合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 もっと素直に

ワンツーワンツーと軽快なステップを踏む間に、時計の針が正午を指す。
「よっしゃ、一旦休憩にしよ☆」と豪人の締めを受けて、音楽も鳴りやむ。
「デリバリー頼もうと思うんだけど、鉄男は何がいい?なんでも奢ってやるぜ」
気前のいい木ノ下の弁を遮り、デュランがぐいぐい鉄男に身を寄せてくる。
「ほら、鉄男くんも一緒に弁当を食べよう。今日の弁当はミソノが作ったんだがね、悪くない出来だ」
「まぁ、お兄様ったら。いつもは何の感想もおっしゃってくださらないのに、今日だけは雄弁ですこと!」
心なしミソノの眉間にピリピリした皺が寄っているように見えるのは、けして鉄男の気のせいではあるまい。
弁当箱をチラ見してみれば、色とりどりなおかずとサンドイッチが目に入った。
だが、駄目だ。
これはラフラス兄妹とケイが食べる分として、持ってきたのであろうから。
「いえ、遠慮します」
ぼそりと断り、鉄男は木ノ下の差し出してきたデリバリー一覧表を眺める。
最近は爆撃が減ったおかげか配達業も復活し、地上と地下を忙しく駆け巡っているとニュースで聞いた。
メニューの幅も広がり、弁当は勿論、おかずもセレクトOK、汁ものまで届けてくれる。
「え、なに、進が奢ってくれんの?だったら俺はカレーよろ☆」
図々しく豪人が注文するのには、木ノ下も苦笑いで受け止める。
「お前にゃ言ってねーよ!まぁいいけど、今日だけは特別に奢ってやるよ」
「んー、別れても進やっぱ優しい」
軽口を聞きとがめ、ケイが口を挟んでくる。
「別れたって、今も諸君らは友人なのだろう?」
「あ、今は同居してねーから、別々の住居だから。うん、別れたって、そーゆー意味」
豪人はパタパタ手を振り、木ノ下も、やや慌てた口調で付け加える。
「そ、そうそう。こいつ、ちょっと意味の分からないことを言うかもしれませんが、無視していいんで!」
「敬語は必要ない」と断ってから、ケイは改めて木ノ下と向き合う。
あの頃の教官第一志望は、ラストワンだった。
従って、もし合格していたら、この男がケイの先輩になっていたかもしれないのだ。
デュラン=ラフラスと比べた場合、経歴の上では相手にならずとも、鉄男への気配り具合を眺めていると、まんざら悪くない。
いや先輩として見れば、デュランより遥かに、つきあいやすそうな相手だ。
スパークランにはデュラン以外にも先輩は数多くいる。
いるがしかし後輩へ気配りのできる先輩は、あの学校にはいないように思う。
距離ナシなのは、それこそミソノとデュランの二人ぐらいで、しかも近すぎる距離には辟易する。
面接で受かった同期とも距離がある。
気の許せる相手はおらず、実質、孤独な教官生活だ。
生徒の喜ぶ顔を見ていれば大丈夫だと自分に言い聞かせ、今日まで勤めてきた。
鉄男は、どうなのだろう。
この先輩が側にいるなら、ひとまず孤独ではなさそうなのだが。
「え、えぇと……君も、何か注文するかい?」
無言で見つめてくるケイに、木ノ下が首を傾げる。
「では、桜の葉弁当を一つ。料金は自分で払います」
「あらぁ、私のお弁当は、もうお腹いっぱいですの?」
甲高く声を荒げるミソノには、ダグーが、やんわり慰める。
「では、コクトー殿のかわりに我々がご相伴にあずかりましょう」
「そうそう、コクトー殿はミソノ様のお弁当に飽きたのではございません。ちょいとデリバリーの弁当と比較して、ミソノ様のお弁当の美味しさを反芻したくなったのでございましょう!先ほどから気になっておりましたのです、ラフラス家直伝の弁当とは如何なるお味なのか……我々が食しても宜しいでしょうか、ミソノ様!?」
