合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 放課後授業

放課後の授業開始までには、鉄男も教室へ戻ってくる。
ただし開始から五分程度、遅刻して。
午後、木ノ下の前から行方をくらましていたのには理由があった。

デュランと別れた直後、出会い頭に捕まったのだ。
見知らぬ女性の三人組に。
「あなたがデュランお兄様を独り占めしている、ラストワンの辻鉄男ね!?」
一番年長と思わしきロングヘアーの女性にビシッと指を差されて、硬直している間に取り囲まれ、体育館の倉庫まで連行された。
「デュランお兄様はスパークランのアイドルにしてベイクトピアの英雄にして、私達の王子様であらせられます。独り占めは許されません」
おかっぱの女性は、指を組んで祈るようなポーズを取る。
その横ではツインテールの女性が、鋭い眼差しで鉄男を睨みつけて叫んだ。
「デュランお兄様の寵愛を受けようだなんて、一億飛んで十万年は早くてよ!?私達だって最近はご無沙汰ですのに、新入りでよそ者のお前が!」
デュランをお兄様と呼べるのは、ミソノだけではなかろうか。
他に三人も妹がいたとは聞いていない。
それに三人とも目皺やほうれい線の濃さから考えるに五十代そこそこの顔つきで、デュランより遥かに年上に見えて、鉄男は軽く混乱する。
だが見た目は三十代だったデュランの実年齢が四十代だった件を考えると、この女性らは老けて見えるだけなのかもしれない。
言葉の出ない鉄男を三人は好き勝手に罵ってくる。
「朝もデュランお兄様に優しくしてもらっていたようだけど、デュランお兄様は誰にでも優しいのよ、お前だけを特別視しているわけじゃないんだからねっ、勘違いしないでよね!」
「ラストワンとの合同教育ですが、生活まで合同する予定はありません。お兄様に生活面で迷惑をかける行為は慎むように」
「水泳クラブに入ってきたら、シメるわよ!?あんたに似合うクラブはそうね、清掃クラブなんてどぅお?ついでに、その小汚いしみったれた性根も清掃するといいんだわ!」
スパークランは新人教官に優しいと聞いていたが、こいつらは一体何なんだ。
校舎内にいるからには、こいつらもスパークランに所属する教官のはずだ。
優しく扱ってほしかったわけではない。
しかし、無駄な喧嘩を売られるのも御免である。
鉄男が無言で睨みつけると、三人は一瞬ビクッと怯えたが、すぐに威勢を取り戻す。
「クッ、何よ、その目つき!新人教官のくせに生意気ねッ。デュランお兄様に目をかけられているからって、調子に乗るんじゃないわよ!」
「ラストワンは新人教育を行っていないのでしょうか。程度の知れる学校ですね」
「ポッと出のあんたとは年季が違うわよッ、私達はデュランお兄様と長年同僚のベテラン教官ですもの。だから、もっと敬いなさい!?もちろん、デュランお兄様にもね」
要するに、嫉妬か。
朝デュランに捕まって馴れ馴れしくつきまとわれていたのが、こいつらには御贔屓にされていると映ったらしい。
「……名乗りも出来ない奴を敬う神経など、俺は持ち合わせていない」
鉄男は頑として睨みつける姿勢を崩さず、煽りまで飛ばす。
たとえ居候先の先輩諸氏が相手でも、礼儀知らずに下げる頭など自分は持っていない。
デュランは、あれでも一番最初は、きちんと先輩らしく名乗りを上げていた。
その彼と同僚だというのなら、同じぐらいの礼儀を見せるべきだ。
「んまぁ!なんて生意気な小僧ですのぉ!?」
ヒステリックに騒ぎ立てるツインテールを、おかっぱが制する。
「いいえ、彼の言い分にも一理あります。私達は、どうやら怒りが制御しきれず礼儀を忘れてしまったようですね……いいでしょう、冥途の土産に名乗りをあげてやりましょう」
三人は横一列に整列し、まずはロングヘアーの女性が名を叫ぶ。
「長女、クレア!」
「次女、レイティーン」と続けて名乗ったのは、おかっぱ女性。
最後にツインテールの女性が「末っ子、パティ!」と名乗り、三人は各々ポーズを取る。
左端のクレアが人差し指を左へ突き出し、右端のパトラが同じく人差し指を右へ突き出す。
そして真ん中のレイティーンは両手を天井に掲げ、三人は同時に叫んだ。
「我ら、美麗教官三姉妹ッ!」
叫ばれた瞬間、鉄男の心を空っ風が吹き抜ける。
悲しいかな、目の前の三人は顔面が美麗に全く追いついていない。
