合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 危険分子か、味方なのか

鉄男はルミネに片手を引かれ、もう片方の腕は小柄な女児に掴まれた、いわば両手に花な状態で戻ってきた。
ちょうど廊下にいたデュランは鉄男を抱きしめようとして、違和感に気づく。
鉄男の、ではない。ルミネに対する違和感だ。
表に出ているのはルミネなのに、気配が明らかに彼女のものではない。
後方の女性からも、今のルミネが持つのと同じ気配を感じる。
人ではない異質の気配を持つものなど、一つしかない。
だが違和感を口にする前に、ルミネには「デュラン様、只今戻りました〜!」と些か大袈裟に喜ばれ、抱きつかれる。
こちらに話を併せてくれ――とも耳元で囁かれ、デュランは咄嗟に顎を引く。
鉄男は両手に花ならぬ、両手にシンクロイスな状況で帰ってきた。
ルミネの気配が感じられないのも、それと関係しているのか。
「無事だったのか、ルミネさん!」と乃木坂に歓迎され、ルミネはデュランから離れると、ぴょこんと頭を下げた。
「ハイ、無事に任務を終えて戻ってまいりました!それと拉致されていた辻鉄男さんも、この通り見つけたので連れ帰りました!こちらのかたが協力してくれたおかげで、逃げ出すことが出来たんですよ」
こちらのかたと紹介されたのは、背丈が鉄男よりも低い少女だ。
短めのショートボブな金髪に、やや猫目気味のグリーンアイ。
ルミネも含めて二人ともパッと見が可愛く、鉄男の無事を喜んでいたはずのマリアは、たちまちブゥッと頬を膨らませた。
「なによ。鉄男ってばシンクロイスに誘拐されたと思ったら、可愛い子二人に手を握られちゃって、鼻の下伸ばしちゃってたってわけぇ?」
「ま、マリアちゃん。嫉妬よりも先に言うことがあるんじゃあ」
小声で亜由美がマリアを宥めるのを横目に、木ノ下もルミネへ確認を取る。
「ありがとうございます、鉄男を助け出してくれて!ところで、そちらのかたは、なんというお名前で?」
一呼吸おいて、ルミネが答える。満面の笑みを浮かべて。
「……はい。カルフさんと申します!」
場は一瞬の静寂に包まれ――

