合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 いらない子

世間が大騒ぎになっている頃、後藤春喜は一人、病院のベッドで退屈を持て余していた。
手術は、すっかり終わっているが、さしもの大先生でも股間の大怪我は治しきれず、今後は一生性行為不可、自慰も出来なくなったと言われた時には死にたくなったが、下半身が駄目になっても上半身がある。
今後はキスで嫌がらせをしてやろう。
ニカラと香護芽には憎しみが募る。
香護芽は余所のクラスだから手に負えないとして、問題はニカラだ。
あのクソガキ、こんな場面で本性を表しやがったか。
あいつらが卒業するまで先生面してやっていけるかと思ったのに、とんだ誤算だ。
春喜に与えられたのは、まどかとニカラの両名を自主退学に追い込む仕事であった。
ラストワンは本来、六学級で一旦締め切る予定だった。
それがどうしたことか、どこで噂を嗅ぎつけてきたのか、ろくでもない素行のチンピラ二人が入学を希望してきて予定が大幅に狂ったのだと言う。
そう春喜に伝えたのは彼の叔父、ラストワンの学長でもある御劔高士だった。
嫌なら入学を拒否すればよかったじゃないかとせせら笑ってやると、入学試験がない傭兵学校には入学を拒否する権利がないとのこと。
そこらへんのルールは国が定めたのであろう。優秀なパイロットを募集する為に。
きっと、どの学校にも学長の求めざる厄介な生徒がいるに違いない。
そいつは卒業のデキレースで振り落とされて、これまでの数年を無駄にするのだと思うと、春喜の口元には邪悪な笑みが浮かんだ。
パイロットなんかを目指す奴は、ろくな奴じゃない。
自意識が高くて正義心に満ち溢れていて、挫折を知らない奴だと春喜は勝手に思っている。
だが高士の話によると、求めざるクズ二人はパイロットになる志なんぞ特になく、居心地のよさそうな住処を求めての入学であり、やる気のない奴が混ざるのは他の候補生の士気を下げる恐れがあった。
教官はどうするのかと尋ねれば、これから募集をかけるのだという。
既に三クラスは埋まっている。軍にいた頃の部下三人が教官になった。
クズ二人の他に虐待児も入ってきたが、そちらは丁重に扱うのだそうだ。
そこで、うっかり興味が湧いてしまったのが、今となっては運の尽き。
クズ二人のお守りだったら俺にだって出来るんじゃないの?と持ち掛けたら、最初は快い返事をしなかったものの、次第に心変わりしていったのか、エリスにだけは手を出さない約束の下、春喜は晴れてラストワンの教官に就職したのであった。
手を出すなというが、じゃあエリスの面倒は誰が見るのかというと、彼女の授業は高士が見ると言われた。
ニカラとまどかの二人は、事前にろくでなしと聞いていたから化粧ブスのアバズレかと予想していたのだが、予想外にも愛らしい顔をしていた。
他学級のメガトンデブや筋肉ゴリラ女を残すぐらいなら、こちらを残したほうがいいんじゃ?なんて春喜は思ったりもしたのだが、すぐに二人の素行の悪さを、その身でもって思い知らされる。
普通のカワイイ女の子だと思っていた赤城まどかは、ちょっと肩に手を触れようとしただけで金玉を狙って強烈な蹴りをお見舞いしてきた。
分厚い唇がキュートだと感じたニカラ=ケアは、悶絶して倒れる春喜を気遣うでもなく、頭っから嘲笑い罵倒した。
嫌味には毒舌な嫌味で、罵倒には三倍返しの罵倒で応戦してくる二人の相手をするのが嫌になってきた春喜は、次なる嫌がらせを画策する。
授業の放棄だ。
卒業までに必要な知識を、一切与えてやらない。
これは一番痛烈に効くだろう。あとの人生に。
パイロットには絶対なれないし、学校を卒業しても行く当てがなくなる。
