合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 No more Stealing

光の玉が鉄男への愛を囁いた時、カチュアの思考を占めたのは強い憎悪と嫉妬であった。
その濃度たるや、デュランの接近や相模原の恋心を知った時の比ではない。
カチュアから鉄男を奪い取るのは、許されざる行為だ。
こちらを差し置いて、先に告白したのも許せない。
ここで滅しておかなければ、例の瞬間移動とやらで永遠に連れ去らわれる恐れもある。
早急に片付ける必要があった。だが、どうすれば?
ピンと脳裏に閃いたのは、ゼネトロイガーを使った救出策だ。
以前、木ノ下と鉄男が行方をくらました時に重機を動かした。
エリスは、カチュアがモアロード人だから動かせたのだと推理していた。
モアロード人は機械の心が判るというのが、他国での評価らしい。
初耳だ。
母国での生活を思い返しても、母が機械を操っていた記憶など、ないに等しい。
母はいつもカチュアを殴って蹴り飛ばす、恐ろしい存在であった。
あの女は、自分で産んでおきながら、カチュアの全てを否定した。
モアロードを出た日のことを、彼女はよく覚えている。
あの日を最後に、自分の心が耐えられる罵詈雑言の限界を越えてしまった。
出ていこう。
そう思った直後、ラストワンのチラシを握りしめ、走って外へ飛び出した。
そのまま陸地沿いにベイクトピアへ入った。
国境沿いから都心部までカチュアを案内したのは、ベイクトピア軍だ。
一人佇んでいた処を保護され、チラシを持っていたことからラストワンへと護送された。
母国が鎖国状態にあるのは、国を出て初めて知った。
モアロードの民であれば、戻ろうと思えば戻れるのだろう。
だが、あそこには二度と戻りたくない。
戻ったら最後、また母との二人暮らしが待っている。
鉄男との縁も切れてしまう。それだけは、絶対に嫌だ。
辻鉄男は今やカチュアにとって、なくてはならない人物にまで登り詰めている。
怖かったのは、ほんの一時だけだ。
今は愛おしい。
なのに、彼から声をかけられると逃げてしまう。
授業中にしたって、うまく問いかけに答えられない。
本音じゃ嬉しいのに、恥ずかしくて目を併せることすらできない。
でも、今日は思いきって伝えてみた。
自分の想いを。
キスは断られてしまったが、恋人になればオーケーといったような返事を貰えた。
畳みかけて、恋人になる方法を聞こうと思ったのに、この大惨事である。
重ね重ね許せない。
アベンエニュラといったか、シンクロイスは人類の敵ではなくカチュアの敵だ。
その恋敵だが、殴っても体当たりをぶちかましても、一向に鉄男を吐き出しそうにない。
かくなる上は自分も奴の中に飛び込んで、直接鉄男を救い出す他あるまい。
幸い、ゼネトロイガーは自分の思い通りに動いてくれている。
両手でアベンエニュラめの口をこじ開ければ、中に入るのも容易いのでは?
帰りも、こじ開けたままにしておけば安心だ。
問題は自分が何処にいれば簡単に乗り込めるのか、だが――
ぱっちり目を開き、カチュアはゼネトロイガーの登れそうな場所を目視で探す。
掌に乗るのは最初に考えたが、片手でアベンエニュラの口をこじ開けるのは難しい。
頭部なら、どうだろう?
