act1 模擬戦闘
学内でダンスが大流行した結果、杏の居場所作りは、ひとまず解決した。引っ込み思案で、なかなか周囲に溶け込めずにいた彼女も、以前よりは学友と話す姿を見かけるようになった。
当面の問題は片付いたと考えていいだろう。
これでやっと、本題に入れる。
本題とは何か――?
言うまでもない。
シンクロイスの隠れ家を探す。
人類の未来を考えても、やつらを野放しにしておくのは愚策だ。
学長は軍隊に任せろというが、軍に任せたせいで今の惨状があるとも言える。
彼らが全く動かないから、当学校の生徒までもが被害にあったのではないか。
地下街を封鎖して根こそぎ家探しできる権利が軍隊にはあるはずなのに、それをしないのは何故だ。
もしや爆撃が収まったから、侵略行為も終了したと思っているのか?
だとしたら、とんだ油断だ。軍隊の無能加減に剛助は歯噛みする。
軍が動かないのであれば、現状を知る我々が動くしかない。
たとえ学長の命令に背く形になったとしても。
「今日の放課後は屋外実習ですか!やります、いきます、いきましょう!!」
本日の授業が全終了した後には、放課後、街から遠く離れた野外の公園で実技授業を行う。
公園と一応呼んだが、遊具も何もない、だだっぴろい荒地が広がるスペースだ。
そこでなら、被害を気にせず思いきり暴れられる。
そう剛助が切り出した途端、ハイハイと元気に手をあげて拳美が騒ぎ出す。
なにしろ彼の受け持ち生徒は揃いも揃ってアクティブ派。
教室で大人しく授業を受けるのは苦手ときている。
受け持って二年経とうというのに、そこらへんは全く成長していない。
それでもまぁ、色事のイの字も理解していなかった入学時と比べれば、それなりに知識はついてきた。
ゼネトロイガーの操縦に関しては、最初からスジが良い。
この辺りは、さすがアクティブな武闘派と褒めるべきか。
今から行う授業は、その操縦を更に高めて完璧とするための野外実習だ。
シミュレーションだけでは対処しきれない咄嗟の判断力を、野外で試そうというのだ。
大掛かりな模擬戦闘になるので、学長にも事前許可を取ってある。
実戦形式であるからには、ゼネトロイガーは二体使う。
ツユか乃木坂組と合同訓練する手もあったが、剛助は、あえて別の手を選んだ。
放課後、さっそく公園まで移動した三人の前に立ったのは剛助と、もう一人。
「本日の授業では、シークエンスにも協力してもらう」
紹介された相手を眺め、拳美達は首を傾げる。
目の前に立っているのは、どう見ても辻教官だ。シークエンスではない。
「えぇと……シークエンスって辻教官の中にいる、女性でしたよね?」
拳美の問いに重々しく頷き、剛助が答える。
「そうだ。だが今回、彼女が表に出てくる必要はない。代わりに、これを使う」
剛助が取り出した写真に写っているのは、黒くて大きな箱だ。
「これと辻教官をリンクさせてシークエンスの波周を拾い、ゼネトロイガーを動かす」
ボックス単体でも動かせないことはない。
だが、攻撃動作を取らせるには女性の意識が必要だ。
故にボックスへシークエンスの意識を送り込み、動かすのだと説明された。
「要するに、疑似操縦を使った対戦相手になるってこと?」と、ユナ。
「うわ〜、燃えてきたぁ!」
拳美も喜び、ぐっと拳を握りしめる。
これまでの操縦授業は、あくまでも動かし方を教わるばかりで、戦いは学んでいない。
実戦でいきなり戦えと言われたって、拳美が思うように動けなかったとしても当然と言えよう。
おまけにまだ、彼女は煩悩をマスターしたとは言い難い。
ユナや香護芽も同様で、今回の実戦形式訓練では、そこも強化する予定である。
がちがちに固まって緊張の面持ちで棒立ちする鉄男に、剛助が小声で囁く。
「大丈夫だ。表に出させさえしなければ、お前がシークエンスに乗っ取られる確率は低い」
「それは、心配していませんが……」と鉄男も小声で返し、強張った顔で振り返る。
「俺一人で煩悩を燃やせと言われても、無理があると思います」
「煩悩を燃やすのは、お前じゃない。シークエンスだ。彼女は木ノ下が好きなのだろう?」
剛助は、あっさり鉄男の杞憂を退けると、受け持ち生徒へ視線を戻した。
シンクロイスの隠れ家を探すと決めたのに、何故模擬実戦特訓をするのか?