蛍光ピンクスーツのブラタルクにグイグイ接近されて、ミソノは少々引きつった笑顔で頷いた。
「え、えぇ、もちろんですわ。どうぞ、お召し上がりになってくださいませ」
もぐもぐやりながら、すかさずデュランが突っ込んでくる。
「どういう味も何も、普通の手作りサンドイッチとサラダだぞ」
無粋な兄を手でメッと窘め、ミソノは満面の笑顔を浮かべて弁当箱を二人へ差し出した。
「朝から頑張って作った甲斐がありましたわ。誰かに食べてもらうのは、手作り最大の喜びですものね」
一連の流れを見て、鉄男が、ぼそっと呟く。
「……木ノ下も、手作りは好きか?」
「ん?あーまぁ、好きっちゃ好きかな。作ってくれた相手にもよるけど」
どこか煮え切らない返事に突っ込んだのは、鉄男ではなく豪人だった。
「え〜?進、手作り好きっしょ、大好きっしょ。俺と同居してた頃もカワイー子に手作りスイーツもらってデレデレしてたの覚えてっし」
さりげない過去暴露話に、慌てたのは木ノ下だ。
ぎゃあーー!そういうのは表に出して言わなくていいッ。つーか、徹底的に忘れろ!!」
「忘れるわけないじゃん、これも進との大事な思い出の一つだし☆」
「そーゆーの以外にもあったろ、大事な思い出は!」
「これって滅多になかった進の浮気現場だよ?忘れたくても忘れらんねーよ」
サンドイッチを手に取りながら、ぽつりとダグーも突っ込んでくる。
「……あなた方は、随分と親密な仲だったんですね。何年ぐらい、同居を?」
「これ、そのようにプライベートへ首を突っ込むのは」と窘めるブラタラクをも一瞥し、豪人が気軽に答える。
「アッハ、いいよいいよ、別に隠すようなモンでもないしネ。俺と進は同郷ニケアの幼馴染でサ、同棲始めたのは高校ぐらいの時だったかな?そっから大学卒業まで、ずーっと一緒に暮らしてたの。けど、進ってば就職はベイクトピアにするなんて言い出すから、その日はチョー大喧嘩☆俺はニケアに残って進はベイクトピアへ引っ越したんだけど、その後俺も職転々としてこっち来たってわけ」
「そ、そうなんだ。だから鉄男、ゴートと俺の関係を変に勘繰るのはナシだぞ!!」
必死で言い繕った弁解が心の叫びに聞こえたのは、ダグーやブラタルクばかりではなさそうだ。
ラフラス兄妹やケイの視線までもが生暖かくなったのを、肌身で感じずにいられない木ノ下であった。
肝心の鉄男は木ノ下の弁解など全く聞いていなかったかのように、ぶつぶつと呟いてくる。
先の質問には、続きがあったようだ。
「……もし、俺が弁当を作ったとしたら。木ノ下は、食べてくれるのか……?」
「もちろん!!!!」
瞬速最大スピードで勢いよく頷いてから、ちょっと勢い良すぎたかと気づいた木ノ下が言い直す。
「鉄男、手作りってのは人の心がこもった贈り物だと俺は思っている。けど、それは俺が勝手に思っているだけで、他の奴らがどうかは判らない。だから、もし誰かに手作りを贈りたくなったら、今みたいに、先に確認を取るのをオススメするぞ。んで、だな。手作りの贈り先が俺だと言うんなら、いつでも大歓迎だ!」
鉄男はコクリと頷き、嬉しそうに微笑んだ。
「なら、次に出かける時は弁当を作ってこよう」
木ノ下に手作りが好きかと尋ねたのは、なんのことはない。
自発的行動について考えを巡らせた結果、辿り着いた質問だ。
手作り弁当という、たった一つのアイテムを元に、会話が無限に広がっていく。
これは、ミソノが弁当を手作りしてこなければ起きなかった現象だ。
彼女が弁当を作った動機も薄々予想できる。
今日は外出、体を動かすとあっては腹が減る。そう考えたに違いない。
自分から行動を起こすのは大変だ。
だが、その先には必ず喜びが待ち受けている。
これまでの鉄男は、自発的に何かを行おうと考えたことがあっただろうか。
誰かに喜んでもらいたいと考えたことが、あっただろうか?
