合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 休日の過ごし方

季節は春から夏へ向かっている。
いつまでも新人気分でいられない。
起き抜けに鉄男が考えたのは、そのような決意であった。
授業内容は、あまり進んだとは言い難い。
木ノ下の過ごした一年と比べたら、遅いのではないか。
ラストワンは四年で卒業を迎える。
今のペースでは、四年間のうちに全てを教えきれるかどうかが疑問だ。
教え子が無残に命を散らさない為にも、一刻も早くシンクロイスには出ていってもらいたい。
なのにパイロットを育成するには、敵対勢力がいないと駄目とは矛盾している。
悶々と己の考えに没頭する鉄男の肩を、木ノ下がポンと軽く叩く。
「どうしたんだ?今日は着替えて飯を食ったら、出かけるんだぞ」
「あぁ」と小さく頷き、鉄男は寝間着をベッドに放り投げた。
今日は木ノ下と一緒にスタジオへ出かける日であった。
ベイクトピア中央地下街にある『ポプカテリオ』という名の音楽施設だ。
普段はバンドの練習や、子供たちの音楽レッスンの場として使われている。
同行の友人知人とは、現地で合流する。
お互いに誰を呼んだのかは、現地で会ってのお楽しみだ。
木ノ下の友人とは、如何なる人物なのか――
期待と不安でごちゃ混ぜになりながら、鉄男は木ノ下の後を追って食堂へ向かった。

地上の定期列車よりも地下鉄道に乗ったほうが早いと言われ、鉄男は木ノ下と共に乗り込んだ。
地下の列車は地上よりも空いており、休日だというのに席に並んで座れた。
座ってすぐ、木ノ下が話題を振ってくる。
「鉄男はさ、ちゃんと候補生を外に連れていってやっているか?」
それを言うなら木ノ下こそ、どうなのだろう。
鉄男とばかり外出しているように思える。
しかし、あえて反論せず、鉄男は仏頂面で答えた。
「誘っても、ついてこない。ダンスの練習が忙しいそうだ」
「あー、マリアなら言いそうだ」
誰とは言っていないのに、よく判ったものだ。
「亜由美は?」
「……何かと理由をつけて断ってくる」
「うーん、恥ずかしがってんのかもしんねーな」
「カチュアは、俺が声をかけただけで逃げる……」
話していて、だんだん鉄男は悲しくなってきた。
次の季節が近づいてきているというのに、教え子は全く自分に懐いていないではないか。
きっと、第一印象が悪すぎたのだろう。
自分で振り返ってみても、最初の頃の自分は教師として失格だった。
「ちなみに、どういう風に話しかけてんだ?」
「どう、とは?ごく普通に話しているつもりだが……」
「んー。そうだなぁ、マリアに話しかけたのと同じふうに話しかけてみてくれよ」
木ノ下と向き合い、鉄男は素直にリプレイしてみせた。
「マリア、ついてこい。出かけるぞ」
およそ予想はついていたが、見事な一行挨拶だ。
「え、えーと、どこへ行くのか判らないんじゃ、マリアも行きづらいんじゃないかなぁ……」
「なるほど。では次からは目的地を決めてから話しかけることにするか」
素直な返事に「うん。そうしてみろよ」と一応、木ノ下は相槌を打ったものの、即座に浮かんだ落とし穴に気づき、付け足した。
「鉄男はマリアと一緒に出掛けるとして、どこだったら行ってみたいんだ?」
「……図書館か、中央施設の見学が妥当かと踏んでいるが」
これまたクソ真面目な返事がきて、木ノ下は内心頭を抱える。
駄目だ。女性に興味のない自分が言うのもなんだが、鉄男は乙女心を判っていなさすぎる。
「えーと、だな。マリアは、にぎやかな場所が好きなんだ。デートに誘う時は、相手の好きな場所へ連れて行ってやらないと」
話途中に「デート!?」と目を見開いて驚かれたので、木ノ下も訂正する。
「あ、いや、デートっつーか、お出かけ、な!」
交流皆無な奴に、過激なワードは厳禁であった。
今も鉄男が大声を出したせいで、車内では軽く注目の的になっている。
「この件に関しては帰ってから、じっくり話しあおうぜ」
