合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 間借り生活開始

アベンエニュラの襲撃を受けて、ラストワンの建物は全壊する。
スタッフや女医にも多数の怪我人を出す惨事となり、翌日には報道が詰めかけた。
久々の空襲に加え、ピンポイントに狙われたのだ。
ニュースとして取り上げる価値は充分ある。
何故、ここだけが狙われたのか――報道の興味は、そこに集中した。
様々な憶測が飛び交い、渦中のラストワンは世間の好奇心から子供たちを守るため、そして校舎が再建されるまでの生活場所も兼ねて、余所の傭兵学校へ身を寄せる運びとなった。


「鉄男くんっ!無事で良かった、心配したんだよ」
移住先で鉄男を出迎えたのは、デュランの暑苦しい抱擁であった。
たまらず勢いよく身を引きはがし、鉄男は抗議する。
「何故すぐ抱きついてくるんですか、あなたは!」
「ん〜?もちろん嬉しいに決まっているからじゃないか」と相手は全く反省の色を見せておらず、今日から、ここで厄介になるのかと思うと、心が沈んでしまう。
ここはどこかというと、傭兵育成学校スパークラン。
地下街に自前のビルを所有している、築二十年の中堅学校である。
「御厄介になるのは辻くんのみではありませんが……宜しくお願い致します」
苦笑いを浮かべた御劔に頭を下げられ、デュランは笑顔で全員を迎え入れる。
「校長から聞いていますよ。学校を建て直すまで、うちで合同教育を行うのだと。我らスパークランの教員一同、大歓迎です。そちらとは授業内容が若干異なるとは思いますが、志は同じです。生徒も仲良くやっていけるでしょう」
合同教育の申し出はスパークラン以外からも多数出ていたが、御劔がスパークランを選んだのは、この学校のスポンサーがベイクトピア軍であるからに他ならない。
ラストワンはアベンエニュラに狙われている。
正確には鉄男一人が狙われているのだが、だからといって彼を放逐するわけにもいかず、早急に身を隠せる場所が必要だった。
軍に保護された学校なら、シンクロイスに対抗できるかもしれない。
「当学校には女子学級が一つあります。そちらへ仮編入していただきましょう」
デュランの案内で、教室の一角に辿り着く。
開け放たれた教室を見て、ラストワンの候補生達は一斉に「わぁ……」と感嘆の声を上げる。
きっちり五センチ間隔に並べられた机。
埃一つ落ちていない床。
手前に広がるのは巨大なスクリーンか。黒板ではなくプロジェクター方式での授業だ。
背後の壁が黄色いのを確認してから、木ノ下がデュランに尋ねる。
「えぇと、こちらには望めば寮もあると聞いたのですが……?」
「えぇ、あります。当学校での希望者が少ないので、部屋はいくらでも空いていますよ」
候補生達は寮の部屋割りから風呂場の使い方までデュランに説明を受けて、それから食堂だ図書室だ保健室だと各所を案内されて、やっと部屋に案内されて落ち着いたのは、到着から三時間ほど経過した後だった。
「ふ……ふ、ふ、ふえぇぇ〜い!つっかれたぁぁ!」
拳美が叫んで、ベッドにダイブする。
ふかふかの布団が彼女を受け止め、包み込む。
お日様の香りがする布団だ。ビルは地下にあるのに。
「疲れたって言う割には元気だねー、拳美ちゃん」
呆れ目でユナが突っ込み、香護芽はというと、部屋に設置されたTVをつけてみる。
ラストワンの候補生は、それぞれクラスごと三人ずつで部屋を借り受けた。
これまで二人体制の部屋だったから、なんだか新鮮だ。
「ね、ね、香護芽って今までモトミちゃんと同部屋だったんだよね。疲れなかった?」
チャンネルを一通り回してからTVを消して、香護芽が答える。
「そうでおじゃりますなぁ……なにかと騒がしゅうござりましたが、楽しゅうございました」
香護芽にしてみれば、モトミがユナに代わっただけだ。あまり変わりない。
「そっかー、よかったー。ユナ、ちょっとうるさいかもだけど、モトミちゃんのマシンガントークが平気だったんなら、ユナのおしゃべりもヘーキだよね♪しばらく宜しくね」
「今更だよね〜、その挨拶!ガッコじゃ、いっつもうるさいじゃん」
今度は拳美がユナに突っ込み、二人してキャッキャと笑う。
あんな酷い空襲にあった後だとは思えないぐらい、二人とも平常心だ。
それに、どこも怪我をしていない。
ユナと拳美は辻教官と共にいたという話だし、彼がきっと二人を守ってくれたのだろう。
自分と比べると、この二人は少々か弱く――いや、標準タイプの女子だ。
建物が崩れた時、香護芽が真っ先に心配したのは二人の安否であった。
反面、石倉教官は無事だろうと密かに思っていた。
なんとなく、瓦礫の山を跳ねのけて復活する印象が、担当教官にはあった。
怪我人はスタッフや女医だけではない。候補生にもチラホラいた。
メイラは避難の際、おでこを擦りむいたと言うし、眼鏡が割れてしまった。
亜由美は避難前に顔面を激打し、一応安静を言い渡された。
杏は避難時に足をくじいたとかで、レティに肩を貸してもらっていた。
後藤教官も救助が確認されたが、彼は緊急で病院へ搬送された。
重体だとスタッフの内緒話を小耳にはさみ、香護芽は内心青くなったりもしたのだが……
共犯のニカラは、気にもしていない様子だった。
いくら襲われていたからといっても、あの無関心さは解せぬ態度であった。
「ねぇ、どうしたの?夕飯だって言ってんだけど」
ポンポン拳美に肩を叩かれて、香護芽は我に返る。
「夕、飯……?」
「そだよ。寮は御飯出るんだって。休日は朝昼晩の三回、うちと大体一緒カナ?」
ついて早々なのに寮で飯を作ってくれたのだとしたら、是非にも食べに行かなくては。
颯爽と廊下へ飛び出した拳美を追って、ユナと香護芽も食堂へ向かった。