不安定ではあるが、湾曲部分から滑り台のように滑り降りれば一直線だ。
食べられるといった心配は、していない。
聞けば、あれは仲間からも乗り物代わりに使われていたというではないか。
ならば、鉄男が中にいる間は消化されたりすまい。
脳内で作戦を簡潔にまとめると、カチュアはゼネトロイガーへ意識を集中させる。
動きを止めていたゼネトロイガーが、屈みこむ。
差し出された掌の上によじあがると、頭の側まで上げさせた。
目を閉じて念じなくても思い通りに動くことに、カチュアは驚いていた。
ゼネトロイガーは最早、彼女の忠実な道具だ。
頭の上に降り立った。
下を見ると怖くなるので、目線は、あくまでもアベンエニュラへ向けて。
表面はつるつるしていたが、角を背にしていれば滑り落ちる心配もない。
この状態で距離を詰めるには、歩かせるしかない。振動で落ちないよう、気をつけねば。
自分が外に出ていると気づいたのは、頭に登ってからだった。


コクピットが無人であるにも関わらず、縦横無尽に動き回るゼネトロイガー。
何度もアベンエニュラを殴りつけ、勢いよく体当たりまでかますのを、シェルターにいる候補生や教官は、やきもきしながら見守っていた。
「カメラを近づけろ!」
剛助に命じられてスタッフがズームで捉えたのは、ゼネトロイガーの角部分に、しっかりしがみつくようにして立つカチュアの姿だ。
「えぇぇ、カチュア!なんでカチュアがゼネトロイガーの上に乗ってんのォ!?」
先ほどまで一緒にシェルターで避難していたはずの仲間が、いつの間にか外へ出ていた上、ありえない場所に登っていたとあれば、皆が驚くのも無理はない。
その一方で、驚いていない者もいる。
御劔とエリスだ。二人は寄り添って小声で話しながら、状況を分析する。
「とうとう念じなくても動かせるようになったわね。あなたは、これを予期していたの?」
「あぁ、その通りだ」
目線はモニターへ釘付けとなり、御劔が拳を握りしめる。
「シークエンスはモアロード人と何らかの共鳴を引き起こすのではないかと、生前の彼は言っていた。辻くんがシークエンスだと推測した場合、カチュアの担当を任せておけば何かが起きるのではないかと、ずっと期待していたんだ」
彼とは、すなわちクローズノイス、五十年前に地上へ降り立ったシンクロイスだ。
シークエンスという名の来訪者が、人類の未来を救ってくれると予言した。
予言通りか、はたまた偶然なのかは判らないが、ともあれ人と違う気配を体の中に持つ男、辻鉄男がラストワンに現れた。
ベイクトピア軍でも確認されている、シンクロイスに寄生された人間である。
シンクロイスの寄生は、稀に乗っ取りに失敗するケースがある。それが"混ざり合う者"だ。
混ざり合った二つの気配を感じ取れる者も、僅かに存在した。
エリスも、そのうちの一人である。
エリスやカチュアがラストワンを進学先に選んだのは、それぞれの家庭事情による偶然だが、今となっては必要不可欠な存在だ。
「辻鉄男の救出は、カチュアに任せておけば安心……かしら?」
「アベンエニュラが、あのまま反撃しなければね。だが、楽観視は出来ない」
御劔は表情を曇らせる。
アベンエニュラの攻撃は、これまでに見た限りでは爆撃しかやっていない。
しかし人型、ロゼやカルフは掌から光線を出したとの報告が軍であがっている。
アベンエニュラが奴らの仲間である以上、同じ攻撃手段を持たないとは限らない。
奴にだって手足はついているのだ。横向きに寝た状態で飛んでいても。
「せめて、もう一体動かせれば……あの子の手助けができるんだが」
すかさずエリスが突っ込んでくる。
「他の機体は瓦礫の中よ?どうやって取り出すつもり」
格納庫はシェルターの上にある。
梯子を使えば出られないこともないが、建物崩壊の余波で停電が予想される。
「学長、非常用の発電機があったはずです」
二人の話を盗み聞きしていたのか、乃木坂も混ざってきた。
「足りるかな?」と難色を示す御劔の元へ、スタッフも集まってくる。
「そうです、発電機とモジュールのセットで一時的にだったら動かせます!」
