合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 私から、あなたへ

起き上がったゼネトロイガーの赤い瞳がギィンと光を放ち、上空を睨みつける。
「えぇ、どうして動いたの?誰か乗ってんの!?」
けたたましく騒ぐ少女たちを横目に、御劔はカチュアを盗み見た。
彼女は瞼を閉じ、何かを掴む形で両手を握りしめる。
ぐっと前へ押し倒すように手を動かすと、ゼネトロイガーも、その動きに併せて前進する。
間違いない。ゼネトロイガーは、カチュアが動かしている。
エリスも気づいたのか、カチュアに目を向け、学長の真横で囁いてきた。
「モアロードの血のなせる業かしら。それとも、教官への深い愛が原動力?」
「そこは本人に聞かないと判らないな」と首を振り、御劔は惚れ惚れとモニターを見やる。
モニターの向こうでは、ゼネトロイガーが歩みを止め、アベンエニュラと向かい合う。
勢いよく振り回された拳がアベンエニュラの土手っ腹を殴りつけるのを、全員で見届けた。
「お、おいおいおい、随分勢いよく攻撃してっけど大丈夫なのか!?」
泡を食う乃木坂を横目に、ツユも眉を顰める。
「勢いよく殴れば鉄男を吐き出すと思ったのかしらね」
吐き出されるにしろ、一緒に墜落するにしろ、鉄男の生死の安否は保証できない。
アベンエニュラは四階建ての宿舎よりも高い位置を飛んでいる。
この高さから地上まで落ちれば、人は必ず死ぬ。
攻撃しないほうが却って安全なのでは?と乃木坂達が心配するのも無理からぬ話だ。
「それよか辻教官、食べられはったの?中で溶けてるんじゃあ」
不吉な予想をモトミがすれば、傍らでは剛助が否定する。
「いや、アベンエニュラは他のシンクロイスから乗り物扱いを受けていたはずだ。ならば、辻は無事と見てよかろう」
死んではいないとして、どうやって助け出せばよいのか。
外ではゼネトロイガーが殴りつけているが、効いているのかいないのか。
反撃の兆しこそ見えないものの、アベンエニュラには去る気配も感じない。
「外側からの打撃に強いのかもしれませんね……」
昴は冷静に分析し、教官たちへ向き直る。
「前に取った手段は使えないでしょうか?」
「前に?あぁ、報道陣の飛行船で乗り込んだっていう手段か」
乃木坂は腕を組み、うーんと唸った後にチラリとゼネトロイガーへ目をやった。
「今から飛行船を用意するのは時間が惜しいな。それよりは、ゼネトロイガーをつたって乗りこんだほうが良くないか」
「でも、どうやってコクピットに入り込むんです?既に動いちゃっているのに」
難色を示したのは彼の受け持ち生徒、メイラだ。
通常ゼネトロイガーへ搭乗するには、格納庫にあるダクトを滑り降りてコクピットへ入る。
起動状態では、高い位置にあるコクピットへ乗り込むのは至難の業だ。
「や、動いているんだから操縦席へ行く必要はないだろ。外壁を渡って、アベンエニュラに飛び移れば」
乃木坂の案に、候補生は全員「え〜っ!?」と大合唱。
ゼネトロイガーの表面はツルツルで、うっかり足を滑らせて落ちたら洒落にならない。
鉄男を助ける前に、こちらが死んでしまいそうだ。
「勇一、それは無理よ。命綱をつけても危険だわ」
親友ツユにも駄目出しされ、教官と候補生は額を寄せて算段を練る。
そうこうしている間に、モニターの向こうでは、ゼネトロイガーが一旦距離を置く。
殴っても埒が明かないので、カチュアも次の手に悩んでいるのだ。
もう一度様子を伺い、御劔は彼女の額に尋常ではない汗が浮かんでいるのを見た。
何か彼女の手助けになれるような案があればよいのだが……


アベンエニュラに吸い込まれた鉄男は何か柔らかいものにぶつかって、体勢を立て直す。
今いる場所は体の構造的に見て、口の中だろうか。
消化液は今のところ流れてくる気配がない。
今、この中にいるのは自分一人だけだ。
カルフやロゼはおろか、全身黒くてギーと鳴く、例の道具も見当たらない。
周り一帯の壁はピンク色で、時折ドクンドクンと脈打っている。
全くの静寂の中で、鉄男は怒鳴った。自分を吸い込んだ相手へ。
「何のつもりだ!俺を好きだと言うなら、何故吸い込んだりしたッ」
また光の玉が飛んでくるのかと予想していたら、今度は違った。
奥の通路から人影が近づいてきたかと思うと、鉄男と向かい合う形で歩みを止める。
そいつは一見すると、つるりとしたマネキンのようで、しかし外見とは不釣り合いな抑揚のある人間じみた声色で話しかけてきた。
