合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act2 悟れよ、煩悩

その日の放課後、学長室では乃木坂の怒号が響き渡る。
「剛助に野外実習を許可したって、正気ですか!?学長ッ」
学長の太鼓持ちな彼からは考えられないほどの怒りようだ。
というのも、これまでゼネトロイガーの存在を秘密にしろと彼らに命じてきたのは学長だ。
その本人が野外実習を許すとは、どういう了見か。
それに、何故剛助組が選ばれたのか。
実戦形式でやるなら、自分の組が最優先ではないのか。
全てにおいて事後承諾で話を聞かされたのだ。乃木坂が怒るのも当然と言えよう。
御劔は怒り心頭な乃木坂を、ちらりと一瞥して、小さく溜息をつく。
「事情が変わってきたんだよ」
「事情だぁ?」
怒りのあまり言葉遣いまで乱れてきた乃木坂に突っ込んだのは他ならぬ彼の親友、水島ツユであった。
「ほら、ゼネトロイガーを軍部に売るって事になったでしょ?それで実際の動作を見せろって言われたんだよ」
「動作なら、前にも録画で」と言いかける乃木坂を遮って、御劔も付け足した。
「動く姿を実際に見てみたいとの要望でね」
場所はナイルアンガー公園。
公園と名がついているが、実質は周辺に何もない荒れ果てた場所だ。
人里離れた場所でなら、被害も出ないというので許可を出した。
「それならそれで、なんで剛助組なんです!一番動きに慣れてんのは俺の組でしょうが!」
食い下がる乃木坂を、もう一度見つめ、「それじゃ駄目なんだ」と御劔が吐き捨てる。
「何が駄目なんです!?」
「新米が動かしても上手く動くかを知りたいんだって」とツユが答え、御劔も嘆息して窓の外を見やる。
「とはいえ、さすがに辻くんや木ノ下くんを向かわせるわけにはいかないからね。兼ねてより実戦練習したがっていた石倉くんと、その生徒を採用した次第だ」
先ほど、ゼネトロイガー二体を積んだトレーラーが学校を出発していった。
乃木坂が何を言おうと実戦訓練は中止されないし、言えば言うほど御劔には駄々っ子扱いされるだけだ。
それでも、乃木坂は捨て台詞を残さずにいられなかった。
「なら、なんで辻まで連れて行かせたんです!あいつは真の素人ですよ!?ゼネトロイガーを売る算段、お釈迦になっても知りませんからね!」
荒々しい靴音と共に激しい轟音を立てて閉まった扉を見ながら、御劔は三度目の溜息を吐きだした。

こめかみに青筋を引きつらせて猛々しく歩いていく乃木坂を、ツユが追いかける。
「も〜、癇癪起こす気持ちは判るけどさ、落ち着きなよ勇一」
勢いよく振り向き、乃木坂は親友にも怒りを向けた。
「落ち着けるかよ!よりによって、あんな脳筋どもに任せてゼネトロイガーが壊れたら、どうするんだ!?」
ゼネトロイガーの故障も怖いが、乃木坂が何より恐れているのは別の問題にあった。
空からの来訪者――シンクロイスはまだ、ベイクトピアの何処かに潜伏している。
動かせる機体を二機も外に出している今、奴らが襲撃してきたら反撃の打ちようがない。
敵が剛助らを襲撃する可能性だってある。
未熟な彼らじゃ、なす術もなくやられてしまうだろう。
ゼネトロイガーは極力表に出すべきではないのだ。
ラストワンがシンクロイスに狙われている以上。
「けどさ、もう秘密にしておく必要もないんだし。野外実習見せつけたいって学長の気持ち、あたしは判るなぁ」
「判ってない、判ってないなぁ、お前も!今、襲われたら、どーすんだよココ!」
激昂する乃木坂とは正反対に、ツユは割合冷静であった。
「あたしとあんたの組で撃退できるでしょ。元々あいつらは戦力外なんだし」
あれから機体を整備して、ゼネトロイガーは六体とも稼働できるように調整してある。
大会を経験することで、相模原や飛鳥の態度も変わった。
以前よりも真面目に授業を受けるようになったと、ツユは感じている。
ミィオの集中力も、大会前とは段違いだ。
これはツユが、やり方を変えたおかげもあろう。
愛の囁きはネットを駆使して調べ上げたので完璧だ。ミィオも大喜びな反応を見せてくれた。
「何?あいつらが心配なの?勇一は。大丈夫だよ、野外実習するにあたり軍も警備をつけてくれたんだから」
軍の護衛は剛助や鉄男には内緒で、御劔が要請した。
彼らからは死角の場所で軍所有の人型ロボットが一機、待機している手筈だ。
本場のパイロットに見守られているとあっては、候補生も緊張して普段の実力を出せまい。
そう考えての気遣いだ。
今のところ、ベイクトピア軍の一部にしか知られていない秘密の実習だ。
報道などの邪魔も入るまい。
シンクロイスに感づかれさえ、しなければ。