格納庫の見取り図が、教官とスタッフの脳裏に映し出される。
非常用の発電機は、普段は使わないから倉庫に押し込んであったはずだ。
疑似モジュール、ゼネトロイガーを動かすための装置は三号機に積んであった。
合同訓練で一と二を持ち出す際、もしもの予備として三に積んだのだ。
置きっぱなしにしておいて良かったと言わざるを得ない。
「……よし。発電機を動かして、もう一体出そう」
学長の決断に、シェルターに避難していた全員が呼応する。
「カチュアだけに危険な真似はさせられません、我々も手伝います。ゼネトロイガーを動かすのは、俺の組に任せてもらえませんか?辻には借りがありますし!」
意気揚々と乃木坂が申し出て、御劔はテキパキと指示を出す。
発電機を動かせと命じられ、剛助及びスタッフの数名が梯子を勇ましく登っていく。
残りのスタッフは、ゼネトロイガーの調整に回された。
戦う候補生は、乃木坂組のヴェネッサ。
外ではカチュアの操るゼネトロイガー一号機が、アベンエニュラへ突進する。
ぶつかる直前で急停止し、両手で掴みかかるのを目撃した。
「あれって、もしかしてカチュアの意志で動いてるの?」
訝し気なマリアへは、エリスが頷く。
「そうよ。あの子はモアロード人ですもの。機械を操るなんて容易いわ」
「へ、へー。すごいんだ、モアロード人って」
候補生には初耳の子も多かったのか、あちこちでざわめきがあがる。
「あれ、でもモアロード出身ってカチュアちゃんだけよね。エリスは何処で、それを」
相模原の疑問にも、エリスは素っ気なく答えた。
「有名な話よ、世間一般では」
モアロードが鎖国したのはマリアが生まれるよりも前、さらに言うなればシンクロイスが爆撃してくるよりも大昔だ。
時々カチュアのように抜け出てくる人はいたが、今以て謎に包まれた大国である。
逃げ出してきた人々は母国に関して口を噤み、モアロードに関する詳しい情報なんて出回っていないとばかり思っていたのだが、世間では案外そうでもなかったようだ。
カチュアから、故郷の話を聞いた覚えはない。
だが、国境沿いに近づいただけでも怯えていたのを思い出す。
一体どんな国なのか。朧気にしか知らない自分に、改めてマリアは驚かされる。
どうして、知ろうとも思わなかったのか。関係ないからとスルーしていた?
カチュアは、どんな思いで住み慣れた国から逃げ出してきたのだろう……
そして、今。侵略者たるシンクロイスと真っ向から戦っている、たった一人で。
いくらモアロード人が機械を操れるからって言っても、一人で戦うのは無謀だ。
必殺ボーンがなければ撃退できない相手なのに。
「ったく、鉄男……あんた何やってんのよ。こんな時に囚われの身だなんて」
もちろん、マリアとて鉄男の安否が気にならないわけではない。滅茶苦茶気になっている。
乃木坂が拉致された時は、総出で救出作戦を練った。今度も、そうするべきだ。
上にあがる梯子を睨みつけ、マリアも決意する。
シェルターに残って、一人悶々としているなんて自分のガラじゃない。
かつての鉄男が屋上で牽制したように、自分にだって出来る何かがあるはずだ。


カチュアは何も、真っ向勝負でアベンエニュラを撃退するため突進したのではない。
狙いは、あくまでも口の中に飛び込む。それだけだった。
頭と思わしき部分に掴みかかり、両手で口をこじ開ける。
「ギョギギギギギッッ!!!!」
無言だったアベンエニュラが謎の奇声を発しようと、力を緩めるわけにはいかない。
何故かは判らないが、奴は瞬間転移するでもなくラストワンの上空に留まっている。
乗り込むとしたら、今を置いて他にチャンスはない。
カパァッと無理矢理こじ開けた口の中には、鋭い牙が並んでいる。
その奥、ピンクの舌の上に人影を見たような気がして、カチュアは瞼を二、三回擦る。
間違いない。舌の上にいるのは、二人。
一人は鉄男だが、もう一人は等身大の人形としか称しようのない物体だ。
二つの人影が舌の上で何をしているのかというと、寝転がって揉みあっている。
鉄男がマネキンに組み敷かれているように見えた。
辻教官が襲われている――!