「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

一斉に、蜂の巣をつついた大騒ぎとなった。


ひとしきり廊下で大騒ぎがあがった後、改めて鉄男とカルフとルミネの三人は、スパークランの学長室へと連行される。
そちらにはベイクトピア軍から派遣されてきた面々も待ち構えており、スパイルに強めの口調で問い質されたルミネは状況説明を始めた。
シンクロイスの本拠地を突き止めるのには成功したが、脱出するにも誰かしらに見張られていて身動きが取れずにいた。
しかしカルフが仲間と決別し、その勢いに便乗する形で本拠地を抜け出した。
嘘八百ではない。むしろ、ほぼ真実といってもいい。
だが軍人を信頼させるには難しく、特にカルフが喧嘩した下りは疑われて当然だ。
「君は騙されているのではないかね?」
当然の疑問がスパイル中尉の口を飛び出し、険しい視線がルミネに突き刺さる。
「ですが襲いかかるつもりなら、とっくに襲われていると思いませんか?」との反論にも、眉間に皺を濃くして「今は大人しくしているだけだ。我々が油断した途端、襲いかかってくるやもしれん」と中尉は吐き捨てる。
問題のカルフは鉄男の腕にしっかり抱きついて、口こそ挟まないものの、挑戦的な目つきで人々を眺めている。
「それに君の証言によれば、誰かしら見張っているはずではなかったのか。何故カルフがいるだけで、こうも簡単に抜け出せた?」
「えぇと、ですから、それは勢いで」
実際には勢いだけで抜け出すのは無理というもので、出てくる際に一悶着あった。
出る直前、カルフを追いかけてきた奴がいた。ミノッタだ。
必死の形相で引き留められるも、結局はカルフがミノッタを殴り倒して出ていったのだ。
ゾルズと鉄男は、そのどさくさに紛れて一緒に出てきたにすぎない。
飛び出してきたのはベベジェとの口論が原因の発端だが、カルフは鉄男と交尾したいだけであって、人類の味方になるとは一言も言っていない。
だから奴が裏切るのではないかと懸念されても、絶対に違うと鉄男には言い切れない。
土壇場でカルフが裏切る懸念は、鉄男にもあった。
こちらはシンクロイスの本拠地を掴んだ。
しかしシンクロイスも、こちらの奥の手を見てしまっている。
もしカルフがゼネトロイガーに何らかの仕掛けを施しようもんなら、ゼネトロイガーの合体しか対抗手段のないラストワンは敗北待ったなしだ。
例えラストワンが滅びても、誰かが遺志を継いでくれるかもしれない。
だが、それも多大な犠牲を覚悟した上での話だ。
それよりなによりラストワンに所属する身としては、ここで滅ぼされたくない。
カルフ同様、黙りこくる鉄男に声をかけてくる者がいる。
「て、鉄男。お前の意見も聞かせてくれないか」
木ノ下だ。
下り眉で、心底こちらを心配している。
「お前もカルフは信用できると……思ってんのか?」
ちらと腕に掴まるカルフを見下ろすと、カルフも鉄男を見上げて口角を吊りあげる。
ここへ到着してから一言も声を発していないのは、どうした魂胆か。
全部ゾルズに説明させているのはルミネのほうが軍人として信頼があるのだとしても、協力者として紹介された以上は、自ら弁明しておいたほうが立場も良くなるのではなかろうか。
「俺は……俺には、なんとも言えない」
ぼそっと答えた鉄男に、皆の注目が集まる。
見られているのを意識しながら、鉄男は下向き加減にボソボソと呟いた。
「完全に囚われて、もう駄目だと諦めていた……逃げられると判ったら、ついていくしかなかろう。信頼していようといまいと。だから……」
「うん、大変な目に遭ったね」とデュランが鉄男を気遣い、スパイルへ向き直る。
「彼は休ませてあげたほうが良いかと思いますが」
「そうだな」と案外あっさり中尉も認め、鉄男は退室を促された。
「あ、鉄男!俺も一緒に行くよっ」と付き添ってきた木ノ下と共に学長室を抜け出した鉄男は、廊下でもポツポツ告白する。
本当は全部、吐き出してしまいたかった。
囚われの身になった際、鉄男を襲ったのは恐怖でも諦めでもなかった。
カルフの理不尽さと身勝手さに心底、頭に来ていた。
否、身勝手なのはカルフばかりではない。カチュアもだ。
自分ばかりが災難に見舞われる環境の悪化に、何よりも腹を立てていた。
せっかく過去を捨てて、ベイクトピアで全部やりなおすつもりだったのに、何故誰も彼もが揃って鉄男の未来を粉々にしようとしてくるのか。
だが、ここで自分が全部ぶちまけてしまっては、カルフを穏便に人類側の仲間へ引き入れようといったゾルズの作戦がパァになる。
今はカルフに敵意を持たせてはいけないし、その逆も然りだ。
「あの時、展望台に現れたのは、カルフとベベジェとロゼの三人だ……三対一では、為す術もなかった」
「そ、そうか。三人もいたのか。けど、お前が殺されなくて、よかったよ」
木ノ下に微笑まれた瞬間、鉄男の心に、ぽっと小さな灯りがともる。
殺されなくて良かった。
本当に、そうだ。
殺されていたら、きっと木ノ下とこうやって話す機会も巡ってこなかった。
殺されずに済んだ理由は判っている。
ベベジェとロゼ、あの二人はカルフに遠慮したのだ。
奴が鉄男に執着していたせいで。
まぁ、その執着のせいで誘拐されもしたのだが、難なく逃げ出せたのもカルフのおかげなので、何とも言えないと木ノ下に告げたのは鉄男の正直な本音だ。
鉄男に興味津々であるうちは、カルフも人類に手を出すまい。
「なんでカルフは、お前を逃がしたんだ?誘拐したのも、あいつなんだろ」
ずばっと核心を突かれ、鉄男は答えに一瞬迷ったものの、事実を伝えようと決めた。
ただし、視線は床を見つめながら。
とても木ノ下を直視できない。恥ずかしくて。
「……奴は……俺が、好きなのだそうだ……俺と、し、然るべき行為をして……子供を作りたいと、言ってきた」
返事がない。
不思議に思って鉄男が顔を上げると、ポカンと大口あけて呆ける木ノ下が目に入った。
ややあって木ノ下にも時間が戻ってきたかして、彼の発した第一声は。
「……マジかよ」といった、如何にも平凡な反応であった。
無言でこくりと頷き、項垂れる鉄男を見て、労りの言葉も投げかけてくる。
「災難だったな……いやホントに、誘拐された件も含めて、今後もさ。けど、安心しろよ?俺が側にいる限り、お前の好まざる展開には、そう易々と持ち込ませさせねぇから」
木ノ下の笑顔には、人を安心させる温かみがある。
じわっと涙腺まで緩みそうになり、鉄男は慌てて目頭を押さえる。
良かった。
彼の、木ノ下のいる場所へ戻ってこられて。


