合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act4 脱・童貞

初の模擬戦闘訓練は失敗に終わり、しかし剛助の顔に落胆はなく、鉄男の報告による驚愕のほうが大きかった。
「……なるほど、そいつは危険だな」
簡易モジュールへのシークエンス接続が、シンクロイスとも繋がってしまうとは大誤算だ。
しかし、ゼネトロイガー自体がシンクロイスの発想を元にした機体だ。
カルフが利用しようと考えるのも当然か。
「直に動かすことはできない……そう言ったのだな?」
剛助に確認を取られ、鉄男は頷く。
内部構造に何かを加えられたせいで動かせないと、カルフは言っていた。
学長も敵の発想を、そのまま流用するのは危険だと感じたのであろう。
「動かせないとはいえ、コンタクトを取ってこられる以上、ゼネトロイガーの起動にシークエンスは使えません。つまり、俺の協力も無理ということです……次にやる時は乃木坂さんか水島さんのクラスと合同訓練を行ってください」
硬い表情で頑なに協力拒否する鉄男を、どう捉えたのか、剛助は、しばし鉄男をじっと眺めた後、ぽんぽんと気安く肩を叩いてきた。
「辻。これから時間は、あるか?寮へ戻る前に、寄りたい場所がある」
ここから先は寮に戻って夕飯を食べて寝るだけの時間だ。特に予定はない。
その代わり、門限がある。
それを鉄男が指摘すると、遅くなる許可も事前に貰ってあると剛助は答える。
最初から寄り道の予定が立っていたようで、仕方なく鉄男は同行することにした。
拳美達へ振り向くと、剛助は一同解散の号令を出す。
「お前らはゼネトロイガーと一緒に、先に戻っていろ」
「はーい」とユナが頷く横では拳美が「押忍!」と叫び、香護芽は「教官は、どこへ行くのでおじゃりますか?」と尋ねてきた。
候補生の詮索へ「少し地下街へ寄ってから帰る」とだけ返し、剛助の視線が鉄男に戻る。
「少し、俺につきあってもらうぞ」
機体と候補生を乗せたトレーラーが走り去るのを見届けてから、駅へ向かい、地下鉄に乗り込んだ。
しばらく無言でガタゴトと揺られていたのだが、ややあって、鉄男は遠慮深げに尋ねてみた。
「……目的地は、どこですか?」
「気になるか?」と問われたので、目線だけで頷く。
「安心しろ、飲み屋だ。俺が以前、行きつけにしていた店だ」
剛助も酒を飲むのか。
なんとなく、彼には健全健康なイメージを抱いていた鉄男は驚いた。
驚く後輩に、ほんの僅かばかりに剛助も苦笑する。
「俺とて酒は嗜む。忘年会でも飲むしな。そうだ辻、今年の忘年会には、お前も参加しろよ」
「忘年会?」と首を傾げる鉄男へ、剛助は頷いた。
「年末にやる、職員全体での飲み会だ。経費の残りを使うのが目的だが、一年分のストレス発散を目的とする奴もいるな」
帳簿の帳尻を合わせる為の都合だろうか。
だが、それらは鉄男に直接関係がない。
それより忘年会には剛助の言い分だとラストワンの全職員が参加するようであり、今から気が重くなる。
鉄男は飲み会が嫌いだ。
あまり飲めるほうではないし、酒自体の印象も悪い。
酒は糞ったれの父親、DV親父をどうしても思い出させるからだ。
だが、木ノ下は言っていた。すぐ尻込みしてしまうのは鉄男の短所だと。
自分を変えたい想いもある。
ならば嫌な飲み会でも、無理して出るべきなのか――
むっつり黙りこくってしまった鉄男を横目で見て、剛助がポツリと付け加える。
「無論、無理に出ろとは言わん。酒が苦手な者や、飲み会自体が苦手な者は不参加も可能だ」
お前はどうだと尋ねられ、鉄男は曖昧に応える。
「……飲み会は苦手です。対一で飲むのでしたら、まだ我慢できますが」
「そうか」と頷き、ならばと剛助も続ける。
「今日は俺とお前の二人きりだ。我慢できるな?」
いえ、と首を振り、鉄男は剛助を見つめた。
「石倉さんとであれば、苦痛ではありません」
一番いいのは木ノ下だ。だが、剛助も嫌いではない。
少なくとも、乃木坂やツユと比べれば。

剛助に連れられてきたのは、地下街にある、うらぶれた飲み屋であった。
客は剛助と鉄男の二人しかおらず、閑散としている。
中央に据え置かれたテーブルでは、店長らしき初老の男が熱心にグラスを磨いていた。
二人が入ってきても、顔すらあげずグラスを磨くのに夢中だ。
店長の無礼にも気を悪くせず、奥の席へ腰かけると、剛助が鉄男にメニューを渡してきた。
「ここは芋の煮っころがしが最高にうまいんだ」
渡されたメニューを開きもせず、鉄男は即答する。