スパークランの食堂は教官用と生徒用とで分かれている。
寮といえど、やはり造りは同じで、鉄男たちの夕飯は教官用の食堂に用意されていた。
「うはー、うめ!美味いッスよ、この蕎麦……あーココ来て良かった」
屈託なく笑い、スパークランの教官、国立恭介と名乗った青年が木ノ下へ話しかける。
「木ノ下さんは蕎麦がお好きだと聞いていましたからね、お口にあって何よりです」
「へ?聞いていたって誰に」と木ノ下が問い返せば、国立が間髪入れずに答える。
「ラフラス先輩から」
以前、地下街で一緒に食事したのを覚えていたと見える。
あの時、木ノ下は蕎麦を注文していた。
たった一回見ただけで好きと決めつけるのもどうなんだと思うが、蕎麦は気持ちいいぐらいにズルズルと木ノ下の口の中に吸い込まれていき、今や汁しか残っていない。
鉄男は手元に置かれたおにぎりへかぶりつきながら、この握り飯も、もしやデュランが鉄男の好物だからと国立に用意させたのではないかと疑った。
おにぎりは好きだが、好物はおにぎりだけじゃない。
夜に食べるのであれば、おにぎりよりも皿に盛りつけられたランチのほうがよかった。
しかし自分は今、居候の身だ。食事にケチをつけられる立場にない。
「えぇっと、辻さんと木ノ下さんは同室だったとのことですが……すみません、うちの教官宿舎は住まいがない人のための緊急処置で作られておりまして、二人入れるほどには部屋が広くなくてですね」
「あぁ、いいですよ。二人入れろなんて贅沢は言いません、一人部屋でも」
目の前では国立が頭を下げ、木ノ下が鷹揚に頷いている。
一人部屋か。
ニケアの自宅では一人になれる部屋などなかったから、鉄男は初体験となろう。
独りで寂しいなんて感情は全く沸かないが、木ノ下と一緒じゃないのは多少悲しい。
まぁいいか。どうせ部屋では寝るだけだ。他の場所では一緒なんだから、文句はない。
「それと、お風呂ですけど。寮には設備がないので、近所の銭湯を使ってください。あ、一応生徒の寮にはあるんですが、そちらをお使いになりますか?」
うーんと腕組みして、すぐに木ノ下は首を真横に振る。
「いや、女子と鉢合わせると面倒事になりそうだし、銭湯通いしたほうが良さそうです」
ニケアにいた頃、風呂は銭湯だった。
銭湯に行っている間だけが、幼き日の鉄男にとって安泰の場所だったのだ。
ほんわり懐かしき思い出に浸っていると、木ノ下が鉄男の腕を突いてくる。
「ここの寮って鍵がかかるそうだから、お前は寝る前ちゃんと鍵をかけろよ?」
何を言われているのか判らず咄嗟には頷けない鉄男へ、木ノ下が念を押す。
「夜中、デュランさんが忍んでくるかもしんねーから、鍵をかけろって言ってるんだ」
デュランが鉄男の部屋に、忍んでくる?
女子の部屋に男子が侵入ってんなら或いはあり得るかもしれないが、それはない。
木ノ下は一体何を斜め上に心配しているのだろうと鉄男は訝しみ、残りのおにぎりを口に放り込む。
ひとまず本日は外出を控え、寮で休んでくださいと国立にも言われ、二人は別々の部屋に落ち着いた。