木ノ下は小声で鉄男を促し一旦終わりにすると、目的地の話に切り替えた。
「それよりも、だ。今から行く場所は普段バンドが練習に使ったりしてんだが、ダンスの練習場としても利用されているんだ。DJ機器も揃ってっから、この際DJを学んでみるってのもありかもな」
何が、この際なのか判らず、鉄男は曖昧に相槌を打つ。
「あぁ、余裕があれば。俺に必要かどうかは甚だ疑問だが……」
DJが何なのかは朧気に知っている。
踊るための曲をアレンジする演奏家だ。
いわゆる盛り場、男女が集う社交場における、踊りの先導役である。
実際に見たことはないが、噂なら耳にした。
学生時代、くだらない同級生のくだらない雑談が、聞きたくもない鉄男の耳に入り込んできたせいで。
だが今となっては、くだらない雑談に花を咲かせていた同級生には感謝せねばなるまい。
木ノ下相手に無知をひけらかす羽目にならず、済んだのだから。
「最初は盛り場に行こうかと思ったんだけど、お前は、そういうとこ慣れてなさそうだしさ。それに、変な奴に絡まれたりナンパされても大変だろ?」
友の心遣いが身に染みる。
実のところ鉄男も目的地がスタジオでなければ、ついていく気がしなかった。
木ノ下と他愛ない雑談を交わすうちに列車は目的の駅に到着する。
音楽スタジオは地下街を歩いて、奥まった通りにあった。
「おーい!進〜、こっちだ、こっちぃ!」
大声で呼ばれて木ノ下がそちらへ駆け寄るのを見ながら、鉄男は眉間に皺を寄せる。
街中で進呼びとは、いやに気安いではないか。
「おう鉄男、紹介しとくな。こいつは有馬豪人、学生時代、俺と同居してた奴だよ」
改めて、紹介された男と向かい合う。
豪人は堅そうな金髪をツンツンに逆立てており、耳には金色のピアスが輝いている。
どこか軽薄そうな、軟弱そうな雰囲気を漂わせている。
あまり好きになれないタイプだ。
「へー!君が噂の鉄男?へー、へー!俺とは全然タイプが違うじゃん。ヨロピ☆」
軽快にチャラオな挨拶をかまされて、鉄男は黙って頷いた。
「ゴートさ、ちょっと馴れ馴れしいけど、あんま気にしなくていいから」と木ノ下は言うが、気にしないでいられるわけがない。
下の名前で気安く呼びあう昔の同棲相手なんて、鉄男より、ずっとずっと距離が近い。
加えて、豪人は鉄男の知らない木ノ下の過去も知っているのだ。羨ましい。
「ちょ、ひどくね?その紹介。進、鬼すぎ☆あ、鉄男も俺のことゴートって気軽に呼んでいいからネ。俺も鉄男って呼ぶし」
いいとも悪いとも言わないうちから、勝手に呼び捨てられた。
あまりにも纏った空気が自分と違いすぎて、鉄男はもう、言葉も出てこない。
「へー、しかし進の今のタイプ、これかぁ〜。ぱっと見イケメン硬派じゃぁ〜ん?百八十度、シュミ変わりすぎー」
おまけにジロジロと至近距離で眺められては、気の休まる暇がない。居たたまれない。
来たことを鉄男が後悔し始めた頃を見計らってか、別方向から呼びかける声があった。
そちらを見て、すぐ木ノ下の口は「げっ!?」と想定外の悲鳴をあげる。
鉄男を呼んだのは、ケイ=コクトーだった。
彼は一人ではなかった。
背後にはダグー=ゲイラン、それからデュラン=ラフラスにミソノ=ラフラスの姿もある。
目に痛い蛍光色のスーツをまとった、ブラタルク=インストーカーまでいるではないか。
一体どういう人選なのかと木ノ下が鉄男に尋ねるよりも早く、ケイが苦み走った表情で、こうなった理由を説明する。
「……貴様が俺を誘ったのが悪いんだ、辻。この二人もついていくと抜かしてな」
それ以前に何故、ケイは鉄男の誘いに乗ったのか。
以前大会で再会した時の様子を思い浮かべても、さして仲良しとは思えなかったのだが。
木ノ下から無言の催促を受けて、彼はそれも説明した。
「電話を、聞かれたのだ。この二人に」
そこから先はデュランが話を続けた。
「鉄男くんからケイに電話があるなんて、おかしいと思ってね。取り繋ぐついでに、内容を聞かせてもらったとも!鉄男くんが望むなら是非とも、うちのケイをお貸ししよう。ただし俺達も同行するという条件でね」
