合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 ワンチャン

「ね、カキ氷きたよ?早く食べよ、溶けちゃう前に」
我に返った鉄男の前には、でんと山盛りのカキ氷が置かれていた。
パッと見で一番目立っていたので青いソースのかかったものを選んだのだが、改めて考えるに、これは何の味がするのだろう?
マリアが頼んだのには、真っ赤なソースがかかっている。
イチゴ味だと言っていた。納得の赤さだ。
では、この青さは何の青なのか。
マリアが、じぃぃ〜っとこちらを見ているので、鉄男は思いきって尋ねてみた。
田舎者だと笑われてもいい。材料の判らないものを口にするほうが怖い。
「あー、知らないで選んだんだ?安心してよ、ただの着色料だから。味は、そうねぇ、シューカーって言って判る?それより早く食べないと、水に戻っちゃうよ」
嘲笑われるかと思いきや、マリアは笑顔で教えると、再度食べるのを催促してくる。
シューカーが何なのかもニケア育ちの鉄男には判らなかったのだが、モタモタしていると本当に溶けかねない。
意を決して、というのは些か大袈裟だが、スプーンですくって口に入れる。
入れた瞬間、マリアの頬にパッと赤みが差したのを、鉄男は迂闊にも見逃した。
いや、それどころではなかった。
鼻に突き抜けるほどの爽快な香りと、弾ける感覚に驚いてしまって。
カキ氷だと思って食べたのに、シュワシュワでスカッとする。
鉄男の知るシャクシャクでもガリガリでもキーンでもない。
まるで綿菓子の如く、口の中でとろけてしまう軽い食感だ。
なんだか判らないけど、美味しい。それだけは確実だ。
――鉄男が食べた瞬間、マリアは心の中で小さくヤッタ!と叫んでいた。
彼がよそ見している間に、こっそり彼のスプーンを舐めておいた。
そいつを鉄男が舐めたのだとすれば、すなわち、これ、間接キッス。
……だと昔、ママがマリアに教えてくれたのだ。
ママがパパのハートをゲットする時に使った、秘密の技の一つであった。
結婚して一子を儲けた女性が実践したのだから、信じてもいいだろう。
いつかママみたいに結婚して、可愛い子供を作るのがマリアの夢である。
では、何故危険の多いパイロット業を選択したのかと言えば、新しい出会いを求めての、軽い好奇心であった。
「ね、鉄男って恋したことある?初恋バナシ、聞かせてよ」
カキ氷を無心で食べていた鉄男は、思わぬ不意討ちにブフゥッ!と勢いよく吹く。
おかげで真正面に座っていたマリアに「やだ、汚い!」と怒られてしまったが、人が食べている時に変な話題を振ってくるほうが悪い。
ごしごしと飛沫をハンカチでふき取りながら、鉄男はジロリと正面を睨みつける。
「……そのような話を聞いて、どうするつもりだ」
「え〜?今後の参考に?」
「参考になるような体験談は一切ない」
「あー、やっぱり、恋人いなかったんだぁ」とケラケラ笑われて多少気分を害したものの、ようやく普段のマリアらしくなってきて、鉄男は内心ホッとする。
亜由美と違って相談相手には向かないが、友達の如き気安さがマリアにはある。
どうでもいい雑談をするには、もってこいの相手なのだろう。
モトミを眺めてみると、そんな気がする。
それにしても、何故いきなり人のプライベートをほじくり返そうとしてきたのか。
「うちのママはね、ここでパパと昔よくデートをしていたんだって」
ちらっとガラス壁の向こうへ目をやって、マリアは肘をつく。
「ここのカキ氷屋で、向かい合わせに座ってね。それで、お互いに注文したカキ氷を、あーんって食べさせあったんだって。あーん♪」
と、赤く染まったカキ氷の乗ったスプーンを差し出されたって、あーんとノリ良く食べられるような性分ではない。
目を逸らし、鉄男は口元に手をやって小声でボソボソ抗議した。
「当時すでに、お前の両親は恋人同士だったのではないか?だが俺達は、そうじゃない」
「え?違うよ?」
鉄男がマリアを見てみると、彼女はきょとんとした表情で繰り返す。
「パパとママが正式に恋人になったのはベルトツリーデートの後、地上街にあるベイクトポートのデート中だったってママが言ってたよ。遠目に光る街灯りを背に、『君が好きだ。世界一愛している』って抱きしめられて、それでもうあとはパーッとホテルに一直線」
二人のなれそめを子供に語るのは親の自由だが、一体どこまで未成年に話したのか。
