合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 右往左往

彼は、初めから孤独だった。
誰も、彼を個として認識しては、くれなかった。
彼に投げかけられる言葉は、いつも決まっていた。
出来損ない。
産まれそこない。
畜生以下の存在。
いつも、同じ種としての扱いは受けられず、寂しい想いをしていた。

だからこそ。
彼は、自分一人に向けて呼びかけてきた相手を意識した。
やがて、それは好きという感情に育ち、とうとう相手を手に入れたくなった。
だからこそ……こうして、会いに来た。
少し、手荒な方法になってしまったけれど。


生き埋めになったとはいえ、すぐに窒息死するほどには息苦しいわけでもない。
微かな風を頼りに、鉄男は亜由美の手を引いて歩き出した。
後ろをついてくるのは中里拳美、剛助組の候補生だ。
「それにしても……」と、拳美が呟く。
「ここって、どこらへんなんでしょうね?風呂場が崩れたんだから、てっきり風呂場からは出られないかと思ったんですけど」
瓦礫を乗り越え進んでいるのは、細い通路だ。
いや、通路だった――というべきか。
風呂場の中にも外にも長い通路はないから、下の階まで落ちたのだと予想できる。
問題は、ここから先、地上へ続く道があるのかどうか。
不意に鉄男が手を離し、床に屈みこむ。
「ど、どうかしましたか?辻教官」と尋ねる亜由美へ、すっと差し出したのは、誰かのズボンであった。
「ひとまず、これを履いておけ」
ジャンパー一枚で、お尻丸出しな肌寒さに気を遣ってくれたものらしい。
恥ずかしさに俯きながら「すみません……」と受け取ると、亜由美は、そそくさとズボンを履き始めた。
「こんなところにズボンだけが落ちているなんて、中身は何処へいっちゃったんですかね」
拳美が怖い事を言う。
鉄男は立ち上がり、ぐるりと一帯を見渡してから、ぼそりと答えた。
「ここは誰かの部屋だった。そう考えるほうが自然だ」
ズボンが落ちていたのは、瓦礫に押し潰されて見るも無残な形になった箪笥の近くだった。
他にも机や椅子の残骸だったと思しきものが落ちている。
散乱しているのは筆記用具か。
「み……みんな、大丈夫かなぁ……」
震える声で呟く亜由美に、鉄男は力強く頷いてやる。
「大丈夫だ。俺達がこうして生きている以上、他の面々も生きていると信じよう」
何の根拠もない、ただの希望的観測だ。
現状、誰が遭難しているのかも、助かった人がいるのかどうかも全く判らない。
しかし落ち込んでいたって物事は進展しないのだから、気持ちだけでも前向きでいたい。
鉄男は携帯を取り出して確認する。
電波障害が出ており、どこにも繋がらない。ラストワンの専用回線も死んでいる。
文明の利器とは、かくも異常事態に弱いものか。
やはり原始的な方法、すなわち地道な探索で切り抜けるしかない。
幸い、暗闇で目が利くのは鉄男一人じゃない。拳美もいる。
彼女を手招きで呼び寄せると、鉄男は耳打ちした。
「俺とお前で道を探すぞ。範囲は釘原を中心とした半径15メートル以内だ」
「了解ッ!」
拳美の姿は、あっという間に瓦礫を飛び越し向こう側へと消えていった。
「え、中里さん、どこへ」と狼狽える亜由美へは、鉄男が近づいていって手を握り直す。
「歩ける場所を探しに行った。俺も探してくる。お前は、ここを動くんじゃないぞ」
「え……」
何か泣き言を騒がれる前に、念を押す。
「動かないほうが却って安全な場合もある。少し待っていろ、すぐ戻る」
もう一度ぎゅっと抱きしめただけで、案外素直に亜由美は頷いた。
「……はい。気をつけてくださいね」
ぽうっと上目遣いに心配されて、無言で頷くと、鉄男は拳美とは反対方向へ走っていった。