決まっている。少しでも戦力差を埋めるためだ。
探し出したとしても、今の戦力では不安があった。
ツユ組と乃木坂組の二体でしか対抗できないのでは、勝てる見込みも薄い。
残り四組も戦闘可能にまで急ピッチで育てる必要がある。
まずは、自分の組の三人だ。
一番実戦投与できそうなのが拳美であり、次点は香護芽。
ユナも頑張ってはいるのだが、集中力が足りない。
そして何より、操縦能力よりも集中力よりも決定的に足りていない問題が一つあった。自分の組には。
「それで……あたし達は教官と乗るんですか?」
拳美の質問に、剛助が頷く。
当然だ。何のために模擬をやるかといえば、彼女達の煩悩を目覚めさせることにある。
「ただし辻教官側にも一人、乗ってもらう。実技馴れするには、俺一人では手が足らんからな」
剛助の決断には、三人が一斉に驚く。
「え……えぇーッ!?」
驚いたのは三人だけではなく、当の辻教官こと鉄男も目を丸くひんむいて剛助を凝視した。
「話が違いますッ」と小声で抗議したのだが、剛助には聞こえていなかったのか。
或いは聞こえても無視されたのかは判らないが、とにかく模擬戦闘は始まってしまったのだ……!
「ジャンケンポーン!あいこでショー!!」
乙女三人での白熱したじゃんけんが繰り広げられる中、剛助は鉄男の説得にかかる。
「一人ずつ模擬戦闘をするのだ、うち二人が退屈するのは目に見えている。二人同時に模擬戦闘させるほうが効率的なのは、お前にも判るな?」
「それは判ります。しかし、補佐が俺では彼女達が嫌がるのではありませんか」
眉間に皺を寄せて強く抵抗してくる鉄男に、剛助の眉毛も跳ね上がる。
「正規パイロットになった後を考えれば、俺一人だけに懐いているほうが問題だろう。それに辻、これはお前自身にとってもステップアップのチャンスなのだぞ」
「俺には、まだ早すぎます。受け持ち生徒も操縦まで辿り着いていないのに」
「いずれは行うだろう。その時にマリアや亜由美から馬鹿にされない為にも、予行練習は必要だ」
予習をしたほうがいいのは、鉄男にだって判っている。
問題は、剛助組の三人が鉄男に触れられるのをヨシとするか否かだ。
二年も一緒にやっているんだから、いきなりやってきた新人よりは剛助に手ほどきしてもらいたいはずだ。
といった旨を簡潔に説明しても、剛助を納得させるには至らなかった。
「いいか、辻。女性という生き物は一概に美形が好きだ。俺のような四角い顔のゴリラ格闘家ではなく」
なにやら一般論を真顔で語り始めた先輩には、鉄男もすぐ対応できずに唖然となる。
「あの三人が俺に懐いているように見えるのは、俺しか担当がいなかったせいだ。現にユナなどは、休み時間はアイドル雑誌や乃木坂の写真に現を抜かしている。美形が好きな証拠だ」
「……女性は美形が好きという話を否定する気は、ありません」
一旦話を中断させ、ますます眉間の皺を濃くさせながら鉄男も反撃に出る。
「ですが、それならば、なおのこと俺は適任ではありません。学長か乃木坂さんに頼まれては?」
この間の休日で多少は他人の話に耳を傾けようと決心した鉄男だが、納得のいかない話にまで素直に頷く気にはなれない。
「学長になんぞ頼めるか、馬鹿。乃木坂は乃木坂で最終育成に忙しい身だ、邪魔するわけにはいかん。それと辻、お前は一度自分の姿を鏡でじっくり眺めてみろ。美形が映っているぞ」
一体誰のボーダー基準での美形なのかと鉄男が反論する前に、剛助が三人を振り返る。
「順番は決まったか?」
ハーイと手をあげて、拳美が答えた。
「石倉教官と乗るのは、あたし!んで、辻教官側に乗るのはユナですッ」
ユナの様子を見やると、意外やまんざらでもない顔をしており、鉄男は拍子抜けする。
不満顔でブーブー文句を言ってくれれば、剛助の案を退けるのも可能だったのに。
「えへへーよろしくね、辻教官」
微笑まれたので、ひとまず鉄男も会釈する。
「触るのは、どこまでアリなの?」と、これは剛助への質問か。
顎に手をやり、剛助が答える。
「そうだな……模擬とはいえ、ボーンを発射するわけにはいかん。従って愛撫は上半身のみとしよう。辻も、それでいいな?」
頷かない鉄男をチラリと見、拳美は元気よく手をあげる。
「判りましたー!今日の特訓は操縦と煩悩、両方の上達でいいんですね」
