合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 子供じゃない

剛助組の放課後訓練は、瞬く間に翌日のラストワン全域に話題が広まった。
というのも、剛助組候補生の一人であるユナが自ら吹聴して回ったせいだ。
結果としてゼネトロイガーはどちらも満足に動かせず、訓練は成功しなかったのだが、そこは大した問題ではない。
生徒達の関心は主に、訓練へ強制参加させられた、もう一人の教官に集中していた。
「もう、これ〜、この動画見たら、絶対みんな辻教官を好きになっちゃうから!」と言って、自分の携帯電話をユナが差し出す。
全員が今日の朝御飯までに動画を一度見終えていたのだが、目の前に差し出されると見てしまうもので、ちらっと覗き込んだマリアや亜由美が「わぁ……」と小さな声をあげて食い入るように眺めるのを、ユナも満足して見守った。
何の動画かと言えば、放課後訓練にて録画した鉄男だ。
ゼネトロイガー二号機に搭乗した彼は、本来はユナの補助役を務めるはずであった。
なのにシークエンスの妄想で脳内ジャックされ、全く身動きが取れなくなってしまったのである。
画面の向こうでは鉄男が熱い吐息を漏らし、己の股間を弄っている。
時折なにか小さく喘ぎ、体を揺する。
手で目元を隠しているため、どんな表情なのか判らないのが余計にエッチだ。
ほんの数分で終わってしまう部分まで含めて、鉄男の自慰行為を覗き見ているような気分に陥る動画なのであった。
見終わった後、ユナが感想を尋ねてくるので、初見でも交わした会話を、また繰り返す。
「み、見ちゃ悪いって判っているのに見ちゃうよね……」
どこか目線を外して亜由美が倫理的な事を言うたびに、マリアは必ず、こう突っ込む。
「でも、鉄男が悪いんだよ。ユナのいる前で無防備晒しちゃったんだから」
「そうそう」とユナも言葉尻に乗り、捕らぬ狸の皮算用を働かせる。
「もうちょっと長く撮っておけばよかったナー。そしたらネットで売れたのに」
それに「や、売るのはマズイでしょ、さすがに」とマリアが突っ込むまでが、一連のパターンだ。
プライバシーの侵害だと判っていても、見ずにいられない。
映っているのが気になる相手であれば、なおさらだ。
鉄男が想像の中で致している相手が自分だったらと妄想しては、亜由美は頬を赤らめた。
自分としている間、あのように甘い声を出されたら、きっともう、それだけでイッてしまうかもしれない。
無論、マリアも似たような妄想をしている。ただし、されるのではなく、する側だ。
鉄男にエッチな真似をしてみたい。自分がやっても、あんなふうに甘えられたらと思うと、ドキドキ胸が高鳴った。
マリアにとって鉄男は、最初の頃こそ嫌な奴でしかなかったのに、今じゃ一番気になる相手だ。
相変わらず語学などの授業は堅苦しくて面白味が欠片もないのだが、性教育の時だけは違う。断然違う。
鉄男は性行為について教えるのを恥ずかしがっている。言葉の端々に、恥じらいや躊躇いが透けて見える。
授業内容を集中して聞くようにして、初めて気づいたのだ。
雑談で始終横道に逸れてばかりの頃は、全く気づかなかった。
そういう意味では、真面目に授業を受けようと提案してくれた亜由美には感謝している。
おかげで、少しは授業が楽しくなった。性教育の時間だけ。
からかうと鉄男は眉間に縦皺を寄せて説教をかましてくるが、あれもきっとテレ隠しであろう。
あちこちで可愛いだの純粋だのと評されていたのも、今ならば納得だ。
鉄男は、オトナな割に候補生達よりも数倍恥ずかしがり屋さんなのだ。伊達に童貞ではない。
「昨日の訓練は動かなかった反省も含めて、実りが多かったよ」
もっともらしくユナがしめて、休み時間の動画鑑賞会は終了する。
これからまた、昼休みや放課後に他の候補生へ見せに行くのだ。ユナは、そういう子だ。
良くも悪くもお祭り好き、皆とキャッキャするのが大好きなのだ。
皆に嫌われるよりは、好かれたほうがいいに決まっている。
でも、あまり辻教官を好きな人が増えると困るな、と亜由美は考えた。


カチュアも漏れなく、例の動画を見た。
半ば強制的に見させられたと言ってもいい。
ただ、彼女は他の同級生とは異なる感想を抱いた。
一番最初に考えたのは、どうしてユナが見ている前で羞恥を晒してしまったのかという疑問であった。
鉄男にしてみたら、ユナは受け持ちでなければ滅多に話をしたこともない他組の生徒だ。
赤の他人同然な相手が同乗しているというのに、何故こんな無防備な格好を――
シークエンスに思考をジャックされていた、とはユナの談である。
だからといって、ユナに触られても正気に戻れないほど自我を失うものだろうか。
シークエンスにしたって、赤の他人のようなものだ。同じ体に宿っていただけで、気安い間柄ではあるまい。
赤の他人の濡れ場に感情移入してしまったのは、何故か。
片方が友人、木ノ下だったから?