そういうわけで毎日自習にしてやったが、偵察に行かせたスタッフの話だと、二人は喜んでおしゃべりしていたという話だ。
馬鹿な奴らめ。卒業間近になって、存分に慌てるといい。
エリスは休み時間、毎回教室を出ていく。
どこへ行くのかといえば学長室で、そこで高士による個人授業を受けていた。
何故彼女だけ依怙贔屓するのか、親のDVで心が壊れた虐待児にパイロットが務まるのか、春喜は甚だ疑問だったが、あえて突っ込まないでおいた。
エリス=ブリジッドは美人だが、視線はぼぅっと定まらず、黙して立つ姿は薄気味悪い。
あの幽霊女を学長が担当したいのであれば、すればいい。
普段の授業には顔を出さなくなった春喜だが、休み時間は時折奇襲して、二人にきっちり嫌がらせをお見舞いした。
仲良くおしゃべりさせて、居心地を良くしては駄目なのだ。
ここが居心地の悪い場所だと認識させて、追い出すのが春喜の役目だからして。
まどかには蹴られない範囲で口臭を吐きかけ、ニカラには思いっきり尻だの胸だのを触ってセクハラしてやり、卑猥な言葉で嫌な気分にさせたりもしたのだが、二人は一向に出ていこうとせず、とうとう一年が過ぎてしまい、一番焦ったのは春喜自身であった。
ヤバイ。
このままでは役立たずの烙印を押されて、女の園を追い出されてしまう。
この頃までには自習時間の暇つぶしに女医や女性スタッフにちょっかいをかける迷惑男として悪名を轟かせていた春喜であるが、意外なことに翌年の入学希望者の話を高士から聞かされた際、継続もお願いされて目を丸くしたのであった。
諦めてクズ二人を育成する気になったのかと思えば、そうではない。
悪名教官・後藤春喜として、そのまま君臨しろと言われた。
新規の教官は既に面接で一人採用しており、他三人も揃って面通しされた。
木ノ下進は、この学校や利用機体について何も知らないで入ってきた外部の人間だ。
真の教官になろうと燃えていた。
奴の反面教師になるべく、春喜は継続を命じられたのであった。
新入生がきても、春喜の存在目的は変わらない。クズ二人の自主退学だ。
二人が消えたら教官も辞めていいと言われたが、教官は辞職したくない春喜である。
このまま、のんびりだらだら嫌がらせを続けて、卒業まで二人の相手をしてやろう。
そういう方向に思考を切り替えた。
そして、だらだら生活を続けているうちに起きたのが、宿舎の崩壊だった。
辻鉄男がラストワンに採用された年から、急激に空からの来訪者の動きが活発になった。
これまでに一度もなかった奇襲には大層震え上がったし、鉄男の中にいるらしいシークエンスの存在には危機感を覚えた。
いずれ奴が災難を呼び起こすだろうと思っていたら案の定、ラストワンは爆撃で校舎が崩れ、春喜は生き埋めになり、腹いせにニカラを犯そうと思ったら香護芽に襲われて、このザマである。
教官復帰も望めまい。
一生下半身の故障を抱えて御劔家の世話になるのだ。
元々御劔家には永住する予定だったので春喜の未来には問題ないのだが、問題があるとすればラストワンの今後の経営だろう。
校舎が消滅して以降、詳しい動向が一切こちらの耳に届かなくなった。
これまで情報を伝えてきたスタッフとの縁も切れ、見舞いは高士すら来ない有様だ。
報道を見ようにも、この病室にはTVがない。
すっかり世界から切り離された生活を送っていた。
かといって車椅子で出かけるのは体力を消耗するし、そこまでしてラストワンの行方が気になるかと言われたら、それほどでもない。
従って、毎日病院のベッドでゴロゴロし続ける春喜なのであった。


ラストワンは現在、スパークランの校舎を間借りして経営を続けている。
担当教官の存在など遠く記憶の彼方にうっちゃりした、春喜の受け持ち生徒達もいた。
