床に倒れこむまでの間。
カルフもマリアも亜由美も相模原もカチュアも、彼に好意を抱く全員は、非常に、ゆっくりと時間が流れていくように感じた。
倒れた鉄男を見て、全ての時間が戻ってくる。
「鉄男ォォォォ!!」
眼下の原住民同様、悲痛に顔を歪ませたカルフを見て、ベベジェは勝利の笑みを口元に張りつかせた。
元を絶ってしまえば、いかな反抗期で我儘なカルフと言えど離反できまい。
喧嘩も、これ以上する必要がなくなる。
勢いに任せて売られた喧嘩を買ってしまったが、本気でカルフを始末するつもりはない。
なんのかんのと短所をあげつらったところで、奴は有能な同族の生き残りだ。
ここで失うには惜しい。
ずいぶんとトチ狂った醜態も見せてくれたが、これで判っただろう。
他種族はシンクロイスと違って寿命が短ければ戦闘力も低い。
この程度の攻撃も、かわせない命だ。
番とするなら、やはり同族でなくてはいけない。
「フッ……フフフ、ハハハハ!」
同胞が戻ってきた喜びで、ベベジェの口からは高らかな笑いがこぼれる。
その、一瞬を狙った攻撃であった。
鉄男の倒れた辺りから真っ直ぐ赤い光が飛んでいき、ベベジェの心臓近くを貫いたのは――
「ぬがぁっ!?」
笑顔が一転して苦痛に変わり、驚愕の目でベベジェは鉄男を見下ろした。
同じく周りの野次馬や候補生たちが見守る中、ゆっくり鉄男が身を起こす。
「あら、残念。狙いが外れちゃったわね。馬鹿みたいに笑っていたせいかしら?」
明らかに女性のハイトーンを発し、胸も大きく膨らんでいる。
シャツの胸元には小さな穴が空いていたが、血は出ていない。
「シークエンス!」
舞い降りてきたカルフを睨みつけ、シークエンスが悪態をつく。
「あんたね、鉄男を守るなら最後まで、きちんと守りなさいよ。あんたが油断したせいで、あたしが引っ張り出されるハメになっちゃったじゃない」
「鉄男は無事なのか?」と、おたついて尋ねてくるのもフンと鼻で笑い飛ばした。
「見りゃわかるでしょ。それとも、原住民と慣れあい過ぎて忘れちゃったの?」
鉄男の魂が完全に消滅すれば、シークエンスは同化して鉄男の肉体で定着する。
女体のままというのは、鉄男が死んでおらず気絶した状態だということだ。
「……そういえば貴様がいたのだったな、シークエンス。すっかり忘れていたが」
頭上から声が降り注ぎ、シークエンスもベベジェを見上げる。
「残念だったわね。あんたの鋲、心臓を貫通しなかったわ。鉄男が無意識によけたのか、それとも狙いが外れたのかは判らないけど」
斜め下という角度が幸いしたのではないかと、デュランは推測する。
加えて、カルフとやりあっていた状況も運を采配した。
道具作成攻防で慌ただしい中、正確に鉄男の心臓を狙えたとは思えない。
「まっ、でも鉄男を驚かす程度の威力はあったみたいね。驚いて気絶しちゃったわ、あいつ。あたしがいなかったら、ここで終わっていたわよ、ホント」
ふふんと、どこか自慢げな彼女へ一斉に喝采が浴びせられる。
「シークエンス、ありがとー!」
「辻教官が助かった〜!やったー!」
「その勢いで、あいつもやっちゃってください!!」
ついでとばかりに図々しいお願いも飛んできたが、シークエンスは片目を瞑って拒否する。
「あいつを倒すのは、あんた達の役目でしょ?あたしは別にあいつらと敵対してないし」
先ほど思いっきりベベジェを攻撃した上での敵対していない宣言には、元同胞も呆気にとられてポカンとなった。
「俺達とは袂を分かったって聞いたけど?」
首を傾げるミノッタへも、シークエンスは気のない返事をよこす。
「誰から聞いたのよ。あたし、単に面倒だったから逃げただけなんだけど」
「なら、何故我々と合流しなかった」とのロゼの疑問も、彼女は肩をすくめる真似でやり過ごした。