「では、それで」
「そうか。マスター、芋の煮っころがしを二丁!それとビアビールも二つ頼む」
大声で呼ばれて、やっと店長が顔を上げた。
「あいよ。最近すっかりご無沙汰じゃないか、石倉さん。他にいい店でも見つけたかい」
疎遠の客に嫌味を飛ばしてきた店長に鉄男は驚くが、剛助は笑ってやり返す。
「とんでもない。ここのところは仕事が忙しくてな、飲みに行く暇もなかったよ」
忙しかったのは本当だ。
襲撃に次ぐ襲撃、一騎討ちなんぞもやらかして、すっかりシンクロイスとの戦いに明け暮れていた。
改めて考えてみれば、とても傭兵育成学校のスケジュールではない。軍隊並みの多忙さだ。
鉄男の顔を真正面から覗き込み、剛助が話題を振ってくる。
「どうだ、辻。そろそろラストワンでの生活にも慣れてきたんじゃないのか」
少し考え、鉄男は答えた。
「多少は」
「そうか。では受け持ち候補生と、どれだけ打ち解けられた?」
突っ込んで聞かれて、またも鉄男は沈黙を挟み、ぽつぽつと答える。
「……あまり、打ち解けられたとは思えません」
俯きがちに付け足した。
「教官職をやるのは、ここが初めてですから……子供の心情を推し量るのは、難しいです」
「そうだな、あの年頃の少女は俺でも手に余る存在だ」
怒るのではなく肯定する先輩に驚いて、鉄男が顔を上げると、微笑む剛助と視線がかち合う。
「おまけに、この学校は他と違って煩悩だの欲情だのと、こちらまで恥ずかしくなるような内容だからな。だが辻、そこを生徒に付けこまれたら教官は形無しだ。教官たるもの、常に堂々としておらねばならん。己の感情と折り合いをつける、難しい話だ」
マリアに冷やかされた日が、ありありと鉄男の脳裏に蘇る。
乃木坂に借りた教材を自分の趣味だと間違われ、あの時は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「……どうすれば、できますか?」
「ん?何がだ」
「ですから、恥ずかしい感情を抑えるには」
やはり俯き加減になりながらの鉄男の問いに、剛助が間髪入れず答えてくる。
「まずは、恥ずかしいと思わない思考へ己を持っていけ」
意味が判らず首を傾げる鉄男に、判りやすく言い渡した。
「では、こう言えば判るか?お前は何故、性行為や局部を恥ずかしいと感じるんだ」
「それは……」
言われてみれば、確かに不思議だ。
一度もしたことがないのに、性行為を恥ずかしいと受け止めているのは。
周りの人間が、恥ずかしいものだと鉄男に教えたから?
否。
学校で学んだ性教育に、恥ずかしいという感情はなかった。
性行為は種族繁栄の為の手段であり、局部は体の部位だとしか教えていなかったはず。
なのに自分で勝手に、恥ずかしいと思う感情を付与してしまった。
それは何故なのか。
性行為は、裸で行われるものだから?
では何故、裸だと恥ずかしいのか。
生殖器の何が恥ずかしいのか。
普段は服を着ていて、隠された場所だから?
しかし反面、風呂で木ノ下と一緒に裸でいても恥ずかしいとは思わない。
それにも何故がつきまとう。
何故、異性が相手だと恥ずかしいになってしまうのか。
腕を組んで考え込む鉄男の前にドンとビールジョッキ、それから芋の煮っころがしの入った椀が置かれる。
「難しかったか?まぁ、これは追々考えていけばいい。まずは乾杯だ」
何に対してだかは判らないが、ジョッキをカチンと併せて乾杯する。
ぐいっと一口煽ると、おもむろに剛助が切り出した。
「辻。俺も昔は恥ずかしくて仕方がなかった。性教育だけじゃない。女と話す、それ自体がな」
何事にも動じなさそうな四角い顔の自称ゴリラに言われても、いまいちピンとこない。
無言で先を促す鉄男に、こうも言う。
「学生時代の俺は極度のあがり症でな。同世代はおろか後輩や先輩、教師が相手でも、女と名のつく者とは、まともに話が出来ずじまいだった。それが一変したのは社会人になってからだ。社会人になり、俺を好きだと告白する女が現れた」
まさかのモテ自慢、しかも剛助が?
ビールを飲むのも忘れて、鉄男は呆然と呟いた。
「こ……恋人、が?」
「ウム、恋人と言うには些か微妙な関係で……まぁ、それは構わん、もう終わった話なのだからな。ともあれ、彼女のおかげで俺は変わった。武闘以外での自分にも自信が持てるようになったのだ」
「自信が……」とポツリ呟き、鉄男は先輩の心理を伺う。
何故突然、剛助は過去のモテ自慢を始めたのであろう。
前後の話を踏まえるに、異性と交際すれば恥ずかしいものが恥ずかしくなくなる、とでも?
