合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 あたしだって

アベンエニュラの中から脱走した後、鉄男は直接学長を問い質した。
「あなたは俺がここへ来たばかりの頃、カチュアと仲良くなるのを望んでいました。あれは彼女がゼネトロイガーを動かせると知っていて、俺を彼女の教官にしたのですか?」
直球な質問に、御劔も苦笑して頷く。
「そうなればいいという狙いはあった。君がシークエンスではないかと結論付けた際に」
曰く、モアロード人が機械に強いのは世界の定説である。
機械の構造から動かし方、果ては遠隔操作できるという意味での"強い"だ。
何故それが判明したのかといえば、脱国したモアロード人が秘めたる才能をベイクトピアで発揮したからにすぎない。
その数が多かった為、機械に強いと認識されるようになった。
カチュアはベイクトピア軍がラストワンへ連れてきた。
本人が、ここのチラシを握りしめていたので、ここへ送りつけたのだ。
来たばかりの彼女はエリス以外と殆ど話をせず、無気力無表情な少女であった。
「でも君のおかげで、やっと少女らしい顔になったね」
御劔に褒められ、反射的に鉄男は自分の手柄を否定する。
「俺は何もしていません。もしカチュアが前と比べて変わったのだとしたら、本人の中で何かが変わったのでしょう」
「そうかな?」と、御劔は小首を傾げて鉄男を見やる。
以前も聞いたと思うけど、と前置きしてカチュアの身の上を語り出す。
「あの子は母親の暴力被害者だ。そのせいで誰かに心を開けなくなってしまった。君の前にも彼女を担当した教官がいたんだけど、カチュアが彼に心を開くことはなかった。なのに君に担当が代わった途端、他の候補生とも話が出来るようになったというのは、やはり君のおかげと捉えて問題ないだろう」
「ですが――」
鉄男も下向き加減に反論する。
「俺は本当に、何もしていないのです。授業を面白いと言われたこともありません」
「釘原さんにも?」
「……釘原だけは、言ってくれますが」と若干一部訂正し、しかしと鉄男は続けた。
「カチュアが授業を楽しんでいるようには見えません。教官としての俺は何の役にも立っていない。つまり教官が俺であるかどうかは関係なく、単に時間経過と共にカチュアの心は解きほぐれていったのではありませんか?」
「では、君は何故彼女がゼネトロイガーを動かしたと思っているんだ。他ならぬ、君を助ける為じゃないか」
「そ、それは」
ぐっと言葉に詰まった鉄男を横目に眺め、御劔が肩をすくめる。
「安心するといい、子供は正直だ。好きでもない奴に命を懸けられるほどには献身的じゃない。君を助けようとしたカチュアは、間違いなく君に懐いているよ。というか、その辺に関しては、君にも覚えがあるんじゃないのか?」
脱出する間際キスされたことを思い出して、鉄男は己の唇へ手をやる。
そうだ。あれは決定打じゃないか。カチュアが自分に性的欲求を抱いているという。
「君とカチュアを引き合わせたのは、君の中にあったシークエンス要素が狙いだった。機械を動かせるモアロード人と、空からの来訪者を意味するシークエンスとを接触させたら、ゼネトロイガーにも何らかの反応があるのではないかと期待したんだ。だが実際には、それ以上の成果があったな」
「それ以上の成果、とは?」
首を傾げた鉄男へ、学長は意味ありげなウィンクを送る。
「カチュアの心を開いてくれただろ。私からも礼を言わせてくれ。あの子の呪縛を解いてくれてありがとう、とね」
思わぬ感謝の言葉でポケッとなっている間に話を終わりに持っていかれて、鉄男は学長の部屋を追い出されたのであった。
結局なんでカチュアがあの時、瞬間移動でゼネトロイガーの頭部に乗り移っていたのかまでは聞きそびれた。
ゼネトロイガーの機能かと鉄男は疑ったのだが、知っているのであれば御劔も言い出すだろうに何も言わなかったというのは、聞くだけ無駄なのかもしれない。
学長が知らないのであれば、スタッフにも当然判るまい。
謎は謎のまま残りそうだと鉄男は考え、眉間に皺を寄せるのであった。