ここは候補生の部屋がある階だと鉄男は予想した。
だが拳美が調べた限りでは、部屋ごと更に下の階へ落っこちた可能性が高い。
なんせ宿舎では、とんと見覚えのないものが目の前に出現したのだから。
これはもう、大声で教官を呼びつけるしかない。
大声で呼ばれて駆けつけたのは、鉄男一人ではなかった。
「辻キョーカンも逃げ遅れてたんだぁ。よかった、教官が一人いてくれて」
よかったんだか何なんだか微妙な安心のされ方に、鉄男の眉間には縦皺が刻まれる。
「よくはないでしょ」と拳美が突っ込み、ユナを見た。
「服、着てんだ」
「当たり前でしょ。だって部屋でゴロゴロしてたんだし」
ユナも拳美をジロジロと眺め、首を傾げる。
「拳美ちゃんこそ、なんでそんなに薄着なの?それ、寝間着?」
「風呂に入ってたんだよ。だから何も着てなくて、このシャツは辻教官が」
「へぇー。裸、見られたんだぁ……ねー辻教官、どうだった?拳美ちゃんのヌードォ〜」
答えづらい話題は頭から無視して、鉄男は拳美を促した。
「それよりも中里、何か見つけたと叫んでいたが、何を見つけたんだ」
「そうそう、それなんですけど」と奥を指さし、拳美が言う。
「あれ、見えますか?割れちゃってますけど」
真っ暗な中、一面水浸しな床が見える。
粉々に砕け散ったガラスの破片が、水たまりに浮いている。
何か巨大なものに水が入っていて、それが割れて水たまりを作ったのだとしても、一体何が置かれていたのであろうか。
観賞魚など、ラストワンでは飼っていなかったように思うのだが。
「なんなんでしょうね、これ」
「お魚を飼っていた子がいた、とか?」
「まさか。寮はペット禁止でしょ」
女子二人が話すのを横目に、鉄男はガラスの破片を拾い上げる。
分厚いガラスだ。
水槽の類ではなく、もっと重要なものを入れる容器だったのではなかろうか。
他にも何か散らばっていないかと見渡してみると、ぷかぷか浮かぶ白い物に気がついた。
細くて、白くて、指が五本ついている。
人の手か!?と、一瞬驚いたものの、よくよく眺めてみれば、それは精巧につくられた人形の手であった。
何故このようなものが水の中に入っていたのか――
ふと鉄男の脳裏に、とある風景が浮かび上がる。

壁一面に埋め込まれた機械と、中央に据え置かれた巨大なビーカー。
ビーカーは水で満たされており、中には人型らしき生物が、たゆたっていた。
細く、華奢な指さき。細面で青白く、きめ細かい肌……


