合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 ひとと違うこと

建物の倒壊に巻き込まれず、無事に避難が完了した候補生と教官もいた。
第二シェルターへ逃げ込み、外を映すカメラを見ながら災厄が去るのを待っていた。
爆弾を落としまくるアベンエニュラがモニターいっぱいに映し出されている。
爆撃は絶え間なく続き、校舎が破壊されるのを為す術もなく見守った。
「なんで、どうして?空襲警報なんて全然鳴ってなかったのに」
飛鳥の愚痴には、木ノ下が反応する。
「あいつ、瞬間移動できるからな……軍の見張りをかいくぐって、直接こっちに来たのかもしんねぇ」
あいつとは、すなわちアベンエニュラのことだが、奴は以前にも皆の目の前で瞬間移動を行っている。
しかし瞬間移動が出来るなら出来るで、今までだって、それを使えば空襲警報を出される前に地上を殲滅できようものを、何故そうしてこなかったのか。
何故、今日、突然使おうと考えたのか。
こちらの常識で、どれだけ考えても埒が明かない。
アベンエニュラは単に、気まぐれな奴なのかもしれない。
気まぐれで爆撃される身としては、たまったものではないが。
アベンエニュラは動物でみれば肛門に当たる部分から、爆弾を落としている。
尻部分に小さな穴が開き、そいつがぐぐっと広がって、爆弾がひり出されてくるのだ。
「なるほど……爆弾は、ああやって投下されていたのか」
乃木坂が呟く横では、マリアが悲鳴を上げた。
「やだぁ、要するにウンコ?ウンコなの、あれ」
「や、ウンコかどうかは判らへんで?そもそもアベンエニュラって何なん?」と混ぜっ返してきたのはモトミで、「え、生き物でしょ?」と驚くマリアと「何なのって何が?」と尋ね返すメイラの声が重なる。
「あいつ、シンクロイス言う割に、一人だけ規格外やん」
見上げるようにモニターを眺め、モトミが答える。
「他のやつらはウチらと同じ生き物に乗り移れるのに、なんでアイツだけ乗り移らんの?」
「それは……」と他の候補生が言葉を濁す中。
「乗り移れないんじゃないか」と答えたのも、木ノ下であった。
アベンエニュラはシンクロイスの一人であって、彼らが作る道具ではない。
元仲間たるシークエンスが、はっきり断言していたのだ。
彼は生まれつきの出来損ないで、乗り移る能力がないのだと。
「奇形……というやつでしょうか」
首をかしげて杏が言うのに「たぶんな」と木ノ下も頷き、「だから皆の乗り物扱いを受けていたんだ」と話を締める。
「今も誰か乗っているのかな」と、モニターを見上げてマリアがポツンと呟く。
つられて全員がアベンエニュラを見上げて、口々に囁いた。
「別行動取っているって考えるのも怖いよね……」
「なんで今頃になって、うちを爆撃しようって思ったんだろ」
全てが疑問だ。
シンクロイス本人に聞かねば判るまい。
長々と続く爆撃を眺めていると、唐突にスタッフの一人が叫んだ。
「地上に生体反応現れました!人です、人が複数名ッ」
逃げ遅れた候補生や教官が、やっと地上に出てこられたのか。
それしか考えられない、爆撃の現場にやってくる人間など。
ただちに「モニターに映せ!」と学長に命じられ、スタッフが慌ただしくスイッチを弄る。
カメラは地上を映し、マリアや剛助が、あっと声を上げた。
「亜由美!」
「ユナの側にいるのは、シークエンスか!?」
逃げ遅れた候補生と一緒に空を見上げて仁王立ちしているのは、シークエンスだ。
鉄男ではなく彼女が表に出ているのに御劔らは動揺したが、もっと驚いたのは、カメラが拾った彼女の発言であった。


