合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 緊急事態

これまでにも空襲警報は何度か聴いている。
だが今鳴っている警報は、これまでの、どの警報よりも緊迫していた。
女医の誘導に従って、数人の足音が廊下を駆け抜ける。
天井に激しい振動を受けて、「きゃあ!」と叫んで立ち止まるまどかの腕をメイラが掴んで急かした。
「急いで!早く第二シェルターへ移動しないと生き埋めになっちゃうわ」
ラストワンは今、爆撃を受けている。
相手は勿論、空からの来訪者、真名シンクロイスだ。
地上に建っていても、ここは今まで一度も爆撃されたことがない。
襲撃されることは何度かあっても、建物だけを集中爆破されたことが。
だから、てっきりシンクロイスには爆撃対象として見逃されているのだとばかり思っていた。
校舎地下にある第一シェルターは爆撃の余波で扉が歪んでしまい、使用できなくなってしまった。
故に、寮で寛いでいた生徒も、まだ校舎に残っていた生徒も、慌ただしく廊下を走っているというわけだ。
「早く、早く、急いで!荷物は置いていきなさい、命を最優先するのです!!」
何が起きたのかも判らぬまま私服で校庭に飛び出した後は、格納庫の地下にある第二シェルターを目指す。
第二シェルターへ行くには一旦校庭に出て、格納庫へ入り直す必要がある。
廊下に飛び出た生徒を次から次へ、女医やスタッフが出入り口へと急き立てる。
今の時間は風呂に入ったり飯を食べたり部屋で寛いだりと、全員がバラバラに行動していた。
全員の現在地がバラバラであるがゆえに、バラバラに急き立てるしかない。
子供達を無事に逃がせるだろうか――?
スタッフの脳裏には、そんな言葉が浮かんでは消える。
しかし、大人が不安を表に出すのはNGだ。
こうした負の感情は、子供にも伝染しやすいのだから。
またも屋上で振動が響き、誰かが悲鳴を上げる。
「落ち着いて!建物は、まだ持ちこたえますッ。転ばないよう、且つ迅速に動いて第二シェルターへ急いでください!」
スタッフや女医に大声で励まされ、まともに動揺しながら少女が数人、階段を駆け下りる。
「早く、皆、急いで!ほらカチュア、あなたも急いで校庭へ出るの」
鉄男とカチュアは廊下でスタッフの女性に捕まり、カチュアを彼女に引き渡した鉄男は宿舎へ急ぐ。
「きょ……教官……!」と叫んだカチュアへは、後ろも振り返らずに叫び返した。
「残りを探しに行く!お前は先にシェルターへ逃げておけッ」
一階の廊下で何人もの生徒とすれ違う。
皆が口々に「辻教官!まだ奥に誰かいるかもしれない!!」と叫んでくるのへは無言の頷きで返して奥へ急ぐ。
階段を駆け上がり、危うく踊り場でマリアと正面衝突しそうになった鉄男は間一髪で急停止した。
「マリア、まだこんな処にいたのか!急げ、屋上が崩れ落ちる前に」と叫ぶ鉄男に、マリアが間髪入れず怒鳴り返す。
「待ってよ、まだ亜由美が逃げてないっ」
「なんだと?どこに行ったんだ」
答えるのも、もどかしく「お風呂だよ、お風呂!」と騒ぎ立てるマリアの横を、鉄男がすり抜けた。
「ちょっと鉄男、あんたこそ何処行くのよ!?」
呼び止める彼女へ「釘原を連れてくる!」と言い残し、鉄男は階段を登り切る。
「待ちなさいよ!お風呂って、女湯――」とマリアが言い終わらぬうちに、教官の背中は四階の曲がり角へ消えていった。

候補生の大浴場は生徒用宿舎の四階にある。
正しくは、渡り廊下を抜けた別棟の四階だ。
何故そのような高い場所、それも離れに水場を持ってきたのかは判らない。
覗き防止だと女医の誰かが話していたように覚えているが、ラストワン自体が辺鄙な場所に建っているのに誰が覗くというのか。
教官用の大浴場のように、一階に作ったほうが緊急時にも避難しやすいだろうに。
学内設備に脳内でケチをつけつつ、鉄男は息せき切って廊下を走る。
また爆音が鳴り響き、建物が大きく揺らぐ。