マリアの両親の非常識さに、鉄男は頭を抱える。
だが、まぁ、好意的に受け取れば、幸せな家庭で育てられたのだとも言える。
マリアの親は子供に自分の過去を話してやれる、心の余裕があったのだ。
鉄男の親は、二人とも過去を教えてくれなかった。
こうして他人へ親を語れるのは羨ましく思う。
自分の親は、誰にも語れるような人間じゃない。
ろくでもない暴力親父、母親は父の暴力に怯えるだけの空気みたいな存在だった。
黙した鉄男の頬を、マリアはツンツンとスプーンで突っつく。
「ねぇ、どうしたの?鉄男。急に黙り込んじゃって。もしかして、恋人はいなかったけど恋に惨敗した記憶ならあるの?」
「……そんなものもない」
すっかり仏頂面な鉄男に、さらなる質問が飛んでくる。
「そうなんだ。学生時代、何やってたの?」
「勉学に決まっている」
「へー。じゃあ、ファーストキスもまだなんだ?」
またまた核心ストライクな質問が飛んできて、鉄男は答える代わりに視線を逸らした。
言えない。
言えるわけがない。
亜由美を助けるつもりが、押し倒した弾みで唇を奪ってしまったなんてことは。
「なによぉ、恥ずかしがってんの?恋したことないんでしょ、だったらキスがまだでもおかしくないじゃない」
恋をしたからキスをする――
母親の恋話を聞かされて育ったマリアが、そう考えるのは当然であろう。
かつては鉄男も同じように考えていた。
まさか恋をする前に誰かとしてしまうハメになるとは。
亜由美には好意を抱いているけれど、性欲とは、どうしても結びつかない。
だから、彼女に抱く好意は恋ではないと鉄男は自己分析する。
言うなれば、人として安心できる。木ノ下と同じ扱いだ。
カチュアにしても、そうだ。
親のDV被害者というシンパシーはあれど、所詮は幼い子供としか見ていない。
マリアは、どうなのか。
相変わらず手のかかる問題児だが、今は第一印象ほど憎らしくもない。
だからといって好きになったかと言われたら、それもない。
全授業を真面目に受けてくれたら多少好感度は上がるかもしれないが、それだけだ。
好きだ愛しているまで発展しようはずもない。ただの一生徒でしかない。
再び黙り込んでしまった鉄男の耳元で、マリアが囁いた。
「あのね、さっき食べたカキ氷だけど。あんたのスプーン、あたしが先に使ったから」
意味が分からずポカンとする鉄男に、マリアが満面の笑顔で言い放つ。
「だからァ、あんたのスプーンであんたのカキ氷を一口先に食べたの。そのスプーンであんたも、さっき食べたでしょ。つ・ま・り、これって間接キスってやつよね?」
今度こそ意味が浸透したかと見えて、鉄男は勢いよく席を立つ。
「なッ、何のために、そんな真似を!?」
「なんでって、鉄男のことが好きだからに決まってんでしょ」
――ずばっと豪速球が決まった。
微笑むのをやめたマリアが、ぽつぽつ呟く。
「なんか、判るのよ。亜由美もカチュアも、あんたを好きなんだってコト。だから……あたしも、あたしだって、あんたが好きだっての、伝えておこうと思って」
どこか伏目がちに恥じらいの表情を浮かべて、胸の内を熱く語った。
「なんで好きになったんだって顔してるわね?そうね、最初は嫌いだったわ、あんたのこと。追い出してやろうとか思ってた。けど、真面目に授業受けるようにしてから、あんたを判ってきたっていうか……うぅん、まだよく判らない部分も多いけど、気になってきたのよ。もっとよく知りたいなって」
それでも鉄男が無反応と判るや否や、マリアの眉毛はキリキリと吊り上がり、最後のほうは怒鳴る勢いで吐き出した。
「だ、だから!今日は思いきって誘ったの!!初デートは一番お気に入りの場所で告白するって決めてたんだから!そんでどうなの!?鉄男は、あたしのこと、どう思ってんの!好きなの?嫌いなの!?はっきり答えなさいよね、判らないで逃げたら許さないんだから!!」
よりによって、こんな場所で告白大会をやれと言うのか。
今やカップルというカップルが全員、こちらを注目している。
居たたまれなさは、先ほどの比ではない。
始終逃げ出したい衝動を抑えながら、鉄男は下向き加減に沈黙する。
蛇に睨まれた蛙状態の彼を救ったのは、耳をつんざく大音量の放送であった。
ベルトツリーの展望台に、突如緊急速報が流される。
『緊急速報、緊急速報、ベルトツリーに高速接近する空からの来訪者が確認されました。ベルトツリーにお越しのお客様は、地下シェルターまで避難をお急ぎください』
