合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 暗闇からの脱出

暗闇で生き埋めになったのは鉄男たちだけではなかった。
多くの候補生や教官、スタッフが崩れた建物内で出口を求めて右往左往していた。
これまでの四年間で、ここまで集中的な爆撃を受けたことは一度もない。
ラストワンは街から離れた場所に建っていたから、爆撃を受けない――
と、候補生やスタッフが油断していたのは認めよう。
だが、何故四年目の今になって爆撃を受けたのか。
誰にとっても謎であった。学長でさえも……

暗闇に、甲高い怒号が響き渡る。
「チョット!やめてよ、そんなコトやってる事態じゃないでショ!?」
叫んでいるのはニカラで、真正面に立って彼女の進路方向を塞いでいるのは後藤春喜だ。
「ヘッ、こんな時でもなきゃ出来なくなったから、やろうってんじゃねぇか」
「前の時、学長に怒られたから?自業自得でショッ」
「いーや、お前らが告げ口したからだよ」
じりじりとにじり寄られ、次第に逃げ道がなくなってくる。
春喜は卑猥な笑みを口元に漂わせ、ニカラを追い詰めていた。
何をしようとしているのか。
ニカラのブラウスはボタンが数個飛び、裾が乱れている。
自分で着崩したのではないことは、彼女が春喜に向けた憎悪で一目瞭然だ。
また、春喜の手がスカートを下ろそうと伸びてくる。
そいつをバシッと片手で払いのけ、ニカラは怒鳴った。
「やめてよ!アンタにヤラレんのだけは、ゼーッタイに嫌なんだから!」
「なんだそりゃ、乃木坂や辻ならオーケーだってか?淫乱な女だな」
「誰も言ってないでしょ、そんなコト!」
春喜は先ほどから延々、ニカラを脱がそうとしているのであった。
押し倒してしまえば楽なのだが、相手は自分よりも数段素早い。
易々と体を掴ませてはくれず、仕方なく隅っこに追い詰めた。
ここから逃げ出す――それは真っ先に考えた春喜であるが。
すぐに出口が見つからないと判るや、思考を別方向に切り替えた。
崩壊した建物内には、自分以外にも取り残されたものがいるに違いない。
はたして探索数分後に巡り会えたのが自分の受け持ち生徒、ニカラ=ケアであった。
手に手を取り脱出大作戦、とならなかったのは、春喜の探す目的が異なったせいだ。
彼は学長の目が光らない場所で犯して楽しもうという腹で、探していたのだ。
「どうせ初めてじゃないんだろ?前の学校でヤりまくっていたんだろうが」
下劣な言葉をかけられては、ニカラも黙っちゃいられない。
「失礼なコト言わないでくれる!?アタシが処女じゃないって、どうして言い切れンのよ!」
「テメーらクソガキの噂なんざ、ネットで漁ればボロボロ出てくるんだよ」
悦に入った春喜のドヤ顔を見ていると、まるで本当にネットに情報が上がっているかのような錯覚を覚える。
実際にニカラが、そこまでの有名人かというと甚だ怪しい。
公で目立つ真似はしてこなかったし、彼女の後ろめたい過去を知る者も少ないはずだ。
なんせ彼女は、この歳になるまで、きちんと整備された学校に通っていなかったのだから……
せっかく入ったきちんとした学校が、空襲されるとは思ってもみなかった。
そして今、ニカラは人生最大の受難を受けようとしている。
言うまでもない、目の前のデブガマガエルによる性犯罪行為だ。
こいつは教官なのに、生徒の安全を確保するどころか襲い掛かってくるとは何事だ。
と憤ったところで目の前の男は常識の通じる人間ではないのだから、憤るだけ無駄である。
犯されるのが嫌なら、真っ向から戦うしかない。
ニカラの意志は決まった。
じりじりと後退していた足が止まる。
「お?やっと俺に抱かれる気になったかよ」
何やら自分に都合よく勘違いして、春喜がニヤつく。
油断しているうちに足首を蹴っ飛ばせば、コロンと軽く転がせそうだ。
「アンタに抱かれたい奴なんて、養豚場のブタぐらいよッ!」
罵声と共に勢いよく飛び出し、ニカラは春喜の右足首に蹴りを何度かお見舞いする。