つまりケイの個人電話番号を知らないが故、鉄男はスパークランの窓口に電話をかけたのだ。
それがデュランに見つかって、同行する経緯となったわけだ。
「ですが、お兄様だけでは暴走する恐れがありましたので。私もご一緒に」とは、ミソノの弁だ。
暴走する予感がしたんなら、同行も阻んでくれればよかったのに。
なんて内心の苦情は表に出さず、木ノ下は表面上、にこやかに対応する。
「なるほど、お二人方の同行理由は判りました。歓迎しますよ。で、そちらの、えーとブラタルクさん?は、ダグーさんのつきそいで?」
ダグー=ゲイランも、顔と名前なら知っている。
鉄男と同時期に面接を受けた間柄だ。
彼も鉄男と別段仲良しではない。
さては鉄男め、知っている顔すべてに誘いをかけたと見える。
常日頃から積極的になれと薦めているが、ここで積極的に出るとは予想していなかった。
面接という、たった一つの繋がりだけで、よく声をかける気になったもんだ。
ただし面接仲間の一人であったはずの鉄柳ヒロシの姿は、ない。
あれの印象は、よっぽど鉄男の中で良くなかったのであろう。
「まぁ、そんなところです。学校に直接電話がかかってきましてね。押し問答の末、こちらの先輩も同行するという形に収まりまして。ただ、英雄殿もご一緒なさるとは存じませんでしたが」
肩をすくめるダグーの横で、ブラタルクが豪快に笑う。
「なぁに、辻鉄男くんの近くにデュラン様の姿ありと噂で聞き及んでおりましたからな!ついてきた甲斐があったというものですわい」
いつ、どこで誰に噂されていたのだ。
思わぬ情報網を聞かされて、目が点になる木ノ下を豪人が促してくる。
「さってと自己紹介も済んだことだし、そろそろスタジオインしよ?進っち」
「ん?そういや君は?」とデュランに尋ねられ、豪人が気軽に「進の元カレ、ゴートでぇす」と挨拶する。
「そ、それじゃ鉄男。だいぶ大人数になっちまったけど、スタジオに移動するか」
木ノ下は鉄男を庇うかのように背後へ回り込み、そっと背を押した。

鉄男が受けたスタジオの第一印象は、何もない板張りの空間――であった。
せっせと音楽機器をセットしていた豪人が一行を振り返る。
「最初は鉄男でも簡単にできそうなワンツーステップから始めよっかと思うんだけど」
なんでかは判らないが、豪人からは運動音痴だと思われているようだ。
木ノ下が何か入れ知恵したのかと疑うも、さて、改めて考えるにワンツーステップとは何ぞや。
鉄男はダンスの知識など、一つも持ちえない自分に遅まきながら気がついた。
自分でダンスをブームに推しておきながら、なんとした落ち度だろうと自分でも呆れる。
杏に居場所を作ってやりたい。
ただ、それだけだったのだ。推した理由は。
自分でやろうとは、微塵も考えなかった。
音楽が鳴り始めても棒立ちの鉄男へ近寄り、デュランが馴れ馴れしく肩を抱き寄せる。
「鉄男くん、ほら、ワンツーワンツー。俺と一緒にステップを踏もう」
「こらぁぁぁ!五百メートル接近禁止令を忘れましたか、デュランさん!!」
たちまち木ノ下の癇癪が炸裂し、唾を飛ばしてのガンギレを横目に、華麗なステップで飛び出した者がいた。
「ほっほっほ、踊り方が判らぬのであれば見本を見せれば宜しいのです。さぁ、私の華麗なるステップを目に焼きつけるのです、辻鉄男くん。トォッ、ハァッ、ウリャァ!」
ブラタルクだ。
過激な掛け声とは裏腹に足は地味な動きを刻んでおり、然るにワンツーステップとは前に一歩出ては後ろに一歩戻るの繰り返しを指すらしい。
「なんだい?五百メートル接近禁止令って」と鉄男に尋ねながら、ダグーは顎で先輩を示す。
「インストーカー先輩はダンスを猛特訓してきたそうだ。君へ伝授する為に」
「……何故、あの人が俺に?」と鉄男が困惑に眉を顰めるのも、無理はない。
本来なら、ダグーに教わりたかったのだ。
彼を誘ったのは、彼の優雅さを覚えていたからに他ならない。
ダグーならば、ダンスのマナーにも詳しいだろうと踏んだ。