外に出てすぐ、頭上にアベンエニュラがいると知っても拳美やユナは狼狽えたりせず、強い視線で睨みあげた。
「まだ爆撃しているんだ、しつこ〜い!」
ユナが愚痴垂れるのに頷いて、拳美も握り拳を固める。
「くっそ〜、等身大だったら思いっきり殴ってやれるのに」
「あら、だったら飛行船に乗って横っ面を張り倒してやったら」
軽口で相槌を打った後、シークエンスは探るような目をアベンエニュラへ向けた。
「誰も乗っていない……まさか、一人で来たってわけ?」
えっ?となって亜由美が彼女を二度見すると、今度は大声で空に向かってシークエンスが呼びかける。
「ねぇ!この爆撃はアンタが勝手にやったの?」
誰に話しかけているかなんて考えるまでもない。
空に浮かぶアベンエニュラに向けた発言だ。
なんと答えるのかドキドキしながら待つ候補生達だが、アベンエニュラはうんともすんとも言葉を発しない。
代わりにシークエンスが「なんですって!?」と大声で叫ぶもんだから、驚いた。
「ふざけんじゃないわよ!なんで鉄男に代わってやらなきゃいけないの」
端で見ていると、一人でギャーギャー騒いでいる怪しい女にしか見えない。
「は!?あんた、その為だけに爆破したっての!?怒られるわよ、カルフに」と怒鳴る彼女のズボンのすそを引っ張って、亜由美が尋ねた。
「ど、どうしたんですか?何か聞こえるんですか」
シークエンスは一瞬の間をおいて、あぁ、と一人合点すると、改めて少女たちに説明した。
曰く、アベンエニュラの声は直接シークエンスの脳に届いていたらしい。
気になるのはラストワンを爆撃した理由だが、「鉄男に会いたかったんですって」と、シークエンスは素っ気なく伝えた。
これには拳美たちも声を揃えて「は?」と、大口を開けるしかない。
空に浮かぶ巨大な人型シンクロイスのアベンエニュラは、鉄男一人を燻りだす為にラストワンの建物全体を倒壊させたのだという。
そんなの、どう聞かされたって納得のいく理由ではない。
鉄男に会いたければ、外で呼びつければいいだけの話ではないか。
「ど、どうして、辻教官を、その、アベンエニュラさん?が探しに」
動揺する亜由美へも白けた目を向けて、シークエンスが答える。
「知らない。とにかく、おまえは引っ込め、鉄男を出せの一点張りよ。そんなの、あたしが言うとおりにしなきゃいけない道理もないわ」
再びポカーンと大口あけて呆ける候補生達を余所に、ぼそっと吐き捨てた。
「大体、地上殲滅はベベジェかカルフが仕切っているんでしょうし、予定にない場所を爆撃するだなんて馬鹿じゃないの。自分だけは殺されないなんて考えちゃったんじゃないでしょうね!あんた、あいつらを甘く見過ぎ!」と後半の罵りは空にいるアベンエニュラへ向けたもので、一拍置いてから、もう一度怒鳴り返す。
「へぇ、そぉ、ごまかしたの。でも、あんたの小細工も無駄に終わりそうね。見なさいよ、報道の奴らが来ちゃってんじゃない」
彼女が地上へ向けた視線を辿り、亜由美は、あっとなる。
遠目にチラホラ、人影が見えるではないか。
カメラを手に抱えた男性が数名、こちらを遠巻きに見守っている。
きっとシークエンスの言うように、報道関係者なのかもしれない。
これだけ派手に爆撃されたのだ。空襲警報の出ていない場所で。
最近は空襲がご無沙汰で、人々の心も緩みつつある。
立ちのぼる煙を見つけて、物好きな見物や報道が駆けつけたとしても、おかしくはない。
嘲るようにシークエンスがアベンエニュラへ語るのを、全員で聞いた。
「あれじゃ中央街に噂が広まるのも時間の問題ね。今から謝る練習しておきなさいよ」
前後の流れを繋ぎ合わせるに、ラストワンへの爆撃はアベンエニュラの単独行動だ。
目的は鉄男との面会。
だが、現在は鉄男ではなくシークエンスが表に出ている。
派手な爆撃のせいで、いつ他のシンクロイスが駆けつけてくるか判ったものではない。
アベンエニュラの目的が鉄男と会うだけならば、早々に鉄男と引きわせて、お引き取り願うべきではないのか。
香護芽がそう伝えると、シークエンスは肩をすくめてジト目をよこす。
「それで鉄男があいつに殺されたら、あんた責任取れるわけ?」
相手はシンクロイス、人類の敵だ。
たった一人でも、この星の原住民とは比べものにならないほど強い。
ましてや、アベンエニュラが鉄男を呼び出す理由が判らないときている。
シークエンスが警戒するのも当然だ。元仲間だからこその危機感である。
「鉄男を食べちゃうつもりかもしれないわよ。あたし達は乗り移ることで味覚が変わったけど、アベンエニュラは前のまんまなんですからね。それにカルフが牧場形式をとったのだって、きっとあいつの餌を増やすために決まっているわ」
恐ろしい予想まで吐かれ、少女たちは身震いする。
「なんとか聞き出してもらえませんか?辻教官と会いたい理由を」と、亜由美が切り出す。
おどおどと周囲を見渡しながら、シークエンスを促した。
「このままじゃ埒があきませんし……それに今、他のシンクロイスに襲われたら、軍の救助が到着する前に全滅しちゃいます」
軍の救助が到着するにしても、すぐというわけにはいかない。
ゼネトロイガーだって、発進する暇もなく瓦礫の山に埋もれてしまった。
ラストワンを守る手立ては、何も残されていない。
ところがシークエンスときたら、亜由美の怯えをどう取ったのか、あっさり受け流す。
「襲わないわよ。襲われるのは、そうね、せいぜいアベンエニュラぐらいで」
「え……」と呆ける彼女へ、重ねて言った。
「カルフやベベジェが、ここを見落としていたとは思えない。見逃していたと考えるべきよ。なら、あんた達は、あいつらにとって脅威だと思われていないわ、まだ」
「で、でも」と亜由美も反論する。
「狙いがアベンエニュラさんだけでも、余波で巻き込まれるんじゃ?」
あんなバカでかいものと周辺でドンパチ始められたら、充分巻き込まれる恐れがある。
アベンエニュラは、きっと鉄男と会えるまで立ち去らないだろう。
シークエンスは、じっと頭上を見つめた後、不意に視線を逸らしてボソッと呟く。
「……しょうがないわねぇ。じゃあ鉄男と交代するから、存分に話しなさいよね」
再び、え?となる少女たちへも流し目をくれて、シークエンスは付け足した。
「本人にじゃなきゃ教えないっつってんのよ。だから、本人に聞いてもらいましょ」
「た、食べられちゃうんじゃあ!?」
「食べないでしょ、少なくとも理由を話すまでは」
慌てるユナへも、びしっと突っ込んでから、シークエンスは意識を自分の内側へ封じ込む。
同時に鉄男の意識が表へ開放されて、肉体の変化が始まった。
膨らんでいた胸がしぼんでゆき、股間には、これまでになかった湾曲が描かれる。
みるみるうちに、女だった肉体が男へと変わっていく。
「う、うわぁ……」と絶句するユナ達の前で、鉄男は意識を取り戻す。
異変は、その時に起きた。
頭上が何度か瞬いた気がして見上げると、アベンエニュラの体から、ぽうっとした光の玉が幾つも飛び出してくる。
光の玉は地上へとゆっくり降りてきて、皆のまわりを取り囲んだ。
「な、なんじゃ、この奇妙な光は!」
慌てる声色とは裏腹に、香護芽は拳を握り締めて構えを取り、ユナや拳美も光に目を取られつつ、亜由美やニカラを庇う位置で油断なく身構える。
緊張する面々を嘲笑うかのように光は飛び回り、やがて一つの声となって響いてきた。