「そうだ」
ユナも鉄男をチラ見して、ぽそっと付け足した。
「辻教官は、それだけじゃ満足できないーって顔してますよぉ?」
「していないっ!」
さすがに余計な邪推は迅速に跳ねのける鉄男を剛助も一瞥し、満足した表情で頷いた。
「よし、辻も納得したようだし、さっそく始めるとするか」
簡易テントでパイロットスーツに着替え、拳美は剛助と共に、ユナは鉄男と一緒にゼネトロイガーへ乗り込んだ。
操縦席に座ったかと思うや否や、ユナが上目遣いに話しかけてくる。
「マリアや亜由美から、聞いてますよォ?辻キョーカンってドーテイだって」
いきなり踏み入られたくないプライベートへ剛速球を投げつけてくるたぁ、ふてぇマセガキだ。
驚きのあまり硬直した鉄男に構わず、ユナは続けた。どこか甘えた口調で。
「辻キョーカンも未経験なら、ユナと一緒ですよネ。今まで愛撫って言われてもイマイチ理解できなかったけどォ〜初めて同士、一緒に学んでいこっ♪」
一緒と言われればそうなのだが、十三の子供に言われるのは心外だ。
だがユナが十三歳なら、これまでの授業で理解できなかったのにも納得である。
まだ恋も愛も知らないような年頃だ。愛撫と言われても、ピンとこまい。
鉄男受け持ちのカチュアも十二歳だ。
カチュアへの予行練習だと思えば、ユナを相手にするのは悪くない。
そして彼女の様子を伺った限り、こちらに敵意を抱いているといった様子にも見えない。
どちらかといえば、好意的だ。ユナの頬は微かに紅潮している。
これまでに、彼女とマンツーマンで話した記憶がない。
今日が初めてだ。
なのに、好意的なのは何故だろう?
首を傾げる鉄男にユナがすり寄ってくるもんだから、反射的に鉄男は身を引いた。
「え〜、ちょっ、なんで逃げるのぉ?傷つくぅ〜」
ぷぅっと愛らしく頬を膨らませるユナに「す、すまない」と謝ると、鉄男は一歩前に出る。
ついでに、尋ねた。
「俺に触られるのは、嫌ではないのか?」
「どうして、そんなこと聞くのぉ?」
質問に質問で返されたので、さらに質問で尋ね返す。
「実戦を教えてもらうのであれば、石倉教官が一番良いのではないのか?」
「あぁ、それぇ?まぁ、うん。そりゃ担当教官のほうが色々と判ってるからネ。でも……」
追加質問で一旦は頷いたものの、すぐにチロリンとユナは鉄男を見上げて微笑む。
「ボクねぇ、卒業試験は石倉キョーカン以外の人にやってもらおうかと思ってるんだ」
意外な一言に、鉄男の目は点になる。
候補生は、それぞれに受け持ち担当教官と卒業試験を受けたいのだとばかり思っていた。
剛助は真面目な男だ。
春喜やツユと違って、拒否する謂れもない。
「石倉教官では、何故駄目なんだ」
興味を持って追求すれば、ユナは、きっぱり答えた。
それも満面の笑みを浮かべて。
「だって石倉キョーカン、下手なんだもん!触るのが。だから、ネ?もっと上手くて、そんでもっとイケメンなキョーカンにやってもらいたいなぁ〜って」
本人に聞こえているかもしれない場所で、思いっきり下げ批判だ。
唖然とする鉄男の耳に、剛助の声が通信機越しに伝わってくる。
『そろそろ模擬戦闘を始めるぞ、辻。モジュールにコネクトしてくれ』
向こうは二人一組で動かせばいいのだが、こちらの操作は複雑だ。
基本エンジンはシークエンスの思考が担当する。
鉄男が装着したヘッドギアからコードを伝ってモジュールに渡り、彼女の煩悩を元にゼネトロイガーが起動する。
その上で、操縦桿はユナが握る。
攻撃の担当も彼女がやり、ユナのテンションをあげるために鉄男が多少の補佐をする、という手はずだ。
つまり鉄男は、自分の思考とシークエンスの思考を完全に分けねばいけない。
元々二人で分かれている身だし簡単だろうと言われそうだが、なかなかどうして難問だ。
なんせシークエンスの思考は、鉄男の脳内にてダダ洩れなのだから。
これから木ノ下とのチュッチュイチャイチャ妄想が流れてくるのかと考えただけでも、憂鬱だ。
同時に鉄男の思考もシークエンスにはダダ洩れで、これから愛撫だなんだをするのだと思うと、羞恥がこみ上げてくる。
しかし鉄男の内面の葛藤などお構いなしに、ユナが、さっさとコードを接続してしまう。
「よーし、じゃあ、模擬戦闘開始ィ!」
なし崩しに、放課後の模擬特訓が始まった。