まさかブラタルクがついてくるとは、予想だにしていなかった。
ケイを誘ったおまけで、ラフラス兄妹がついてきてしまったのと同じくらいには。
「君の近辺を英雄殿がうろついていると噂に聞いてね。君に恩を売ることで、英雄殿にも気をかけてもらいたいのだろう」
だとしたら、見当違いも甚だしい。
鉄男に恩を売ったところで、デュランがブラタルクに恩義を感じるとは思えない。
元英雄に目をかけられたいのであれば、本人に直接恩を売るべきだ。
「それよりも辻、見ているだけでは覚えられない。実際に動いてみないと」
優雅に手を取られ、間近で微笑まれ、鉄男の心臓はドキンと跳ね上がる。
木ノ下もよく鉄男に向かって微笑んでくれるが、ダグーの笑みは、それとは違った男の色気を感じさせる。
さすがナチュラルにキスをかませる男だ――と斜め上方向に感心する鉄男の手を握り、ダグーが囁く。
「頭の中で音楽に併せて、リズムを数えるといいだろう。ワン、ツー、ワン、ツーとね」
「ダ、ダダ……ダンスを、するにあたり」と、滅茶苦茶噛みまくりながら鉄男も小声で呟く。
「必要なマナーは、あるのか……?」
ちらと上目遣いに尋ねれば、すぐさま求める答えが返ってくる。
「そうだなぁ、好きに踊ればいいけれど、下品な振り付けや言動、衣装は控えたほうがいい。ま、そのへん君は、きちんと弁えていると思うが」
本日の鉄男のファッションは、黒のジャンパーに渋茶のジーンズと地味目だ。
普段着ている学校のジャンパー姿と、そう変わらない。
だが目に焼きつく輝きを放つブラタルクと比べたら、どんな格好でもマシと言えるであろう。
彼の服は蛍光色、それもドピンクだ。
あんなファッション、どこの国へ行こうと滅多にお目にかからない。
「いつも、あのような格好を?」
やや引き気味な鉄男にダグーは頷き、呆れの溜息をこぼす。
「生徒にも不評でね。俺もやめたほうがいいと、ささやかに進言しているんだが、服装とは個性だという堅いポリシーをお持ちなんだ。あれは誰にも変えようがない」
その後輩のファッションは、いつもの緋色な布ではなく、薄緑のジャケットスーツないで立ちだ。
笑顔の柔らかい男は、なにを着てもサマになる。
彼が何をするにも気品を感じて、鉄男はダグーを羨んだ。
こんな風に柔らかな笑みを浮かべることができたら、カチュアも自分を怯えた目で見たりしないだろう。
まったり踊る二人に気づいたか、豪人がけたたましく騒ぎ出す。
「あらら〜なんだかいい雰囲気!進っちも英雄様も、やばいんじゃね?鉄男、取られるんじゃね?」
「鉄男くん、手本が見たいならば、俺のエレクトリックターンをお見せしよう!」
「んな高等テクニック見せつけられても困るってんです!鉄男、今度は俺と一緒に踊ろう」
途端に暑苦しくデュランと木ノ下がぐいぐい迫ってきて、鉄男は多少驚いた。
「そぉれ、そぉれ、ふんだんに、かろやかに!あぁ、私は今、蝶になる――!」
「素晴らしいですわ、ブラタルク様。さぁさ、ケイ、一緒にお弁当を食べながら、ブラタルク様の舞を鑑賞しましょう」
「こんなものを見物するのは、時間の無駄遣いじゃありませんかね……?」
しかし、もはや誰の目も気にせず自己陶酔に浸って踊り続けるブラタラクや、それを見物がてら弁当を広げるミソノと、つきあわされて仏頂面のケイを見た瞬間、どうしようもない笑いがこみ上げてきて、自然と鉄男の口角は微笑みの形に緩んでしまう。
まったく、どうしようもない休日だ。
だが、たまには、こんな日があったっていい。
常に緊張感で包まれて、最近は休日の意味さえ見失っていた。
候補生を誘うにしても、楽しむ余裕がなかったように思う。
誘う側がそれでは、マリアや亜由美だって遠慮してしまうだろう。
今日、外出に誘ってくれた木ノ下には、あとで感謝を伝えておこう。
ごびりと下品に唾を飲み込んだ木ノ下と、それからデュランにも熱い眼差しで凝視されながら、鉄男はそんなふうに考えた。


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