全部尋ねてみたい、本人に。
だが、授業中は駄目だ。
マリアや亜由美の目があるし、授業は真面目に受けると決めたのだ。
カチュアは放課後を待ち、全授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響くのを聞きながら席を立つ。
「あ、あの……待って」
折しも鉄男は教室を出ていく寸前であったが、カチュアが呼びかけると足を止めて振り向いた。
マリアや亜由美の姿はない。つい先ほど出ていったばかりだ。
「なんだ、どうした?」と鉄男からは穏やかに尋ねられて一度は躊躇したものの、言葉は割合すんなりとカチュアの唇を飛び出した。
「あ、あの……どうして、昨日は屋外実習に参加、したの……?」
「……あぁ、それか」
鉄男は明らかに苦々しい表情を浮かべ「石倉教官に命じられた、強制参加だ」と答えてから、逆に「何故それを、お前が知っているんだ?」と尋ね返してくる。
「あ……ユナ……が、教えてくれたから……」
ますます渋い顔になる相手に、さらなる質問を浴びせるのは気が引ける。
会話が途切れてしまい、教室には静寂が漂う。
ややあって会話を再開させたのは鉄男で、「屋外実習に興味があるのか?」と尋ねてきた。
カチュアは間髪入れずにコクリと頷き、気を利かせてくれたらしい教官へ質問の続きを浴びせる。
「わたしも、実習で……教官と、あなたと……エッチしたい」
この答えは予想していなかったのか、鉄男は激しく動揺の色を見せた。
「な、なにを、言っている?するのは補助までだ、性行為ではない」
落ち着きなく周囲を見渡しながら、ぼそっと呟き、視線を逸らす。
だが、予想できなくても当然だ。カチュアは内心独りごちる。
一日も早くパイロットになりたいので練習したいです――といった回答を、彼は期待していたに違いないのだから。
「でも……愛撫なら、性行為と同じ……違う?」
わざと判り切ったことを確認してみると、ますます鉄男は視線を逸らして頬を朱に染める。
「実習で触るのは上半身だけだ。お前の言う、え、エッチとは、どこまでを指している……?」
エッチという俗語が辻教官の口から紡ぎ出されるのは新鮮に感じる。
彼はいつも、堅苦しい言い回しを使ってくる。教科書に載っている通りの。
それに、ここまで動揺を表に出したのは珍しい。
性教育の時間でテレているのとは、また違った趣がある。
担当に決まった当初、彼に感じた恐怖は、もう残っていない。
鉄男に寄せるのは、好きという感情だ。それ一色と言っていい。
彼に話を振られるだけでカチュアの胸は高鳴ったし、微笑まれると幸せな気分で満たされる。
彼が外部の人間から馴れ馴れしくされると、カチュアの心を黒い憎悪が覆い隠した。
朝一番、最初に話した相手が鉄男だというだけで、一日が明るくなった。
きっと母親の元で住み続けていたら、こんな感情は一生自分の中に芽生えなかっただろう。
そして、こんな感情を他人に持てる自分にも、カチュアは自分で驚いていた。
優しくされたのは勝手に飛び出して戻ってきた時ぐらいで、あとは他の候補生と変わらない扱いだというのに。
今は世界で一番、そう、入学初期から優しくしてくれた亜由美よりも鉄男を信頼している。
何故ここまで鉄男という存在に、自分は心を許しているのか。
自問自答しても、さっぱり判らない。
顔は、悪すぎず良すぎず。体格だって、太っていないし痩せすぎでもない。
いってみれば、そこらへんに多々いそうな、特徴のない外見である。
加えて、普段は堅真面目の仏頂面だ。
なのに彼を取られたくないという想いは、日に日に増していく。
「ぜんぶ……全部、したいの。子ども扱い、しないで……」