だが予想と違って春喜はコロンと転がったりせず、逆に伸し掛かられて床に押し潰された。
「ギャア!」と叫ぶそばから首筋に舌を這わされて、ニカラはぞっと背筋を凍らせる。
「それで攻撃したつもりか?軽い蹴りだな。まどかのキン潰しのほうが激痛だったぜ」
春喜の手が無遠慮にブラウスの中へ侵入してきて、ニカラの胸を乱暴に揉みしだく。
胸が痛い、春喜が強く握ってくるせいだ。
「やめてよ、ヘタクソ!アンタ愛撫の仕方も知らないクセに、女とヤろうっての!?」
「うるせぇ、お前らが実技をサボるから練習できねぇんだろうが」
「オマエみたいなデブガエルの練習台にされてたまっか!人形相手に一人寂しく練習してろよ、バーカ!」
「さっきからキャンキャン騒ぐばかりで反撃はどうしたんだ、この室内犬が」
スカートのチャックを下ろされて、ニカラは慌てて春喜の手を掴む。
「やめろって言ってんだろ!アンタに触られて嬉しい女なんて一人もいねェヨ!!」
春喜のほうが力は強いのか、ニカラに腕を掴まれたままの格好で、ぐいぐいと下着の中にも指を潜り込ませてくる。
指が割れ目に突っ込まれた瞬間、ニカラはビクンッと体を痙攣させた。
「いやぁ!」
「いやぁ、だってよ。お前も可愛い悲鳴あげられるんじゃねーか」
ぐりぐり捻じ込まれる指が、ニカラの脳に痛みを伝えてくる。
「やめろ、キモデブ……がぁッ!」
「我慢してねぇで濡らせよ、濡れたら気持ちよくなるんだろ?」
「なるか、バカ……!アンタじゃ一生気持ちよくなるもんかッ」
そうだ、濡れりゃいいってもんじゃない。性行為は相手やメンタルにも左右される。
濡れれば何でも気持ちよくなると思っている奴は、幻想と現実の区別がついていない。
今も春喜の指は無遠慮にニカラの膣内をほじくっており、激痛に達していた。
もしかしたら、出血しているかもしれない。汚い爪に引っかかれたせいで。
「イテェっつってんだよ!このヘタクソ!ヘタクソ!!一生童貞野郎が!!」
「おお、童貞扱い結構だぜ。童貞で何度も無理矢理ヤってきたんだ、こちとら」
ニカラがどんなに嫌がろうと、春喜の暴行は止まらない。
きっと本人が言うように、相手の気持ちお構いなしに何度も性犯罪をやってきたのだろう。
何故、こんな奴が学校に勤めていられるのか。
何故学長は、こんな奴を野放しにしているのか――
ニカラの瞳に悔し涙が光るのを見て、春喜がせせら笑う。
「それより、こんなんじゃ気持ちよくならねぇっての、どうして知ってんだよ?やっぱテメェ、前のガッコで遊びまくってた腐れビッチマンコじゃねーか。オラ、さっさとビッチらしくマンコをビチョビチョにしてみろよ」
「遊んでなんか、ネェヨ……クソが……ッ」
そうだ、遊びじゃなかったんだ。
真剣な恋愛のつもりだった。
ただ、相手も同じ気持ちではなかったというだけで。
ラストワンへ来るまでの己の黒歴史な思い出と、今の絶望的な状況とで、ニカラの両目を流れおちる涙が止まらない。
だからといって泣きべそかいていたって春喜をやっつけられるわけもないのは判っているのだが、如何せん、春喜と彼女では体格差がありすぎた。
誰かに見つかるまで、このままが続くのかと思うと反吐が出る。
こいつに犯される事態だけは、何としてでも避けたい。
だが、どうやって逃げ出せばいいのか。さっぱり思いつかない。
押し潰されている圧迫感で、息まで苦しくなってきた。
瓦礫に押し潰されて死んだほうが、まだマシだったかもしれない。
しつこく弄られたせいか、それとも外気に触れたせいなのかは判らないが、尖った乳首を春喜に吸われて、再びニカラは「ひぃ!」と悲鳴を上げる。
「へっへ、俺にやられたんじゃ感じないんじゃなかったのか?今の悲鳴は、なかなかのカワイサだったぞ」
「か、感じてるんじゃないッテバ……!気持ち悪くて悲鳴が出たんだヨ!」
「へー、その割にはコリコリだよな乳首。コリコリッと」
春喜の指が乳首を弾いてくるたびに、ぞぞっとした悪寒がニカラの背筋を走り抜ける。
