合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act2 新たな仕掛け

許せない、許せない、許せない。
廊下をドスドス歩きながら、相模原は自室の扉を乱暴に開ける。
勢いの激しさに、同室の飛鳥が慌てて振り向いた。
「ど、どうしたの?ご機嫌斜めになっちゃって」
今日は日曜日。
朝は相模原につきあって、ダイエットマラソンと称して校庭を三周した。
朝食後は、お互い別行動を取っていたのだが、ほんの少し目を離した隙に何があったのだろう?
「ちょっと聞いてよォ!辻教官ってば私の気持ちも知らないで、酷いのよぉ!」
少々話を振っただけで、湯水のように相模原の口からは愚痴が飛び出した。
聞けば、食堂で辻教官の様子がおかしかったらしい。
じっと熱心にレティシアを眺めており、まるでその視線は恋する人間のようだったという。
即座に飛鳥が放ったのは、「まっさかぁ〜」という全否定であった。
「なにが、まさかなのよ」と口を尖らす同級生に、重ねて言い含める。
「だって何の接点もないじゃん、レティと辻教官って。あんたと辻教官がくっつくより現実味がないよ」
「なんでそこで私を引き合いに出してくるのよ」と不満げに漏らしつつ、相模原も反論する。
「朝九時にあの子が大好きなアニメをやってるの、飛鳥も知ってんでしょ。あれについて辻教官が亜由美ちゃんに尋ねていたって、そりゃあもう興味津々だったってマリアちゃんが言ってたのよ!」
「辻教官が?」
これは驚きだ、レティに気があると聞かされた事よりも。
レティシアの好きな番組は、確か少女が魔女に変身するアニメだったと記憶している。
魔女に変身して悪人を倒す。小さな子供の喜びそうな勧善懲悪だ。
飛鳥は幼き頃より、そうした番組には一切興味がなかったので、一度も通しで見たことがない。
レティが見ているのを傍目に眺め、ぼんやり内容を把握したってだけだ。
魔女っこアニメは幼い子へ道徳を植えつける為に作られた、いわば子供番組だ。
十代後半はおろか、大人の男性が興味をひかれるようなものではなかろう。
「――と、それよりも」
ふと気づいて飛鳥は相模原に尋ねた。
「魔女っこ云々やレティへの恋愛疑惑よりも気になるんだけど」
「何?」
「辻教官って、いつも亜由美に相談してんの?だとしたら、これってヤバくない?」
指摘されて、初めて相模原も鉄男と亜由美の距離感に気づいたらしく、さぁっと怒りが引いて代わりに浮いてきたのは焦りの表情だ。
「そ、そうだわ、そうね、亜由美ちゃんが辻教官のブレインになってる!?」
「まぁたぶん、あの三人の中じゃ一番亜由美が話しかけやすいんだと思うけど。でも、あんたも亜由美に負けない個性を磨かないと、立場ヤバイかもよ?」
ヤバイも何もスタートラインにすら立っていない現状だが、それでもフラれるよりは成就して欲しい。
そんなクラスメイトの想いが通じたか、相模原は腕を組んで考え込む。
「私の、私だけの個性……ぽっちゃり系以外にも中身で勝負しないと……うぅん」
ウンウン唸るルームメイトを横目に、そっと飛鳥は部屋を出る。
部屋でゴロ寝しながら雑誌を読むのは飽きたし、相模原は一人で考えさせたほうが良い結果にも繋がろう。

――許せない、絶対に。
日に日にデュランへの嫉妬が胸の内で高まるのを、カチュアは確実に自覚していた。
亜由美はいいのだ、鉄男の受け持ちクラスなのだし。
それに亜由美はカチュアにとっても、大切な友達である。
あの男、デュランは久々の空襲があった日、図々しくもラストワンまでついてきた。
一見は杏を心配しているように伺えたが、どうせ狙いは鉄男に決まっている。
というのは会議が終わった後も、しばらくラストワンに居座っていたからだ。
医務室にいる杏を見舞うでもなく、しつこく雑談を振っては鉄男に嫌がられていたのを目撃している。
鉄男は面と向かって拒絶していなかったけれど、迷惑そうに見えたのだ。カチュアの目には。
相手の気持ちもお構いなしに、自分の気持ちを押しつけるなんて最低だ。
押しつけがましい人間は嫌いだ。
自分の母親を思い出して、カチュアは憂鬱になる。
あの人も、そうだった。
何度も何度も、お前を産むんじゃなかったと怒鳴っては殴りかかってきた。
産まれてきたのはカチュアのせいじゃない。
責任を問うなら、産んだ母親本人ないし、生まれる原因を作った父親であろう。
勝手に産んでおいて文句を言われても、こちらだって困ってしまう。
母のことを思い出すと吐き気が喉元までせり上がってくるので、カチュアは思考を切り替える。
そもそも――
鉄男の気持ちは、どこに向いているのだろう?
デュランのことは、どうやら好きではない、というのは朧気に伝わってくる。
だからといって恋人がいるように見えないし、亜由美やマリアを好きかというと、これも違う。
自分にだけは優しい。ただし、幼い子供に接する態度だが。
唯一気を許している相手は木ノ下だ。
しかし、これも恋愛には程遠い。友情の類と見ていい。
最近、よくない噂を聞いた。
相模原が鉄男を狙っているらしい。
話の出どころはモトミだが、その噂に対してマリアが共感したのだ。
相模原はツユ組にいる、とても太った先輩だ。あれが、鉄男を?
聞いた時は耳を疑ったし、疑問にも思った。
担任でもないのに、何故相模原は鉄男に興味を抱いたのだろう。
何の縁もゆかりもない人間が、鉄男にちょっかいをかけてくるのは気に食わない。
同じ学校に所属している縁があるとも言えなくはないが、そんな薄い縁、認めない。
そう言ってしまうと自分と鉄男の縁も薄いのに気づいて、カチュアは絶望に項垂れる。
受け持ち生徒ってだけだ。現状では、どこまでも子供扱いである。
一度、子ども扱いは嫌だと鉄男相手に主張する必要がある。
だが、どうやって、どのタイミングで主張すればいい?
こんなこと、誰かに聞いたって無駄だ。自分で考えるしかない。
今度性教育の授業がきたら、思い切って言ってみよう。
カチュアは漠然と、そんなふうに考えた。