天井の一部がドサッと目の前に降ってきて、鉄男は慌てて飛びのいた。
幸い降ってきた瓦礫は大きくなく、道を塞ぐほどの障害ではない。
しかし真上を見れば、ぽっかり穴が開いていた。
この上は屋上だ。アベンエニュラめ、随分と容赦なく破壊してくれる。
舌打ちする鉄男の脳裏で、不意にカルフの言葉が蘇る。
奴らが地上にある建物を爆撃するのは、地下へ逃げ込む知能のない人間を撲滅するためだと言っていった。
それを聞いた時は、てっきり街だけの話かと思っていたのだが、どうやら地上全体の話だったらしい。
鉄男は自分の中にいるであろう、シークエンスへ呼びかけた。
アベンエニュラの他にもシンクロイスがいたら、厄介だと思ったのだ。
だが何度呼びかけても彼女は反応せず、その前に大浴場へ到着した鉄男は、構わず引き戸を全開にする。
脱衣場には誰もいない。
亜由美は、もう逃げたのか、それとも中にいるのだろうか。
「釘原!何処だ、何処にいる!?」
鉄男の呼びかけに答えるかのように、ぴちゃん、と奥の戸の向こうで水の跳ねる音がした。
すかさず奥のガラス戸を開けた瞬間、何度目かの振動に足を取られ、鉄男の頭上には大量の瓦礫が降り注ぐ――!


緊急警報が鳴り響く直前まで、亜由美は風呂に浸かっていた。
拳美も一緒に入っていて、二人して野外訓練の話で盛り上がっていた。
大音量のサイレンで肝を潰し、真っ先に拳美が湯舟を立ち上がり、亜由美も急いで出ようとして、そして、どうなった?
そうだ。
亜由美は風呂の縁に足を引っかけて、思いっきりタイル床に顔面を打ちつけたのだ。
そこから先は、全く記憶がない。気を失ってしまっていたらしい。
ともかく再び意識の目覚めた亜由美が一番最初に見たのは、えらく距離の近い範囲での、辻教官の心配顔だった。
「……大丈夫か?」
距離が近いと感じるのも当然で、辻教官は亜由美の上に覆いかぶさっているのであった。
そうと判るや否や、亜由美は全身の血が頬に集結するんじゃないかってぐらい真っ赤に染まる。
「あ、う、う、はい。大丈夫、です」
打ちつけた顔面の痛さは、とうになく、亜由美は自分が床に寝転がっているのだと知る。
停電したのか、辺りは薄暗い。
手を伸ばしてみると、ゴツンと堅い感触のものが当たる。
これは何?軽石にしては、些か大きいような……
瓦礫をペタペタ触る亜由美に、鉄男が短く囁いた。
「建物が崩れた。俺達は、生き埋めになったようだ」
「え……」と呆けたのも一瞬で、すぐに亜由美は「えええぇぇっ!?」と騒いで、起き上がろうとする。
が、鉄男が上に乗っていては無理というもので、亜由美は起き上がろうと手をバタバタさせて、もう一度床に倒れそうになった際、鉄男の袖をしっかと掴む。
「す、すみません、起き上がりたいんですが……」
「あぁ、手を貸せ。それと」
腕を引っ張ってもらって起き上がった亜由美の肩に、ふわっとかけられたのは鉄男のジャンパーであった。
そういや今、上から下まで見事に素っ裸だったのではなかったか。
亜由美は不意に己の格好を思い出し、ますます頬を赤らめる。
風呂場で倒れていたにしては、いやに肌寒く感じる。
電気や暖房は止まっており、辺り一帯は瓦礫の山と化し、廊下へ続くはずの出口までもが行方不明だ。
そうだ、生き埋めになったのだから当然だ。
「ど、どうしましょう……」
ぽつりと呟く亜由美は、ぐいっと鉄男に抱き寄せられて息を呑む。
温かい。
こんな時だというのに、いや、こんな時だからこそ余計、鉄男の腕の中が温かく感じる。
一人ぼっちで置き去りになっていたとしたら、きっと心細くて泣きだしていたかもしれない。
「大丈夫だ」と、亜由美の耳を鉄男の声がくすぐる。
「お前は必ず、俺が地上に送り届けてやる」
非常事態で泡を食ったのは教官だって同じだろうに、亜由美がそっと彼を見上げてみると、予想以上に冷静だ。
それとも、こういった事態に彼は慣れているんだろうか?