「主導権は鉄男が握っているのに、ホイホイ出られると思ってんの?こいつ、滅多なことじゃ意識を失わないわ。無駄に頑丈な精神力があるっていうか」
「けど、ゾルズはホイホイ交代できてたみたいだぜ?」
ミノッタの反論にも、やはり「ひとくちに器候補と言ったって個体差ぐらいあるでしょうよ」と素っ気なく返し、降りてきたベベジェへ視線を戻す。
「こんな大騒ぎを起こしちゃって、ますます立場が悪くなったわね。地下街の民は優秀なDNAなんじゃなかったの?それとも、もう器は必要ないってんで全滅させる方向に舵を切ったのかしら」
嘲りを全て無視し、ベベジェが問う。
「敵対する気がないのであれば、何故、今、俺を撃った」
「あんたが鉄男を撃ったから、反撃したまでよ。あたし、やられっぱなしって嫌いなの」
ぬけぬけと答え、シークエンスも問い返した。
「隠れていたのに出てきたのは何故?どうあってもカルフを連れ戻したかったの?けど、残念。力づくで鉄男を殺したって、そいつは戻ったりしないわよ。ねぇカルフ、この星の原住民って素敵よね。あたし達と違って、どんどん主張も性格も変わっていくんだわ。あんたの好きな鉄男も、昔と今じゃ大違いよ」
名前を出され、カルフも苦笑しつつ頷いた。
「君も変わったと聞いたけどね。僕もだ。この星の原住民は僕らに影響を与えてくる」
かと思えば、ちらりとロゼやミノッタに視線を向け、小さくぼやく。
「全く影響を受けない奴もいるけど。個体差があるのも不思議だよ」
「ほんとにねぇ」と、しみじみ頷き、シークエンスも馬鹿にした目でベベジェを見やる。
「ベベジェ、あんたが影響を受けてくれれば、もっと簡単に共存計画が進んだってのに」
「簡単に?けど、俺達攻撃を受けたんだぜ。ここの原住民に」
ミノッタが不服に頬を膨らまし、ベベジェも彼の意見に同意する。
「球体に包まれた区域が我々を攻撃せねば、我らとて種の選別などしなかった」
「あぁ、それは」とシンクロイスの会話に混ざってきたのはデュランだ。
物知り顔で推測を話す。
「おそらく、モアロードの対空レーザーが働いたのではないかな?ベイクトピアでも開発が予定されていた武器だ。範囲内に未確認物体が入り込むと自動で攻撃する。なるほど、誤爆で始まった戦いだったのか。それに関しては、モアロードに替わって謝罪しよう」
だが、と言葉を切り、シンクロイスの面々を見渡す。
「諸君らの時は誤爆で済んでも、五十年以上前の攻撃に関しては、どうだろう。クローズノイスといったかね、君達の仲間だった男は何故この地を攻撃したのか」
「そんなの、俺達が知るもんか!」と声を荒げたのは、ミノッタだ。
「クローズノイスは温厚な男だった。あれが攻撃に転じたのは我らにも疑問だ」
ロゼの意見に頷き、デュランはシークエンスにも確認を取る。
「クローズノイスは一人で過去旅行に出かけたのかい?それとも」
「いいえ、部下を何人か連れて出ていったわ。それと奥さんも。可愛い娘は置き去りにしたってのにね」とぼやき、シークエンスが目を伏せる。
すかさずミノッタが、ささーっと近寄り彼女の肩を抱きながら、甘い声色で囁いた。
「きっと、危険な旅になると予想したんだ。可愛い君が巻き込まれて死ぬのを恐れたんじゃないか?連れていかれなくて、俺は逆にホッとしたよ」
パッパとゴミを払うかの仕草でミノッタの手を払い、シークエンスは、きっぱり断言する。
「残っていても星の爆発に巻き込まれて死んだのよ?どうせだったら、一緒に連れていってほしかったわ。そのほうが寂しい思いをしなくて済んだし」
初めて聞く彼女の本音に、候補生たちが貰い泣きしたのも一瞬で。
すぐにシークエンスは、キャピーン☆と浮かれて頬を赤らめた。
「でも、今は同行しなくて良かったと思っているわ。だって進と出会えたんですもの〜☆」
シークエンスが木ノ下を好きになったのは、鉄男と同じ時間を共有したおかげだろう。