居ても立っても居られなくなり、カチュアは座りこむと、手で勢いよく自分を押し出した。
湾曲部は思った以上にツルツル滑り、急降下の滑り台となって彼女の体を放りだす。
側に掴まる物もない、完全なる宙に舞った恐怖で、カチュアは思わず目をつぶる。
「カチュア!?」と、空を見上げて鉄男が叫んだような気がした。
いや、断じて気のせいではない。
空からカチュアが落ちてくると気づいてからの、鉄男の行動は迅速であった。
自分の上にまたがったマネキンを蹴り落とし、カチュアの落下地点へ滑り込む。
地面に叩きつけられる代わりに、逞しい腕の感触が彼女を受け止めた。
「カチュア、何故こんな無茶を……」
言いかける鉄男の視界にゼネトロイガーが入り、唖然となる彼へはお礼も兼ねてカチュアが応える。
「教官を、助けたかったの。それと……受け止めてくれて、ありがとう」
「助けって、いや、あれは誰が動かして」
混乱する教官に、なおも衝撃の事実を伝えた。
「わたしが。わたし……機械を動かすの、得意だったみたい」
「ふ、ふふふふ……」
突如不気味な笑いが二人の語らいタイムを遮り、ムッとなってカチュアが声の先を伺うと、立ち上がったマネキンが、こちらを睨みつけている。
人形なのに、目に嵌っているのは只のガラス玉なのに、何故か睨んでいるように感じる。
ゼネトロイガーが動かせたことよりも、こちらの状況のほうが数倍ホラーだ。
マネキンが口を開閉するたびに、高い声で言葉が紡ぎ出される。
「よくも、私と鉄男のハッピーラブラブ行為を邪魔して下さいましたね?」
間髪入れず「誰と誰がラブラブだ!」と突っ込む鉄男を無視し、なおもマネキンが憎悪をカチュアに向けてくる。
「許しませんよ、原生生物。私はカルフと違って、あなた方を下等だと見下したりしませんが、私の恋路を邪魔すると言うのであれば容赦なく潰します。えぇ、ばっさりと殺してさしあげましょう!鉄男は、私の恋人ですッ」
見知らぬマネキンに宣戦布告されたカチュアが困惑に鉄男を見上げると、鉄男は口をへの字に折り曲げ仏頂面を浮かべている。
カチュアの視線に気づいたか、小声で注釈を垂れてきた。
「……あの人形はアベンエニュラの代弁者だそうだ」
好きだ渡さないと言っていたのは、本気だったのか。
人型の道具を使ってまでも、鉄男を自分のモノにする気満々だ。
そういや先ほどは押し倒していたし、鉄男の貞操が奪われるところだったのかもしれない。
デュランや亜由美、木ノ下以上に何の縁もないくせに、恋人気取りとは図々しい。
カッとなってカチュアも言い返す。彼女にしては、強い語気で。
「わ……わたしだって、渡さない……!辻教官の、恋人……の座ッ」
「え?」となる本人そっちのけで、カチュアとマネキン、両者の間に火花が散る。
「生意気な小娘ですねぇ!本当にぶっ殺しますよ!?」
アベンエニュラの放つ禍々しい殺気が、カチュアの全身に突き刺さる。
本音を言うと逃げ出したい。
だが、逃げたら鉄男が、この何だかよく判らない巨大生物に弄ばれてしまう。
「い、今は、わたしを殺せない、はずっ。辻、教官、巻き込んじゃう……?」
「ふふん。この私が最愛の人を巻き込むなど愚かな真似をするはずないでしょう。鉄男は安全な場所に隔離して、あなただけを噛み砕くに決まってます」
入る直前に見えた、鋭い牙がカチュアの脳裏でフラッシュバックする。
あれでグチャグチャに噛まれたら、一撃即死だ。
だが――だが、それでも、ここで逃げる選択肢は彼女の脳裏に浮かばなかった。
怯えていたって事態は改善しない。
自分は辻教官を助けに来たのだ。
彼と一緒に表へ飛び出さなければ、真の救出とも言えない。
何を思ったか、カチュアが鉄男の腕の中で背伸びする。
咄嗟のことで鉄男にも判断し損ねた、その隙を狙って、むちゅっと勢いよく口づけた。
鉄男の、唇に。
「あ……あーーーーーーーーーーーーッ!?
マネキンの絶叫が、アベンエニュラの口内に木霊した。


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