考えてみれば亜由美は鉄男について、未だに何も知らないも同然だ。
ニケア人で、新しく教官になった人で、極度の恥ずかしがり屋で、たぶん友達に恵まれなかった人だとしか。
「あ、あの……」
そっと腕の中で身動きすると、鉄男は亜由美を解放し、暗闇の中を歩きだす。
「俺が先に行く。お前は後ろをついてこい」
灯り一つついておらず真っ暗な闇の中を、鉄男は迷いもせずに歩いていく。
夜目が利かないこちらとしては、足元が真っ暗で心細いったらない。
後をついていくのは困難だ。
だが迷っている間に置いてけぼりにされるのは、もっと怖い。
慌てて亜由美が一歩踏み出した途端、瓦礫に蹴躓いて「あっ!」と叫ぶ。
くるっと振り向いた鉄男が「危ない!」と飛びついて顔面激打を免れたまでは良かったのだが、その後が良くなかった。
飛びついた際の勢いが良すぎて、亜由美を抱きかかえた格好で瓦礫の山にダイブしてしまったのだ。
お互い、受け身を取る暇もない。
亜由美は堅い床の感触を後頭部に受ける代わり、唇を何か柔らかい感触で塞がれた。
後頭部の痛みを覚悟していたのに、全く痛くないのは鉄男の腕がクッションになったおかげだろう。
だが、それよりもなによりも。
辻教官が、すっと身を離して顔を背け小さく謝るのを、亜由美はぼぅっとした頭で聞いた。
「……すまない。こんな形で、その……」
あの感触。そして今の謝罪。
申し訳なさそうに視線を逸らした鉄男の様子からして、間違いない。
蹴躓いて倒れこんだ瞬間、亜由美は鉄男とキスしてしまったのだ――!
「……はぅ」
先ほどの感触を思い出そうとして、亜由美は己の唇を指でなぞる。
一瞬だったから何も思い出せないに等しいのだが、それでも思い出すに、肌の柔らかい部分が触れるのと似ていたように思う。
もう一度やってみれば、はっきり判るかも。
しかし、自分からおねだりするのは猛烈恥ずかしい。
そもそも、これは事故だ。いわば衝突事故、予期せぬハプニングと言っていい。
辻教官は、こんなタイミングで、しかも亜由美とする予定じゃなかったかもしれない。
亜由美だって、こんなタイミングでファーストキスが奪われるとは想像だにしなかった。
だからといって悲しんでいるのかと問われると、そうでもない自分に気づく。
むしろ、相手が辻教官であった事に安堵を覚えた。
これが後藤教官だったりしたら、例え事故でも許さない。
一生根に持つトラウマと化すであろう。
辻教官で良かった、というべきか。
だって、彼は亜由美が異性で初めて好きになった相手だから。
じっと亜由美が上目遣いに見つめてみると、鉄男は視線を下向きに黙り込んでしまう。
頬には微かな赤みが差している。
彼は嫌悪から視線を外したのではない。
恥ずかしがっているだけだと判り、亜由美はホッとした。
鉄男への恋心は一方的な片想いに過ぎないと、亜由美は重々自覚している。
面と向かって告白していないのだから当然だ。
辻教官には、よく相談されるが、それは他二人と比べて自分が極力話しかけやすい生徒だからだとも解釈していた。
だから――だから、こそ。
次に放たれた鉄男の言葉に亜由美はまず、己の耳がおかしくなったのかと大いに疑い、しばしポカンと呆ける。
視線を亜由美に戻して、彼は言った。瞳を少しばかり潤ませて。
「……どうして、怒らない?俺が相手じゃ嫌だろう。ただ、俺は……俺は、嫌ではなかった」
聞き違いかと思った。
鉄男は、辻教官は、ずっと誰にも心を許していないのだとばかり思っていた。
亜由美のことだって、単に話しかけやすいだけの受け持ち生徒ぐらいの扱いだとばかり。
鉄男は瞳を潤ませながらも表情は真剣で、まっすぐ亜由美を見つめている。
ぼそぼそと小さく、謝罪と感情をないまぜにした囁きが紡がれる。
「お前が相手で、良かったとさえ……お前の気持ちも弁えず、このような発言をして申し訳ないが……」