ミソノを眺めているうちに、自分がどれだけ後ろ向きに生きてきたのかを自覚した。
そして、行動を起こせる彼女が羨ましくなった。
ダグーやブラタルクは満足そうに舌鼓を打ち、デュランも身内ゆえに一応は謙遜したが、美味しそうに食べている。
自分も誰かに喜びを与えてみたい。
結果、一番身近にいて、今、最も仲良くなりたい木ノ下に白羽の矢が立った次第だ。
木ノ下は手作りが好きだと言う。
心のこもった贈り物だと解釈している。
鉄男は、そんなふうに考えたことが一度もなかった。
母親の作る飯は栄養補給でしかなかったし、誰かに贈り物をもらった記憶もない。
ニケアを出ることで多少は成長したかと自負していたのだが、鉄男は小さく嘆息する。
あの頃から、自分は何も変わっていない。一歩も前に進めていない。
あの頃――父も母も自分も周りも、何もかもが嫌いで、耳を塞いで生きていた頃と。
今日の外出は大収穫だ。
息抜きの必要さと休日の意味。それから自分の成長度合いが判ったのだから。
鉄男は己の堅苦しい部分を変えたいと、常日頃思っている。
しかし、どうすれば性格改善できるのかが判らない。
それも木ノ下と一緒にいれば、何とかなるのではないか――
デリバリーが届き、注文した三個セットおにぎりの包みを解きながら、鉄男は漠然と期待する。
傍らでは、カレーの臭いがプンプン漂ってくる。豪人の注文した弁当だ。
密室空間で臭いの強いものを頼むなど、空気が読めないにも程がある。
鉄男は一瞬眉間に皺を寄せるも、すぐに、この堅苦しさが嫌なのだと、自分で自分の考えを改める。
デリバリー一覧にカレーが載っている以上、カレーを注文する奴だっていよう。
自分に必要なのは柔軟性だ。誰かの行為を許す、寛大な心が。
隣では「はい、あ〜ん」と豪人にカレーの入ったスプーンを差し出され、さも嫌そうに断る木ノ下の姿がある。
「や、いらねーよ。手打ち蕎麦にカレーミックスして食えってか?」
「エーン、昔は口移しオッケーだったのに進冷たい」
「誰がオッケーしたってんだよ、カレーの口移しなんか」
「え〜、唾液とミックスすっから火傷しないかもよ?」
「気持ち悪いわ、逆に!生ぬるくてッ」
二人の会話は、どこからどこまでが冗談なのか判らないので、突っ込みたくても突っ込めない。
他者に口を挟ませない距離感にも憧れる。
「巷では蕎麦にカレーをかけて食べる人もいるらしいね」
デュランの一言に「俺は嫌っすよ」と木ノ下が相槌を打ち、かと思えば、ひょいっと箸を伸ばしてミソノの弁当からソーセージを一つ摘まみ取った。
「これ、美味しそうな焼け具合ですね、もらいます」
「えっ何それ、蕎麦カレーは却下でも蕎麦ソーセージはアリなの?」
騒ぎ立てる豪人も何のその、木ノ下は、しれっと「別々に食えばいいんだよ」と受け流す。
鉄男は呆気に取られて見守った。
ソーセージを蕎麦に乗っけて平然としているのも、さることながら、他人の弁当を確認なしに食べてしまったのにも驚きだ。
事後承諾になったミソノは、ニコニコ微笑んでいる。
社交辞令なのか、それとも本音の笑顔なのか。鉄男には判別できない。
ミソノが木ノ下に尋ねる。
「ソーセージは、おかずの中で一番の出来だと自負しておりますの。いかがでしたか?」
「そりゃあ油で焼くだけだものな」と呟く兄には、ペシッと軽く平手を打ちながら。
パリッと音を立てて食いちぎった木ノ下が、笑顔で応える。
「ん、うまいっす。この絶妙な焼き加減、ミソノさん、もしかして弁当作り慣れています?」
「えぇ、女学校に通っていた頃は自分で作っておりましたの」とミソノは頷き、誇らしげに胸を張った。
ラフラス家がメイドを雇える貴族階級だというのは、以前、木ノ下経由で知った。
弁当だって命じればメイドが作ってくれるんだろうに、わざわざ自作していたとは。
「自分で手作りしたお弁当を持ち寄って、おかずの交換会をするのが、あの頃の楽しみの一つでしたわ」
楽し気に語るミソノは、女学生の気分に戻ったかのようだ。
昼食を食べ終えた後は「午後は、ど〜する?まだダンスの練習する?」と豪人に尋ねられて、鉄男や木ノ下が答えるよりも早く。
「それより、せっかくの陽気なんだ。午後は、のんびり散歩と洒落こもうじゃないか、鉄男くん」
ずずいっと割り込んできたデュランに誘われて、これにも鉄男は素直に頷いた。
今すぐじゃなくていい。少しずつ変わっていければいい。
ともあれ周りの声に対して耳をふさぐのだけは、今すぐやめよう。
そう考えた直後、これまで多少疎ましく感じたデュランでさえも違った印象に見えてきた鉄男であった。


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