こいつらと比べたら、ミソノのほうが何十倍も美麗だと鉄男は考えた。
ともあれ、無駄な時間を過ごしてしまった。
鉄男一人に因縁をつける為に、わざわざ受け持ち教室を抜け出してきたのだとしたら、受け持ち生徒に申し訳ないと思わないのだろうか。
先輩風を吹かす権利なんて、担当授業を放り投げる輩にあるはずがない。
デュランだけだ、授業中に廊下をフラフラしてもいいスパークランの教官は。
「自己紹介、ありがとうございました。俺の名前は知っているようだから、こちらの自己紹介は省略します。放課後の授業に遅れるので、もう行かせてもらいます」
ほぼ棒読みだが、それでも一応は敬語でぼそりと呟き、鉄男は踵を返す。
「あー!待ちなさいよ、逃げるつもりなの!?」
「フッ……我らの美麗に恐れをなして逃げ出しましたか。哀れなり、小物新人」
「フホホホ!これに懲りたら、二度とデュランお兄様の目前には現れない事ね!」
三姉妹の罵倒を完全に無視し、体育館を出ていった。

――といった理由で開始時間をオーバーしてしまったのだが、鉄男は素直に謝罪する。
「五分遅刻してしまったな、すまない」
「いいわよ、その分休み時間が長くなったと思えば」
マリアには気楽に慰められて、放課後の授業が始まった。
ラストワンの授業を受けられるのはラストワンの候補生だけだ。
双方の校長が話し合った結果、ラストワンの教育はスパークランの候補生に必要ないとスパークラン側の校長が判断した。
もっとも授業が始まる直前までは、教室の前に人だかりが出来ていたそうだ。
マリア曰く、女子学級の生徒が全員追い払ってくれたらしい。
教室は今、六つにパーティションで仕切られ、それぞれの教官が授業を行っている。
聞き耳を立てれば隣の授業内容も聞こえる状態だが、そんな真似をすれば当然、担当教官に怒られてしまう。
自分の授業を聞き逃しても、洒落にならない。高い学費を払っている以上。
「まず初めに言っておくが、共同教育期間内での放課後授業で行うのは特殊学科のみだ。語学他の基礎学科は、スパークランでの授業を真面目に聞いておくように」
仏頂面で説明する鉄男とは対照的に、マリアが目を輝かせる。
「えっ!じゃあ、ここでやるのって性教育とゼネトロイガーの操縦方法だけなの!?」
あまりにも声が弾んでいたのか、隣に座った亜由美には苦笑されてしまう。
マリアが基礎学科、語学や物理の時間で半分居眠りをしているのは、同じクラスにいれば嫌でも知りうる授業態度だ。
「そうなる……が、基礎学科の定期テストはスパークランでも行われる」
「え〜」と、たちまち萎れる学友に亜由美が「大丈夫だよ、昼間の授業をしっかり受けておけば」と励ますのを見ながら、鉄男は本日分とアタリをつけていたページを開く。
基礎学科がなくなったのは、鉄男にしても誤算だ。
一番苦手とする学科が外れなかった件も含めて。
だが、苦手だなんだと四の五の言っていられる余裕もなかった。
自分が原因でラストワンの校舎は吹っ飛んだ。
貧乏新人教官に出来るのは、候補生に知識を与える程度しかない。
「今日はゼネトロイガーの基本操縦について説明する」
「え〜、性教育じゃなくて?」
さっそくマリアには冷やかされるも鉄男は仏頂面でスルーすると、プロジェクターに用意していたセルを挟み込む。
スクリーンに映しだされたのは、ゼネトロイガーの操縦席だ。
男女のペアで乗り込む時は台座に女性が横たわり、教官が操縦桿へ手を伸ばす格好になるが、一人で操縦する時は台座に腰を下ろして真正面から操縦桿を握る体勢になる。
足元にあるペダルは移動速度の上げ下げに必要で、勢いよく突っ込む時はペダルを片足で上向きに傾け、減速する時は踏みつける。
操縦桿、つまりレバーは倒した方向に移動する。
右に傾ければ機体も右に傾くし、前に倒せば前進、後ろに引っ張れば後退。
ボーンは操縦桿上部のボタンを押せば発射される。
ただし、ボーンは感情ゲージが振り切れないと発射できない。
ゼネトロイガーを操縦するには脳内で煩悩を働かせつつ、今の動作を全て一人でやらなくてはいけないが故に原則二人乗りとしてある。
これらはラストワン所有のゼネトロイガー専用操作方法で、例えば操縦桿一つにしてもライジングサンは全く異なる使用方法だ。
あちらは操縦桿が攻撃動作と連携しており、移動は操縦席真横のサイドレバーで行う。