「こうすれば一緒にいられると思ったのです」
「だからと言って、無理に吸い込む必要などなかっただろう」
仏頂面での反論に、マネキンは無表情ながらも声で感情を示してくる。
「しかし、あなたの周りには人が多すぎた。あなたを私一人のものにしたかったのです」
その声は悲しみに沈んでいるようであり、それでいて内側には隠された喜びがあった。
「どうあっても、もの扱いか。だが、俺はモノじゃない」
憮然とした表情を崩さず、鉄男も言い返す。
「貴様のモノになる気もない」
「何故です?私が、人ではないからですか?」
何故か、などと問い返されると思っていなかった鉄男は唖然となる。
そんなの聞き返すまでもなかろう。
種族の違い、大きさの違い、加えて敵対している。
だがアベンエニュラには判らなかったのか、マネキンが答えを待っているようにも感じられたので、鉄男は答えを返してやった。
「決まっている。貴様らシンクロイスは人類の敵だからだ」
「なら、私が敵対を止めれば、あなたは私を好きになってくれる……?」
鉄男は即座に切り捨てた。
「ありえんな」
あり得るわけがない。
敵対していなかったとしても、アベンエニュラと鉄男の間には種族の壁がある。
アベンエニュラが乗り移りの能力を持たない以上、けして乗り越えられない障害だ。
それに――あれこれ屁理屈をこねられる前に、鉄男はガツンと言っておく。
「貴様のやり口も気に入らん。俺を無理矢理監禁しようとする手段が」
例えアベンエニュラが人間の美少女だったとしても、正面きって付き合ってくださいと申し込まれるなら、いざ知らず、有無を言わさず断れない状況に追い込むとは何事か。
こちらの意志を無視した行為は、鉄男が最も嫌いとする理不尽と同じである。
過去、父親の暴力に苦しめられた反動で、意にそぐわぬ行為には頑として頷きたくない。
性格を変えたくはあるが、絶対に変えられないポリシーだってあるのだ。
「ですが、私が正面切って交際を申し込んだとして、あなた方は素直に話を聞いてくれるでしょうか?いいえ、ラストワンは必ず軍隊を呼びつけ、私を退治しようとしたはずです」
アベンエニュラの言い分も尤もで、鉄男の意志がどうであれ、シンクロイスが学校に近づいてきたとなれば学長が軍に救援を頼むのは必然だ。
学長には、学校の安全を守る義務があるのだから。
もう、こうなれば、はっきり言うしかない。
「では、今、それの答えを聞かせてやる」
「それ、とは?」
無表情に尋ね返すマネキンに、鉄男が繰り返す。
「貴様の告白に対する答えに決まっている」
じっと無言で見つめてくるマネキンへ、ことさら大きな声で、はっきり告げた。
「俺は貴様が嫌いだ。敵対していようといまいと、強引な奴は大嫌いだ」
一時の沈黙を挟み、ややあってマネキンが出した声には一種の安堵が含まれていた。
「そうですか、それについては謝罪します。強引に吸い込んだりして、申し訳ありませんでした。改めて告白します。あなたが好きです。恋人になってもらえませんか?」
どこまでもポジティブな相手にポカーンとしたのも一瞬で、すぐさま鉄男はブチキレる。
「今の返事を聞いていなかったのか!?貴様が嫌いだと言ったばかりだろうが!」
「ですから、あなたは、あなたの気持ちを考えなかった私に怒っていたのでしょう?仕切り直して態度を改めたのですから、あなたの感情もリセットされるべきです」
「されるかッ、馬鹿!」
人間の感情とは、そこまで単純ではない。
一度嫌いと感じた相手は、どこかで見直されない限り、一生嫌いのままである。
マネキンは首を傾げる仕草を見せ、両手を胸に押し当てた。
「不思議な人ですね、あなたは。ですが、いいです。あなたが私を好きになってくれなくても、私はあなたを好きです。好きな相手と永遠に連れ添うのが愛ですよね」
アベンエニュラはポジティブ且つ自己完結している。
改めて厄介な相手と話をしているのだと思い知らされ、鉄男は眩暈がしてきた。
こんな時、御劔や乃木坂なら、どのようにして苦手な相手からの告白をかわすのだろう。
恋愛経験皆無で交流経験も豊富じゃない自分は、子供のように嫌いだと喚くしかない。
「だ、大体ッ、貴様は何故俺が好きなんだ!?」
聞き忘れていたと気づき、今更ながら鉄男は突っ込んでみる。
自分とアベンエニュラの接点は、シークエンスぐらいしか思い当たらない。
しかしシークエンスが中にいるからといって、器まで好きになるだろうか?