痛いのでもくすぐったいのでもなく、何と表現したらいいのか判らない感触だ。
判らないが、これだけは判っている。今の状況には我慢ならない、というのだけは。
「いい加減にしろよ、目玉抉ンぞ!?」
「やれるもんならやってみろよ。押し倒されて跳ね返せない非力マンコのくせに、よく吠える吠える」
伸し掛かられて押さえつけられているせいで、上も下も春喜に弄られ放題だ。
尖りすぎた乳首は痛みを訴えてきたし、下腹部は言うまでもなく激痛が続いている。
最早どこもかしこも痛い。苦しみだけが永遠に続いていく。
いっそ死にたい――
そこまでニカラが精神的に追い詰められた時、頭上に光明が差した。
「何をやっておるのじゃぁ!この、たわけめがぁ!!」
突如天を揺るがす怒号が周囲一帯に響き渡ったかと思うと、「ぐえぁ!」と断末魔宜しくガマガエルの濁った悲鳴が漏れる。
暑苦しい肉の塊が自分の上から転げ落ちて、地べたをはいずり苦悶の表情を浮かべるのを、ニカラは横手に見た。
何が起きたのか。
顔の上に手が差し伸べられる。
「……無事でござりましたか?さ、わらわの手に掴まりたもう」
何枚もの着物を重ね着した、ラストワンでは唯一のオリジナルファッション。
肌が真っ白になるほど厚塗りされた白粉の臭いが、ニカラの鼻腔をつく。
「香護芽……助けて、くれたんだ?」
「わらわ達は、大切な学友。友を助けるのは当然でござりまする」
独特の言葉遣いも含めて普段馬鹿にしまくっていたのに、なのに助けてくれると言うのか。
ニカラの双眸には涙が滲む。
ずっと一人で生きていたつもりだったけど、トモダチってのも悪くない。
心の底から、今、そう思った。
「あ、そうだ」
立ち上がって、すぐに何かを思いついたニカラは、その辺に落ちていた瓦礫を手に取った。
「どうか致したのでおじゃりますか?」
首を傾げる香護芽の目前で、おもむろに瓦礫を勢いよく振り下ろす。
床に倒れて呻いている、春喜の股間めがけて。
「ごぎゃ!」
今度こそ彼が悶絶するのを確認してから、ようやくニカラはホッと安堵のため息をついた。
落とした瓦礫を念入りに踏み砕いてやると、下から、じわぁっと血が滲み出てくる。
「そ、そこまでやる必要は、なかったのではおじゃりませぬか?」
香護芽は引いてしまったようだが、構わない。
どうしても自分の手でトドメを差したかったのだ。
ニカラは悪気のない顔で答えた。
「アラ、だってこうしておかないと、また誰かが襲われちゃうでショ?」
それに、香護芽だって思いっきり足で教官の顔を蹴っていたではないか。
ニカラを助ける為とはいえ、暴力は否定できない。似たようなもんだ。
「そう、じゃの……二度と悪さできぬようトドメを差すも一興ぞ」
ポツリと呟き、改めて香護芽はニカラと向き合う。
「酷い目におうたの。じゃが、わらわが来れば安心じゃ。重たい瓦礫は、わらわがどかしてたもう。共に脱出経路を見つけましょうぞ」
彼女は着物をまとっているものの、中身はキンニクマッチョが詰まっている。
春喜よりも、ずっと頼りに出来る相棒だ。
「ウン、行こう。アタシ真っ暗で何も見えないから、手をつないで、ネ?」
香護芽とニカラは手を繋ぐと、どちらからともなくニッコリと微笑みあい、歩き出した。


目が覚めると、当たりは真っ暗だった。
「ここ……どこですの?」
途中まで、水島教官の手を握っていた感触を覚えている。
しかし階段を下りる途中で足元が崩れて、ミィオは落下して、そして意識を失った。
今いる場所は、教室でも宿舎でもない。覚えのある物が何一つ見当たらない。
ラストワンが爆撃されたのだから、学校の何処かであるのは間違いないはずなのだが。
途方に暮れて、ぼうっと座り込んでいると、明るいものが、ゆらゆら近づいてくる。
初めは誰かが救助に来てくれたのかと思ったが、違った。
明るいものは、灯りを持った誰かではなく、それ自体が光を放っていたのだ。
不思議と怖くはない。人の姿をしているおかげか。