来たる週末――
白熱のジャンケン三連戦を見事勝ち抜いたマリアは、意気揚々と教員寮の扉を叩く。
ラストワンの教官が、ここを間借りしているのは初日で知り得た情報だ。
「はぁい?」と扉を開けて応答したのは、顔に似合わないツインテールの見知らぬ中年女性だったが、マリアは物怖じせず話しかける。
「鉄男、いる?一緒に出かけようって伝えて!」
タメ全開、おまけに年上を呼び捨てるマリアに女性教官が目を丸くしたのも一瞬で、すぐに背後で別の声が応えた。
「やぁ、聞き覚えのある声だと思ったら、鉄男くんとこのマリアさんじゃないか!」
声の主は、デュランであった。
見覚えのある青い髪の男はマリアへ微笑みかけると、手招きする。
「ついでおいで。鉄男くんの部屋まで、案内しよう」
「ありがとー!」
喜んでついていきがてら、ちらっと後ろを盗み見て、こそっと付け足した。
「……あの人、デュランのこと、めっちゃ見てるけど何なの?恋人?」
デュランも、ちらりと後方へ目をやり、「そう見えるかい?うーん、はずれだ。ただの同僚だよ」と全否定した。
ツインテールの女性は両手を組み、ぽぉっと頬を赤く染めてデュランをガン見している。
その姿も次第に遠ざかり、デュランとマリアの二人はエレベーターに乗り込む。
「鉄男くん達ラストワンの教官には、二階を借りてもらっている。実家がある人もいたみたいだけど、どうせなら全員まとまっていたほうが動きやすいとの御劔学長のご要望でね」
デュランの説明に「へー、そうなんだぁ」と素直に感嘆しつつ、マリアは自分の知りたいことを尋ねる。
「全員いるの?なんか瓦礫をよけた時、春喜だけ怪我してたって聞いたけど」
「あぁ、春喜というのが入院している教官か」
「えー!入院しちゃったんだ、あのガマガエル」
「うん、ガマガエルかどうかは知らないが、そのようだ。となると、彼の受け持ち担当の生徒は放課後の授業をどうしているんだろうね」
「あー前から自習ばっかみたいだし、変わんないんじゃない?」
全く遠慮のない少女との会話を楽しみながら、扉横についたチャイムを鳴らす。
ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえ、ややあって鉄男が顔を出した。
相手がデュランだと判るや否や、眉尻をあげてくる。
正直な反応に内心苦笑しつつ、デュランはマリアへ場所を空けた。
「やぁ鉄男くん、こんにちは。お客様をつれてきたよ。君の生徒のマリアさんだ」
「マリアが!?」と驚いて見つめてくる眼差しに、マリアも挑戦的に笑い返す。
「それで……何をしに?」
扉を半分開けて警戒気味の教官には、本人が堂々と答えた。
「何って、土日にデートするって言ったの、もう忘れちゃったの?」
本日彼女と出かける約束をした覚えは、ない。
土日どこかへ出かけたいなら同行すると言ったまでだ。
「ほぉ、デート」と瞳を輝かせるデュランを黙らせるが如く、殊更大きな声で鉄男が遮る。
「当日に申し出るのは約束と呼ばん。せめて事前に打診してこい」
だが相手も然る者、「そんなの、事前に聞いてないもん。鉄男が教えてくれないんじゃ、あたしが知るわけないでしょ」と生意気にも反論する。
ハハハと鉄男の神経を苛立たせる笑い声をたてて、デュランまでもがマリアの背後で追い打ちをかましてきた。
「これは鉄男くんの説明不備だな。ともあれ、マリアさんは今日思い立って出かけたくなったんだろう?なら、つきあってあげるのも教官だ」
出かけると言ったのは唐突な思いつきではないが、あえて訂正する必要もない。
デュランが自分に味方しているのぐらい、マリアにだって判っているのだ。
追い風を利用しない手はない。
「そうよ。事前に約束していないからって鉄男は、あたしに一人で出歩かせる気なのね。出かけるなら同行するって言ったのは嘘だったの?」
「同行しないとは言っていない」
売り言葉に買い言葉で、勢いよく突っ込んだ後。
壁のハンガーにかけていたジャンパーをひったくり、尻ポケットに財布を突っ込んだ。
「――それで?どこへ出かけようっていうんだ」