「もぉ〜カレったら激しくてェ、コクピットの中で何度もイカされちゃった」
何度目かの自慢を聞かされて、ニカラは心底うんざりしつつ、ぞんざいな返事で受け流す。
「ハイハイ、よかったワネェ〜。随分あっさりヴァージン捨てちゃったケド、後悔してないんだ?」
「いつかは消失するもんでしょ。そ・れ・に、相手は、かの英雄様よ?ブタガマガエルじゃなくて」と、まどか。
先ほどからパタンパタンと、これ見よがしに携帯の蓋を開閉しているのは、また自慢動画をこちらに見せつけたい誘い受けか。
気づかないフリでスルーし、ニカラが雑談を締めにかかる。
「でも、あん中でセックスするのは学長の指示を無視した行動だったんでしょォ?いいの、あんた退学になっちゃうかもよ」
「ハッ、あんた、学長が怖いの?怖くないわよ、あんなセレブのおぼっちゃま。退学にするって言ってきたら、英雄様と学長の指示で無理矢理股を開かされて犯されたってことにしてやるもの。こんなの拡散されたら学長だって困るでしょ」
鼻息荒く答えると、まどかは携帯をポケットにしまい込んで立ち上がる。
「それに今は、報道に情報のもみ消しをお願いしたり、カチュアの暴言に関して謝罪会見しなきゃいけないんじゃない?あたしに構っている暇なんてないんじゃないかしら」
「まァネ」と認め、ニカラは教室を見渡した。
今の時間、放課後は授業がない。
いや、六つに仕切られた向こう側では他の組の子が授業を受けているのだが、ニカラたちの組は教官不在で自習となっている。
校舎が存在した頃から、こんなふうに後藤組は放置されてきた。
エリスは雑談に混ざらず、ぼーっとした視線で宙を見つめている。
これも校舎崩壊前から見られた光景だ。
後藤組の三人は誰も学費を払っていないし、授業は自習ばかりなのに、追い出される気配もないまま二年が過ぎた。
そして今度は教官が病院送りになったというのに、何のお咎めもない。
後藤が目を覚ましたのであれば、奴を襲った犯人も判りそうなものなのだが。
学長は一体、何を考えているのだろう?
居心地のいい隠れ家を求めてやってきたのだからパイロットになれなくても構わないのだが、二年もの間、放置されているのも気味が悪い。
ずっと気にしないふりを続けてきたが、そろそろ限界だ。
否、隠れ家だった校舎は崩壊してしまった。次の場所を探すべきか。
デュランとの初経験で浮かれる学友を冷めた目で眺めながら、ニカラは思案する。
一人抜けたら、後藤組も自動的に解散となるのだろうか。
エリスとまどかが路頭に迷ったって痛くも痒くもない……と言いたいところだが、二年同じ釜の飯を食った同級生だ。
多少は心が痛まないでもない。
まどかもラストワンに来るまでは、自分と似たような生活を送っていたクズだ。
クズ行為が親にバレて、ここに強制入学させられるまでは。
それでも、自分よりは親の財力に恵まれていた。
ラストワンを追い出されたって、彼女には帰れる家がある。何も問題ない。
残るはエリスだが、彼女は学長が何とかするだろう。
学長がエリスを依怙贔屓していることなど、入学一年目で見破れなかったニカラではない。
黙り込んでしまったニカラに気づいたか、「どうしたの?」と、まどかが声をかけてくる。
「ン?あぁ、なんでもないよ」と我に返ってニカラが答えるのと時をほぼ同じくして、にわかに廊下が賑やかになったかと思うと、例の元英雄デュランが「鉄男くん、無事だったのか!」と叫ぶ声を聞いた。
直後、「鉄男だって!」とあちこちのパーティション内も騒がしくなり、がらっと勢いよく扉が開かれ、何人かが廊下へ飛び出す靴音も聞こえてきた。


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