「うおぉぉぉ!キャイーン!」
ゼネトロイガー一号機に乗り込んだ拳美が、奇声を張り上げる。
彼女の胸を揉んでいた剛助が顔をあげた。
「なんだ、そのキャイーンというのは!?」
「え、えっと、嬌声ってのを、あたしなりに考えてみた次第です、押忍!」
野外実習の内容は実にシンプルで、ゼネトロイガー二機で殴り合いの格闘戦を行うことにあった。
だが肝心の動力炉、拳美の煩悩が、これっぽっちも上がらない。
以前シンクロイスと戦った時のほうが、まだマシだった。
「真面目にやれ!」と怒ったところで無駄だ、本人にも煩悩の上がらない理由が判らないようでは。
「え〜?これでも真面目にやってるんですけどォ……」
あの時は必死なれど煩悩の高まり具合は普段の練習よりも顕著で、殴り合いとまではいかなくても動けていた。
しかし今の拳美は、どうだ。エンジンすら起動しないではないか。
ゼネトロイガー一号機は棒立ちで二号機と向かい合ったまま、かれこれ十分が過ぎようとしている。
『どうしましたァ?エンジントラブルですかァ』とユナにも通信で尋ねられ、剛助が答える。
「トラブルもトラブル、煩悩があがらんッ!」
『え〜、拳美ちゃん、早くも枯れ柳』
「枯れてないッ!」と拳美も声を荒げ、かと思えば下り眉で教官に尋ねてくる。
「お、おかしいです。前と同じ触り方なのに、全然ムズムズなってこないというか」
「ムズムズ?」
「えぇ、ムズムズです。以前来訪者と戦った時、それがいっぱい体中に駆け巡って、あ、これが煩悩なんだって思ったらゼネトロイガーも動いて」
ムズムズ=拳美にとっての快感だとすれば、剛助の手管は変わっていないのだから、ゼネトロイガーも動くはずだ。
今の一号機は微動だにしない。やはり拳美の捉え方に問題があるのだろう。
「では聞くが、ムズムズしている間、お前は何を考えていた?」
剛助の問いに、拳美は必死で思い出す。
シンクロイスと戦った時、何を考えていたかって?
とにかく煩悩を高めなきゃ、と思うも全然高まらなくて焦っていたはずだ。
この戦いに敗れたら、教官や仲間が死んでしまうのではと予想して、自分の考えに怯えもした。
剛助を失うのは、親兄弟を失うよりもつらい。
何故、そう思うのか。
たぶん、親兄弟よりも拳美を理解してくれているのが彼だからだ。
剛助は他の者たちとは異なり、拳美に女らしさや可愛らしさを強制してこなかった。
逆に自分に自由であれと言ってくれた。
練習機体は煩悩を高めて動かすと聞いた時には驚いたが、それでも剛助は拳美に女性らしさを要求してこなかった。
何故だろう。
何故、彼は女性らしさを拳美に強制しなかった?
女性らしさと煩悩は、繋がっているのではないのか。
男性に女性が体を触られる。すなわち、それが煩悩の発生源ではないのか。
男性に愛を感じるからこそ、煩悩が産まれるのではないのか。
改めて、己に問う。
煩悩とは何なのだ?
しばらくして、拳美が顔を上げる。
「教官や皆のことを考えていたと思います」
「どういうふうに?」
「皆が死んじゃったら、やだなぁって」
それだけか?と再度問われ、今度は天井を見上げて考え込む。
クラスの皆が死んでしまうと嫌なのは、仲間意識の表れだ。
それと剛助の死は、また別物ではないかと拳美は思う。
どうして、そう思うのか。
やはり彼が、拳美の中で特別な位置にあるからだと言わざるを得まい。
剛助に触られると、体がムズムズする。くすぐったいと言い換えてもいい。
しかし自分で同じことをやっても、さして感じない。
剛助にやられた時だけだ、くすぐったい、ムズムズすると感じるのは。
何故、剛助にやられると体が反応するのか。
これが、煩悩なのか?
だとしたら――
「教官が死んだら、ムズムズ出来なくなっちゃうの寂しいなぁって」
言い分だけ聞いていると、まるで都合のいいセフレみたいな扱いだが、剛助は、あえて追及を避けた。
「つまり、お前は俺を特別視している……そう受け取っていいのだな?」
「え、えぇ。たぶん、そうだと思います」
「ならば、体を委ねろ。俺の指の動きに」
操縦席に寝ころびなおした拳美の上に、剛助が圧し掛かってくる。
「ちょ、ちょっと、重いです、重たいです教官!」
そればかりか足を持ち上げられて大股開きな体勢にさせられた。
足と足の間に剛助が挟まっている。
ぐっと何かを股間に押しつけられて、生暖かい感触に拳美は泡を食う。
「ちょ、ちょちょ、ちょ、なんですか、なんですかイキナリ!?」
如何に恋愛音痴で格闘馬鹿な拳美でも知っている。
この暖かくも柔らかい物体の正体は、いわゆる男性の股の間に生えたアレ、おチンチンだ。
「最終体形が、この格好だ。慌てるということは、お前も一応は知っていたようだな」
教官は恥ずかしがっても赤くなってもおらず、冷静に真顔で言い放つ。
「煩悩とは誰かへの性欲を示している。こうされて、お前が意識するというのは、お前が俺へ執着を感じているからに他ならない」
男女に限らず、人が人へ向ける妄念の感情こそが煩悩だと彼は言っているのだ。
それは朧気に判ったが、こんな体勢に持ってこられた意図が判らない。
お腹が押されて少々苦しくもある。
「俺に触られてムズムズする、それすなわち、お前の体が俺に期待しているのだ」
「き、期待って何をです?」
本人の与り知らぬ妄念とやらの正体を、何故か教官はご存じらしい。
オウム返しに尋ねる拳美へ頷くと、剛助は結論づけた。
「俺に、もっと気持ちのいいことをしてほしいという欲求だ!それこそが、恋愛感情と呼ばれるものだッ」
「そっ……そうだったんスかー!」
半分以上の内容を理解できないまま、拳美は勢いに流されて納得したような、そうでもないような感覚に囚われたのであった。