鉄男の目を通して木ノ下の長所を沢山見ることができて、それで彼を好きになった。
「五十年以上前の攻撃に関しちゃ一つの仮説が立てられるわ。あたし達、これまで他種族と意思疎通させたことってなかったの。だから……当時の原住民と、クローズノイスの部下との間で軋轢が起きたとしても、全く不思議ではないわね」
「むしろ、あったと考えるべきか」とロゼも深く頷き、デュランを一瞥する。
「過去の攻防は痛み分けだ。どちらにせよ、過去を知る者に聞かねば原因も判るまい」
「それよりも――」と話を戻し、シークエンスがベベジェに言い放つ。
「共存計画は、まだ続ける気?だったら、誘拐するよりマシな方法を提案するけど」
「マシな方法?まさか原住民と混ざり合って同化しろなんて言う気じゃ」
結論を急ぐミノッタを制し、ベベジェがシークエンスを促す。
「言ってみろ。聞くだけなら聞いてやる」
「まずは、この状態にケリをつけて、一旦関係を白紙に戻すのよ」
自信満々な彼女に対し、元同胞は、どいつも首を傾げている。
「どうやって?」
「決まってんでしょ?勝負よ。あのロボットってやつを使ってね。あんた達と、こいつらで勝負すんの。大々的に報道や軍隊なんかも招待した上で」
突拍子もない方向に話を振られて、驚いたのはシンクロイスのみならず。
「ちょーっと待ったぁ!」と大声で遮ったのは、ラストワンの相模原だ。
「その流れでいくと、戦いを私たちに押しつける気満々ね!?」
ところがシークエンスときたら「今頃何言ってんのよ」と、あっさり返し、じろりと少女たちを睨みつける。
「爆撃に対してロボットで反撃した野蛮な種族でしょ、あんた達は。だったら最後の決着も、ロボットでつけるべきじゃない?」
もちろん色々な条件を付けてね、と付け足して。
遠くから聞こえるサイレンの音に、一番最初に気付いたのはカチュアであった。
「救援……今頃……」
ぽつりと呟かれた独り言を聞き、シークエンスも元同胞らを促す。
「続きは、ここじゃないほうが都合いいわね。ついてきなさい」


すっかり野次馬が逃げ去った後には、軍隊の救援が駆けつける。
その頃にはシンクロイスも退却し、シークエンスに案内された場所で落ち着いた。
ラストワンの候補生は帰るかどうかで、すったもんだ揉めた挙句、結局全員が同行した。
危険だからと止めにまわったデュランも一緒だ。
彼女たちを残して、一人スパークランへ帰るわけにもいかない。
自分は教官なのだから。
「結論を言えば、ロボットがあるのは危険よ。ましてや、それがクローズノイスの発想ってんじゃね」
「クローズノイスは温厚なんじゃなかったの?」とはマリアの質問に、「元々はポケットサイズの道具だったのよ、あれ」と答え、シークエンスは肩をすくめた。
「粗大ゴミを処理する道具よ。出力を最大まで高めれば生物も分解できるでしょうけど」
何故ラストワンの学長がロボットに流用したのかは判らない、とした上で話を続ける。
「しかも、ゼネトロイガーからは生態反応を感じる……おかしいわよね、道具のはずなのに。ま、とにかくヤバイ代物だってこと。あれを残しておくのは、シンクロイスにとっても原住民にとっても得にはならないわ」
「だから勝負に使って、ついでに壊しちゃえってこと?」
眉根を寄せて懐疑的に尋ねたのは、まどかだ。
「ついでに壊れるかどうかは、あたしの知ったこっちゃないわ」と答え、しかしとシークエンスは意味ありげな笑みを浮かべる。
「どうせゼネトロイガーを合体させた後はベベジェを倒すつもりだったんでしょうが。なら、そっちの六体とベベジェ達とで戦っても文句はないでしょ。原住民が勝ったら、シンクロイスには物騒な道具の作成を禁止すればいいわ。そうすりゃ安全に共存できるでしょ」
「我々側のメリットは?」とロゼに尋ねられ、シークエンスは軽蔑の眼差しで彼女を見た。