テツオ
テツオ
ヨウヤク アエタ

子供のようであり、成人女性のようでもある、年齢不詳の高い声だ。
光の玉が輝くたびに、声も聞こえてくるように思う。
恐らく、これがアベンエニュラ専用の通信機だとアタリをつけて、鉄男は尋ね返した。
「俺に用があるそうだな……ならば、単刀直入に聞くが何の用だ!」
光の玉が答える。

テツオ
スキ
テツオ
コチラニ キテ
アイシテル

「はぁっ!?」と素っ頓狂に声を荒げたのは、鉄男ではない。
傍らにいた拳美だ。
「愛してるって何言ってんすか?この、男だか女だかも判んないくせして!?」
「それ以前に人間じゃないよ、拳美ちゃん!」
横合いから突っ込みをいれるユナに、さらなる亜由美の突っ込みが飛ぶ。
「そもそも、それを伝えるだけで爆撃って!?」
もっと重大な告白があるのかと思っていたのに、愛の告白とは、ふざけている。
だが候補生の憤りなど、そっちのけで、声は鉄男への愛を謳い続けた。

テツオ
スキ
テツオ
アイシテル
イッショニ イタイ
テツオ
ナカニ キテ

「中に来いだと!?」と鉄男も声を荒げて尋ね返す。
「貴様の中に入れという意味か!」
「えー!やっぱり辻キョーカンを食べる気満々じゃん!」
ユナの野次へ答えるかのように、甲高い声が被さってきた。

チガウ
テツオ
ナカニ イレル
マモル
アベンエニュラガ
マモル テツオヲ
カルフカラ

「え……?カルフって、シンクロイスの仲間じゃないの」
アベンエニュラが鉄男を好きなのは判った。
だがカルフから鉄男を守るとは、どういう意味か。
中に入ったらカルフとも鉢合わせるんじゃ?といった疑問で、候補生は軽く固まる。
その瞬間を狙ったかのようにゴォォッと激しい風音が頭上で轟いて、驚いて見上げてみれば、アベンエニュラの口と思わしきあたりの雲が急激に激しく流れ始める。
奴が息を吸い込んでいるのだと判った時には、鉄男の体が、ふわりと宙を舞った。
何をされるのかが判らず、「待て――」と鉄男も叫んだのだが、時遅く。
「え、ちょ、ちょっと待って!?」
伸ばしたユナの手は宙を切り、鉄男の体はアベンエニュラの口元へと吸い込まれていく。
光の玉が、最後に放った言葉を残して。

テツオ
テツオ
スキ
ダレニモ ワタサナイ


鉄男が吸い込まれるのを見て仰天したのは、表にいた候補生ばかりではなく。
「え、えぇぇっ、辻が食べられた!?」
モニターで様子を伺っていたシェルター内の教官や候補生達も、等しく慌てふためいた。
だがカメラの拾ったアベンエニュラの声が「誰にも渡さない」と言い放った時、カチュアの瞳が獰猛に輝き、口元が小さく「許さない」と動いたのには、果たして誰が気づいたか。
恐らくは、誰も気づかなかったに違いない。
だからこそ。
間髪入れずに瓦礫の山が崩されて、コクピットが無人のはずなのに立ち上がったゼネトロイガーの姿には、ラストワンに関わる全ての人間が驚かされたのであった――


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