いやいや、相手は未知の生物だ。こちらの常識範囲外の。
これまでの平行線な会話を考えるに、予想外な答えが待ち受けているに違いない。
不安の面持ちで見守る鉄男へ、マネキンは艶っぽい声色で答えた。
「あなたは私を出来損ないとも産まれそこないとも奇形とも呼ばず、対等な目線で話しかけてくれた。それが、嬉しかったのです。あぁ、この人なら私を理解してくれる――そう思った瞬間、あなたは私の心をとらえて離さなくなった」
話しかけた?
アベンエニュラに、自分が?
全く記憶になく、鉄男は再びポカンとなる。
無言の鉄男を、どう捉えたのかは判らないが、マネキンは訥々と語り続ける。
初恋に至る淡いエピソードを。
「覚えていませんか?私とあなたが、初めて会った日のことを。私はベベジェに命じられ、ラストワンに行きました。あの日は少々体調が悪くて面倒くさいなと思ったのですが、行って正解でした。あなたと出会えたのですから」
鉄男も思い返す。
アベンエニュラを一番最初に目撃したのは、中央街の上空であった。
ラストワンに向かっていると知り、慌てて戻ってみれば、既にゼネトロイガーが出撃しており、操縦者は水島ツユとミィオのコンビで、二足歩行のツルツルした巨大生物――もとい、シンクロイスの道具と戦っていたはずだ。
必殺武器をアベンエニュラに撃とうとしているのを見て、危機感を覚えたのだ。
あれが効かなかったら、ここで全てが終わってしまうのではないかと。
何故そのように当時の自分が感じたのかは、自分でも判らない。
焦りすぎて、混乱していたのかもしれない。
時間を稼ごうと屋上に登って叫んだ。
なんでもいい、とにかく奴らの気を引くために。
「爆撃するだけが貴様らのやり方か?あなたは、そう叫びました。降りて話をする勇気もないのか、そうも言いました。これは私と話したい、そういう意味だったのですよね」
まぁ、そんなことを言ったかもしれないが、少なくとも、あの時の発言はアベンエニュラ一人に向けたものではないことだけは確かだ。
そもそも、あの時点ではアベンエニュラは乗り物だと思っていたのだ。
まさかシンクロイスの一人で、しかも愛の告白をしてくるとは誰が予想しえようか。
「私があなたと話すには、こうやって私の中に入ってもらうしか方法がなかった。今なら、全てあなたの疑問に答えられます。爆撃は私の意志ではない。爆撃はベベジェの命令です。降りて話をするのは無理だった。いかがです?疑問は解消されましたか」
「……あぁ」と仏頂面で頷き、だが、と鉄男は首を真横に否定する。
「会話にもなっていない状況のどこに、俺を好きになる箇所があったんだ」
「違います。私を出来損ないと呼ばなかったのは、あなたが初めてだったのです」
ぎゅっとマネキンに勢いよく手を握られて、鉄男はまともに狼狽える。
動揺する彼に、マネキンは想いの丈を伝えた。心から喜んでいる色を込めて。
「それだけで充分でした。あなたを好きになるのには。優しくされたら、してくれた相手に好意を持つ。それが愛でしょう?私の本体では愛を伝えられないけれど、このサイズならば最適ですね。私の愛を受け取ってください」
ぐいぐいマネキンの顔が迫ってくる。
キスしようとしているのだと判ったが、がっちり握られた手は、力を込めても振り払えない。
「やめろ!!」
青筋立てて鉄男が怒鳴るのと同時にドンと強い揺れがアベンエニュラを襲い、鉄男はマネキンともつれあうようにしてピンクの床の上を転がった。
――ちょうど、表にてゼネトロイガーが渾身の体当たりを食らわした直後に。


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