合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 分かりあえるのか

動揺するアベンエニュラの隙をついて、口の中から逃げ出すのは簡単であった。
飛び出す寸前、くるりと鉄男が振り向いて怒鳴る。
「アベンエニュラ!貴様らが無益な殺戮を二度としないと誓うのであれば、歩み寄れる可能性があるかもしれんッ。そうでないのなら、俺達は永遠に分かりあえないぞ!」
返事は聞こえてこなかったが、カチュアを抱えたまま、構わず飛び降りた。
ゼネトロイガーが差し出してきた掌の上へ。
ふぅっと大きく溜息を吐き出して、改めて鉄男は腕の中を見やる。
カチュアもまた、鉄男を見上げて微笑んだ。
どうにも原理は判らないが、このゼネトロイガーはカチュアが動かしているらしい。
以前デュランに同行して失踪騒ぎを起こした時も、カチュアは重機を動かしたと聞いた。
この能力は、シンクロイスの道具に対しても有効なのであろうか。
逃げ出す直前に起きた出来事をも思い出し、鉄男の中で極度に緊張が高まってくる。
どういうつもりでか、いや、どんなつもりでやったのかは判っているが、まさか、この子があそこまで思い切った行動に出るとは、鉄男にも予想外であった。
好きだと告白されたのは、だいぶ前の話だ。
あの時は教官として好意を持ってくれたのだと受け止めた。
しかし、その後の態度には距離を感じたので、そう簡単に全てを信用してもらうのは難しいのだとも考えていた。
男女としての意味での、好きだったのか――
告白されてもキスされても、鉄男は自分がカチュアを好きなのか否かが判らない。
受け持ち生徒として見るのであれば、嫌いではない。
親のDVを受けていた点は共感できるし、彼女が望むのであればサポートもしてやりたい。
ただ、男女のつきあいとして考えた場合の、彼女の立ち位置が自分の中で確定しない。
言うなれば、年齢差がありすぎて全く思いつかない。
自分と同じか年上であれば、色恋沙汰も多少は想像できよう。
カチュアは過去に悲惨な目に遭ったDV被害者であり、保護者の立場で見守るべき少女だ。
どこまでも子供としか見ていない。
カチュアは、それが嫌だと言っていた。
彼女の意思を尊重するのであれば、子供ではなく対等な立場として扱うべきだ。
と、理性では判っていても、やはり男女交際相手だと捉えるのは厳しいと鉄男は考える。
教え子に手を出す背徳感も加わってくる。
反面、亜由美と不慮の事故でキスしてしまった時には、胸の高鳴りを覚えた。
彼女は十六歳、二十五の鉄男とは九歳の差開きだ。
それでもカチュアとの年齢差よりは、マシに思える。
初めてキスした相手が彼女になってしまったのは事故だが、同時に安堵もした。
これが例えば木ノ下などの同性であったら一生のトラウマになっていたかもしれないし、亜由美には何かと相談を聞いてもらえる相手として世話になっていることもあり、マリアやカチュアと比べると、人としての好意は上だ。
だからこそ安堵したのだ。彼女で良かった、と。
カチュアとのキスは、カチュアが一方的に仕掛けてきた行為だ。
嫌か否かで問われると、嫌ではないが嬉しいわけでもない。
どう反応すればいいのかが判らなくて、困る。なまじ、嫌いな相手ではないだけに。
喜んでやればいいのだろう。だが、それは自分の意志とは異なる。
だからといって、スルーするのは彼女を傷つけてしまう。
鉄男がいつまでも黙っているので、カチュアが先に口を開く。
「わたし……わたしの想いへの返事、今は答えなくていいから」
「えっ?」
「気持ちが決まったら、その時、聞かせて……?」
こちらに気遣いしてくるとは、鉄男よりも、ずっと精神的に大人ではないか。
鉄男は猛烈に己の未熟さが恥ずかしくなり、ぐっと唇を噛みしめる。
十二歳の子供にだって自分の意志を他人に向けて表明できるのに、自分は二十五歳にもなって自分の気持ちすら判らないだなんて。
ややあって、言葉を絞り出した。
「お前を嫌いか否かと問われれば、嫌いではない。だが、好きだとはっきり言えるほど、お前を理解しているわけでもない。俺達には時間が必要だ。分かりあえるための時間が」
カチュアはコクリと頷き、じっと鉄男を見つめてくる。
「わかった……もっと時間、重ねよう。それで、わたしのこと、いっぱい理解して」
ゼネトロイガーの掌の上に彼女を降ろして、不意に鉄男は気づいた。
いつの間にかアベンエニュラが影も形もなくなっていたことに。
瞬間移動で帰ってしまったのか。
返事を聞きそびれたが、今は失恋のショックで奴も動揺していよう。
こちらにも時間が必要だ。
腕の中から解放されたカチュアが、鉄男に尋ねてくる。
「シンクロイスとも時間をおけば、分かり合える……と、思う?」
「あぁ」と頷き、鉄男は彼方の空を眺めた。
アベンエニュラを出る直前で叫んだ言葉は本望だ。
シークエンスのおかげで色々判ってきた今は、和解できれば一番いいと思っている。
だがカルフの態度を思い出すに、難問だというのも判っている。
あいつらは、こちらを下等生物だと見下して、家畜としか扱っていない。対等ではない。
最早、争いの元凶たるモアロードが謝罪したとしても攻撃を止めないだろう。
こちらを下等だと見下していないアベンエニュラが双方の掛橋となるのが理想だが、カルフらはアベンエニュラも出来損ないのクズだと見下している。
アベンエニュラが仲間内で認められる方法も、考えなければなるまい。
はっきり拒絶してしまった事を、少しだけ鉄男は後悔した。
相手を傷つけない最良の断り方が、他にあったんじゃなかろうか。
もっとも、アベンエニュラが鉄男の返事を気にした様子もなかったのだが……
瓦礫の山が崩れ、他のゼネトロイガーが顔を出す。
あれも、お前が?と尋ねる鉄男へ、カチュアは首を真横に振った。
「違う……たぶん、シェルターにいる皆が動かした」
そういや建物が崩壊した時、この子は何処にいたのだろう。
どこにも怪我をしていないからシェルターへ無事保護されたと見るのが自然だが、なら何故一人だけ外に出てゼネトロイガーを動かしていたのか。
疑問に思った鉄男がそれも尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「わたし……最初はシェルターにいたの。でもゼネトロイガーを動かしているうちに、外に出てた。頭に乗っかりたいって思ったら……ほんとに、乗っかれた」
馬鹿な。それではまるで、シンクロイスの瞬間移動ではないか。
改めて、鉄男は目の前に立つゼネトロイガーを眺める。
この機体は、シンクロイスの構想を元に作ったと学長は言っていた。
ゼネトロイガーにはブラックボックス、学長にも判らない謎の構造があるのだとも。
カチュアが瞬間移動した原因は、ゼネトロイガーにあるのではないかと鉄男は見当づける。
ゼネトロイガーについても自分は何も知らない。
学長を問い詰めるか、或いはシークエンスの助力を得て、もっと調べておくべきだ。