言い終え目を伏せた相手へ、亜由美は思わず叫び返していた。
「だっ、大丈夫です!大丈夫ですよ、教官っ」
びっくりしてパッチリ目を開けた鉄男に、掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。
「わ、私も!私も、初めての相手が辻教官で良かったって思ったんです。あ、これ、気を遣って言っているんじゃないですよ!本音ですっ!!ホントに悲しくないですし教官が私と同じ気持ちで安心したので、教官も安心してください!辻教官が嫌じゃなかったんなら、もうコレ全く問題なしですよね?ねっ!?」
先回りして全部言ってやった。
これ以上、自分の中での葛藤で彼が傷つかないように。
「あ……」
今度は鉄男がしばし呆ける番で、何か喜びの言葉を語る前に、パチパチと場違いな拍手と陽気な声が二人の告白タイムを遮った。
「ヒュ〜ヒュゥ〜。こんな緊急事態発生中に愛の告白タイムッスか?余裕ですね、辻教官も亜由美も。あたしなんて、さっきからずっと出口を探して右往左往して、どこにも見つからなくて捨て鉢になっていたっていうのに」
えっ!?となって声のした方角を亜由美が振り返ってみても、真っ暗で何も見えない。
代わりに夜目の利く鉄男が「中里……貴様も風呂に入っていたのか」と尋ねるのを聞いた。
「えぇ。一日の汗を流して、ゆったりしていたんですけどね。ずっこけた亜由美に気を取られていたら、逃げそこなっちゃいました」
「ご、ごめん」と謝る亜由美には、ひらひらと手をふり「ジョーダンだって」と拳美が茶化してくる。
かと思えばズンズン近づいてきて、鉄男の真正面で仁王立ちした。
無論、上から下まで何も身につけておらずスッポンポンの全裸で。
「辻教官、一緒に脱出する方法を探しましょう。あ、さっきの告白タイムは他言無用の内緒にしておきますから、ご安心を!」
異性の前だというのに恥ずかしくないのか何処も隠そうとしない彼女には、亜由美のほうが恥ずかしくなってくる。
鉄男も同じ気持ちになったのか、無言でシャツを脱ぎ、拳美へ差し出した。
「……その前に、これを着ろ。貴様は少し、羞恥心を身につけるべきだ」
「あっは、この学校でソレ言っちゃいますか?辻教官。さすがはテレ屋の新人教官だなぁ」
全く悪びれずにシャツを受け取ると、拳美は、すぽっと鉄男のシャツをかぶって踵を返す。
闇に目を向け、さっそく脱出作戦の案を練りだした。
「壁際は全部調べたけど、猫の子一匹入る隙間もありませんでした。あとは瓦礫を手で一つずつ避けるか、それとも」
穴の開いた場所を探して、床を這いつくばるのか。
いずれにせよ一面真っ暗では、夜目の利かない亜由美には、お手上げだ。
せめて何か灯りがあれば、脱出口を探しやすくもなろう。
「或いは、風の流れを頼りに動くか」と、ボソリ呟いたのは鉄男だ。
ついでだからと亜由美は聞いてみた。
「辻教官って暗闇に慣れているんですか?」
「あぁ」と頷きながら、前にも誰かと同じ会話をしたと鉄男は思い出す。
そうだ。あれはデュランと行動を共にしていた時、木ノ下に尋ねられたのだ。
夜目が利くというのは、それほど珍しいものだろうか。
傍らの拳美だって、暗闇に慣れているのだが。
自分では普通だと思っていたが、案外普通ではないのかもしれない。
いずれにせよ、今は、どうでもいい話だ。
ちらりと亜由美に目をやり、鉄男は、そっと手を差し出す。
「釘原、お前が闇に慣れていないのであれば危険だな。手を繋ごう……いいか?」
「は、はい、はいっ!もちろんです、お願いします、絶対手を離さないで下さいね!?」
遠慮がちな手をがっちり握りしめ、些か必死な様子で亜由美は何度も頷いたのであった。


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