不承不承扉を開いた鉄男の腕を取り、マリアが勢いよく走り出すもんだから、危うく転びそうになって鉄男は足を踏ん張った。
「ま、待てっ。廊下を走るな、危ないだろう!」
「も〜、鉄男ってばノリが悪いなぁ。こういう時は大人しく引っ張られてついてくればいいの!出かけ先なら、外に出てから教えてあげる」
再びグイグイ引っ張られながらエレベーターに消えていく二つの背中を、デュランは生暖かい視線で見送った。
「いやぁ青春だね、鉄男くん。グッドラック」

マリアと鉄男が向かったのは地下街中央にあるショッピングモールであった。
スパークランのビルとは目と鼻の先だ。
「学校が中央街にあるって便利よね!寄り道し放題じゃん」
目を輝かせて言うマリアへ「では、なぜスパークランを進路先に選ばなかったんだ?」と鉄男が尋ねると、ぶっすーとスネた口調で返ってくる。
「入れたら選んでるっつーの」
だが機嫌を損ねたのも一瞬で、すぐにマリアは立ち直り、鉄男の腕を引っ張った。
「そんなことより急ご!早くいかないと行列できちゃうんだから」
「急ぐとは何処へ――」
聞く暇与えずマリアが走り出し、追いついた鉄男は歩調を落として並走する。
走るうちに目的地と思わしき場所が見えてきた。
前方に巨大な木が、そびえ立っている。
あれは、そうだ。
前に木ノ下が言っていたベイクトピア首都名物、ベルトツリーではないか?
「あんたと出かけるんだったら、最初は絶対あそこって決めてたの!」
息せき切って、マリアが弾んだ声で叫ぶ。
だから、これまで一切こちらの誘いに首を振らなかったのか?
だが、そうなら言ってくれれば行く先を変更するぐらい、自分にだって出来たのに。
ツリーの入口には、既に数人が並んでいた。
どれも男女のペアでカップルと思われる。
なんとなく釈然としない感情を抱いたまま、鉄男はマリアと列の最後尾につく。
「やった、まだ六組しかいない。これならすぐに入れるわ」
ちらりと鉄男が腕時計を確認すると、八時十二分を指している。
こんな早くに来ても既に十二人が列を作っているとは、ベルトツリーは、どれだけ人気スポットだというのか。
巨大な樹の上に展望台が乗っかっている。
どう見ても、上に登って景色を眺めるだけの場所だと予想される。
たかが展望台如きに列を作るとは鉄男には到底理解し難かったのだが、隣のマリアを見ると今か今かと順番を心待ちにしており、下手に文句を言おうもんなら彼女がヘソを曲げてUターンするのは、言う前から判り切った結果だ。
こちらとて、朝早くに叩き起こされたのだ。
せっかくなら楽しい気分で帰宅したい。
一組、二組と入口へ消えていき、やっと鉄男たちの番になった。
「さ、鉄男。ここからが本番だよ」
マリアに腕を組まれて鉄男が動揺しているうちに、エレベーターはチンと小気味よく鳴って二人を最上階で放り出す。
そこには先ほど前に並んでいたカップルが全て集結しており、側面のガラス壁に張りついて景色を眺めていた。
「鉄男、ここから首都の全景が眺められるのよ。まぁ、あたしはパパやママと何回も来ているから見慣れているけど、あんたは初めてでしょ?」
マリアはベイクトピア生まれのベイクル育ちだ。
何回も来て見慣れているはずなのに、なぜ自分を連れてきたのかと鉄男が問う前に、マリアが自らネタばらしする。
「今日は無理矢理叩き起こして、ごめんね?けど、これはちょっとしたサプライズっていうか……あたしが一番気に入ってる場所に、どうしてもあんたを連れてきたかったの」
まさかマリアが、面と向かって鉄男に謝るなど。
しかも茶化した謝罪ではなく、恥じらい照れ笑いなゴメンナサイだ。
朝食で何か悪い物でも食べたんだろうか。
しばらく鉄男は二の句が告げずにいたが、マリアには感動しているんだと勘違いされたようで、ぐいぐい腕を引っ張られてガラス壁まで連れていかれる。
「わぁ〜、綺麗な晴天〜。見て、フラクル山がてっぺんまで見える!」
もうすっかり見飽きているだろうに、マリアは嬉しそうに景色を眺めている。
高い場所に登って景色を眺める趣味なんて、鉄男は過去一度も持たなかった。
今、こうして眺めてみても、ビルが多くてゴミゴミした街だという感想しか抱けない。