じっと真正面で鉄男を見上げて小さく囁くと、カチュアは鉄男が思ってもみなかった行動に出た。
彼女は、しっかりと鉄男の腰に手を回して抱き着いてきたのだ。
再び教室を静寂が包み込み、鉄男が小さく息を飲む。
カチュアは目をつぶり、肌越しに感じた。
鉄男の温かさを。
鉄男の温もりは、心地よい。
ずっと、こうしていたいと思う程に。
何分ぐらい、そうして抱き着いていただろうか。
すっと頭上を影がよぎり、己の頭を優しく撫でてくる手がある。
鉄男に撫でられているのだと判ったが、カチュアは小さく首を振って、拒否の意を示す。
「子ども扱いじゃ、いや……」
ピタリと頭をなでる手が止まり、カチュアが見上げてみると、困惑の表情と目がかち合った。
「お前はまだ、子供だ。なのに子ども扱いが嫌だと言う。なら、どういった対応を望んでいるんだ?」
再び、ひたりと目線を向けて、カチュアは答えた。
「大人と同じ、扱いをして……ほしいの。キス……して?」
直後の鉄男の狼狽ぶりときたら実に顕著で、バッと勢いよくカチュアから身を放したかと思えば、戸口を突き破る勢いで廊下に飛び出て大声で喚いた。
「で、できるかァッ!!
子供相手に大声で拒否とは、大人げないにも程がある。
ひとまず、彼にはハードルの高すぎる要求であったとカチュアも溜息をついて諦める。
エリスは以前、鉄男とカチュアは同じタイプだと言っていた。
しかし、今ならはっきり判る。自分と鉄男は同じ部類の人間ではない。
共通点は幾つかあるかもしれないが、基軸となる性格が全く異なる。
鉄男を見やると、動揺の収まらぬ顔つきで、こちらを睨みつけている。
怒っているのでなく、照れているのだ。
額には、びっしり汗をかき、頬だけに留まらず耳も赤く染まっていた。
じっと見つめあうこと数十秒、すぐに鉄男が沈黙を破って怒鳴り散らしてくる。
「ゼネトロイガーでの行為は体への刺激が基本だ!キッ、キスは愛撫に含まれていないッ」
もっともらしいことを言っているが、性的な愛撫は唇や舌を用いて相手の身体に触れる事もあると教科書には書いてあった。
つまり唇同士の接触、キスも愛撫に含まれると考えてよかろう。
「じゃあ……どうすれば、キス……してくれるの?」
「しないッ!」
打てば響く返事が来たので、ちょっとばかりカチュアが瞳を潤ませてやると、鉄男は即座に前言撤回、少々柔らかい言い回しで言い直してきた。
「お、俺とお前は、まだそこまで親密な関係になっていなかろう……キスとは親密な恋人同士がするものだと、俺は……思っている」
最後のほうはボソボソ小声であったものの、キスに対する鉄男の並々ならぬ想いが伝わってきたように感じる。
然るに鉄男にとってキスとは、愛撫の一環ではなく神聖な愛の儀式なのであろう。
だとしたら、軽々しく出来なかったとしても仕方ない。
カチュアは、そういった解釈で受け止めると、改めて鉄男を遠目に見上げた。
「じゃあ……親密な、恋人になれば……して、くれる?」
「そ、それは」と怯む彼へ畳みかける。
「恋人でも……だめ?」
じぃぃっと穴のあくほど見つめた結果、渋々といった答えを絞りださせる事には一応成功した。
「……こ、恋人であれば、可能かもしれん」
ただし鉄男の目は全く正面を見ておらず、床を穴のあくほど見つめていたのだが、それでもカチュアは満足する。
次に問いただすのは、恋人になる方法だ。
最早、赤の他人の前で晒した失態の理由なんてのは、どうでもよくなった。
意気揚々と一歩前に進んで今し方浮かんだばかりの質問を切り出そうとした時、突如、割れんばかりの大音量による緊急警報が建物一帯に鳴り響いた――!


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