亜由美は悩んでいた。これ以上ないってぐらいに。
今朝、辻教官に振られたのだ。
魔女っ子をブームにするには、どうしたら良いかと。
いかな担任の頼みでも難題だ。
はっきり言うと無理だ、ここラストワンで魔女っ子を流行らせるのは。
冷静な昴、何事にも無関心なエリス、一大ニュースにしか反応しないマリアやモトミ、個性の尖った面々を脳裏に浮かべただけで頭痛がしてくる。
彼女達が『魔女っ子』なる子供番組に興味を示すとは、亜由美でも想像不可能だった。
ネットでは極一部に、そうした番組を好きな人々のコミュニティーがあると検索で判明した。
辻教官と同じぐらいの年代の人もいて、ひそかに驚いたのは内緒である。
大体、亜由美だって魔女っ子には興味がない。
夢見る変身よりも現実に広がる大自然のほうが、幼き日の亜由美にとっては魅力的だったのだ。
辻教官はレティシアが現在ハマッている『マジカル天使リリピン☆ララピン』に、いたく興味を示していた。
彼女が一人でゴッコ遊びをしているのを見て、不憫に思ったのであろう。
番組の詳細が知りたいならレティに直接聞けばと思うが、なにせ教官は恥ずかしがり屋さんだ。
受け持ち生徒で、しかも噂を拡散しないであろう亜由美にしか聞けなかったなんてのは容易に推測余裕だ。
ブームにしたいのは、きっとレティシアに仲間を作ってやりたいのだ。
その気持ちは判る。
だが現実と照らし合わせると、ダンスを流行らせようとしていた時よりもハードルが高い。
ダンスは音響効果で、あっさり成功した。
元々世間で流行っていたおかげもある。
むしろ亜由美にしてみれば、何故レティシア自身が流行らせようとしないのかと疑問に思う。
あれだけハマッているんなら、共感しあえる同志が欲しくなったりするものでは?
それとも、学外で既にいるから学内には必要ないのか。
そうした友人の話を、レティから聞いた覚えはない。
しかし、もしかしたら言わなくていいと本人が思って省略しているだけなのかもしれない……
亜由美は続けて、メイラの趣味に思考を移す。
メイラの趣味もレティと似たり寄ったりの二次元路線だが、彼女は学外に同志がいるらしい。
前に、そのような話を聞かされた。
その時、外の世界の趣味の広さに驚いた記憶だ。
ともあれ、これは亜由美一人が悩んで解決できる問題ではない。
マリアやモトミ、大勢の学友の協力が必要不可欠だ。
無論、皆へ相談する前に辻教官とも念入りな打ち合わせが必要であろう。
考えがまとまった亜由美は、手元に置いていた携帯電話を手に取る。
しかし辻教官へかける前に軽快な着信音が鳴り出すものだから、驚いた。
慌てて「は、はいっ!?」と出てみれば、かけてきたのは辻教官本人で、図書室に来いと呼び出され、一も二もなく頷いた。

はたして亜由美が図書室へ駆けつけてみれば、いたのは鉄男一人ではなく、傍らにはレティと木ノ下もいて、首を傾げる亜由美には木ノ下が説明した。
「鉄男がお前に無茶ぶりしたって聞いて、それで良い事を思いついたんだ」
鉄男は木ノ下にも、亜由美にしたのと同様の相談をしたようだ。
「COPに魔女っ子を取り入れようって!いいアイディアだと思いません?キャピィ☆」
唐突なレティの発言には、さしもの亜由美とて「ハ?」と目を丸くするしかない。
改めて木ノ下がした説明によると、魔女っ子の振り付けをCOPに組み込んで魔女っ子ダンスを作る計画だ。
「いいんじゃないですか?」と無難な答えの亜由美に、鉄男が渋い顔を向ける。
「しかし、これはレティシア一人でやっても意味がない……」
「え、と。一人じゃないですよね」と、これはレティにも尋ねた質問で、彼女が頷くのを横目に亜由美はもう一度鉄男に聞き直した。
「杏さんとミィオちゃんとの三人で、ダンスを完成させればいいんじゃないんですか?」
「だから、一組だけじゃ、それで終了しちまうだろ?」とは、木ノ下の弁。
彼らが何を狙っているのかが判り、亜由美は、あっとなる。
要するに、魔女っ子ダンスを学校全体で流行らせたいのだ。
それならそれで、有効手段も思いつく。
「判りました、辻教官たちのやりたいこと。それなら、とてもいい手段があります」
自信満々な亜由美は木ノ下に先を促され、にっこり微笑んで答えた。
「ラストワンでCOP大会を開きましょう。学内限定の大会です。もちろんテーマは『魔女っ子』一択。日頃のダンス練習成果が試せる上、創作力や想像力、団結力もあがって一石二鳥です!」


Topへ