従って、プロトタイプのゼネトロイガーに乗る機会のないスパークランの生徒が鉄男たちの教える操縦方法を覚えても意味がない。
スパークランの校長が自分の処の生徒に放課後授業を免除させたのも納得だ。
「へ〜、右に傾けると機体も右へ傾くのね。じゃあカーブで曲がった後、体勢を立て直すのは、どうやるの。左に傾ければオーケー?」
マリアから質問が飛んできて、どこかで聞いた覚えがあるなと思いながら鉄男も答える。
「いや、操縦桿から手を離せば機体の角度も元に戻る」
「あぁ、つまりニュートラルに戻すっていう、昴がよく言ってたやつね」
マリアにしては早い理解力だと怪訝な表情になる鉄男へ、彼女が言うには。
「前、一緒に格闘ゲームやった時に言ってたの。ダッシュ移動した後、一旦レバーから手を離して動きを止めるのをニュートラル状態って言うんだって」
何処かの肥満体と異なり、マリアにはテレビゲームの経験があるようだ。
「ニュートラルに戻してからだと、次の動作にも早く入れるんだって。ゼネトロイガーも、そんな感じ?」
教本によれば、そう書いてある。説明が手短になって助かる。
「そうだ」と頷き、鉄男はマリアを褒める。
「そこまで勘が働くのであれば、次に動かす時には上手く乗りこなせるだろう」
自然に微笑む教官を見て胸をキュンさせたのは、亜由美とカチュアだけではない。
真正面で笑顔を受け止めたマリアもだ。
いついかなる時も仏頂面を向けてくる、あの鉄男が、あたし相手に微笑むだなんて!?
天変地異の前触れだ。あまりにも驚きすぎて、言葉がしばらく出てこない。
一方の鉄男は「トーゼンよ!」といったドヤ顔反応を予想していたので、褒めても黙するマリアに内心首を傾げたが、あえて突っ込まず説明を先に進めた。
一番重要な動作、脱出方法についての説明である。
台座の右側にあるパネルを叩き割って中のボタンを押すと、脱出ポットが操縦席を包み込み、真上に射出する。
ゼネトロイガーの上部分を吹き飛ばしての強制脱出故に、使うのは相当の緊急に限られた。
普通に脱出するのであれば、操縦席近くに腕を持っていき、掌を伝って降りればいい。
まぁ、戦闘中に外へ出るぐらいなら、ゼネトロイガーで全力逃走したほうがマシであろう。
マリアが大人しい間、ゼネトロイガーの最大瞬発力や腕関節の強度を長々説明しているうちに、放課後終了時刻を告げるチャイムが鳴り響く。
「あ……もう、今日の授業は終わりですね」
どこか物足りない様子で呟く亜由美の横で、唐突にマリアが「あーっ!そうだ」と叫ぶもんだから、カチュア共々驚愕の眼差しで「どうした?」と鉄男は尋ねてみる。
「土日の教官デートってのは、どうなるの?これもラストワンの校舎が新しくなるまで、なくなっちゃうの?」
直前の授業内容と関係ない疑問だ。
さては大人しくなって以降、こちらの解説を全く聞いていなかったのか。
大体、今まで一度も外出の誘いに乗っていないくせに、今更何を気にする必要がある?
鉄男の眉間に寄った数本の縦皺には気づかないふりで、亜由美も同じ質問をする。
「あ、あの、私も気になります……今までは、その、忙しかったので一緒に出掛ける暇がなかったんですけど、今なら教官とお出かけできそうだなって」
チラッと上目遣いに様子を伺ったかと思うと、すぐさま「あ、あの、辻教官がお忙しいんでしたら無理にとは」と自らの発言を引っ込めようとする亜由美に、鉄男は仏頂面で答えた。
「お前らに余裕が出来たのであれば、同行しよう。希望や要望も承るぞ」
途端に「やった〜!」と喜んだのが亜由美ではなくマリアと知って、鉄男は二度驚く。
これまでずっとダンス練習で忙しいだの、鉄男と一緒に出掛けてもつまんないだのと散々な返答をよこしていたくせに、あれもそれも全部、実は照れ隠しだったのか?
マリアの唐突な態度豹変には、受け入れてもらえた喜びよりも疑問が先にたつ。
何か邪な企みがあるのではと疑いながら、鉄男は教室の扉を開けた。
「土日に出かけたい場所があれば、申し出てくれ。こちらの時間は極力空けておく」
出ていく背中に、マリアの「わぁ〜、行きたい候補なんていっぱいあるんだけど、どうしよう?」といった歓喜にふるえる声を聴きながら。


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