鉄男が退室してもルミネとカルフの尋問は続けられ、一通りルミネから話を聞いた後はカルフに矛先が向けられる。
「ルミネ新兵によれば、貴様は反逆を起こし脱走の手引きをしたそうだが、理由はなんだ?」
のっけから喧嘩腰なスパイルへ軽蔑の表情を浮かべて、カルフが口を開く。
「決まっているだろ?辻鉄男だよ。僕は彼が欲しくてね。しかしベベジェは彼が気にいらないそうだ。だから袂を分かったってわけさ」
「辻を!?」と驚くラストワン教官勢を一瞥し、肩をすくめる。
「僕らの目的は、これまでにも散々伝えてきたと思うが、優秀な器の増産だ。ところが最近、問題が生じてね。やり方を変える事にした。その材料が辻鉄男ってわけ。けどベベジェは反対するばかりか、あろうことに僕を侮辱してきた。あんな旧式の石頭と仲間ゴッコするのは、もうマッピラだ」
「具体的には、何を言われたんだ?」と、これは御劔の問いに。
「器に恋する僕はアベンエニュラと同等か、それ以下の気狂いらしい。確かに僕は鉄男が好きさ。だが器の新しい製造法とは結びつかない。ベベジェは、そこを混合視してきた。僕を愚かと貶める為に」
さらっと爆弾発言され、再び「はぁぁぁぁ!?」と奇声を上げるラストワン教官勢を今度はスルーし、カルフの目が真っ向から御劔を捉える。
「なんだ、お前は驚かないんだな。鉄男から事前に聞いていたのかい?」
「いや」と短く首を振り、御劔もカルフの視線を受け止めた。
「しかし、驚くには値しないな。なんせ君らは辻くんを誘拐したのだからね。殺さずに」
「僕が彼を好きになるのも想定内だったと?」
「辻くんは度胸があるからね。君らの興味を引く対象には、なれたんじゃないか?」
質問に質問で切り返し、御劔が微笑む。
「まぁね」と一旦は頷き、しかしとカルフは学長を睨みつけた。
「僕が彼を好きになったのは、土壇場の度胸だけを評価したんじゃない」
「判っているよ。辻くんは……なんというか、不思議な人だよね」
「無関係な雑談は、そこまでになさって下さい」
つかみどころのない雑談を遮ったのはアニス少尉で、横道にそれた尋問を本道に戻す。
「辻氏誘拐の理由は判りました。しかし貴殿の寝返る理由は仲間との喧嘩別れ、それだけなのでしょうか。もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」
「詳しくも何も」
ちらっとアニスを流し見し、カルフの視線は最初に話していた相手、スパイルへ向かう。
「それ以外に何があるんだ?決裂したら、どちらかが出ていくしかないじゃないか。僕が出ていく結果になっただけだ。ベベジェは、あんなでも一応シンクロイスのリーダーだからね。僕には、あいつほどのカリスマもない。まぁ、若干一名引き留めにきたけど、振り払って出てきてやったさ」
それに、と続けて口の端を歪ませる。
「僕が君らを騙しうちにするだって?面白い冗談だね。その気になれば君達なんか一瞬で消滅させられるってのに、何だって騙したりしなきゃいけないんだ」
「そ、そういうところが信じられないのだ!」と騒ぐ研究者を無視し、カルフはあくまでもスパイルの返答を求める。
「僕がここへ来たのは、誰にも邪魔されないで器を作る場所が欲しかっただけだ。お前らが出ていけというんなら、素直に出ていくさ。ただし鉄男は連れていく。彼は優秀な器を作るのに必須な存在だからな」
「器というのは……つまり、出産であろう……貴様は、辻氏との性行為を望んでいるのか?」
苦み走った中尉の質問にも、あっさり頷いて同意を示す。
「そうだ。鉄男と僕とで子を産み、育てる。優秀な種と優秀な器で交配するのは今までと同じだ。だが、僕らシンクロイスとの交配は試していなかった。これは実験一号に過ぎない。けど僕は鉄男を愛しているから、器が失敗作だったとしても器と一緒に彼を殺したりしないし、ここにいる連中にも手を出したりしない。それだけは保証してやるよ」
――などと邪悪な笑みとのセットで言われて、誰が信じられようか。
しかし力づくで追い払えない相手なのは、この場にいる全員が身に染みて知っている。
鉄男を再び誘拐されるのも困る。
散々討論がくみ交わされた挙句、カルフは監視付きの部屋に隔離される運びとなった。
表向きは、鉄男を救ってくれた協力者兼お客人として丁重に扱うようにとの取り決めで。


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