呑み込みの悪い鈍な拳美と比べると、ユナは煩悩が理解できている範囲といえた。
なんせ鉄男が何かするよりも先にズボンのチャックを下ろそうとして、彼を酷く狼狽させたのだから。
「何の真似だ!!」
コクピット内で逃げられる範囲ギリギリまで遠ざかり、怒鳴ってくる鉄男にユナは悪びれない。
「え〜辻教官の大きさって、どんなものかと思いましてェ」
「貴様が、それを知る必要はないッ!」と、こめかみに青筋立てて怒鳴っても効果はゼロ。
ユナは反省の色なく、へらへら笑っている。
不意に、鉄男の脳裏をよぎった顔があった。
相模原だ。
相模原と、こいつは似ている。
姿かたちは全く似ていないのに、行動がそっくりだ。
実習ではゼネトロイガー同士で殴り合いの格闘戦をすることになっている。
だというのに開始から十分経過しても一号機がウンともスンとも動かない為、実習もお預け状態であった。
そして暇を持て余した結果、ユナがセクハラに出た。
いきなり「教官のおっきさ確認〜」などと宣って、鉄男のチャックを下ろそうとしてきたのである。
前後の流れなど全くない唐突な行動で、相模原以上の猛者だと鉄男を震撼させた。
剛助が人当たりのよい先輩だったから、その生徒も礼儀を弁えているかと思ったら、これだ。
乃木坂が道徳の教えをサボッていると剛助は以前ぼやいていたが、自分の候補生だって大概ではないか。
ユナは小柄で人懐っこい顔つきをしており、サラサラの緑髪をツインテールに結んでいる。
可愛い見た目にも油断した。
いうなれば、こいつは顔の可愛い相模原だ。
「本日は上半身だけの実習だ。従って、俺の下半身に興味を持つ必要はないはずだ」
「お堅いなぁ、辻教官は。石倉教官も堅いけど、それ以上だね」
「人の話を聞いているのか!?」
「ハイハイ、聞いてます、聞いてまーす」
どれだけ怒っても暖簾に腕押し、ユナはひらひらと手を振って、鉄男の説教を軽く聞き流す。
「あーでも、判るかも。相模原さんが言ってたのって、これだったんだぁ。ナットク、ナットク」
「何の話だ?」と鉄男が水を向けると、ユナは微笑んで言った。
「え〜?辻キョーカンがウブで可愛いって」
十三歳の小娘に可愛いなどと言われるのは、きわめて心外だ。
歳はそう変わらないのに、カチュアとユナでは天地の差がある。
カチュアのほうが扱いやすい、それだけは間違いない。
少なくとも彼女は、いきなり鉄男のズボンを脱がそうとはしまい。
「なんかもう、そうやって怒ってテレ隠しするトコとか、最高にカワイイよね辻キョーカン」
「誰がテレているというんだッ。馬鹿な発言は慎め」
最大限に眉毛を釣り上げても、ユナはケラケラ笑っている。
一度こっぴどく体罰を食らわせてやったら、少しは大人しくなるだろうか――と、そこまで考えて、鉄男は、はたと我に返る。
通信機を通して、剛助が怒鳴っていた。
『辻、ユナ、長らく待たせたな!エンジン作動だ、さぁ、実習を始めるぞ』
先ほどまで直立不動だったはずの一号機は、いつの間にか構えを取っており準備完了になっていた。
「あ、やっと拳美ちゃん、やる気になったんだ。じゃ、ボク達も準備しよ?」
ひょいっと操縦席にまたがって、ユナが鉄男を急かす。
鉄男も憤懣遣るかたない感情を、ひとまず思考の横っちょに置いといて、シークエンスに呼びかける。
間髪入れず、脳内には彼女の声が響いてきた。
――えぇ、いいわよ。進とのイチャラブを妄想すればいいんでしょ?そんなの簡単だわ。
返事を聞くのと同時だった。
ゼネトロイガー二号機のエンジンが起動し、鉄男の脳裏に裸のシークエンスが描き出されたのは……


Topへ