「判らないの?なら、教えてあげる。こそこそ隠れて住む必要がなくなる上、小うるさい軍隊に付け回されることなく自由に外を歩けるようになるのよ。異物扱いじゃなくて原住民と同じ扱いを受ける。これ以上の幸せって、あるかしら」
「えぇと……ベベジェさん達が勝った場合は?」と、これは亜由美の質問に。
「さんなんて敬称つけなくていいわよ、こいつに」と断ってから、シークエンスはベベジェに同じ質問を投げかける。
「あんたが勝利で求める報酬は何?」
「決まっている、共存だ」と答え、ベベジェは顎に手をやった。
勝っても負けても、こちらの望みは共存の一択だ。
だが、束縛や強制は要求の中に入っていない。
「我々が勝てば、道具作成能力の封印は却下させてもらう」
シークエンスも「あんたなら、そういうと思っていたわ。えぇ、そうよ。道具作成は、あたし達シンクロイスのアイデンティティーですものね」と笑い、デュランに伝言役を頼む。
「学長や軍部の奴らにも話をつけてきてもらえるかしら?元英雄さん。シンクロイスだけが納得したって、そちらさん、原住民が納得してくれなきゃ勝負を始めることも出来ないし」
「いいとも」と二つ返事で頷き、デュランは候補生たちを促した。
「これは地上の命運をかけた戦いになる……というよりもシンクロイスとの共存、その細かなルールを決める戦いだが、真剣勝負で挑もうじゃないか。とはいえ、すぐにできるものでもない。一旦戻るとしよう」
只の野次馬デート見物だったはずが、かなりスケールの大きな話になった。
結局カルフと鉄男の一泊も、うやむやにされてしまったし。
ちらと亜由美の視線を受けたカルフが、ニヤリと口元を歪めてシークエンスに話しかける。
「鉄男争奪戦は、次の機会にお預けかな。この戦いが終わった後で」
シークエンスもカルフを見やり、ぼそっと吐き捨てる。
「鉄男が、あんたに心を許すと思ってるのがスゴイわよね。あんたは知らないだろうけど、鉄男ってば、もんのすごい頑固なのよ?」
「知っているよ、それぐらい」と鼻で笑って、カルフもやり返す。
「お前こそ、お前にキノシタがなびくと思っているんだから笑えるね。知ってるか?あいつは男が好きなんだぜ」
「はぁ?女に興味がないからって男が好きとは限らないでしょ」
シークエンスは全く取り合わず、カルフも今度はニヤニヤするだけで言い返さなかった。
傍目は険悪に見えるが、あれが彼ら特有の軽口なのかもしれない。
亜由美は視線を進行方向、正しくは前を歩くカチュアへ戻す。
鉄男がカルフとデートしている間も、ベベジェとの喧嘩が始まった時も、そしてシークエンスの登場で喧嘩が終わった後も、彼女は殆ど無言で通した。
言葉を発したのは、ただの一回、救援の到着に気づいた件のみだ。
今も青ざめた顔で床を見つめて、黙々と歩いている。
ほんの軽い気持ちで彼女を野次馬尾行へ誘ったことを、亜由美は後悔した。
願わくば何か挽回のチャンスがあれば、よいのだが……
カルフと話していたシークエンスが踵を返し、別れを告げる。
「そんじゃ、ベベジェ、ロゼ、ミノッタ。次に会うのは団体戦でね。行くわよ、カルフ」
「え!?シークエンスとカルフも、そっちについていくのか!」と驚きのミノッタを制し、ベベジェが頷く。
「辻鉄男が生きている以上、お前らが原住民側につくのは道理。だが、我々が勝った暁には戻ってきてもらうぞ」
「えぇ。どっちにしろ共存するのは変わりないんだから。カルフ、あんたもいいわよね?」
シークエンスに同意を求められ、カルフも、あっさり頷いた。
「そうだな。僕としちゃあベベジェには土下座して謝ってもらいたかったけれど、そいつは勝負がついてからの、お楽しみだ」
いや、しっかり怨恨を残しつつ、ベルトツリーを後にした。


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