ラストワンの瓦礫撤去は、三体のゼネトロイガーを用いた大掛かりな作業となった。
それぞれに乃木坂とヴェネッサ、ツユとメイラ、剛助と昴で乗り込んで動かしている。
被害は全壊。国から多少の補償金が出るとしても、今後の営業は、どうなってしまうのか。
校舎がなくなってしまっては、授業もクソもないだろう。
不安の面持ちで工事を見守る候補生達に、学長が宣言する。
「大丈夫だ。ラストワンは閉校したりしない。当面は他の学校へ間借りする形となるだろうが、しばらくの辛抱だ」
逃げ遅れた面々も次々と救助され、見守っていた集団の元へ駆け寄ってきた。
「ミィオ、無事だったんだね。よかった!」
喜ぶ飛鳥に、ミィオも軽く会釈して喜びを分かち合う。
「これだけの被害が出たのに、飛鳥お姉様も蓉子お姉様も無事で何よりですわ」
「うちの組じゃ、あなただけ見つからなかったのよ?あまり心配かけないでちょうだい」
ぎゅーっと相模原には抱きしめられ、ミィオはくすぐったそうに微笑む。
「私、そこまで心配されるほどに愛されていたのですね……嬉しく思います」
「当たり前だよー!」と飛鳥が騒ぐ横では、他の組でも再会を喜び合う。
ざっと周囲を見渡して、ユナがポツリと呟いた。
「うちは全員取り残されてたんだね」
「取り残されたってーか、まぁ、近くに逃げ遅れた子がいたし?」と、拳美。
「そうでおじゃる。わらわは自主的に残って救助活動をおこなっておりもうした」
香護芽に至っては、逃げる気すらなかったようだ。
しかし、彼女が崩壊に巻き込まれて死ぬとも思っていなかった二人である。
なんとなく瓦礫の山を跳ねのけて自力脱出してくるイメージが、香護芽にはあった。
「亜由美ちゃん、大丈夫かな?逃げる時、盛大に顔面を打ったって聞いたけど」
大事を取って、女医に診てもらっている候補生も多数いる。亜由美も、その一人だ。
心配するユナへ「あ〜大丈夫、大丈夫」とパタパタ手を振って、拳美が保証する。
「辻教官が一緒だったし、怪我一つなかったし、ラッキースケベもあったし」
「え〜っ!?ラッキースケベって何それ何それ?聞かせて、もっと詳しく!」
途端に瞳を輝かせて食いついてくるユナに「あっと、今のナシ!極秘情報だったから忘れて?」と打ち消す拳美を横目に、香護芽は瓦礫の撤去作業へ目をやる。
これまでに救助された面々の中に、後藤教官の姿はない。
蹴り飛ばして気絶させたのは自分なので、罪悪感がないとは言い切れない。
ニカラが急所にトドメを差していたから、自力脱出も不可能だろう。
いくら彼が無体を働いていたといっても、やりすぎた感はある。
香護芽の視線を辿って、ニカラが話しかけてくる。
「……大丈夫でショ。あいつも、どっかで転がってるヨ。そのうち見つかるって」
「そうだとよいのでおじゃるが……」
春喜が無体を働いていたことも学長か誰かへ相談するべきかどうか、香護芽は悩んだ。
ニカラは内緒にしろと言ってきた。
トドメを差した件までバレるのは、色々と都合が悪いのだろう。
撤去作業は翌日までかかると説明され、候補生達はシェルターに戻って一夜を明かした。


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