「え、ちょ、何それ」
「うそ、爆撃!?」
あちこちで悲鳴が上がり、カップルがエレベーターに殺到する。
朝出る時、ニュースは何も言っていなかった。全くの不意討ち奇襲だ。
「え、ここって地下街だよ!高速接近って、どうやって」
「でもベルトツリーに近づいてきているって、放送が!」
混乱する周辺のカップルたちとは異なり、鉄男の反応は迅速であった。
少なくとも、マリアに告白の返答を求められた時よりは。
「マリア、スパークランへ戻るぞ!ここへ向かってきているシンクロイスは恐らく人型だ、俺とお前だけでは対処できんッ」
「え、え、ちょっと?人型って何、あいつら直接地下街を襲ってくるってこと!?」
呑み込みの悪い少女の手を握り、鉄男は有無を言わせず走り出す。
目的地は混雑しているエレベーターではない。
緊急脱出用に取りつけられている外階段だ。
入場チケットを買う時に、ちゃんと全体案内図を見ておいたのが役に立った。
「軍が緊急速報を促したんだ、ならば暗殺部隊が到着するまでの間、俺が時間稼ぎをする!マリア、お前はこの階段を降りて地下シェルターへ急げ!」
「ええぇ……エレベーターのほうが安全じゃない?」
外階段は手すりがなく、しかも階段の板と板との隙間が空いており、ここを一気に駆け下りるのは、いくら向こう見ずな性格のマリアでも躊躇する怖さだ。
それに、なんだって?今、鉄男が妙なことを言わなかったか。
ここに残って時間稼ぎをするとか、なんとか。
「エレベーターは駄目だ!」
「混雑しているから?」
「それもあるが……間に合わない」
苦虫を噛み潰したような顔で鉄男が呟くのと同時だった。
シュンと風切る音がして、次の瞬間にはエレベーターの最後尾にいた男性の首から上が爆散する。
飛び散った脳髄や血を浴びて、人々の混乱が酷くなる中、展望台の中央に現れた三人組のうちの一人が低い声で囁いた。
「地上から消えたと知った時には焦ったが、案外早くに見つけられたな」
背の高い男だ。落ちくぼんだ眼は、赤い光を宿している。
傍らに立った髪の長い女が周辺を見渡して、歪に口元を曲げる。
「地下街の奴らも地上の馬鹿どもと大差ないんじゃない?最近は全然爆撃されないからって暢気に娯楽施設を営業しているようではね」
ショートボブに短く髪の毛をまとめた少女は、肩をすくめる真似をした。
「けど、ここが営業していたおかげで、あいつを見つけられたんだ。どこかに潜伏されたままじゃ、見つけようもなかったからね」
人が一人死んでも動じていない処を見るに、こいつらは人間ではない。
否、瞬間移動してきた時点で何者なのかは判っている。
空からの来訪者、真名をシンクロイス。
先ほどの男性を殺したのも、こいつらだ。
何故殺したのかなんてのは、聞くだけ無駄というものだ。
こいつらにとって、全ての人類は下等生物扱いなのだから。
鉄男は力強くマリアの背を押して、非常階段へ彼女を追いたてた。
「急げ!ここは俺に任せて、地下シェルターを目指すんだ」
言うが早いか、マリアが反論ないし戻ってくる前に扉を閉めて、鍵までかける。
外でドンドン扉を叩いているようだが、戻ってこさせるわけにはいかない。
今から恐らく、ここは虐殺の場になる。マリアを殺されるのは勘弁だ。
中央を睨みつける鉄男に、三人組も視線を定める。
ショートボブの少女が、にこやかに笑いかけてきた。
「やぁ辻鉄男、久しぶりだね。と言っても、この姿じゃ判らないだろうから特別に挨拶してやるよ。僕はカルフだ。この器は前の少年よりも身軽でいい」
しかし「カルフ、無駄話は後にしておけ」と背の高い男に速攻で雑談を封じられ、ふぅっと溜息を洩らしたカルフは本題に入る。
「ベベジェは短気でね、気にしないでくれ。それより今日、僕らがここへ来た理由は他でもない。お前を探しに来たんだよ、辻鉄男」
アベンエニュラに続きカルフ達までもが自分を探しに来たという。
ふと閃いた推測があり、鉄男は尋ねてみる。
「……シークエンスを連れ戻しに来たのか?」
だが、あっさりカルフには否定された。
「そうじゃない。辻鉄男、お前自身に用があるんだ」
カルフと再会したというのに、シークエンスは無反応だ。
放課後授業でもマリアとデートしている間でも脳内茶々は一切入ってこず、最近の彼女は寝てばかりのようだ。
「俺に、何の用があると」
「アベンエニュラの件だと言えば、物分かりの悪いお前にも判るかな?」