しかし正直な感想を言おうもんなら、マリアが烈火の如く大激怒するのは目に見えている。
従って、鉄男は一番無難な感想を吐き出した。
「山頂が白く見えるが、雪が積もっているのか」
見えたものを、そのまま言葉にしただけだ。
それでもマリアのテンションは鰻登り、輝く笑顔を向けてきた。
「そうだよ!あの山は年中雪が積もっているんだから。登山は禁止されているけど、政府に許可を貰った氷屋さんだけは入ることが出来て、その氷で作ったのが、アレ!」と彼女が指を差したのは、エレベーターの横っちょに配置されたカキ氷コーナーであった。
特別な山の氷で作っているというのなら、もっと大々的に売ればいいものを。
だが、店にも店の事情があろう。一介の客に文句を言われる筋合いはない。
「ね、ね、一杯食べていかない?鉄男だって気になるでしょ!」
ぐいぐい腕を引っ張られ、しかもマリアが大声で騒ぐせいかカップルが何組かこちらを見ていて、だんだん鉄男は居たたまれなくなってくる。
「あ、あぁ……判った」
「よし、じゃーあたし、イチゴにする!鉄男は?」
鼻息荒くかき氷屋に引っ立てられ、鉄男はチラリと少女の顔を盗み見る。
入口での切符購入の際には、マリアは自分の分を自分で払っていた。
親からの仕送りで、候補生は金を持っている。
それは判っているのだが、せっかくマリアが嬉々として自分を同行させた初お出かけだ。
これまで全く自分に気を許しているとは到底思えなかった、あのマリアが、だ。
ここは年齢差を考えても、自分が奢ってやるべきだろうと鉄男は考えた。
「では俺は、これを……」
コレと青いカキ氷を指さし、二人分の代金をカウンターに放り投げる。
「え!鉄男が奢ってくれんの?やった〜!」
またしても腕を引っ張られ、二人掛けの席に収まると、向かい合わせでマリアが鉄男の顔をジッと覗き込んでくる。
「エヘヘ……なんかさ、これってデートみたい?デートだよね」
亜由美やカチュアと違ってマリアとの出会いは最悪だった。
いや、一方的に鉄男が最悪にしてしまったとも言えるのだが。
一応謝罪したとはいえ、散々殴りつけたのだ。
言葉では許してもらえても、本音じゃ恨まれていると見るべきだ。
それに、あれからマリアが語学や道徳の授業を真面目に受けるようになったとは言い難く、性教育の時間では始終こちらを冷やかしてくるし、手間のかかる生徒のままだ。
他二人と違って、マリアと鉄男の距離は全く変わっていない。
少なくとも鉄男のほうでは、そういう認識だ。
意味深な呟きと共にニマニマ笑顔で眺められても、どうしろというのか。
授業中なら怒ればいいが、こんな場所では、どういった反応を取ればいいのか判らない。
鉄男は困って視線を外し、床を見た。
ソースをこぼした上に足跡が残っていて、結構汚い。
名物スポットにしては、ずさんな掃除だ。
一方のマリアは、視線を外した鉄男に胸の高まりが止まらない。
仏頂面じゃないというだけで、マリアの中での鉄男イケメン度は上がりっぱなしである。
そっと手を握ってみたら、鉄男が動揺した目を向けてきたので、思いきって囁いた。
「……ネ、鉄男。亜由美やカチュアと、なんかあったの?なんか二人とも、最近態度がおかしいんだよね。鉄男のこと、めっちゃ意識しているっていうか」
思わずギクリとなったが、表面上は鉄仮面で鉄男もボソボソ答える。
「爆撃騒ぎの際、釘原と行動を共にしていた。カチュアは……判らん」
さすがにキスされましたなんてのは、他人に話せる話題ではない。
そもそも勝手に話してしまうのは、カチュアにとっちゃプライバシーの侵害ではないか。
亜由美にしても事故で唇を奪ったとなれば、マリアには、どんな冷ややかな態度を取られるか判ったものではない。
嫌われているにしても、これ以上嫌悪されたくはない。
再び床に視線を落としながら、鉄男はそんなふうに考えた。
あまりにも床ばかり見ていたせいで、全く気づかなかった。
マリアが鉄男の分のスプーンを口に運び、青いカキ氷の中へ突き刺したのにも――


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