シンクロイス研究所にあった巨大なビーカーが、ここにもあったとしたら?
もう一度、白い腕を見て、鉄男は考え込む。
もし推理が当たったとしても、やはり何故がつきまとう。
研究所にあった人形と同じだったと仮定して、何故この人形はシンクロイスにまつわる場所に存在していなければいけないのか。
この人形は、一体何を意味しているのか?
ぽんぽんと背中を叩かれ、我に返った鉄男が振り返ると、心配顔の少女二人と目が合った。
「どうしたのぉ?辻キョーカン。黙って考えこんじゃって」
「それ、人形のパーツですか?結構でかいけど、誰の持ち物なんですかね」
鉄男は緩く首を振り、人形の手を水たまりに戻す。
今は判らない謎を調べている場合ではなかった。出口を探す作業に戻ろう。
「二人とも、まずは風の通り道を――」
鉄男の指示を、野太い声が遮った。
「もし、そこにおるのは、もしやユナ殿と拳美殿では、おじゃりませぬか?」
「え?香護芽?」
慌てて拳美が声の方向を振り向いてみれば、着物の人物が近づいてくる。
どうやって瓦礫が散乱する場所を着物で通ってきたのかは本人を見れば一目瞭然で、香護芽が両手でグイグイ押している瓦礫の山が全てを物語っていた。
「うわー、人間ショベルカーすごーい」
日頃彼女をよく知るはずのユナも棒読みで呟くほどの、パワープレイだ。
「そーよ、すごいのヨ。どけるって言うから壁際に放り投げるのかと思ったら、押していくんですもの」と相槌を打ったのは、香護芽と同行していたニカラだ。
「確か……ニカラ、だったか?貴様も無事だったのか」
鉄男が声をかけると、ニカラは肩をすくめて笑った。
「まーね。教官も何人か逃げ遅れていたのか……ま、でも、まともな教官と合流出来たのは、心強いカナ」
「他にも誰かと?」
鉄男の問いにはニカラも香護芽も苦笑するだけで誰と出会ったのかは教えてくれず、鉄男はもやっとしたのだが、一同は一旦、亜由美のいる場所まで戻ってくる。
「風の動き……でおじゃるか?そうさのぅ……わらわが歩いてきた方角では、そのような動き、そよとも感じもうさなかったが」
香護芽の歩いてきた方角に、出口はなかったようだ。
拳美の調べた場所も、水たまりがあるだけで行き止まりだった。
「辻教官が調べていた方角は、どうでした?」と拳美に尋ねられたので、鉄男も黙って首を真横に振る。
風の流れは、ここで終わってしまうのだろうか。だとしたら、外に出られる場所がない。
いや、まだ諦めるのは早い。
鉄男は、もう一度声をかけた。自分の中にいる、シークエンスに。
今この状態で、ここを切り抜けられる方法はないのか。
本当に手詰まりなのか、そうでないんだったら、脱出する方法を考えてくれ。
ここを出られなかったら、お前の未来、木ノ下とラブラブおしどり夫婦計画も、ここで終わってしまうんだぞ。
――冗談じゃないわ!
鉄男の脳裏に甲高い声が響く。
木ノ下の名前を出したのが利いたのか、沈黙を貫いていたはずのシークエンスが、やっと反応してくれた。
――いいこと、鉄男。ここを抜け出したかったら、あたしと今すぐ交代しなさい。
交代して、何をやらかすつもりなのか。
――決まってんでしょ、瞬間転移を使うのよ。疲れるから、あんまやりたくなかったけど……進と二度と会えないなんて冗談じゃないわ。だから、一度だけ手を貸したげる。
シンクロイスの瞬間転移は一度だけ目撃した記憶がある。
以前、街へ墜落しそうになったアベンエニュラが、皆の見ている前で使ったのだ。
乗り移りに失敗したシークエンスにも、使える能力だったとは驚きだ。
なんで今まで使わなかったのか、そして今まで沈黙していたのも何故だ。
――疲れるって言ってんでしょ。それに、あんたが脱出口を見つけてくれるなら、それに越したことはないと思っていたのよ。意外と使えないのね、あんたって。
罵られたって、仕方がないではないか。
空襲自体は何度も経験しているが、生き埋めになったのは初めてなのだから。
――その割には落ち着いてんじゃない。何?守らなきゃいけない相手がいるってんで、空元気出してみたっての?まぁいいわ、あんたの強がりに免じて特別に力を使ってあげるわよ。感謝しなさいよね。
再び黙り込んだ鉄男に拳美が声をかけるよりも前に、鉄男が指示を出してくる。
「い……いいんですか?思いっきりやっちゃって」
「いいから、早くしろ」
しかし、その指示が土手っ腹に一撃入れろというんじゃ拳美が困惑するのも致し方なしで、なかなか殴れない彼女に代わって、重たい一撃を鉄男にくらわしたのは香護芽であった。
「ならば覚悟致せよ、ふぅぅん!!!」
「え」と驚く他の子達の前で、香護芽の鉄拳が唸りをあげて鉄男の腹にめり込んだ。
殴られた直後、めりっと骨が折れたような痛みを感じたのを最後として。
ここまでやれとは言っていない――
といった抗議の声を出す暇もなく鉄男の意識は闇へ叩き落とされて、入れ違いに浮上してきたのはシークエンスの意識であった。
「殴れと言われたからって、本当に骨が折れるほど殴るだなんて容赦ないわねぇ。でも、そういうの、嫌いじゃないわ」
香護芽へ軽くウィンクしたかと思うと、シークエンスは、さっそく全員を呼び寄せた。
「さぁ、あたしに掴まって。一瞬で、ここを脱出するわよ」
「どうやって?」と尋ねてくる子の肩を捕まえ、シークエンスは自分の元へ引き寄せる。
「いいから、全員近くに固まってちょうだい。遠くにいると逃げそびれるわ」
そう言われては団子状態に集まるしかなく、どの顔もシークエンスに期待の目を向ける。
「一瞬で終わるから、安心なさいな。さぁ、飛ぶわよ!」
言うが早いかシュンッと風切る音が耳の近くでしたのも一瞬で、次の瞬間にはパッと明るい場所へ飛び出して、全員が「あっ!?」と声をあげる。
外だ。
建物の外に出られたのだ。
反射的に空を見上げた亜由美の目に映ったのは、いつぞやの人型巨大戦艦。
シークエンス曰くシンクロイスの一人である、アベンエニュラが上空に浮かんでいた――


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