アベンエニュラの単独行動は、全て奴の責任であろう。
おまけにばっさりフッてやったのだ、あれの件で強制連行されるのは納得いかない。
「あいつ、好きなんだってね、お前を。出来損ないの分際で、身の程も弁えずに……だから、この際はっきりさせてやるのさ。けど、その前にシークエンスを魂魄離断しておかないと話が面倒になってくる」
「魂魄……離断?」
首を傾げる鉄男へ説明したのは、カルフではなくロゼだった。
「魂を分断する。そうだな……簡単に言うと、お前の中からシークエンスを切り離す」
鉄男の驚くさまを見て、ロゼは愉快そうに笑った。
「なんだ、驚くような事か?乗り移りに失敗すると判ったら、対策を整えるのは当然だろう。完全に失敗してしまうと救助は不可能だが、残っている状態であれば取り出せる」
「シークエンスが中にいる生活を苦と思った事は、ないか……?奴を切り離してしまえば、お前は自由になれる」
なんと、ベベジェまでもが鉄男を気遣ってくるではないか。
一体どういった風の吹き回しだ。
少し考え、鉄男は一つの結論に至る。
なんということはない。
奴らにとって、今でもシークエンスは同胞だ。
一人でも仲間は多いほうがいい。
切り離したいのは、これ以上、こちら側への情報流出を防ぐために違いない。
「さ、行こうか鉄男。あいつを離断したら、僕らのコミュニティーにも招待してあげよう」
差し出されたカルフの手を軽く払いのけ、鉄男は精一杯の啖呵を切る。
「断る。俺は貴様らの言いなりになってやる気は全くないッ!」
「え?」と驚くカルフの背後でロゼが失望の溜息をつき、ベベジェは鉄男を睨みつけた。
「……正気か?シークエンスがいると、貴様の人生は全て奴に筒抜けだ。奴に監視された状態では恋愛や結婚、子作りも出来まい」
「余計なお世話だ!」
鉄男もベベジェを睨みつけ、構えを取った。
「俺は、誰とも結婚しないし恋愛する気もない……シークエンスが中に居続けたとしても何の問題もない。それに、あいつは貴様らと同行してまで切り離したい存在でもない!」
本音を言うと、少々鬱陶しい存在ではある。
しかし彼女は人類にしてみれば勝利の鍵であり、まだ教えてもらっていないシンクロイスの弱点情報も山とある。
今、このタイミングで切り離されては困るのだ。人類のメリット的に考えて。
頑なに同行を拒む鉄男を見て、カルフがチッと舌打ちする。
周りの味方へ、小さく囁いた。
「仕方ない、気絶させるか。ただし二人とも、やりすぎるんじゃないぞ」
「判っているよ、あれはあんたの大切な」と何やら軽口を言いかけるロゼを制し、ベベジェが一歩前に出る。
「雑談は後にしろと言っている。さっさとこいつを連れ帰るぞ」
鉄男は、ちらりとエレベーターを見やる。
一人爆死した後しばらく動きが止まっていたエレベーターは、鉄男が雑談で時間を引き延ばしている間に再び動き始め、上と下とを行ったり来たりしている。
地下シェルターへ全員が逃げ込むにも、軍が到着するにも、時間が足りない。
もう少し、時間稼ぎが必要だ。
こいつらと殴りあったら、自分なんか一撃即死であろう。
鉄男は一番話しかけやすそうなカルフを見据え、そっと尋ねてみた。
「……念のため、尋ねておきたい。魂魄離断は、貴様の隠れ家じゃないと出来ないのか?」
するとカルフは饒舌に語り出す。
雑談をやめろとベベジェに叱られたにも関わらず。
「隠れ家っていうか、まぁ、隠れていないんだけどね?そこにあるんだよ、離断するための器具が。しかし念のために尋ねるなんて、やっぱり興味津々なんじゃないか。意地を張らないでくれよ、鉄男。言っただろ?ベベジェは短気だと」
ベベジェのほうもチラ見して、奴が止める気なしと知った鉄男は、さらにどうでもいい雑談で会話を引き延ばす。
「すまない。その、鉄男と呼び捨てにされるのは……恥ずかしい」
「なんだ、身内やシークエンスには鉄男と呼ばれているのに?」
怪訝なカルフへ、ほんの少し、恥じらうフリをして鉄男は視線を余所へ逃がす。
「お、俺達は、まだ友達ではない。だから今は鉄男くんと呼んでくれると、嬉しい……お、俺も、貴様、いや、お前をカルフさんと呼ぶ……」
「カルフさん?他人行儀みたいで嫌だな、僕のことはカルフと呼び捨てで構わない」
一刻も早く、暗殺部隊が到着するのを心の中で待ちわびながら――


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