相手は髪の長い女性で、どこか儚い印象を受ける。
細面で、透き通りそうなほど青白い肌。
ほっそりしており、華奢な指先……
この世ではない、幻想の世界から抜け出てきたような美しさだ。
女性は、物憂げな表情をミィオに向ける。
「困ったものね……カルフにも」
前後の流れが見えない独り言から始まり、困惑するミィオの前で彼女は続けた。
「よりによって器牧場を作るですって?非生産的にも程がある。それにアベンエニュラは、どうするつもりなのかしら……まさか、見殺しにするつもり?繁栄が聞いてあきれるわね。やはり別れたのは正解だったわ……あの人の予想は正しかった」
話が通じるかどうかは怪しいものがあったが、尋ねずにはいられなかった。
「あの人とは?」
すると女性はミィオに向けて微笑み、答える。
「クローズノイスよ。あなたは知らないかもしれないけれど」
どこかで聞いたような気がする。
シークエンスと関連する人物ではなかったか。
ミィオが思い出す前に、女性が名乗りを上げた。
「わたしはイーシンシア。いつぞやは、わたしの頼みを聞いてくれてありがとう」
ミィオは「えっ?」と驚く。
だって、イーシンシアとは今日初めて出会ったのだ。いつぞやとは、いつの話だ?
「忘れてしまったの?……あぁ、そうね。姿が違ったから、驚いているのね」
ふわっと頭を撫でられて、でも嫌じゃない自分にもミィオは驚く。
優しい撫で方だ。まるで、お母さんのような。
「前にあなたとコンタクトを取ったのは……そうそう、カルフが器工場を作り始めたばかりの頃だったわね。覚えている?あなたは夢で出会ったでしょう。男の子と」
カルフという名も、聞いた覚えがある。
杏を襲ったシンクロイスではなかったか?
ではカルフを知っているイーシンシアも、シンクロイスなのであろうか。
だが、もしそうだとしても、彼女からは他のシンクロイスと違って恐怖を感じない。
儚げで美しい、そうした印象のおかげだろうか。
「あなたの体を一時的に媒体としたおかげで、シークエンスを助けることが出来たの」
話を聞くうち、はっきりと思い出した。
彼女が言っているのは、乃木坂教官が誘拐された事件だ。
あの時、自分は水島教官と共にシンクロイスと一騎討ちを行う予定であった。
しかし途中でミィオは意識を失い、そして夢を見た。
正しくは、ツユに激しく愛撫をされたと思い込み、一人でイッてしまったのである。
あれは思い返すに恥ずかしい、忘れたい記憶でもあった。
「では、あの時、わたくしが激しく愛撫をされたと感じたのは……」
「えぇ、ごめんなさいね。あなたではベベジェに勝つのは至難の業だと予想した。それよりも、いちかばちかでシークエンスが思い切った行動に出るのが怖かった。だから……ゼネトロイガーを動かせる体を使わせてもらうため、一時的な意識不明へ落とし込む必要があった」
「……どうして?」と、ぽろりミィオの口からは疑問が飛び出す。
「どうして、わたくしの体を乗っ取る必要がございましたの?あなたではゼネトロイガーを直接動かせないんですの?」
「その通りよ」とイーシンシアは頷き、ミィオを優しく見つめる。
「あの機体は……わたし達の道具と似て非なるもの。あれは、あなたがたラストワンの人間にしか動かせないよう細工を施されているみたいね」
「あなたは……シンクロイスなんですの?」
ミィオの問いに、そうだとも違うとも答えず、イーシンシアが会話を締める。
「お願い。シークエンスを守ってあげて。アベンエニュラが、ここを襲ったのは、あの子を殺すつもりかもしれない。カルフも敵視している。シークエンスはシンクロイスでありながら、シンクロイスの敵になってしまった……お願いよ、あの子を助けてあげて……」
次第に彼女の声が遠のいていく。
これも夢だったのかもしれないとミィオは考えながら、意識が薄れるのを感じた。


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