世間の男性一般論なら、そういうこともありえるのかもしれない。
でも、自分には無理だと鉄男は考える。
好きだと告白してくれる妙齢の女性など、この世にいそうもないし、告白されてハイそうですねと付き合える気安さも自分にはない。
どうしても、相手の裏を考えてしまう。人を容易く信用できない。
なかなか初めの一歩が踏み出せずにいる。
剛助は、どうやって初めの一歩を踏み出したのか。
悶々と考える鉄男の対面で、剛助が、さらなる衝撃の告白をかましてきた。
「辻。恥ずかしい行為を恥ずかしいと思わなくなるには、一つしかない。実践だ、実践あるのみだ。つまりは過去の俺も実践した。俺を好きだと宣い、下宿に転がり込んできたあいつとな。それこそ、恥ずかしいと思う感情が吹き飛ぶぐらいには何度もだ!」
堂々としたセックス自慢に、鉄男の頬は、かぁっと赤らむ。
わが校のモテ教官ナンバーワンな乃木坂だって、こんな赤裸々な発言、面と向かっては、しないのではなかろうか。
「おかげで俺の精神は鋼鉄になった。なに、要は受け止め方を変えてしまえば、どうということはないと気づいたのだ。従って辻、お前も恥ずかしくなくなりたいのであれば、誰かを愛し、そして行為を重ねると良かろう」
剛助のメンタルが鋼鉄かと問われたら、まぁ、確かに鋼鉄ではある。
後輩にシモネタを振ってくる部分などは。
先の流れから脱童貞を勧められる結果に落ち着くとは、こちらとしても予想外だった。
てっきり、他人に心を開けだのなんだのといった説教へ繋がるものだとばかり思っていたのだが……
「辻。お前には今、好きだと思える相手はいるか?あるいは、お前を好きだと言ってくれた相手でも構わん」
超剛速球でプライベートに踏みこまれ、鉄男は力なく項垂れる。
無言を答えとし、耳には剛助の言葉が流れてくる。
「ふむ、そうか、いないのか。だが、いいか、辻。好きと告白してくれる相手は同世代とは限らん。もし、そのような相手が現れたら、年齢など気にするな。子供だからと退けるのは、相手の心を踏みにじる行為だ」
「しかし、十五歳以下との性行為は法で禁じられて……」
顔を伏せ、小声で反論する鉄男に、真っ向から剛助が切り返す。
「辻。法というのは誰かの為の都合に過ぎん。何が何でも法を守る必要はない。人が法を守るのではない、法が人を守るのだ」
普段良識派の剛助とも思えない発言で、床に目線を落としたまま、鉄男は呆気に取られる。
「最低限のルールは必要だろう。だが、そうでなければ、国を揺るがす大事でなければ、人間個人の感情を優先するべきだと俺は思うのだ。好きという感情に年齢制限は無用だ。好きだと思える相手がいる事自体、今の時代では奇跡のようなものなのだからな」
爆撃は以前より少なくなったとはいえ、完全に平和を取り戻したわけではない。
まだ、どこかに敵が潜伏した状況なのだ。
それを踏まえると剛助の言い分も、あながち見当違いではない。
好きだと思える相手がいるなら、生きているうちに添い遂げたい。そういうことなのだ。
それに、と多少は表情を和らげて剛助が鉄男を見やる。
「何もすぐ性行為に走れとは言っていない。愛を深めた上で行為に出るのもアリだ」
彼の手元には、四、五個の空ジョッキが置かれている。
鉄男が一杯空ける間に、だいぶ飲酒を重ねたようで、剛助の頬は真っ赤になっていた。
いつから素面ではなくなっていたのか。
ぽかんとする鉄男の肩を真正面から、ぐわっと掴んで剛助が引き寄せる。
「どうだ、この勢いで風俗にも行ってみるか?童貞を捨てるに最も適した場所だぞ、あそこは」
この勢いとは、どの勢いだ。
勢いよく首を真横にふって、鉄男は精一杯の拒絶を示す。
「い、いえ、結構です」
「そうか。辻は純情だな。だが辻、これは俺の体験談なのだが――」
純情かどうかは判らないが、これまでの人生で利用した覚えのない店へ行くには大変な勇気を要する。
ましてや赤の他人と肌で接触する場所だなんて、考えただけでも恐ろしくて卒倒しそうだ。
話すのも困難な自分は、徐々に縮めていくしかない。異性との距離を。
それには、きっと候補生の協力が必要だ。
グダグダな剛助の雑談を右から左へ聞き流し、やがて半泥酔した彼を担ぐようにして、鉄男は帰りの地下鉄に乗り込んだ。


Topへ