ゼネトロイガーがスパークランの格納庫へ搬入されるのは翌日と決まった。
格納庫には御劔らラストワン関係者のほかにスパークランの教官と校長、それから軍人の姿もある。
「改めて、合同教育のお申し出をありがとうございます。どうしたものかと内心悩んでおりました。いえ、学び舎はいくらでも調達できますが、機体を運び入れる場所が確保できそうになかったものですから」
ハルミトン校長へ感謝を述べる御劔に、「きみの実家では駄目だったのかね?飛行船をどければ入るだろう」と突っ込んできたのは本郷だ。
ベイクトピア軍でロボット研究の指揮を執る彼はスパークランのバックアップスタッフも兼ねており、スパークランにゼネトロイガーが搬入されると聞いて、すっ飛んできた。
なにしろプロトタイプのゼネトロイガーは、これまで門外不出とされてきた。
幻の機体と呼んでも差し支えない。
大会には一機だけ出ていたが、実際には六体あると言われ、さらに六体が合体するとまで教えられたら、興味の沸かないわけがない。
合体は、ロボット研究に身を置く者であれば究極の憧れだ。
どのような条件で発動し、どのような最終体形になるのか。
ぜひとも、この目で確かめたい。
そんなわけで、夜中であろうとお構いなく、スパークランに馳せ参じた次第である。
来るのは明日で充分間に合ったのにとハルミトンには苦笑されたが、本郷には我慢できようはずもなかった。
「実家では、生徒を招き入れる場所がありません」
御劔も苦笑し、ライジングサンを見上げる。
ライジングサンはベイクトピア軍が作り上げたロボットの中で最高峰の機体だ。
これを越える性能と操作性のロボットは、未だ完成していない。
後継機のクレイジーデュオは、ライジングサンの足元にも及ぶまい。
劣る面は見えている。なのに、何が間違っているのかが判らない。
基本の設計はライジングサンを元にしているはずなのに。
或いはパイロットが性能を引き上げていたのではと、本郷はデュランを盗み見て考える。
デュランを越える優秀なパイロットも、未だに一人も出てきていない。
彼を早々退役させてしまった上層部は、なんと愚かだったのかと憤った日々もあったが、全ては終わった過去の出来事だ。
今の彼は傭兵学校の教官で、未来のパイロットを育成する立場にある。
今年の卒業生には優秀な奴がいるとの話だ。そいつに期待してみよう。
「明日は私の配下も数人来る予定だ。何か手伝えるようであれば、何でも言いつけてくれ」
本郷の申し出に、御劔は頷き微笑んだ。
「では、遠慮なくお借りします。なにしろ六体もあるもので、全部運ぶとなると、こちらのスタッフだけでは手が足りません」


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